嚆矢
「お父さま、入るね〜!」
ノエリアはノックしながら明るい声でそう言い、そのままドアを開けて中へと入っていった。
俺たち三人は外で待っていてと言われているのでノエリアに呼ばれるまで一旦待機だ。
そして数分もしないうちに、再び扉が開いた。
「入ってきていいってー」
そう言って、ノエリアが俺たちに向けて手招きをしてきた。
「おおおお邪魔しまーす!」
「失礼いたします」
「ちっ……どれだけ待たせるのよ!」
三者三様に挨拶をしながら、俺たちは部屋の中へと足を踏み入れる。
そこには、以前に会ったあのヴァーモット王が、重厚な机の横に立っていた。
「お前が来たということは……妹を連れてきたということだな」
ヴァーモット王は開口一番、あの取引について言及してきた。
未だによく分からない理解不能な取引だが……
「こちらが私の妹のヒキアナ・ヤンドラシル・シュタインでございます!煮るなり焼くなり揚げるなり好きにしちゃってください!」
俺は誇らしげにヒキヤンを指さしながらヴァーモット王に妹を差し出す。
「ちょ、ちょっと!?こんなジジイに私を渡すわけ!?断固拒否する!!」
ヒキヤンはバタバタと暴れて必死に抵抗する。
だが、今はこいつがどうなろうと知ったことじゃない!!
「――いま、なんて言った〜?」
突然低く冷えた声がした。その声の主は……ノエリアだ。
さっきまでの柔らかい雰囲気は完全に消え失せ、空気がピリついている。まるで周囲の温度が一気に下がったようだ。
ノエリアはうつむいたまま、静かにこちらへ歩み寄ってくる。
「ちょ、ちょっとノエリアさん……?どうしたんですか……?」
俺の声にも反応せず、その足取りは止まらない。まるで獲物に向かう空腹の捕食者のような雰囲気だ。
何かいけないこと言ったか……?もしかして、ヒキヤンがヴァーモット王のことをジジイ呼ばわりしたから……?
俺とヒキヤンは無意識に後ずさる。
一方、ハッシュはすぐに異変を察知し手を胸元へ。
暗器でも取り出すつもりか、完全に戦闘態勢に入っていた。
この空気はただ事ではないと判断したのだろう。
その瞬間……ノエリアが猛然と突進し、ヒキヤンに勢いよく抱きついた。
「――妹!妹よ!ついに見つけたわ!これが私の妹なのね!!」
……え?何が起きてる……?
目の前の光景に思考が追いつかない。
そして、抱きつかれたヒキヤンの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「お、お姉ちゃん……もしかして、お姉ちゃんなの!?」
何が起きているのだ……情報が完結せん!?
目の前で行われている行動に混乱する俺たちに、ようやくヴァーモット王が口を開いた。
「見ての通り、ワシの娘ノエリアは妹が異常なほどに好きでな。毎日のように、妹を作ってほしいとせがまれておった。ワシとしても可愛い娘のために応えてやりたかったが……年齢的に、もうどうにもならんのだ」
そこまで話して、ヴァーモット王は俺たちに向き直る。
「どうか、ノエリアの妹としてお主の妹を預けてはくれんか。もちろん、決して傷つけるような真似はさせんと、約束する!」
……おいおい、ちょっと待て。これ、あまりにも適材適所すぎないか?
「あの……実は俺の妹、ヒキヤンもですね……ノエリアさんとは逆で、姉に異常なほど執着してるんですよ」
俺はそっと二人の様子を指さす。
「……ほら、見てくださいよ……もうマッチしすぎて、なんかすごいことになってますって……」
もはや言葉では表現しきれない。
二人の間には、すでに異常なほどの姉妹愛が成立してしまっている。
「おお!それはつまり、承諾してくれるということか!」
ヴァーモット王が目を輝かせる。
俺は念のためヒキヤンの意志を確認する。
「ヒキヤン、ノエリアさんの妹になっても問題ないよな?」
「なに言ってんの?私は最初からノエリアお姉ちゃんの妹だよ?」
……何はともあれこれで交渉成立。一件落着だ。
「では、そなたの国には大量の復興資源を提供しよう。後日数回に分けて順次輸送する形になるが、それで構わんか?」
「感謝します!本当に助かります!」
こうして俺たちは、妹を犠牲に国の再建に必要な資源を手に入れたのだった。
◆◇◆◇
俺は部屋の窓から破壊された城門周辺をじっと見つめていた。
「すげぇな……信じられない速さで復旧していってる」
「ええ。資源だけでなく、人員まで派遣してくださったヴァーモット様には本当に頭が上がりません」
まさかヴァーモット王が人手まで惜しみなく送ってくれるとは思っていなかった。
そのおかげで、城の復旧作業は当初の予定よりもはるかに早く進んでいる。
とはいえ、俺たちもここでじっとしているわけにはいかない。今から向かう場所がある。
「じゃあ、そろそろ出発するか!」
「はい、カリステア王国への馬車は既に手配しております」
そう、俺たちは再びカリステア王国へ向かう。
何故かと言うと、以前カイトと交した食料支援の見返りとして提示された、ふたつの条件のうちのひとつ。俺の国を正式に認めさせるため、カイトの統治下にある国々の王が集まる会議に参加するというものがあるからだ。
そしてその日が今日。幸いなことに、俺たちがカリステア王国でいろいろ騒いでいる間に、カイトも意識を取り戻したらしく、場所の選定については俺が一度行ったことのある場所なら道が分かりやすいというカイトの配慮によって、会場はカリステア王国ということになったのだ。
俺は正装に着替え、馬車へ向かう。
事前にカイトから会場を襲撃する者が現れる可能性も否定できないから護衛を連れてこいと言われたのでハッシュもつれていく。
もちろん、言われなくてもそのつもりだったのだがな。
俺たちは城の階段を下り、馬車へと乗り込む。
「もしもの自体が起きたら、絶対に外には出ないでください。……何があってもです」
「……分かった。俺が出ても邪魔になるだけだからな」
ハッシュのことだ、何が起きようときっと……どうにかしてくれる。
――そう信じている。
◆◇◆◇
カリステア王国近くの、薄暗い森の中……そこには、それぞれの感情がぶつかり合うように交錯し、重苦しくも奇妙な空気が渦巻いていた。
「――カイン君、本当に一人で行くのかい?僕も一緒に行きたいな〜!」
異常ともとらる狂気を含んだ甘ったるい声が響く。
「――貴方は私の武器庫なんだから着いていこうとしないでくれるかしら」
空気が凍てつくような冷たい声が返る。
「――ケケッ……安楽、哀婉、お前らは手出すなよ。面白くねぇーからな。
……ケケッ……終焉の時だ!」
――カリステア王国。
あの日、あの場所で……俺は生涯忘れ得ぬかけがえのないものを失うことになるのだった。




