その2
「どんな悪巧みをしにきたんだよメチャシコ」
と、俺は言った。
メチャシコは、つくり笑いで固まった。
「おまえが俺の心理を誘導しようとしているのは知っている。なにをしたいのかは、およそ察しはついている。で、俺とメチャシコは利害が一致してる。今のところは同じ方向を向いている、そうだろ?」
「……うん」
「じゃあ、味方だ。小賢しい言いかたは無しにしよう。で、どうしたい?」
俺が真っ直ぐに見ると、メチャシコはつばを呑みこんだ。
そして素直にしゃべりはじめた。
「中央広場に連れ出せと言われた」
「俺を遠くから見たいのか」
「アンジェリーチカ様とフランポワン様が、たぶん馬車から」
「どっちが依頼主だ」
「……依頼を出したのはフランポワン様だけど」
「なるほど分かった。行ってやるから、質問に答えろ」
そう言うと、メチャシコはこくんと頷いた。
「競売のあと、なにか変化があったか?」
「テンショウさんのウワサで持ちきりだけど――。街に変わりはなくて、ただ斡旋所には、貴族のみなさんから要望が」
「どんな要望だ」
「テンショウさんを連れてモンスター討伐がしたいと」
「ほう」
ということは、あの競売で俺の評価は上がったわけだ。
「競売に参加した貴族のみなさんは、テンショウさんに同情的ですよ。アハト様のお義兄さま……第七公子ズィーベン様が中心となって、援助を申し出ています」
「援助ォ?」
「ああ、違います違いますう。ズィーベン様やフランツ様といった男性のみなさんは、テンショウさんの気持ちをよくお分かりみたいですよ? 直接お金を与えてもプライドを傷付けるだけだから、モンスター討伐の依頼をする。それで適正な金額を払うと、そうおっしゃってます」
「そういうことか」
まあ、俺が何かをやらかす前に。
俺のチート的な魔法を視ておきたい――というのもあるのだろうが。
「それに、アンジェリーチカ様がひどくビックリされたそうですよ。なんでも、今までテンショウさんを傷付けていたとは、まったく思ってなかったって。テンショウさんがあんなふうになるなんて驚いていると」
「おいおい」
「立場的にはそう言うしかありませんけど、でも、アンジェリーチカ様の場合はもしかしたら」
「本気でそう思ってる可能性もある。アホだから」
「大らかなんですう」
「百歩譲ったとしても天然だろ」
といっても。
天然だからといって、何をやっても許されるわけではない。
少なくとも俺はそう思う。必ず復讐無双してやるから覚悟していろ。
「ちなみに、アハト様もなんだか悪いことしたなあって、すこし反省してるみたいですよ」
「アホだからな」
「もう!」
「ああ、ちょうどいい機会だ、訊きたいことがある。なあ、アハトは俺のことをどう思ってる? あのアホは俺のことが好きなのか?」
「ええーっ!? それはないと思いますよお?」
「じゃあ、やっぱりアホか」
「なんですかそれ」
「だって、あのときは緒菜穂のことで頭がいっぱいだったから気付かなかったけど、あのまますんなり俺が緒菜穂を身請けしたら、後々問題になるだろう。魔法使いの分際で身請けしやがった――みたいな」
「ああー」
「そこにアハトが乱入して、みんなの嫌悪感を一身に背負ってくれたわけだよ。おまけに、俺が身請けしたことを保障までしてくれるしさ。まあ、俺はあいつが嫌いだし、あいつも俺が嫌いだけど、なんだかんだで、あいつは俺の庇護者だよ。だって、あいつが俺を攻撃すればするほど俺の評価が上がるじゃないか。笑いが止まらないよ」
「だから頭を下げたのですかあ」
「そのことに気付いて、つい」
でも、キッチリ復讐するけどね。
たぶん10倍くらいに膨らんで。
「まあいいや。じゃあ、とりあえず中央広場行こうか」
そう言って俺は身支度を整えた。
メチャシコは慌てて服を身に着けた。
そして、緒菜穂の手を引いて三人で家を出た。
「って、テンショウさん。緒菜穂ちゃんと仲良しなのは結構なんですけど、わたし、さっき処女喪失したばかりなんですからね?」
「ん? じゃあ、腕でも組んで歩く?」
と言ったら、メチャシコは、きいぃーっと可愛らしくくやしがった。
すると、緒菜穂がすっと俺の手を離れて、メチャシコの反対側にまわった。
俺、メチャシコ、緒菜穂という並び。
俺と緒菜穂がメチャシコをはさんだかたちになった。
そして緒菜穂は、メチャシコの手をぎゅっと握った。
「あはは、懐かれちゃいました」
「ふふっ、どんだけ『ドレイ横丁』に入り浸っていたんだよ」
そこの臭いが染みついてるから、緒菜穂が懐くんだろ。
「って、テンショウさん。なんか、わたしにキツくありません?」
「あー、そうかもしれない。ごめんごめん」
「もう、エッチしたら急に態度変わるんだから」
「うーん」
「もうちょっとやさしく扱ってくれても好いんじゃないですかあ?」
「ああ、そうだな。次からはもっとやさしく愛撫する」
と言ったら、ぺちんと叩かれた。
俺は反省した。オヤジくさい下ネタを言ってしまったことに。……。
その後、俺たちは中央広場に到着した。
俺は、アンジェリーチカとフランポワンが乗っていそうな馬車を探した。
それは茂みの陰にあった。
俺は、緒菜穂とメチャシコを残し、ズカズカと馬車に向かった。
とりあえず、ふたりがどんな顔をするのかを知っておきたかった。
俺が近づくと、馬車のカーテンが開いた。
アンジェリーチカが、受けて立つぞといった感じで、俺を真正面に視た。
俺とアンジェリーチカの目と目が逢った。
彼女は一瞬、ぱっと花の咲いたような笑みをした。
俺は深く頭を下げた。
そして、そのまま顔を視ずに、
「先日は、失礼なことを申してすみませんでした」
と、ねっとりとした根性の悪い感じで言った。
顔を上げると、アンジェリーチカはその大きな瞳を見開いていた。
「テンショウ……」
と、アンジェリーチカが何か言おうとした。
俺はそれを払いのけるように、その奥に座っていたフランポワンに声をかけた。
「これはこれはフランポワン様、お久しぶりでございます。わたくし実は、競売の日から斡旋所に顔を出しておりませんでした。しかし、明日からはまた通いはじめますので、もしご入用がございましたら、ぜひ、お声をかけてください」
そう言って俺が頭を下げるのを、フランポワンはスケベな笑みでじっと見ていたが、しばらくの後、そっけない感じで、
「オトナになったンね」
と、目を細めて言った。
俺がわざとらしく大きく頭を下げると、馬車は去った。――
その後すぐに、斡旋所の依頼に変化が起こった。
依頼状についていた『男性専用』『女性専用』マークがすべて取り払われた。
フランポワンの依頼は、俺が斡旋所に行ったときにはすでになくなっていた。
そのことによって、俺は職業選択の自由を獲得したようなかたちになった。
「フランポワン様に捨てられちゃいましたねえ」
と、メチャシコが受付机に突っ伏して言った。
「捨てられるもなにも」
せいせいしたよ――と言って、俺は苦笑いした。
「やっぱり童貞捨てたからですよお。フランポワン様は、ああ見えて危機回避能力がとても高いんですよお?」
「なんだよそれ」
「テンショウさんにレイプされると危険を察知したんですよお」
「いや、まあ」
「できるでしょ、レイプ。童貞だったころと違って」
と、メチャシコは可愛らしくすねて言った。
俺は失笑して応えた。
「まあ、できるよ。フランポワンは性格がぶっ壊れているけど、可愛いし爆乳だからな。従者が見張っていたとしても、乳揉んでキスするくらいは余裕だよ」
「余裕だよ――じゃないですよお」
「ふふっ」
「それで、テンショウさん。先日もすこし言いましたけど、王族のみなさまからモンスター討伐の依頼が何通か来てますよ」
「ああ、アハトのお義兄さんの」
「第七公子ズィーベン様。ほかにも何人もいます」
「はあ」
「ちなみに、テンショウさん。テンショウさんがフランポワン様のところで働いていたあいだに、このモンスター討伐の依頼はすこし変わったんですう。だからちょっと説明しますね」
「ああ、よろしくお願い」
「基本的には、魔法使いが杖でモンスターと戦い、それを騎士や貴族が監督します。これは今まで通りなのですが、最近のトレンドは、その戦闘に貴族の方々も参加するんです」
「魔法使いと一緒に貴族が戦うのか」
「ズィーベン様やフランツ様、それにアハト様のような若いかたの間で流行ってます」
「大丈夫かよ」
「アダマヒアの王族は、十代の頃に騎士の修行を積んでいますからね。それにフランツ様も討伐ギルドを有するザヴィレッジで育ってます。当然、鍛えられています」
「なんだよ」
意外にも肉弾系なんだ。
「それにテンショウさん。魔法使いのネクタイや杖って、騎士や貴族が操作できるじゃないですか? あれって実は、近くに騎士や貴族が居なくなると――近くといってもこのデモニオンヒルの城壁の内側くらいですけど――魔法使いに悪影響を及ぼすんですよ」
「やっぱりな」
そういう保険がかけてあると思ったよ。
「それでモンスター討伐なんですけど、こんな仕掛けがあるから、魔法使いさんが懸命に貴族さんを護るんです。死なれるとネクタイに悪影響がでちゃうから……。だから貴族さんは安全ですし、それに貴族さんも騎士の修行を積んでいますから、身を挺して魔法使いを護るんです」
「差別してるのに?」
「関係ないんですう。アダマヒアの騎士……聖バインの騎士は修道士でもあるんです。慈愛に満ちているんですよお」
「はあ」
そこらへんの宗教観が、俺にはよく分からない。
「ご一緒すれば分かりますよ。それでテンショウさん。依頼を受ける前に、わたしからアドバイスがあります」
「はあ、ありがとうございます」
「えへへ、そういえば今月のお友だち料まだでしたよね? まあ、それは後にして、と。これからは王族の皆様との討伐が増えますから、失礼のないように、予備知識を身につけてください」
「予備知識?」
「アダマヒアの聖遺物についてです。王族の皆様は、これらのレプリカで戦うことが多いんです。おぼえておくと会話に不自由しませんよ?」
「勉強かあ」
「アハト様にねちねちと責められないためにもね」
そう言って、メチャシコは聖遺物のリストを出した。
■――・――・――・――・――
アダマヒア王国聖遺物 (聖バイン教会が所蔵)
▼ Damascuse's Will (ダマスカスの遺志)
聖ダマスカスが用いた農具。
インディアナ・ウーツと呼ばれた名匠が作ったもの。
▼ Zwei's Students (ツヴァイの教え子たち)
元・騎士団総長の聖ツヴァイが愛用した、ふた振りの剣。
刃がにぶく黒ずんでいるのは、ドラゴンを殺したためか、それとも自殺のせいなのか。
▼ Ein Hander (片手持ちの剣)
偉大なる "愚王" アインの大剣。
この鉄板のような両手持ちの剣を、アインは騎士団時代に片手で自在に操ったという。
▼ Drei's Call (ドライの大号令)
太陽王ドライの黄金剣。
公正な裁きの象徴であり、また、寛容の精神の象徴でもある。
▼ Eiji's Aegis (エイジの献身盾)
聖エイジの巨大盾。
穂村出身者で初の聖人となったエイジは、この盾で親友ノインを護り続けた。
▼ Neun's BANZA-I KYANON (ノインの捨身砲)
刃渡り十五メートル、聖ノインの巨大刀。
ノインがこの刀を振りきると、モンスターは粉みじんに吹き飛んだという。
■――・――・――・――・――
「それと、次に見せるのは穂村に伝わる名刀です。こちらも皆様お好きですよ?」
■――・――・――・――・――
穂村の名刀工・キヨマロの七刀
▼一番刀・虎鉄 (こてつ)
シンプルなカタナ。荒々しい造りにも関わらず、キヨマロ特有の色気を宿す。
現在、穂村鍛冶組合が所蔵。
▼二番刀・??
詳細不明。現在、所在不明。
▼三番刀・??
詳細不明。現在、所在不明。
▼四番刀・忍刀 (しのびがたな)
直刀。刃は斬れず、突き刺すことしかできない。
現在、ザヴィレッジ家が所蔵。
▼五番刀・??
詳細不明。現在、所在不明。
▼六番刀・無刀 (むとう)
刃が存在しない。いっさい謎につつまれている。
現在、アダマヒアン歴史館が所蔵。
▼七番刀・未完 (みかん)
キヨマロ遺作の短刀。一人娘のミカンが所持したまま行方不明に。
現在、所在不明。
■――・――・――・――・――
「キヨマロの七刀……」
「えへへ、テンショウさんは穂村出身でしたよね?」
「ああ」
というより、刀工の息子である。
まあ、このことは黙して、皆が忘れるのを待っているのだけれども。
「じゃあ、テンショウさん。このリストあげますから、ちゃんと覚えてくださいね?」
「ああ、助かるよ」
そう言って俺はニヤリと笑った。
リストを眺めながら、まずはアハトを陥れる罠を考えるのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……メチャシコにさりげなく誘導されているのが気にくわないが、まあ好い。今のところ利害と方向性は一致している。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。
とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。
アハトに残飯を食べさせられた。




