真実を求めて
――リューゲ王国の最奥、三翼傑専用の会議室。
円卓の周りに三つの椅子が並び、それぞれに紋章が刻まれている。一翼、二翼、三翼――王を守る盾として選ばれし者たちの証。
しかし今、その王はもういない。
「……どういうことだ、クラリス!!」
扉が勢いよく開け放たれ、巨漢の男が踏み込んできた。
ザルヴァン・フラディウス――三翼傑、二翼の聖。
ザルヴァンは遠征から帰還したばかりで、鎧には戦場の泥がまだ付着していた。その顔には、怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。
「王を殺された挙句、犯人に脱獄されるとは……一体どうなっているんだ!」
ザルヴァンの怒声が部屋中に響く。
円卓の椅子の一つに座っていたクラリスは、静かに顔を上げた。
「すまない……ザルヴァン。私たちが未熟すぎた故の結果だ……」
クラリスの声には深い後悔が滲んでいた。
その表情は悲痛で、まるで自分を責めているかのようだ。
「未熟!?冗談じゃない!我々は三翼傑だ!王を守るのが我々の役目だったんだ!」
ザルヴァンは拳で円卓を叩く。
木材が軋む音が響いた。
「それなのに……それなのに王は死に、犯人達は逃げた……これのどこが王の盾だ!我々の誇りはどこにある!」
三翼傑――それは単なる称号ではない。
リューゲ王国において、王を守護し、国を支える柱として選ばれた三人の聖傑。
その役割は重く、その誇りは深い。
王の盾として生き、王の剣として戦う。それが三翼傑の存在意義だった。
しかし今、その王は冷たい墓の中にいる。
その姿はまるで翼をもがれた鳥のようだった。
守るべき王を失い、行き場をなくした三翼傑という存在は、空を失ったまま羽ばたこうとする哀れな象徴に他ならない。
「はぁ……王の盾……ですか」
部屋の隅からこの場にふさわしくない軽い声が響く。
そこにはカイ・フェアラートが、いつものように薄笑いを浮かべて立っていた。
「カイ!貴様、この状況で何を笑っている!」
ザルヴァンがカイを鋭く睨みつける。
「いえ、別に。ただ、王が死んだというのに、こうして我々が生きているのが不思議だなと思いまして」
「何……?どういう意味だ……?」
「王の盾である我々が傷一つなくこうして生きているのに何の疑問も浮かばないのですか?
我々が王の盾というならば王と共に死ぬべきだったのでは?」
カイの言葉に、ザルヴァンの顔が歪む。
「貴様……!」
「ザルヴァン、落ち着いて」
クラリスが立ち上がり、二人の間に割って入る。
「カイの言い方は不適切だが、言っていることは正しい。我々は王を守れなかった。その責任はそのぐらい重い」
クラリスは深く息を吐く。
「だからこそ、今やるべきことは明確だ。王の遺志を継ぎ、この国を守ること」
「遺志を継ぐ、だと?」
「ええ。王の息子はまだ幼い。政治の舵取りができる年齢ではない」
クラリスは円卓の中央に、一枚の書類を置いた。
「私は提案する。犯人であるテンセイ・イセカイ・シュタインを国家の敵として公表し、国民の怒りを一点に集中させる」
「……それで?」
「そして我々三翼傑が、王の意志を継ぎ、幼き王子を支える。実質的な統治は私が執り行う」
ザルヴァンはその言葉に思わず眉をひそめた。
「それは……事実上の簒奪ではないか」
「違う。これは王国を守るための緊急措置だ」
クラリスの目が鋭く光る。
「今、この国は混乱している。王の死によって、民衆は不安に駆られている。その不安を放置すれば、国は内側から崩壊する」
「だが……」
「ザルヴァン……貴方は王に忠誠を誓っていた。ならば、王が愛したこの国を守ることこそが、真の忠誠ではないのか?」
クラリスの言葉に、ザルヴァンは黙り込んだ。
ザルヴァンの目には、まだ迷いが残っている。しかし、反論する言葉は出てこなかった。
「……分かった。貴様の提案に従おう。だが、もし貴様が王国を裏切るようなことがあれば、俺が直々に斬る」
「……ぜひ、そうしてくれ」
クラリスは静かに頷いた。
「それで、カイ……貴方は?」
「僕ですか?もちろん、反対する理由はありませんよ」
カイはいつもの薄笑いを浮かべたまま、そう口にする。
それな本心かどうかはまるで分からないが。
「ただ……興味深いですね。一体この先、どんな物語が紡がれるのか」
「……貴方の考えていることはいつも分からないわ」
「……それは光栄です」
会議は終わった。
ザルヴァンは重い足取りで部屋を出ていき、カイもまた影のように消えていく。
一人残されたクラリスは、ゆっくりと王座へと歩いていった。
かつて王が座っていた、荘厳な椅子。
クラリスはその椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「――レイ……あと少しで……あと少しで、全てが終わるよ」
そう呟きながら、緑に輝く美麗な宝石がついたペンダントを握りしめる。
そして、その眼差しは、嵐の中でも消えぬ炎のように揺るぎない決意を燃やしていた。
◆◇◆◇
――雨音が、ボロボロの屋根を叩き続けている。
ナディル地区の一角、暖炉がきいた暖かい家の中で、この家の主人のご好意で俺たち三人は身を潜めていた。
逃亡者となった俺、そしてそれに加担したヒキヤンとノエリアにはもう安全な場所などない。
それでも、全員の目には諦めの色はなかった。
「……で、これからどうすんだよ、兄貴」
ヒキヤンが腕を組んで言った。
「マイヤちゃんを助けなきゃいけない。それに、俺の無実も証明しないといけない」
「それは分かってるけどさ、どうやって?」
テンセイは少し考え込んでから、口を開いた。
「まず、マイヤちゃんの居場所を突き止める。それから……」
「それから?」
「必ず助ける。何があっても」
テンセイの声には、強い決意が込められていた。
ヒキヤンは呆れたように息を吐く。
「相変わらず具体性ゼロだな、おい」
「うるさいな……」
それでも、ヒキヤンの目には安心の色が浮かんでいた。
この俺はいつもこうだ。無謀で、計画性がなくて、それでも――絶対に諦めることはしたくない。
そんなことを考えているとヒキヤンがノエリアにあることについて尋ねた
「そういえば、お姉ちゃんは神魔の秤ってやつを今持ってるの?」
その問いにノエリアがゆっくりと口を開く。
「いやいや、持ってないよ〜。結構大きんだよあれ〜」
「じゃあ、どうするんですか……」
「そこは安心して〜。この国にあるやつを借りればいいの〜」
リューゲ王国のやつを……借りる?
その神魔の秤とやらは沢山あるのか……?
「神魔の秤はね〜、魔王によって全ての国の裁判所に設置が義務付けられているの〜。リューゲ王国にも当然あるはずよ〜」
「なるほど……じゃあ、リューゲ王国にあるそれを借りて使えばいいんだな」
その時、ヒキヤンは顎に手を当てて考え込む。
「その神魔の秤ってのを奪うのはわかったけどよ、三翼傑の魔力を回収するのはどうするんだよ」
部屋に沈黙が落ちた。
雨音だけが、変わらず屋根を叩き続けている。
三翼傑の魔力の回収……それは相手に魔法やら、神能やらの攻撃を打ってもらうしかない。
どうすれば……
――あ……俺ならできる。
俺は二人を真っ直ぐに見つめた。
「三翼傑の魔力回収は俺に任せて欲しい……いい案を思いついたんだ」
「どんな案だよ」
「俺の力を最大限に生かす――」
俺は一生懸命に言葉を紡ぎ、考えついた作戦を言った。
「待て待て待て!それって……」
「ほ、本当に〜……?」
二人は最初こそはぽかんとしていたが、その言葉の真意を理解したのか、驚きが隠せないようだ。
「当たり前だ。守るものがあるからな」
俺は静かにそう言った。揺るぎない決意を心に刻み込んだまま。
ヒキヤンは何か言おうとしたが、言葉が出ないようだ。
ノエリアも黙って俯いている。
二人とも俺の目を見て本気だと理解してしまったのだろう。
どれだけ止めても、説得しても、覆らない。
「……分かったよ。好きにしろ、バカ兄貴」
ヒキヤンは諦めたように肩を落とした。
「でも死ぬなよ。死んだら一生恨むからな」
「ああ、約束する」
「私も……協力するよ〜」
ノエリアも頷く。
「無茶な作戦だけど、貴方ならきっとやり遂げられる。私はそう信じてる」
「ありがとう、二人とも」
俺は小さく笑った。
三人の間に、確かな絆が流れている。
雨音が少しずつ弱まっていく。
俺は窓の外を見つめ、小さく呟いた。
「必ず……真実をこの手で掴んでやる」
――その目には、神々しい光が宿っていた。




