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その7

 ある日の午後だった。

 フランポワンと洗濯をしていると、突然、アンジェリーチカがやってきた。

「あら、どうしたン? 急にぃ?」

「明日のお昼にアダマヒア門で競売(けいばい)があるのよ。それで」

「お誘いに来たン?」

「来たのよ」

 アンジェリーチカは、ネックレスをいじりながらそう言った。

 胸もとにある大粒の宝石を――おそらくはクセなのだろう――その後も無自覚にいじっている。



「ふうん?」

 フランポワンは、スケベな笑みでアンジェリーチカを見た。

 アンジェリーチカは、懸命に感情を(おさ)えてこう言った。


「フランポワン、明日は絶対に顔を出して欲しいわ」

「ええー? うちね、競売(けいばい)嫌いなンよお?」

「それは分かっているわよ、でも」

「うちは魔法使いクンと一緒に居るほうが楽しいン」


「明日はダメよ。フランポワン、絶対に顔を出して」

 そう言って、アンジェリーチカはキリッと眉を(しぼ)った。

 するとプランポワンは、

「はあい」

 と、可愛らしくすねて言った。

 アンジェリーチカは、ほっとため息をついた。

 そして。



「あら、テンショウ。そこにいたのね」

 と、わざとらしく気付いたフリをしてから、アンジェリーチカはこう言った。


「あなたも来ると()いわ。ふふっ、そうよ、来なさい。名案だわ。テンショウが競売に来れば、フランポワンもヒマがつぶせないわ」

「はあ」

 俺が憮然(ぶぜん)とした態度で黙っていると、アンジェリーチカは、



「こっ、これは都市会長の命令よっ」

 と、すこしどもりながら言った。

 そして彼女は、俺に無理やり招待状のようなものを(にぎ)らせて、そそくさと帰っていった。



「んふふ、お(ヒメ)チカ。なんだか魔法使いクンが目当てみたいだったンねえ」

「はあ」

 俺は露骨に嫌な顔をした。

 もしそれが本当だとしたら、俺がフランポワンの肌着を洗濯している姿を見に来たことになる。

 なんというイヤな女だろう。……。


「しっかし、競売かあ。嫌やなあ……」

「競売?」



「そうなンよお。このデモニオンヒルにはね、うちの家やお(ヒメ)チカのとこ、それに教会やら貴族の別荘とか大きな家がいっぱいあるやン? それで、そこで働く従者や調理師なんかをな、定期的に売り買いするンよ。それを競売っていうン」

「従者の売り買い?」


「建前はねえ。実際のところは凄腕の料理人を自慢したり、仲良くできない従者を別の家で働かせたりと、そういったことをするための場なンよ」

「はあ、それで」



「そんでな、たまに売れ残るンよ。特技がないから奴隷みたいな感じでもええって言っても売れ残るン。売れ残る子が出てしまうンよ」

「ああ……」


「でも、そんなこと言ったって、誰も奴隷なんか買わンのよ。奴隷とか困るンよ、そんなン、どう扱ってええか分からンし」

「ふぁっ!? ああ、すんません」

 俺に接するような感じでいいと思いますよ。



「それでな? 売れ残った子は――人型のモンスターなんかは人気がないから多いンやけどな――実は談合(だんごう)済みで、とある交易商が買い取ることになってン」

「ああ、そういう役目の人がちゃんといるんですね」

「そう。それで売れ残った子を街の外に連れて出るンやけど……」

 と言って、フランポワンは(さび)しげな顔をした。

 そして、ため息をつくように言った。


「ほら、デモニオンヒルって実は裕福やン? 魔法使いのみんなは働かなくても暮らしていけるやン? それって外の人からしてみれば、(うらや)ましい、(ねた)ましい、天国みたいな街なんやって。外の人たちは、ここを監獄(かんごく)のように思っているけれど、実際には違うやン?」

「ああ、はい」

 ほんと、その通りだと思う。

 実際、穂村(ほむら)で必死に働くよりも、この街でぼんやりしているほうが何倍も良い生活ができる。できてしまう。ほんと両親には悪いのだけれども。



「だから、交易商が買い取った売れ残りの子はな……。街の外に出たところで、このデモニオンヒルの秘密を守るために、ね?」

「ああ」

「うん」

「はあ」

「だから、うち、(いや)なン。競売(けいばい)嫌いなンよ」

 そう言って、フランポワンは顔を上げた。

 大らかに伸びをして空を見あげた。

 俺が顔を(そむ)けると、彼女はハンカチを取り出した。

 鼻をすする音がした。

 俺は、しばらく後ろを向いたままでいた。……。


 俺とフランポワンとは、まるで立場が違うけど。

 どちらかというと、彼女は復讐相手に属しているけれど。

 しかしこのときの俺は、なんだか彼女と気持ちが近づいたような――気がしたのだった。





 翌日。

 斡旋所(あっせんじょ)に顔を出すと、メチャシコが満面の笑みで言った。


「テンショウさん、テンショウさん。緒菜穂(おなほ)ちゃんが見つかったそうですよ?」

緒菜穂(おなほ)って、ああ」


「はい、ドレイ横丁の人型モンスターの子。『(しも)』魔法の美少女です」

「あーそれで、どこにいたの?」

「どこに居たかは、わたしも知らないんですけれど、でも、街を歩いているのを保護されたそうですよ」

「ああ、良かった……のかな? 無事なの?」



「相変わらず人見知りは激しいみたいですけど、元気みたいですよ? それで保護した教会の方たちは、あの子をドレイ横丁に戻そうとしたみたいなんですけど、でも、緒菜穂(おなほ)ちゃん嫌がっちゃって……。それで、魔法もなくなったみたいだから今日の競売に出せば」

「えっ!?」

 俺は思わず大声を出した。

 斡旋所の魔法使いたちがいっせいに見た。

 しかしそれに構わず俺は()いた。


緒菜穂(おなほ)って子が、今日の競売に出るのか?」

「えっ、ええ。でも(あわ)てないでくださいよ、テンショウさん。なにもかも()()()みなんですよ」

「はあ?」


緒菜穂(おなほ)ちゃん、緊張しちゃって人見知りしちゃって、何を言ってるのか分からない状態なんですって。でも、それでもなんとか『街の外に出たい』みたいだと、あの子の意思を汲み取ることができたそうですよ? それで、だったら交易商さんに買ってもらったことにしてって」

「ダメだ!」

 俺は再び大声をあげた。

 そしてメチャシコに、フランポワンから聞いたことを伝えた。



「ええー? それじゃ緒菜穂(おなほ)ちゃんは!?」

「このままだと、ほぼ間違いなく街の外で殺される」

「そんな!? そんな、わたしっ」

 と言って、メチャシコはその瞳に大粒の涙を()めた。


「わたし、わたし、緒菜穂(おなほ)ちゃんが、テンショウさんをひと目見れば喜ぶんじゃないかって、わたし、それだけの気持ちでっ」

 と涙声で言った。

 俺は大きく息を吐いて、とりあえず現在の状況を整理した。

 昨日、アンジェリーチカから無理やり渡された競売の招待状をカバンから取り出した。

 目まぐるしく状況を分析し、結論した。

 そしてメチャシコの肩に手を置いて、こう言った。



「俺が緒菜穂(おなほ)ちゃんを買うよ」



 この言葉を聞いたメチャシコは、しばし呆然(ぼうぜん)としたままでいた。

 俺は念を押すようにもう一度言った。


「競売の紹介状なら持っている。お金もある」

 実は、稼いだ金がかなりある。

 俺はメチャシコに微笑んで、お金を取りに家に戻ろうとした。

 口をあんぐり開けてこれを見送っていたメチャシコは、ようやく、


「テっ、テンショウさん」

 と声をあげて、それからつけ加えた。



「でも、テンショウさん。なにか目的があってお金を貯めてたんじゃあ……」



 このメチャシコの言葉が俺を硬直させた。


 そうだ。

 たしかに、そうだ。その通りだった。

 俺は、アンジェリーチカに復讐するためにお金を貯めていた。

 あの高慢(コウマン)なアンジェリーチカに一泡吹かすために、俺は成り上がろうとしている。

 そのために俺は屈辱にたえ、死ぬ気になってお金を稼いでいたのだ。


 その金を今ここで使って()いものか。

 成り上がる日が遠のいてしまうのではないか。

 そしてあの娘を救うことに、それだけの価値があるというのか?


「いや、違う」

 違うのだ。


 このとき。俺は、自分が思い違いをしていることに気がついた。

 そして、自分が立ち向かっているものの正体に気がついた。


 俺は、アンジェリーチカのもつ『魔法使いへの差別意識』に(あらが)っていた。

 彼女のもつ差別意識に、俺は反発し、成り上がってやろうと思ったのだ。

 が、しかし。

 俺が何に反発しているのか――を、もっと深くまで追及してみれば、それは、



 アンジェリーチカの『合理的な現状維持の精神』に、反発しているのにほかならなかった。



 彼女の魔法使いへの差別意識は、実はそれほど強くはない。

 しかし。

 彼女は、世の中から差別をなくそうと働きかけはしないし。

 自身から差別意識を消し去ろうともしない。

 なぜなら。

 そのようなことをしても無駄だと、アンジェリーチカは知っているからだ。

 (あきら)めているからだ。

 そして彼女は無自覚・無意識下で「魔法使いはこのまま差別しておいたほうが『お得』だ」と、合理的な決定を下しているのである。


 俺はそんな彼女に反発する。



 それなのに俺の心に今あるのは。

 まさにこの、彼女と同じ『合理的な現状維持の精神』なのである。



 俺は成り上がるために、死にもの狂いでお金を稼いだ。

 そのお金を緒菜穂(おなほ)のために使うのは無駄である。

 緒菜穂(おなほ)は、このまま見殺しにしたほうが『お得』だ。

 と、俺は今まさに合理的な判断を下そうとしているのだ。



「駄目だ! それではアンジェリーチカと同じだ!!」


 そんなことをしては、アンジェリーチカに向けた怒りが霧散してしまう。

 俺は廉恥(れんち)心をなくしてしまう。

 潔癖(けっぺき)感すらなくしてしまうだろう。



「駄目だ! 見殺しにしては駄目だ!!」


 緒菜穂(おなほ)は、俺の魔法によって魔力を失った。

 そのことで、緒菜穂は城壁の外へ出ることを夢見た。

 そして願いは聞きとどけられて、外に出るのだけれども。

 しかし、外に出たところで殺されてしまうのだ。

 このデモニオンヒルの秘密を守るために――。


「ふざけんな。絶対に守ってやる!!」


 俺は全財産をかき集めて袋に詰めた。

 そしてそれを持って城門に駆けつけた。

 緒菜穂(おなほ)をのせた幌馬車(ほろばしゃ)が街を出ようとする、まさにその瞬間だった。

 俺は、その場を統率する都市会長アンジェリーチカに向かって、こう叫んだ。



「待ってくれ! この金で、その娘を買う!!」



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 緒菜穂の危機を知った。



 ……緒菜穂は、俺の守るべきもの、そして失ってはいけないものの象徴である。




■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。


 屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。


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