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大安の魔王

「大安の魔王……今この忙しい時に来るか……」

「ま、魔王!?……って、カイトも魔王か」

「大安……奴は厄介だ。紹介がてらテンセイも着いてこい」

「……分かったよ」


 俺は渋々だが了承する。

 すると、カイトは突然手招きする。

 首を傾げながらも、俺はカイトの方へと近づいていく。


「さ、飛ぶぞ。――閻獄受神」


 瞬間、俺たちの周りを炎が取り巻く。


「これはあの時の――」


 言い終える前に炎が俺たちを包み込んだ。

 しかし、今度は体の脱力感は無く、ただほんのり暖かいだけだった。

 そんなことを考えていると、一瞬にして周りの炎が消え去る。


「こ、ここは……」


 さっきまでいた重厚な部屋はなくなり、いつの間にか俺たちはどこかの街の大通りのようなところにいた。

 だが、不思議なことに人はいない。

 辺りをキョロキョロと見回していると、カイトが口を開く。


「ここは赤口の魔王である俺が総べる赤口魔都(しゃっこうまと)魔都(まと)とはこの世界に六つしかない魔王城がある特別な国だ」


 どうやら、魔王城の周りは街に囲まれている城下町って奴らしい。

 どの魔王城も町に囲まれており、町とは言っているものの魔王城も含めひとつの国だそうだ。


「そして、今俺たちがいるのがその赤口魔都にある魔王城へ直結する一番の大通りだ」

「なるほど……」


 カイトの言う通り、この世界は魔王と人々が共存しているのか。

 そんなことを考えているとカイトの雰囲気が変わる。

 そして、道の奥を指さした。


「テンセイ……来たぞ。あれが大安の魔王、クラリッサ・エヴァンジェリン・アストリアだ。」


 俺はカイトの指さす方を向き、凝視する。

 遠く――こちらに向かって歩いて来る三つの人影に気がつく。

 中央にいるのは豪華絢爛なドレスを優雅にまとった、金髪の美女。しかも胸がやたらデカい。

 その姿は一言で言うなら()()()()という言葉がふさわしいだろう。

 両サイドには二人の女性……おそらく、召使いだろう。


「あれが大安の魔王……すげぇ……」


 あまりの美しさに思わず言葉が漏れる……とその時。

 今までゆっくりと近づいてきていたクラリッサが急に立ち止まったのだ。


「なんか止まったぞ……」

「なるほどな……いつになっても傲慢な女だ」


 そう言ってカイトはため息をつき、俺を置いてそのクラリッサの元へと歩いていく。

 取り乱しつつも、俺はカイトの後ろを着いていく。

 歩きながら、カイトは後ろを着いていく俺に話しかける。


「見た目に騙されるな。それと、絶対に手は出すなよ」

「流石に手を出したりはしないわ!」


 そんな会話をしている内に大安の魔王であるクラリッサの目の前に着く。

 近くで見るとその美貌がさらに強調され、思わず目を奪われる。

 そんな中、カイトが先に口を開いた。


「……何の用だ?」


 その端的な質問に目の前の美女が答える。


「――何の用……ですって?」


 すると、クラリッサの顔が一変。威圧的に変わる。


「下民ごときがこのワタクシに質問しないでくださるかしら!」


 高飛車な声が頭に響く。


「テンセイ……分かっただろ。こういう奴なんだ」

「な、なるほど……」


 顔はいいのに性格は最悪なのか……


「それで、()()。隣のいかにも野蛮そうな男は誰ですの?」

「な!?」


 野蛮そうだと!?こいつ……こんなんだが俺は一応王だぞ!!

 俺が怒りを抑えているとカイトが答える。


「こいつはテンセイ。まぁ……色々あるが、赤口領にある一国の王様だ」


 国ごと転移してきた国の王なんて言っても理解されないと思ったのかカイトは簡単にまとめた。


「貴方みたいな汚らわしい男が……王?世も末ですわ……」


 クラリッサは引き気味に俺のことを見下してきた。


「はぁ!?初対面でそんな言葉はないだろ!?」

「雰囲気で分かりますわ。貴方は()()()()

「コイツッ!!」


 なんだこの女!

 俺は思わず拳に力が入る。


「……一旦落ち着け」


 カイトは俺とクラリッサの間に腕を入れ、制止する。


「……ちっ!」


 俺は腕を組み、舌打ちをする。


「それで本当に何の用なんだ」

「そんなこと言わなくても分かっているでしょう?」


 すると、カイトはため息を吐く。


「もちろん、貴方のこの不衛生極まりない魔都をワタクシピッタリな華やかな魔都に変えて差し上げるのですわ!」


 カイトは首を横に振る。


「……前も言ったがお断りだ。ここは赤口領の魔都……お前にどうこう言われる筋合いは無いな」

「へぇ……ワタクシの厚意を無下にするなんて、言うようになったじゃない」


 俺はカイトに耳打ちをする。


「なぁ……本当にこいつは魔王なのか?魔王にしては……うーん、なんて言うかオーラが違う気が……」

「……まぁ、正真正銘魔王だが」

「言っちゃ悪いが()()()()()()()()()()だな」


 その時、何故かクラリッサが僅かに微笑んだ。


「ワタクシが強くはなさそう……ですってね。無知ほどおぞましいものは無いですわ」


 コソコソと小さな声で話していたはずだが、どうやら聞こえていたらしい。


「テンセイ……」


 その時、カイトの声が途端に低くなる。


「――魔王を……特にこの大安を舐めすぎるな」


 そう言い放った――その瞬間だった。


「――はは!大安の首は俺たち魔狩が頂いた!」

「――振り向くことなく散ってゆく……」


 気づいた時にはクラリッサの両サイドには剣を手にした魔狩を名乗る男たち……まるで獲物を狩る猛虎のようだ。

 完璧な連携……二人は既に首を挟み込む形で剣を振りかざしていた。

 脳に声を出すという電気信号が送られるよりも速く、服の襟を誰かに掴まれ、ものすごいスピードで後ろへと引っ張られる。


「な――」


 俺を後ろへと引っ張ったのはカイトだった。

 カイトは凄まじいバックステップで俺を引っ張りながら囁くように口を開く。


「魔狩か……ちょうどいい。テンセイよく見ておけ、()()()()()を」

 

 剣速の限界点を迎えた鋭い斬撃がクラリッサの首に触れる――と思ったその刹那。


――シュン……


 風を切り裂く音がした……と、同時に魔狩達の動きが止まり、地面へと崩れ落ちる。

 その男たちを見て、俺は驚愕する。


「なんだあれは……」


 なんとその男たちのうなじには刀が突き立てられていたのだ。

 刀を抜く素振りもなかった……というかそもそも刀なんてどこにも持ってはいなかった。

 理解が追いつくはずもないが、これだけは言える……どこからともなく刀が現れたのだ。


「大安の魔王、クラリッサ・エヴァンジェリン・アストリア。奴のもつ大安の魔能は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで俺の困惑だらけの脳内を読んだかのように、カイトは説明を続けた。


「大安の魔能――あれはな、理不尽の極みだ。

 簡単に言えば、攻撃そのものが成立しない……。

 剣で斬ろうとした瞬間に手が滑る、弓を放とうとしたら弦が切れる。それどころか、さっきみたいに空から刀が高速で降ってきたり、いきなり地面が割れたりと……もはや因果そのものが味方する。

 つまり、どんな攻撃も何かの偶然で必ず阻まれる。

 何者にも奴に傷をつけることは出来ない。神ですらな」


 攻撃を与えられないどころか、こちらがダメージを受けてしまう……まさに理不尽だ。


「これが……魔王……」


 この心臓を締め付けられる感覚……冷や汗が止まらない。

 俺はとんでもない世界に来てしまったと再確認した。

 その時、クラリッサがこちらを向いて、喋り出す。


「赤口……今回はもういいですわ。この不快害虫に邪魔されてしまいましたもの」


 そう言いながら後ろの召使二人を連れ、長い金髪を優雅にかき上げ、つまらなそうに辺りを見渡し、こちらに向かって歩いてくる。

 そして俺たちの前にドンと仁王立ちをする。

 そして、何故か俺を凝視する。隅々に至るまで……。


「赤口……その()()()()()()()()をよくしつけておくことですわ!」


 それだけ言い残し、クルッと回転。まるで何事もなかったかのように、歩いてきた石畳を凛とした足取りで進んでいく。


「おい!!待てクソ女!!」

「まぁまぁ……」


 カイトは暴れる俺を両手で抑える。

 なんだあの女は!いきなり現れたと思ったら暴言吐くだけ吐いて帰ってくなんて!


「赤口。それでは、御機嫌よう。魔合議(まごうぎ)でまた会いましょう」


 そして、クラリッサとその召使い達は俺たちを背にし優雅に歩き去っていった。


「なんだったんだよ!あんな女王気取りの傲慢な女が魔王とか!」

「魔王は曲者の集団だからな……慣れるしかない」

「はぁ……」


 俺は大きくため息をつく。

 こちらの世界に来てからというもの、色々なことがありすぎてどっと疲れた……。


「お疲れのようだな。勝手に連れてきて、勝手に魔王とのいざこざに巻き込んで悪かった。もう帰ってもいいぞ」

「帰れと言われてもなぁ……」


 勝手に連れてこられて、帰るルートが分からない。

 というか、この世界の地理関係なんざ微塵も分からない。


「まず今俺たちがいる赤口魔都とかいう場所はどこなんだよ……」

「見えなかったか?お前の国から」


 俺の国から……?

 俺は顎に手を当て、この世界に来た時のことをゆっくりと思い出していく。


「……あ、あの禍々しい魔王城みたいなやつか!!」

「そうだ。みたいなやつというか魔王城なんだがな」


 近隣に見えていたあの魔王城のある場所がどうやらここらしい。

 魔王のすぐ近くとか、凄いところに転移してしまったな俺の国は……


「少し待ってろ」


 そんなことを考えていると、カイトが死体となった男二人方に向かって歩き出す。

 そして、その死体に手をかざす。

 すると、何回も見たあの炎が男たちを取り囲む。


「全く……処理は面倒くさいんだ」


 そうカイトが言い放った瞬間、炎が燃え上がった後、サッと消える。

 そして、そこにはもう男達の亡骸はなくなっていた。


「本当に便利な力だな……魔能と言うやつは」

「赤口の魔能は他の魔能と比べて応用が利く。融通性と利便性に長けた力だ」


 巨大な腕を出したり、瞬間移動したりと目を奪われる凄い力だ。

 俺が感心していると、カイトは右肩を回しながら話し出す。


「テンセイ、閻獄受神でお前の国まで送ってやる」

「本当か!ありがたいな!」


 勝手に連れて来られたのだから俺が感謝する事でもないし、仕方なくみたいなカイトの態度は癪に障るが……今は早く帰って寝たい!正直疲れたのだ!


「じゃあ、人目に付かない門の前で頼むよ」

「あぁ、任せろ――閻獄受神!」


 瞬間、何度も見たあの炎が現れ、俺たちを囲む。

 そのまま、燃え盛る炎を全身に感じながら俺はゆっくりと目を閉じた……



◆◇◆◇



「――着いたぞ」


 カイトの声に反応し、俺は目を開ける。

 数十メートル前には俺の国を囲む大きな壁と城門があった。


「……ん?誰かいるな……」


 城門前には懐かしい雰囲気の人物がいた。

 その瞬間、その人物は俺たちに気づき、信じられないほどのスピードでこちらに向かってくる。


「あれって……!?」

「ちっ……誤解を解かねばな」


 カイトが舌打ちするのと同時、その人物はカイト目掛けて一直線に突き進んできた。

 嵐の中かのような疾風が巻き起こる。

 その人物は俺の傍をすり抜け、カイトの喉元へと暗器を突きつける――


「――ハッシュ!!」


 俺は無意識的に名前を叫んだ。


――その人物はハッシュ。


 尖った暗器の先端がカイトの肌に触れ、ほんの一滴、血が滴る。


「テンセイ様……なぜ止めるんです……」

「色々あったんだ……その男、カイトは敵では無い」


 俺の言葉に、ハッシュはゆっくりと暗器を懐にしまう。だが、その手は微かに震えている。


「すみません、テンセイ様。……ずっと……ずっと、心配で……」


 顔を伏せたまま、ハッシュは胸に手を当てた。その声には、メイドとしての冷静さが完全に失われていて、感情が剥き出しになっていた。

 それほどまでに、彼女は俺の身を案じていたのだ。

 重苦しい空気が流れる。


「俺の自分勝手のせいだ。すまない……」


 カイトが静かに謝罪する。だが、俺はこんな空気は好きではない。


「まぁ……結果良ければ全て良し!ハッシュ、心配してくれてありがとうな!」

「当たり前のことですよ」


 ハッシュは顔を上げ、いつものような冷静沈着な顔をしている。

 なんともないようで何よりだ。

 一件落着と安心したのもつかの間、カイトが俺に話しかける。


「少しいいか?メイドもいる時に話したかったことがあるんだが」

「あぁ構わないが……」


 まだ何かあるのか……と考えていたのもつかの間次に発される言葉に、俺は驚きを隠すことができるわけがなかった。


「この世を統べる六人の魔王たちによる定期集会、通称魔合議(まごうぎ)……それに出席して欲しい」

「魔……魔合議……」


 何を言っているんだ……?

 そんな困惑を隠せない俺を畳み掛けるようにカイトは続ける。


「理由は二つ。お前のことを他の魔王たちに紹介して、無用な争いを避ける。そして、指輪のことをテンセイ自身の口から話して欲しい」


 そんなカイトの言葉にハッシュが声を上げた。


「私はテンセイ様の身に危険があるなら反対です」


 警戒と懸念が込められた言葉。

 その通りだ。わざわざ自分からそんな明らかな死地へと飛び込むほど俺は浅はかではない。


――だが……


「争いを避ける……それは俺が行かなければ争いがあるかもしれないんだな?」

「限りなくゼロには近い……が、有り得る」


 カイトの答えは率直だった。

 王の責務は国を守り抜くこと――俺はそう信じている。


「分かった……その魔合議とやらに出るよ」

「テンセイ様……」


 ハッシュが俺の名を呼ぶ。

 その瞳には反対の色があるが、ハッシュは続ける。


「テンセイ様がそう決めるのであれば、私は止める理由もありません」


 俺の返答にカイトは笑顔を見せる。


「助かる、ありがとな。……安心しろ、赤口の魔王である俺が必ず護る」


 その言葉はこの上なく頼もしいものがあった。

 魔合議……一体どんなものなのか予想もつかないが、明らかにこの世界での俺の運命に大きく関わることだろう。


「これで話はおしまいだ。今日は巻き込んで悪かったな」

「いいって事よ!さぁ、ハッシュ戻るとするか!」

「了解しました」


 こうして、俺は魔王の会議……魔合議へと足を踏み入れるのだった。


――「全て」がここから始まるとも知らずに……

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