真実へ
壁が砕け、地面はえぐれ、天井が崩れ落ちる。
城内であったはずの場所は、もう既に外気が流れ込み外と何ら変わりない。
大量の砂煙が俺の視界を妨害する。
――今の一撃は制御とは程遠い……ほとんど暴発だった。
俺の想像を凌駕する威力……自分の神能の危険さを、嫌というほど思い知らされる。
「はぁ……はぁ……」
宙を舞う砂煙も相まって、肺が焼けるように痛い。
体は鉛のように重く、膝から崩れ落ちそうになる。
まだ扱い切れていない……その現実が体に突き刺さる。
大技の代償は、こうして容赦なく押し寄せるのだ。
「クラリス……どこだッ……」
帳のような砂煙の向こう……気配すら掴めない。
この手で消してしまったのか――その可能性が脳裏をよぎる。
俺は荒い息を整え、念のため再び光の剣を創り出す。
手の中に形を持つ光が剣の形を形成し、微かな輝きを放った。
その瞬間、ひやりと冷たい夜風が吹き抜け、渦巻いていた砂煙が晴れていく……
「――なっ!?」
――思わず、呼吸が止まる
晴れた砂煙の先から現れたのは――巨大な氷の塊。
直径10メートルはあるであろうその巨大な氷塊は繭のような形状をしていて、城の瓦礫ごと飲み込み、静かにそこへ横たわっている。
――白い。――冷たい。まるで死を感じさせる。
「なんだこれは……」
俺が唖然とそう呟くと、ピキっ――と氷塊から小さな音が鳴った。
その刹那、雷鳴のような破裂音と共に氷塊が砕け散り、冷気の霧となって舞い上がる。
そして、その中心――一人の影。
「――まさか、そんな力を隠してたとはな……驚きだ」
氷の殻を割って現れたのは満身創痍のクラリス。
一瞬……少しの安堵を感じつつも、気を引き締め再び対峙する。
その姿をよく見ると、鎧は砕け、腕や脚のそこらじゅうから血が飛び出している。
そして、その手に握っていたのは先程までの金属の剣ではなく、青く輝く氷の剣。
「この氷はお前がやったのか……?」
「あぁ……私の魔法だ」
その言葉は、かすかな微笑を孕んでいた。
無邪気な、しかし決定的な肯定。
――三翼傑。――氷魔法。――剣士。
逃げ場のない条件が、音もなく一つに線を結ぶ。
脳裏に浮かんだのは――王の亡骸。
この時、俺は全てを理解した。
――クラリス……こいつが王を殺し、俺に罪を擦り付けた真犯人だ。
だが、その言葉を俺は口にしなかった。
ただ――静かに笑みをこぼすだけだ。
「俺の方こそそんな力を隠してたなんて驚いたさ」
「別に隠していたつもりなどない。使ったら貴様を骸に変えてしまうからな」
余裕。静かだが確かな殺意。
どうやら、俺が気づいたことに気づいていないようだ。
その時、俺の視界の中で何かが動いた。
瓦礫の向こう……崩れた石柱の影に――人影。
「あの影……はっ……」
これなら……皆を信じてあの作戦を決めにいくしかない。
「さぁ、クラリス……第2ラウンドだ。俺は一撃で終わらせてやる」
俺の言葉にクラリスは気配を察したのか、氷の剣を構え直した。
「そうか、ならば私も一撃でその心の臓を貫いてやる」
砂煙の残滓が風に流れ、舞い散る氷片が星のようにきらめく。
――俺……歯を食いしばれッ!
時間が止まったと錯覚するような静寂。
次の瞬間――クラリスはもう目の前にいた。
俺の方へと向かっていたその速度はまるで弓から放たれた矢。
過去類を見ないスピード……そして、先程とは比較にならない、本物の殺意。
クラリスの突きが俺の中心に向かってくる――
――だが、俺は動かなかった。
避けず、跳ねず、受けもせず。
むしろ、自ら胸に突き刺さるように一歩踏み出した。
「……ッ!」
氷剣が俺の心臓へ、一直線に突き刺さった。
刃が肉を裂き、熱と冷たさが同時に胸を焼く。
血が逆流するような感覚――それでも俺は笑う。
「なっ、貴様ッ……なぜ動かなかった!?」
クラリスの瞳の奥が揺れた。
勝利を確信したはずの目が、一瞬にして理解の追いつかない混乱に染まる。
「グッ……俺には……なぁ……死なんてないんだよ――さぁ……死ね」
刹那――空が光り輝く。
深淵の闇夜に一筋の光――まるで毫光。
「光……ッ!?」
クラリスが反射で上を見る――そこにあったのはひとつの光の刃。
そのたった一つの光が――降る。
「がぁぁぁぁ!!――」
それは不可避の奇襲……クラリスは全神経を研ぎ澄ましバックステップを行うため足に力を入れも、それももう遅すぎる。
だが、次の瞬間。
――その死は裏切られた。
なんと、光はクラリスへは落ちなかった。
一直線に迷いなく、俺とクラリスを分断するかのように氷剣に向けて放たれたのだ。
「は……?」
クラリスは理解すら追いつかない。
確実な死が回避されたのだ、無理もない。
クラリスは反射的に俺との距離をとる。
「外……れた……?……いいや、貴様今、わざと外したな!!」
クラリスは怒気を帯びる。
死を回避して、初めての感情が安堵ではなく、怒りなのだから恐ろしい。
そんなことを思いながらも、俺は掠れた声で淡々と言葉を紡いでいく。
「はは……流石にわかるか。元からクラリスは狙ってないぜ。……はなから俺の目的は――この氷だけだ!」
喉の奥から焦げた血が逆流し、黒い塊となって口から吐き出される。
俺は胸に突き立てられた先っぽだけの氷刃へと指を伸ばし、引き抜く。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁ!!」
痛い……痛い……痛い!!
引き抜いた瞬間、視界が白く弾ける。
肺の奥まで凍り付いていた痛みが、一気に暴れ狂うように全身を駆け巡る。
倒れられない。倒れたら、全て終わる。
その言葉を脳内で何度も何度も反芻させる。
黒い血が地面にぽたぽた滴り、熱と痛みと鼓動が混ざり合う。
肺が焼けるような痛みを無視し、俺は喉を裂く勢いで叫んだ。
「――二人とも、今だ!!!」
その瞬間――濁流のような暴風が大きな音を立て、俺とクラリスの間を切り裂く。
その嵐は地面に散らばる砂や氷の粒を巻き込み、上へと舞いあげていく。
「なっ!?」
いきなり現れた嵐にクラリスは思わず、目を覆った。
刹那――戦場にひとつの声が響く。
「――兄貴!受け取れぇっ!!」
風に運ばれるように、俺の目の前へ金色の輝きが滑り込んだ。
――その正体は天秤。
宙を舞い、ゆらりと揺れながら降り立つその天秤……それは――正真正銘、神魔の秤だ。
「ヒキヤン……ノエリア……ありがとう」
震える指でそれをがっちりと掴み、胸の前へと持っていく。
片手には神魔の秤、もう片手にはクラリスの生み出した氷。――全てが揃った。
轟いていた嵐がふっと消え失せ、砂煙が晴れる。
クラリスの視界が戻ると同時に、その表情が大きく揺らいだ。
「今のは風魔法……っ!?貴様、その手に持っているのは!?」
「あぁ……見ての通り、神魔の秤だ」
驚愕に染められた瞳。
俺は静かに神魔の秤を掲げる。
金色の皿がかすかに鳴り、周囲の空気すら震わせた。
王殺しの真犯人を突き止めるために、俺達はこれを探し求めた。
そして今――決定的な証拠を秤にかける時が来た。
「片側にはすでに載せてある。――ある物証をな」
「……ッ!!」
「王が殺害された現場に落ちていた氷塊だ。
そして、もう片側に置かせてもらうぜ……この氷刃をな。
釣りあった場合――王を殺したのはお前だ、クラリス」
俺は震える呼吸を整え、ゆっくりと氷刃を片側の皿に乗せる。
クラリスの瞳がわずかに揺れるが、口は動かない。
ただ静かに、その行方を見つめていた。
天秤はギシリと小さく軋み、ゆらりと揺れた。
金属が擦れ合うかすかな音が、まるで時計の針のようにカチカチと響く。
――一秒。
――二秒。
まるで、永遠のように感じる沈黙。
――そして。
ゆっくりと揺れを止め、ついに秤は真実を示す――
「…………釣り合ったなぁ!!!」




