その3
翌日。
斡旋所には、フランポワンの依頼がなかった。
俺はメチャシコの仕事が終わる時間まで、街をぷらぷらして時間をつぶすことにした。
夕方になって戻ると、フランポワンが高熱で寝込んでいることが分かった。
俺はそのことを、受付をしているメチャシコから聞いた。
「なんでも昨晩から、ずっと熱だそうですよお?」
「ああ、俺といるときに倒れたんだよ」
というか、俺の魔法が原因だ。
「でも、それからずっと寝込んでるの?」
そこまで俺の魔法に威力があるとは思えない。
というより、発熱魔法はすぐに解除したのだ。
だからすぐにおさまると思ったのだけれども。
「病は気からって言いますしねえ」
「はァ」
「お見舞いに行ってはどうですか?」
「ああ、そうだな」
「逆・玉の輿のチャンスです」
「いやそんなっ」
俺が眉を上げたら、メチャシコは可愛らしくガッツポーズをした。
「応援してます」
と言った。
俺は肩をすぼめて眉を上げた。
そして彼女と別れ、見舞いに行ったのだった。――
ザヴィレッジ家に行くと、寝室に通された。
フランポワンは、ふあふあのベッドに沈み込んでいた。
ほっぺたを桜色に染めて、高熱と戦っていた。
彼女は俺を見て、救いを求めるように手を伸ばした。
俺がそばまで行くと、
「うれしい」
と言った。
そして従者を見て、頷いた。
すると従者は、俺を見て言った。
「お嬢さまは、高熱で上手く話すことができません。ですから、ご伝言を私からお伝えします」
「ああ、はい」
「お嬢さまから、テンショウ様に依頼があります。お嬢さまのベッドで、添い寝をしてください。衣服はシーツと同じ材質の清潔な物を、あちらに用意してあります。その衣服に着替えたのち、ベッドにお入りください。お嬢さまにイタズラができないよう、私が手足を縛ります」
と、従者は淡々と言った。
あまりのことに俺は言葉を失った。
従者は無感情のまま、こう言った。
「このことは、ザヴィレッジ家の者すべてが了承しております」
「しかしっ」
「フランツ様も納得されています」
「はあ?」
「信じてるよ――と、フランツ様からのご伝言です。『もし、テンショウ君が戸惑ったときは言え』とも言われました。そうすれば、必ずやテンショウ様は依頼をお請けになると」
「うーん」
俺は困り顔で従者を見た。
従者は無表情のまま、ゆっくり頷いた。
俺は、目まぐるしく計算をした。
そして、結局、依頼を受けることにした。
彼らの了承のもと、監視のもとなら、なにも問題は起こらないはずだ。
そう思ったし、また責任を感じていたからだった。……。
俺は、つるつるの絹の肌着に着替えた。
そしてフランポワンのベッドに入った。
すると従者が、俺の手足をベッドに縛りつけた。
ただし、やわらかな絹である。
「痛くないですね」
と、従者はまるで看護婦のように言った。
俺は、精密検査を受けるときような、寝台に乗せられた患者のような気分だった。
俺が頷くと、従者は、すっと下がった。
おそらく部屋のなかに居るのだろうが、気配がしなくなった。
フランポワンと俺と、ふたりっきりになったような雰囲気となった。
「ありがとお」
フランポワンが、俺の頬をさすって言った。
俺は、つばを呑みこむように頷いた。
すると、フランポワンは、くすりと笑った。
ぐいっと、太ももを俺に乗せた。
腰をこすりつけるようにして、身を寄せてきた。
甘えるように、俺の胸に頬を乗せた。
そして上目遣いで、こう囁いた。
「んふふ。熱く硬くなったねえ」
そう言って、フランポワンは思いっきりスケベな笑みをした。
やがて、
「うち、嬉しいンよ。魔法使いクンに体をあげたいくらい嬉しいン」
と呟いた。
それから、つけ加えた。
「でも、みんなに見られてるから、できないンよ」
フランポワンは、がくっとうなだれた。
そのまま俺の胸にしがみついたまま、高熱にあえいだ。
今まで無理をして話していたことは明らかだった。
そんな彼女を俺はすこし気の毒に思ったが、しかし、どうすることもできなかった。
俺の魔法は、振動させることはできても、振動を鈍化させたり停止させることはできなかった。
発熱専門の魔法だった。
だから俺は、彼女を解熱することができなかった。
「魔法使いクン……」
フランポワンは俺の肩のあたりを、ぎゅっと握り、喘ぐように言った。
うわごとのように、寂しい寂しいよと、彼女は言った。
それを俺は黙って聞いていた。
しばらくすると、フランポワンは快復の兆しをみせた。
俺は、ベッドに縛りつけられたまま、彼女の話を聞いた。
それは他愛のない、どうでもいい話だった。
お姫チカが忙しくなる。半月くらい会えなくなる。今までのように遊べなくなる。寂しい、寂しい、だから魔法使いクン一緒に居て、お姫チカのかわりにずっと、うちのそばに居て……等々。
それに対して、俺は特に意見を持たない。
怒りは特に沸いてこなかった。
屈辱も感じなかった。
ただただ、俺はフランポワンのことを、壊れた愛情表現をする、甘えんぼうで寂しがり屋の、スケベな身体をした美少女だと思った。
そう思いながら話を聞いていた。
呆れていたのかもしれない。――
翌日。フランポワンは全快した。
俺は依頼の報酬と、そして特別に謝礼を受け取った。
ただ、俺としては見舞いのつもりで行ったので、あの日ことを仕事だとは思いたくなかった。
だから、せめて謝礼だけでも返すことにした。
しかし、従者は拒絶した。
「困ります」
「いや、でも」
「困ります」
「俺だって」
「困ります」
こんな感じで俺と従者が謝礼を押しつけあっていると、そこにフランツがぷらっと顔を出した。
フランツは、すばやく俺たちのやりとりを理解して、大らかに笑った。
そして言った。
「受け取るのが礼儀だよ」
「でもっ」
俺が口を尖らせると、フランツはバチッとウインクをした。
「僕がキミなら、謝礼の金額ぶんの花を買うな。そして、大量の花で妹のベッドをうめつくすんだ」
そう言って、フランツは去った。
見事なアドバイスと去り際だった。
俺と従者は、しばらく口をぽっかり開けたまま彼の背中を眺めていた。――
その後、フランポワンの依頼は再開された。
俺は彼女のもとに通った。
フランポワンは、熱を出したことも俺を抱き枕にして寝たことも、何事もなかったように、いつも通りにふるまった。
変化があったのは、俺のほうだった。
フランポワンに悪気がないことが、明らかになったからだ。
彼女は、ただ寂しがり屋で甘えん坊なだけだった。
フランポワンは、感情のアウトプットのしかたが壊れているだけの――大金持ちの娘なのだ。
そう思うと、フランポワンに雇われることの屈辱感、反発心がなくなった。
毎日、仕事をしに行くようになった。
すると収入が増え、蓄えができた。
そして、そのことによって心にゆとりができた。
フランポワンの肌着を洗うことに抵抗がなくなった。
彼女の取り巻きと同じように、彼女にお世辞を言うようになった。
睾丸を温めてやった貴族、あの、アハトに向かっても愛想笑いをするようになった。彼の嫌味や皮肉も聞き流せるようになった。そして、嫌なことがあってもすぐに忘れられるようになった。
というより。
心境に大きな変化が起こった。
なぜ俺は今まで、女性が喜ぶことを口にするのに抵抗があったのだろう。
それに、別に男が女の肌着を洗濯してもいいじゃないか。
そもそもフランポワンは俺の雇い主で、しかも年上じゃないか。
頭を下げたり、敬意を払うのは当たり前じゃないか――等々。
俺は、過去の自分に対して、疑問を抱き、否定するようになっていた。
そうやって、しばらくフランポワンのところに通っていると。
門のところでアンジェリーチカに、ばったり会った。
「すみませんっ」
俺は慌てて道をあけた。
そのはずみにアンジェリーチカは、ふと俺をかえりみて、
「あら、テンショウ。最近、野性味がなくなったわね」
と、軽蔑したように言った。
俺は言葉がなかった。
みごとな指摘だと思った。
俺は自分が、フランポワンを取り巻く貴族たちと同じように、ふにゃふにゃになってしまったことを知っていた。
いつしか、復讐などという気取ったメッキがはげていた。
俺の態度は、最初の闊達さ、ふてぶてしさを失って、なにか卑屈なものがあった。
フランポワンやアンジェリーチカに媚びることを恥辱とする、かつての潔癖感が、いつのまにか消磨していた。
俺はそのことを、みごとアンジェリーチカに見抜かれて、羞恥に身悶えた。
涙目になった。
するとアンジェリーチカは、キリッとした笑顔で頷いた。
そして、ぷいっと背を向けて去った。
ちくしょう!
ちくちょう、ちくちょう、ちくちょう!!
俺はこの悔しさを、彼女にぶつけた。
後ろから思いっきり睨んでやった。
魔法でアンジェリーチカを刺激してやった。
「あら、嫌だわあ」
アンジェリーチカは、そわそわして内股で屋敷に向かった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
アンジェリーチカに、不抜けたことを見抜かれた。
→尿意をもよおす振動をあたえてやった。
……こうやって要点だけを抽出すると、逆恨みのように見えてしまうのが――いや、真実、逆恨みだと思う。俺は自分の卑しさを恥じるのだった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




