その8
「やっぱり魔法使いクンは、お姫チカのことが好きなんねえ」
と、フランポワンは言った。
俺は、まるでガムでも踏んだようなそんな顔をした。
ザヴィレッジの大邸宅。
そこのソファーに俺は沈み込み、そしてフランポワンが耳もとで囁いている。
「ねえ、魔法使いクン」
そう言ってフランポワンは、俺の首にまっ白な腕を絡みつかせた。
ほっぺたをくっつけ、俺に覆いかぶさるようにして全体重をあずけてきた。
俺は押し倒された。
フランポワンは、まるでバナナボートにまたがるようにして、俺にしがみついた。
そして、真っ正面に俺を見て言った。
「契約書は、そこの机よ」
にたあっとした、ひどくスケベな笑みだった。
俺は、ぞっとしてつばを呑みこんだ。
すると、フランポワンは悦びの声を漏らし、顔をものすごく近づけてそして言った。
「キスしよっか?」
「………………」
ふわっと、とてもいい匂いがした。
「魔法使いクンってキスしたことある?」
「……ありません」
俺は果実酒のような息を吹きつけられ、うわごとのように言った。
「うちはある」
「………………」
俺は脳が痺れたような状態になって、フランポワンを見た。
彼女は微笑み、甘ったるい声で言う。
「お姫チカと」
「………………」
俺は息を呑んだ。
「んふふ。ほらやっぱり、お姫チカのこと好きなン」
「いやっ、そんなこと」
「だって今動揺したやン」
「それはっ」
ふたりの濃厚なキスシーンを想像してしまったからだ。
どういうわけかネチャネチャとしたハードコアなやつを想像してしまったからだ。
「まあまあ、それは冗談として、うちも男の人としたことないンよ。だから、魔法使いクン、キスしよう?」
「……いや」
「うちとじゃイヤ?」
「……そんな」
「んふふ。身体はOKって言ってるンよ。なんか魔法使いクン、熱く硬くなってンよ?」
「それはっ」
フランポワンに抱きつかれたら、誰だって興奮してしまうだろう。
彼女は――おっぱいがバカみたいに大きくて、色白でぽっちゃりしてるけど実はウエストが細いって感じの――いつもニコニコしている美少女である。
そんな美少女に抱きつかれて興奮しない男がいたら、そいつはまず間違いなくホモである。
「うち、魔法使いクンみたいなギラギラした子、大好きなンよ。魔法使いクン、お姫チカのこと憎しみに満ちた目で睨むやン。あの瞳、うち大好きなン。ぞくぞくするンよ」
「……はあ」
「だから、うち、魔法使いクン欲しいン。魔法使いクンを寝室で飼って独り占めしたいンよ」
「飼う!?」
「そう。ベッドに寝かせて毎晩抱き枕のようにして寝たいンよ。それでね、男の人と経験する前に、魔法使いクンで練習するンよ」
「はァ!?」
なにやら話がおかしな方向に向かいだした。
思わず上体をあげると、ぐいっと押し倒された。
やわらかく大きな、しかし意外にも軽いふたふさの乳に押しつぶされた。
フランポワンは、俺の首にそのまっ白な腕をべっちゃり絡みつかせて言った。
「うち、お姫チカの親戚と結婚するン。そうなれば王族の妻になるンやけど、でも、旦那さまに飽きられるかもしれンのよ。そうなったら寂しいやンかあ?」
「…………それで」
「結婚する前に、魔法使いクンで夜のことをたっぷり練習すれば、旦那さまもきっと、うちに夢中になる。うちを可愛がってくれるはずなンよ」
「…………そのために」
「今から魔法使いクンを飼うンよ。どうせ練習するならカッコイイ子で練習したいやン。お姫チカにも自慢したいやン」
「はァ――」
と、思わず俺は息を漏らすように失笑した。
すうっと真顔になり、俺はフランポワンを押しのけた。
そして立ち上がった。
バカバカしい。
付き合ってられるか――と、思った。
するとフランポワンは勢いよく立ち上がった。
全身全霊を投げ出すようにして、俺の首にぶらさがった。
そして満面の笑みで、しかし脅すように言った。
「契約書は欲しくないン?」
俺が絶句し立ちつくすと、フランポワンは息を吹きかけるようにして言った。
「冗談よう。契約書には、もうサインしてあるンよ。だから、そのこととは関係なく、うちともう少し楽しんでえ?」
「……はあ」
「ねえ。この建物は、うち独りの家なンよ。だから、どんなに騒いだって誰も来ない。魔法使いクンが叫んでも、うちが叫んでも、助けは誰も来ないンよ?」
「………………」
「無理やり押し倒してもええンよ?」
「…………いや」
「無理やり押し倒されたってウソついても、みんな信じるンよ?」
「そっ、それはっ」
全身から嫌な汗がどっと噴き出した。
思わず背筋が伸びた。
俺は真っ青な顔で、あごを引いた。
フランポワンを見た。
するとフランポワンは、くちびるをねだるような、とろんとした目をして言った。
「魔法使いクンのファースト・キスは金貨何枚?」
「…………そっ」
「いくらなら買える?」
「……それはっ」
「ねえ、いくら?」
「くっ」
俺が眉を歪めると、フランポワンは恍惚の笑みで言った。
「魔法使いクンのプライドは、いくらなら買える?」
衝撃のため、しばし声もない俺を笑顔で見て、フランポワンは続けた。
「うちに買えない物は、なにもないンよ?」
そう言って、彼女は俺のネクタイをつかんだ。
きゅっと、やわらかく締めた。
そして、ぽつりと、
「身の丈にあった幸福で満足せんとね」
と、フランポワンは言った。
その哀れみを帯びた瞳が、俺は堪えられなかった。
「バカにするなッ!」
俺は激しく怒った。
フランポワンを引きはがした。
これ以上ない憎しみと侮蔑をもって、彼女を睨みつけた。
それと同時に、彼女の体内を魔法で震わせた。
フランポワンの下腹部、その中心を内側から襲ったのは、荒々しく、そして長い振動だった。
「いやあん」
フランポワンの口から名状しがたい叫びがもれた。
ぺたんと座り込み、しばらくするとドレスに自らの手をつっこんだ。
フランポワンは淫猥な顔をして、自身のはちきれるような乳房を揉みねじる。
そのまッしろな腹をなでまわす。
そして俺の足に夢中でしがみつく。
おもてを背けずにはいられない凄惨淫虐の光景が繰り広げられた。
俺は、自らの魔法の想像以上の効果に絶句した。
魔法を止めると、フランポワンは、ハッと我に返った。
しかし、状況をよく理解できずにいた。
彼女はしばらく座り込んで、太ももの奥をいじっていたが、やがて、くやしそうな目で俺を見上げた。
そしてスケベな、べっちゃりとした笑みでこう言った。
「うちに逆らったンね?」
「ああ」
俺は憮然とした態度で頷いた。
フランポワンは言った。
「プライドが高いンね。卑しい身分なのに、心は潔癖なンね」
「当たり前だ」
吐き捨てるように言うと。
フランポワンは、心の底から喜びがこみ上げたような、そんな笑みをした。
そして言った。
「汚してやる」
俺が黙っていると、フランポワンは念を押すように言った。
「魔法使いクンのその高潔な心を、うちがドロドロにしてあげる」
べちゃっとした女の目で見て、それからつけ加えた。
「めちゃくちゃに汚してあげる」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
フランポワンに、ファースト・キスは金貨何枚で買えるかと訊かれた。
→下腹部のその中心を内側から激しく刺激してやった。
……そのことによって屈服させはしたが、以後、俺は彼女につきまとわれることになる。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




