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選ばれし者


 一方、ヒキヤンとノエリアは神魔の秤のある王城に備え付けの裁判所へと続く廊下を走っていた。

 月明かりが差し込む静かな通路。足音を殺しながら、二人は慎重に進んでいく。


「もうすぐよ。あと少し……」


 その時、ノエリアが小声で言った。

 その瞬間だった。


「――待て」


 前方からした低い声が廊下に響いた。

 二人は立ち止まり、警戒態勢に入る。

 そして、前方の薄暗い廊下から巨大な人影が現れた。

 月明かりが、その姿を照らし出す。

 筋肉質な体躯。腰には豪華な装飾品。そして首には、女性用と思われる細い首飾りが複数かかっている。


「まずい……!三翼傑の一人、ザルヴァンだわ!」


 ノエリアが身構える。

 三翼傑の一人、()()()()ザルヴァン・フラディウス。

 彼は怒りに満ちた目で、二人を睨みつけていた。


「よくぞ、王を殺した犯人の仲間としてこの城に足を踏み入れることが出来たな」


 ザルヴァンの声は、低く、怒りに震えている。


「王を守れなかった我々三翼傑の名誉は地に落ちた。その怒りを、貴様らで晴らさせてもらうッ!」


 会話などない――ザルヴァンが一歩、前に踏み出す。

 その瞬間、なんと床から()()()()が這い出てきた。


「鎖の魔法……!だったら私も――風飛脚(ウィンドステップ)!」


 そうノエリアが叫んだ瞬間、自身の足元から風が舞い起こりそのままの勢いで後方に飛ぶ。

 ヒキヤンも慌てて横に転がる。

 鎖は床を這い、壁を這い、まるで生き物のように二人を追ってくる。


「逃がすか!」


 ザルヴァンの号令と共に、鎖が一斉に襲いかかる。


「お姉ちゃん!」

「分かってる!」


 ノエリアは右手を振り抜き、風の刃を放つ。

 鋭い風が鎖を切り裂くが、すぐに新たな鎖が生まれてくる。


「無駄だ。俺の鎖は無限に生み出せる」


 ザルヴァンが薄く笑う。

 その笑みには、どこか傲慢な響きがあった。まるで自分が絶対的な存在であることを誇示するような――


「ヒキヤン、下がって!」


 ノエリアが前に出る。

 風を纏い、身を翻しながら鎖の間を縫って前進する。その動きは流麗で、まるで舞うようだ。


「ほう、やるな」


 ザルヴァンは鎖の軌道を巧みに変え、ノエリアを追い詰めようとする。


――一本の鎖が迂回し、背後から襲う。


――ノエリアが振り向いて切り払う。

 

――その直後、側面から別の鎖が伸びる。

 

――紙一重で避ける。

 

 風が吹き荒れ、金属の音が響き渡り、緊迫した攻防が続く。

 そんな中、その戦いをじっと見つめるヒキヤンは唇を噛みしめた。

 自分には魔法も、神能もない。ただの無能力者。

 目の前の光景が、あまりにも無力な自分を突きつけてくるのだ。


「お姉ちゃん……私も!」

「来ないで!貴女は神魔の秤の元へ向かって!」

「でも……」


 その瞬間、無情なことにザルヴァンの鎖がノエリアの足を捕らえてしまった


「捕まえた!!」

「しまっ……!」


 ノエリアの体が宙に引き上げられ、横の壁に叩きつけられる。


「ぐぅっ……!」

「お姉ちゃん!」


 ヒキヤンが悲痛の叫びをあげる。

 また鎖が伸び、今度は全身を絡め取る。

 ザルヴァンはさらに鎖を放ち、ノエリアの体を縛り上げた。


「さて――終わりだ」


 ザルヴァンの手から、槍のように尖った鎖が伸びる。

 その先端はノエリアの腹部へと一直線に向かっていく。


「やめろぉぉぉ!!」


 ヒキヤンの叫びは空を裂き、空気を震わした。

 だが、鎖の突進は止まらない。

 鋼の閃光がノエリアの腹を――貫いた。


「ッ……」


 ノエリアの口から鮮血が溢れ、白い床を汚していく。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


 ヒキヤンの悲鳴が廊下に響く。

 そして、ザルヴァンは鎖を引き抜き、ノエリアの身体を無造作に床へ投げ捨てた。


「さて、次は貴様だ!」


 ザルヴァンがヒキヤンに向き直る。


「くそ……くそぉぉぉ!」


 ヒキヤンは拳を握りしめる。

 恐怖で足が震える。体が動かない。

 でも――倒れているお姉ちゃんを見た瞬間、何かが弾けた。


「……動け。動け、私の体!」


 ヒキヤンは震える足で立ち上がる。

 近くに、兵士が落としたのか、一本の剣が転がっていた。

 ヒキヤンはそれを拾い上げ、正眼に構える。


「何のつもりだ?見たところお前は何も持ち合わせていないようだがな」


 勇気を振り絞り立ち上がったヒキヤンを見てザルヴァンが嘲笑う。

 だが、ヒキヤンは構わず走り出した。


「死にたいようだな!」


 ヒキヤンを鎖が一斉に襲いかかる。

 鋭い金属が肌を裂き、全身から血が飛ぶ。


――痛い。本当に痛い。


 でも――止まらない。


「お姉ちゃんを……返せえええええ!!」

「頑丈なやつだ!」


 ザルヴァンは鎖を繭のように動かし全身を覆った。

 それは絶対に破ることの出来ない完璧な防御。

 だが、構わずヒキヤンは剣を斜めに振り下ろす――その瞬間だった。


――世界が歪んだ。


 空間がきらりと光を帯び、ヒキヤンの剣が光そのもののように輝いた。

 ザルヴァンが目を見開く。

 自分の鎖が――紙のように切れた。

 そして、次の瞬間にはザルヴァンの身体が斜めに割れていた。


「……が……な……ぜ……」


 信じられないという表情。

 無理もない……あの完全無欠な防御をたったのひと振りで突破できるなどこの場の誰も想像つくわけが無い体。

 王国最強のひとりが理解できないまま、床に崩れ落ちた。

 血の匂いが廊下を満たしていく。

 ヒキヤンは剣を握ったまま、呆然と立ち尽くす。


「……私が……やったのか……?」


 全く理解が追いつかない。何故こんな力が自分にあるのか分からない様子だ。

 倒れているノエリアが、微かに目を開けてヒキヤンを見た。


「ヒキ……ヤン……?」

「お姉ちゃん!」


 ノエリアの様子を見たヒキヤンは剣を投げ捨て、一目散に駆け寄る。


「大丈夫!?」

「……大丈夫……致命傷は……避けた……みたい……」


 ノエリアは苦しげに微笑む。

 その表情が、ヒキヤンの胸を締めつけた。


「それより……貴女、今……」

「分からない。でも……今は……」


 ヒキヤンはノエリアを抱き起こし、肩を貸す。


「神魔の秤を手に入れないと。兄貴が……待ってる」

「ええ……行きましょう……」


 二人は互いに支え合いながら、廊下の奥へと進んでいく。

 その背後にはザルヴァンの巨大な体が血だまりの中に倒れ込み、痙攣するようにわずかに動いていた。

 意識はもう朦朧としているのだろう。

 濁った呼吸が喉の奥で鳴り、まだ細い命の火がかすかに揺らいでいる。


――しかし、それを気に留める余裕は今の二人にはなかった。

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