雨の中のひとつの温もり
「こんなのしかないけど……はい、どうぞ!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
俺はたまたまポケットに入っていた小さな真っ赤な宝石を少女にあげた。
少女がどこかへ帰って行くのを見て、ヒキヤンが口を開く。
「あの宝石、あげちゃっていいのか?小さい頃に拾ったって言ってずっと大切にしてたやつじゃん」
「いいんだ。俺が持ってたところで何にも使わないしな」
あの宝石がどんな価値があるかは分からないが、少しでもあの子のためになったなら本望だ。
「ポケットからなにか落ちたよ〜」
ノエリアが何かを拾い上げていた。
ポケットから宝石を出す時に一緒に落としたのか。
素直を感謝を伝えようとしたその時だった。
ノエリアの顔が迫真の表情に変わる。
「これ、どこで拾ったの!」
「あ、これは……」
ノエリアさんが拾っていたのは、透明な結晶。
「これ……王が死んでいたそばに落ちてたやつです。あの時、咄嗟にポケットに入れてたのか……」
「これがあれば真犯人が見つかるかもしれないわ!」
ノエリアは突拍子もなくそんなことを言った。
この結晶で真犯人が見つかる……?
「これは魔法で作られた氷よ!しかも、超高濃度の魔力で!」
その言葉に俺はあることを思い出す。
「そういえば……王の体に触れた時、異常なほど冷たかったんです」
その時、隣にいたヒキヤンが顎に手を当てながら、ゆっくり口を開く。
「……王は私たちが来る前から既に殺されていて、誰かに罪をなすり付ける瞬間が来るまで、魔法の氷で冷凍保存されていた……と考えることもできるんじゃないか」
点と点が線になるとはこの事だったのか。
俺が目覚め、見たあの状況……今思えば全てがおかしかった。
俺が初めあの部屋を案内された時は王の死体なんてなかったし、あんなに床がジャリジャリしていなかった。
つまり、犯行は俺とマイヤちゃんがあの部屋を案内された後から俺たちが眠らされていた間だけ。
なのに、俺が見つけた時には王の体から溢れるはずの血は既に止まり、乾ききっていた。
しかし、俺の持っていた剣についていた血は鮮やかでまだ乾いてなどいないかった。
明らかな矛盾――やはり、王は事前に殺されていた。
そんな考察を繰り広げていた……その瞬間――ノエリアの口から衝撃的な言葉が放たれる。
「……犯人は三翼傑の誰かかもしれないわ」
「え!?そんなことが……」
ノエリアは神妙な面持ちでその理由を語っていく。
「こんな綺麗で高濃度の魔法は三翼傑クラスでないと説明がつかないし、そもそも三翼傑が王を守れないはずがない。それは三翼傑の誰かしらが殺したと考えるのが自然じゃない……?」
それもそうだ。
そもそも王をそして、国を守るのが三翼傑。
その中の誰も王の死に気づかなかった……そんなことがあるのか……?
そして、ヒキヤンが話し出す。
「まぁ王に最も近づくことが出来るのは側近である三翼傑だしな。そこから見ても、いちばん怪しいのは必然だろ」
「確かにな……。だが、容疑者がわかったところで犯人だと決定づける証拠がないのがな……」
「それならあるでしょ〜」
ノエリアが何かを俺に見せつける。
「魔法の氷か!」
そう、それは魔法の氷だ。
「これさえあればあれで犯人がわかるよ〜」
「あれ……?」
「魔法で行われた魔法犯罪で使う道具……神魔の秤。
片側に犯行現場などに残された魔力。
もう片側に犯人と思わしき人の魔力を入れる。どちらかに傾いた場合はその魔力は同一人物のものではない。
だけど、釣りあった場合は……それが犯人なの〜」
なの〜じゃないのよ。
まぁ、そんなアイテムがあるなら話は早いな。
「今すぐその秤で……って、どうやって三翼傑の魔力を回収するんだ……」
「う〜ん……」
みんな揃って下を向き、ため息をつく。
一体どうすればいいんだか……。
「なにかいい作戦が思いつくまではナディル地区で隠れて、追ってをやり過ごすしかないか」
ヒキヤンがそんなことを言う。
俺は脱獄の身だ……見つかってしまうのも時間の問題。
クソッ……!どうすれば……!
「――あのお兄ちゃんたちだよ!」
遠くから幼い少女の声がした。
声のした方を向くとそこには宝石をあげたあの少女と、年配の杖をついた男性がいた。
雨の中をゆっくりと近づき、話しかけてくる。
「先程はこの娘がお世話になりました」
「お礼と言ってはなんですが……私たちの家に招待をしたくてですね」
「お兄ちゃんたち一緒に遊ぼうよ!」
掠れた声で老人は深く頭を下げ、少女は無邪気な笑顔でそう言った。
警戒心を隠しきれなかったが、その仕草に敵意はない。
その提案にヒキヤンが眉をひそめ、ノエリアが俺をちらりと見る。
今の俺たちは追われる身……下手な行動は命取りだ。
それでも、この混乱の中で匿ってくれる場所があるというのは願ってもない話だった。
「……ありがとうございます。お邪魔させて頂きますね」
そう告げると、老人は安心したように微笑み、俺たちを案内した。
◆◇◆◇
案内されたのは、ナディル地区にある小さな家だった。
外壁はひび割れ、屋根は歪み、ところどころ雨漏りの跡がある。
それでも、扉を開けた瞬間に感じた温もりは、この街のどこよりも穏やかだった。
「狭く薄汚い家で申し訳ありません……」
「いえ……この状況で、雨風をしのげるだけでもありがたいです!」
俺たちは礼を言って中に入り、薄暗い部屋の一角に腰を下ろした。
暖炉には小さな炎が揺れ、外の喧騒が嘘のように静かだ。
一旦落ち着いたところで俺たち三人は話し始める。
「さぁ……この後どうするか……」
「早く作戦立てるぞ。追手が来る前に……」
外では風が瓦を叩き、かすかに犬の遠吠えが聞こえた。
その音を聞きながら、俺たちは逃亡と反撃の作戦を静かに練り始める――とその前に。
「――遊ぼう!遊ぼう!」
小さな手が俺の袖を引っ張る。少女は無邪気に笑い、俺の真剣な顔なんて気にも留めない。
……この空気、完全に読めてないな。
「い、今はちょっと――」
そう言いかけた瞬間、少女の目が潤んだ。
ぐっ……泣くな! そういう顔はやめろ!
「ま、まあ……その、少しだけなら……息抜き、だな!」
ヒキヤンが呆れたようにため息をつき、ノエリアが眉をひそめる。
それでも俺は、妙に高らかに笑って宣言した。
「よし!まずは息抜きだ!この俺が直々に遊んでやるぜぇぇぇ!!」
少女の笑い声が小さな家に響き、外の嵐が一瞬だけ遠く感じた。




