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新たなる敵


 リューゲ王国の一件から数日がたった。

 俺は自分の城に設けられている治療室のベッドで横になっていた。

 心臓を貫かれた一撃と胴を斜めに裂かれた一撃はいくら俺でも流石に重たい。


「ねぇ!まだ遊んでくれないの!!」


 甲高い幼い声が、静かな治療室に響く。

 隣の椅子にちょこんと座っているのは、マイヤちゃんだ。

 最初から最後まで、ずっと付き添ってくれている。

 ずっとこんな調子だが。


「いや〜……ごめんな、マイヤちゃん。まだ起き上がれそうにないな……」

「もう!!なんでよ!!」

「そこにあるりんご食べていいからさ。ね?」

「……わかった」


 少し不満そうに頷き、りんごに手を伸ばす。

 カイトがお見舞いに持ってきてくれたものだが……まぁ、いいだろう。


――というか、そろそろあの時間か……


 そう思って扉の方へ視線を向けた、その瞬間。

 まるでタイミングを計ったかのように、治療室の扉がゆっくりと開いた。

 扉を開けた人物……それは――


「テンセイ。本当に済まなかった……まだ痛むか……?」


 リューゲ王国で死闘を繰り広げた三翼傑、一翼の聖――クラリス・シュトルツ・ヴァンホルト。

 30分に1回のペースでこうして俺に謝るためこの部屋に来るのだ。

 マイヤちゃんがグルルと犬のように威嚇する。

 これもずっとだ。


「何度も言うが大丈夫だ!」

「ならいいのだが……やっぱり心配で……」

「クラリスだって重症なんだぞ……安静にしてないと傷が開くかもしれないってうちの医者に言われたじゃないか」


 そう告げると、クラリスは気まずそうに視線を伏せた。

 ……仕方ない。

 もう、誤魔化したままにしていい話じゃない。


「マイヤちゃん。悪いけど、少しだけ席を外してくれないか」


 出来るだけ柔らかく、けれどはっきりとそう伝える。


「え!?」

「すぐ戻る。約束するからさ」


 マイヤちゃんは少し不満そうに頬を膨らませながらも、席を立った。


「……わかった」


 マイヤちゃんは名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出ていった。

 扉が静かに閉まり、治療室に残ったのは――俺と、クラリスだけ。

 ここで、疑問に思う人もいるだろう。

 なぜ、敵であるはずのクラリスが、俺の城にいるのか。

 答えは単純だ。


――クラリスは既に処刑されたことになっている。


 王を殺した反逆者に待つのは、極刑のみ。

 それは、どう足掻いても覆らない事実だった。

 だから、俺は裏で手を回した。

 記録を偽造し、証言を整え、処刑が執行されたことにした。

 表向きにはクラリス・シュトルツ・ヴァンホルトは死んだ。

 この真実を知る者はあの戦場にいた限られたもののみ。

 こうして、クラリスは今、俺の国で匿われている。

 それがこの異様な状況のすべてだ。


「こうして今を生きているのも、道を踏み外した私を救ってくれた君のおかげだ……。

 何度謝罪しても、感謝してもしきれない……」


 クラリスは顔を上げることなく、静かにそう語った。

 その声には尽きることのない悔恨の念が込められている。


「別に俺は怒ってないし、感謝されるようなこともしてないさ」


 そう答えながら俺は天井を見上げる。


「むしろ……俺の方こそ感謝してる」


 あの戦いを経て、はっきりと分かることがあった。

 剣の扱い、力の制御、判断の速さ――そういう技術だけじゃない。

 自分が何を守り、何を斬るのか。

 その心の軸が、確かに一本通った感覚があったのだ。

 その時、部屋の扉がまた開く。


「お見舞いに来たよ〜」

「……お姉ちゃんがどうしてもって言うから来ただけだからな」


 顔を覗かせたのは、ノエリアとヒキヤン。

 あの戦場に、共に立っていた二人だ。

 正直に言えばこの二人がいなければ、俺は今ここにいない。

 王殺しの濡れ衣を着せられたまま、処刑台に立っていた可能性すらある。

 ちなみに、この二人もクラリスが死んだことになっているのは知っている。


「……二人とも」


 俺が声をかけるより速く、クラリスが動いた。


「お二人とも、本当に申し訳ありませんでした……!」


 クラリスは出会って早々二人に深々と頭を下げ、謝罪の意を伝えた。


「私の身勝手な行動で巻き込んでしまって……」


「いいんですよ〜」


 ノエリアは柔らかく笑い、軽く手を振る。


「お姉ちゃんはそう言ってるけど、私はお姉ちゃんに傷をつけたこと許してないからな!」

「別にクラリスは傷つけてないだろ」

「間接的にだ!」


 ふんっと拗ねる子供のように顔を背けるヒキヤン。

 ノエリアは苦笑し、クラリスはさらに申し訳なさそうに肩を落とす。

 その時、ふと、胸の奥に引っかかっていた疑問が浮かんだ。


「そういえば前から気になっていたんだが、なんで二人はリューゲ王国にいたんだ?」


 その問いを投げた瞬間――ヒキヤンが、なぜか分かりやすく視線を泳がせ、もじもじと指先を絡め始めた。

 こんなヒキヤンを俺は見た事がない。


「そ、それは……」

「――デートだよ〜」


 被せるように、ノエリアが満面の笑みで即答した。


「デ、デートか……」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 この二人のイチャイチャ具合を見ればそれぐらいして当たり前だよな……。

 俺が謎の納得をしていると観念したようにヒキヤンが続けた。


「……王様が他国の王に暗殺されたって噂が聞こえて、まさかと思って聞き込みしたら兄貴の名前が出たんだよ」

「そう!それで助けに行ったの〜」


 ノエリアは楽しそうに言い、肩越しにヒキヤンを指さした。


「ち〜な〜み〜に〜助けようって言ったのはこの子なのよ〜!」

「お、おい!言わないでって!」


 顔を真っ赤にして抗議するヒキヤン。

 信じられない……あの暴君なヒキヤンが!?


「ヒ、ヒキヤン……さすが俺の妹だ!!」

「うるせぇ!クソ兄貴!」

「可愛いところもあるじゃないか〜。ツンデレってやつか?」

「ダメだ。こいつを今から殺す」


 ヒキヤンの身体から、分かりやすい殺気が噴き出す。


「まあまあ……落ち着いてください」


 クラリスが苦笑しながら殺気を放つヒキヤンを宥める。

 ヒキヤンは舌打ちしながらも、ゆっくりと拳を下ろす。

 その様子を見て、場に張りつめていた空気がようやく和らいだ。

 ひとまず話は落ち着いた、と判断したのだろう。

 ノエリアが軽い調子で口を開く。

 

「それじゃあそろそろ帰るね〜。この持ってきた果物はここに置いておくから〜」

「チッ!二度と来るか!」

「また来るからね〜!」


 そう言い残して二人は部屋を後にした。

 静かになった治療室を見渡しながら、俺は内心で苦笑する。

 どうせその果物も、後でマイヤちゃんに全部貪られるんだろうけどな。

 命を賭けた戦いのあとだと、こうして言葉を交わせていること自体がどこか不思議に思えてくる。

 俺はベッドに身を預けたまま、天井を見上げる。

 その時だった――クラリスが一歩だけ前に出る気配がした。

 クラリスの横顔には、覚悟を決めた者特有の静かな緊張が浮かんでいる。


「少し、話したいことがあるんだがいいか?」

「構わないけど……」


 しばしの沈黙ののち、クラリスはゆっくり息を吸い口を開いた。


「――三翼傑の一人、ザルヴァン・フラディウス。奴がテンセイ……君の命を狙っているかもしれない」

補足ですが、クラリスがテンセイに対してタメ口なのはテンセイの指示です。


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