裏切りの魔王
あぁ、行きたくねぇ……そろそろ魔合議の時間だ。
「テンセイ様。やっぱり私も行きます」
「何度も言うがこれは命令だ。付いてくるな」
ハッシュが心配そうに俺を見つめる。これから向かうのは、チート級の魔王たちが集まる場所。心配してくれるのはありがたいが、大切なメイドを死地に送るわけにはいかない。
それに、カイトからもハッシュは部屋で待機していてと言われていた。どうせなら部屋でゴロゴロしててくれ。
……と思った、その時だった。
突然、俺の身体が赤々とした炎に包まれる。
「……って、どこだここ?」
気づけば、俺は白く輝く空間に浮かんでいた。地に足はついていないのにも関わらず不思議と落ちる気配はない。
「これから向かうのは六壬承訣。ここはそこに通じる中間の空間。六壬承訣は魔合議が行われる特別な場で、本来魔王しか入れない。だが今回は、特例でお前を連れていく」
隣に現れたのはカイト。いつの間にか俺を連れてきていたようだ。
「本当に俺も行くのか……」
「魔王を殺せば、その魔能が手に入るぞ」
「今すぐ行こう!魔王全部ぶっ倒して俺が魔王だ!」
「はぁ……一体どこからその自信が湧くのやら」
カイトが呆れたようにため息をつく。だが俺は本気だった。実は、魔王を倒す作戦も少しは考えてある。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。テンセイ、準備はいいか?」
「おうよ!」
すると、カイトが静かに手を掲げ詠唱を始める。
「果てなき虚空よ、無限に広がる星の軌跡よ、時空の軋みに耳を傾けよ。我が意に従い、魔と魔を繋ぐ橋を架けよ。六の扉を開き、その先に道を刻め」
うぉ!!すげぇ、まじ詠唱だ!!
詠唱が終わると白い光が一気に輝きを増し俺の視界を包み込んだ。
◆◇◆◇
「テンセイ、着いたぞ」
あまりの眩しさに思わず目を閉じていた俺はゆっくりと目を開ける。
「ここが……六壬承訣か」
目の前には巨大な観音開きの扉。見るからに重要そうな雰囲気が漂っている。
「お前が開けてみろ」
と、カイトがニヤリと笑いながら俺に言う。
……嫌な予感しかしない。
「まぁ、扉を開けるぐらいなら……」
どうせ中に魔王がいるのだ。ならば、俺の強さを知らしめてやる好機。俺の名を轟かせるのだ!
俺は扉を破壊せんとする勢いで扉を押し開けこう叫ぶ!
「俺はテン――」
「――ヒヒッ!死ね!!」
扉の向こうから、いきなり飛び出してきた女が刀を振るって俺に襲いかかってきた。
あまりの速さに、俺は完全に反応が遅れる。刃が俺の首をかすめようとしたその瞬間、死……その一文字が頭をよぎる。
「――閻羅刹神!!」
「チッ……」
どこからともなく現れた巨大な拳が女を殴り飛ばす。女は舌打ちをして壁に激突したが、すぐに平然と立ち上がる。
やばい……やばい!俺は滝のように脂汗をかいた。
今までに感じたことの無いほど強烈な圧だ、こんな圧、浴びただけだが気絶してしまいそうだった。
「テンセイ!大丈夫か?」
「……あぁ、なんとか」
俺を襲った女はすんでのところで腕を入れて衝撃を受け止めていたようだ。
「痛ぇな赤口。久しぶりの再開だってのによぉ」
「先に襲いかかったお前の自業自得だ」
まったく恐ろしい女だ……これがカイトやクラリッサ以外の魔王……。
「さぁテンセイ、俺たちの席はあそこだ」
カイトが指さした先には、六つの巨大な椅子が円卓を囲んで並んでいる。そのうちの二席にはすでに魔王と思しき男女が座っていた。一方の男は背が高く、もう一方の女は何故か寝ている……。
俺とカイトは並んで席に向かう。とそこにはどう見ても簡易的な小さな椅子があった。
あぁ……明らかにこれが俺用の椅子だな。
「悪いな。これしか空いてなかったんだ」
まぁ俺は魔王でもなんでもないただの国王だし、仕方ない。俺はちょこんとその小さな椅子に座る。
先ほどの女魔王も、苛立たしげに席についた。俺はこっそりカイトに耳打ちする。
「なぁ……これって、いつ始まるんだ?まだ二人来てないようだけど」
その瞬間、俺の質問を遮るように空間が歪み、何もなかった空間に突如として大きな扉が現れる。
「――ワタクシが来てあげましたわよ!!」
そしてその扉を開かれ、勢いよく現れたのは、大安の魔王、クラリッサだ。
まぁ……こいつも魔王だからそりゃ来るか……
「いつにも増して穢らわしい場所ですわ」
俺を見下すように睨みながら、クラリッサは高圧的に席についた。
……ぶん殴りたい。
そんなことを考えていると、今まで黙っていた背の高い男がゆっくりと口を開く。
「全員、揃ったみたいだね。では今日の議題に入ろう」
いや、あと一つ空席があるだろ……?と思った矢先、
「――裏切り者、仏滅の魔王についてだ」
場の空気が一気に張り詰めた。この一言から魔合議の始まるのだ。
裏切り者……その言葉が発せられた瞬間、魔王全員の放つオーラが物理的に重くなるような圧を感じた。
俺はそのオーラに思わず萎縮する。
……魔合議。やっぱり恐ろしい場所だと改めて思い知った。
「その前に、テンセイ君に自己紹介をしないとね」
すると、背の高い男が重苦しい空気を壊すように笑顔でこちらに顔を向ける。それを受けて、隣のカイトが口を開いた。
「そうですね、では俺が一人ずつ紹介しましょう」
……カイトが敬語だと!?この男、何者なんだ。
「まず俺の右隣、時計回りにいこう。大安の魔王、クラリッサ・エヴァンジェリン・アストリア。テンセイはもう知ってるな」
「二度目の紹介ですわね」
このムカつく女が魔王だなんて、未だに信じられない。
「次、友引の魔王フレン・ブラフマー。個性的な魔王たちをまとめるリーダー的存在だ」
「よろしくね、テンセイ君」
やはりか……この人だけだけ魔王特有の殺気に近い圧の漏れがない。
まぁ……そんなもの俺に感じとれる訳もないのでただの妄想に近いがな。
「三人目、先負の魔王ヴェロニカ・モルガナイト。こいつは怠惰の象徴で、ずっと寝てる。何考えてるか分からんやつだ」
「ぐぅ……ぐぅ……」
……俺が来た時から寝てたやつだ。こんなの本当に強いのか?いや、こいつなら俺でも勝てるかも……。
「四人目、先勝の魔王カルマ・スカーレット。戦闘狂で、初対面の相手には容赦なく攻撃してくるかなりイカれた危険人物だ」
「イカれただと!?ぶち殺すぞコラァ!!」
俺を襲ってきた女。最初に目を合わせた瞬間に分かった。こいつ、マジで頭おかしい。できれば一生関わりたくない。
「そして俺、赤口の魔王ミワカイトだ。改めてよろしくな。そして……六人目なんだが……」
カイトの声が詰まる。その沈黙を埋めるように、フレンさんが代わりに話し始めた。
「六人目は仏滅の魔王、アマガミテンマ。僕が知りうる中で唯一、魔王を殺してその座に就いた男さ」
その言葉に俺は目を見開き、明らかな動揺を見せる。
……魔王を殺した!?本当にそんな前例があったのか……
と、ここでフレンさんの纏う雰囲気が一気に変わる。
「だが、テンマ君は僕たちを裏切った。魔王を殺したことを咎めるつもりはない。それよりも問題なのは――彼が指輪を盗み、姿を消したこと。それこそが、裏切りだ」
「……指輪」
もしかして……いや、もしかしなくても……!
俺の顔色を見たカイトが、重々しくうなずく。
「テンセイをこの世界に連れてきた、あの指輪……あれが、フレンさんの言っている指輪だ。」
やっぱり……あの指輪か。
「あの指輪は……最近になって僕たち魔王の手によって発見され、厳重に保管していたものなんだ」
フレンの声は、いつになく重たく響いた。
「あれは、ただの指輪じゃない。世界の理……この世の決まりごとを、無理やりねじ曲げてしまういわば異物だ」
俺は言葉の意味を理解できずに沈黙する。
「……普通、異世界に来るってことは一度死んだってこと、向こうの世界とこちらの世界は本来一方通行でなくてはならない。
けれど、あの指輪使えば、一度死んで異世界に来た存在が元の世界に戻れてしまう。本来絶対にあり得ないはずの現象が現実になってしまうんだ」
……あの指輪は異世界に行くための指輪ではなく、元の世界と異世界を行き来する指輪なのか。
つまり、あの指輪さえあれば国民たちをもう一度元の世界に戻してあげることも……
そんなことを考えていると、カルマが俺を睨みながら口を開く。
「ちょっと待て。仏滅が盗んだ指輪を、なんでそのガキが持ってんだよ?」
……あの指輪、確かに俺はあの謎の骨董屋で買った。だが、なんで異世界の超重要アイテムが、あっちの世界のしがない骨董屋にあったんだ?
頭の中に浮かんだ疑問を読み取ったかのようにフレンが静かに補足する。
「テンマ君は用意周到な策士だ。何らかの意図があって、指輪を君の手に渡したのだろうね」
「なんで……なんで俺なんかに……」
「――これが運命だよテンセイ。そんなに卑下するな」
その言葉が放たれた瞬間、魔王たち全員の瞳孔が開き、空気が一変する。まるで時間が止まったような静けさに包まれた。
俺の肩に、誰かの手がそっと触れた。どこかで感じたことのある温もりがある。
と、次の瞬間……一秒にも満たないほどのコンマ一秒僅かに炎が見えた。
「私の後ろにいなさい。そこなら君を守れる」
振り返ると、そこにいたのはさっきまで眠っていたはずのヴェロニカだった。俺に背を向けて、すでに抜刀の構えを取っている。
「……は? 俺、さっきまで自分の椅子に座って……」
視線を移すと、俺が座っていた椅子が視界にはいった。
どうやら気づかぬうちにカイトの力で移動させられていたようだ。
「てめぇ……何しに来やがった」
カルマが殺気を込めて、刀をある男の首筋へと向けている。他の魔王たちも全員が戦闘態勢。空気が刺さるほど張りつめている。
「少し話をしに来ただけさ。私だって魔王だ、この場にいる資格くらいはあるだろう?」
その声に対し、カルマの怒気がさらに高まる。殺気だけで肌が裂けそうだ。
「仏滅……お前はもう魔王じゃねぇ。能力を返せ。そうすれば痛みなく一撃で殺してやるよ」
仏滅……仏滅!?この男が裏切り者、アマガミテンマなのか?
顔をはっきり見ようと、俺はそっと覗き込む……そして、その顔を見て思わず言葉を失った。
「……カルミア、なのか……」
そこに居たのは俺に通行許可書をくれ、優しくしてくれた、あのカルミア。
なんと、その正体は裏切りの魔王アマガミテンマだったのだ。
「久しぶりだね、テンセイ」
その一言に、隣のカイトが低く声を漏らす。
「やはりお前がカルミアを名乗っていたか。おかしいと思っていた。俺の門を破壊できる奴なんて、魔王レベルでなければ不可能だからな」
そんなカイトの言葉を嘲笑うかのようにテンマは話し出す。
「そろそろ答え合わせも終わったかな? 本題を話してもいいだろうか?」
カイトは、少しだけ黙ってから頷いた。
「……話せ」
テンマはわずかに微笑み、口を開く。
「今日ここに来たのは、君たち魔王への宣戦布告だ」
「宣戦布告だと……?」
カルマが刀をさらに強く握りしめる。周囲の空気が焼けるように熱い。
「私たちは魔王を一人残らず殺す。そう決めたんだ」
あまりにも突然であるもののどこか妙に説得力のある声。
その無謀とも取れる異様な宣言に、フレンが静かに口を開く。
「……テンマ君、君は今この状況が見えてるのかい?」
そうだ。ここには五人の魔王、そして俺がいる。好き勝手などできるはずがない。
だがテンマは俺の予想とは裏腹に静かに鼻で笑った。
「安心してくれ。今は殺しに来たわけじゃない。ただもう一つ、伝えたいことがあってね」
少しの沈黙の後、カイトが言う。
「……最後だ。話せ」
カイトは軽く笑い、そして一言……
「――私は命じた。突如現れた国を滅ぼせと」
背筋が凍った。思考が止まる。
カイトにも動揺が走る。
「テンセイ!! 急ぐぞ!!」
カイトが俺のそばに瞬間移動し、次の瞬間には炎の渦が俺たちを包む。
「そいつは任せます!」
そう叫びながら、カイトは俺と共に空間を転移した。
――そして、炎が消える。
いつもなら短いと感じるはず瞬間移動が、まるで永遠にも思えるほど遅く感じた。
現実を直視したくない脳が、抵抗していたのだろう。
だが、目の前の現実は、容赦なく俺たちを叩きつける。
「……ッ!!?」
カイトが息を呑む。俺も同様だ。
目の前に広がるのは、崩れた建物と、赤く染まった瓦礫。そして……
――俺の国。
目の前の光景に全身の細胞が恐怖と怒りを覚える。
炎に包まれ、無残に壊され、死臭すら漂う。
そして、数十メートル先に人影が二つ見える。片方は首を掴み持ち上げ、もう片方は持ち上げられ血を垂れ流し悶えている。
灰が風に散り、俺は二人の顔をはっきり見る。
「――……ハッシュ!!」




