不死なる理不尽
カルマとドロレスの間に緊張が流れる。
「一体一……アタシに勝てるかしら?」
「……勝っても殺す、負けても殺す、それだけだ!」
二人の間に、重い静寂が続く。
そして、互いの気配がぶつかり合い、緊張が最高潮に達した。
カルマは刀を構え、冷静に相手の動きを見据える。
一方、ドロレスは素手のまま、柔軟な構えを取る。
そして、一瞬の合図もなく踏み込みと同時に戦いが始まる。
「殺す!殺す!殺す!」
カルマの連撃。だがドロレスは素手で全てを受け流す。
「酷い斬撃……美しさゼロね」
「戦闘に美学はいらねぇんだよ」
刀が突きへ転じる。
ドロレスは左肩で敢えて受け、筋肉を隆起させてドロレスを貫いた刃を固定。
「固めさせてもらうわ」
カルマの刀が抜けない。
そして、流れるようにドロレスのアッパーが飛ぶ。
だが、カルマは刀を捨て、跳躍。
ドロレスの拳を避けながら刺さった刀を足場にさらに飛び上がり、空中から背後へ回る。
肩を貫く刀にかかと落とし――左肩が吹き飛んだ。
カルマは着地と同時に刀を拾い、間合いを取る。
「なんてクリエイティブな戦闘……いいわね」
余裕を含んだ声色でそう言うと、ドロレスの切断面の肉が盛り上がり、一瞬にして再生していく。
「気持ちわり〜な」
カルマは鼻で笑い、わざとらしく挑発した。
だが、ドロレスはそれを無視。
「アタシもクリエイティブにいこうかしら」
突然自らの両方の脇腹に切れ込みを入れる。
そして、カルマに向かって全速力の猛進を見せる。
だが次の瞬間、ドロレスはまるで防御を忘れたかのように正面から踏み込む。
「何してんだよ、変態」
カルマの刀が胴を斜めに裂く。
骨まで断たれる手応えと同時に、ドロレスの体は上半身と下半身に分かれ、地面に血飛沫が散った……――だが止まらない。
切り離された上半身が獣のように這い寄り、カルマの腰へ飛びつこうとする。
――だが、その動きが止まる。
カルマの視界には入らないドロレスの背後から放たれたひとつの殺気……
「誰――」
その刹那、ドロレスの上半身が空中で反射的に腕を後方へ振り、襲いかかる何かに殴りかかるのがわずかに見えた。
しかし次の瞬間、その腕……いや、首までもが見えない軌跡に沿って滑らかに切り落とされたのだった。
「……ッ!?」
頭部と腕を失った上半身が、床に無様に転がる。
ドロレスの拳に反応した速度はまるで未来が見えていたかのよう。
突然現れたその人物は、冷えた視線をドロレスに向けたまま、カルマへと口元だけで笑みを見せた。
「――あぁ……早く帰りたいよ」
その場に立つのは、カルマとは違う、青みがかった刀を持った、どこかやる気のなさそうな女性だった
「ヒヒッ!ヴェロニカか!」
そこにいたのは先負の魔王、ヴェロニカ・オルレアスだ。
「……それで今切ったこいつは誰?」
「あぁそいつぁ――」
カルマが答えようとしたその時。
「――災禍六魔将のドロレスよ」
地面に転がった生首が、不気味に口を開いた。
ヴェロニカは即座に刀を振り下ろし、その頭蓋を貫く。
同時にカルマは、転がる胴体を容赦なく粉砕した。
「今、喋ったよね……」
「ヒヒッ……首を切り落としても、まだ死なねーか」
次の瞬間――ドロレスの下半身がピクッと動き、跳ねるように後方へ退く。
断面から盛り上がる肉塊が蠢き、骨格と筋肉を形作っていく。
そして数秒後には、再び顔が完全に再生されていた。
「赤口の次は先負……まさに魔王のバーゲンセールだわ」
ドロレスは笑みを浮かべながら、軽口を叩く。
「再生ってよりは不死身に近ぇな、この変態」
「よく分からないけど、こいつが危険なのは間違いない」
二人の刀先が、じりじりとドロレスの方へと向かう。
足元の土が、踏み込む予兆のよう鳴る。
ドロレスは再生した指先を一本一本確かめるように曲げると、ゆっくりと構えを取った。
その目には、獲物を屠る野生。
「――じゃあ、遊びましょうか」
瞬間、地面が破裂したと錯覚するほどの踏み込み。
カルマが抜き放った刀が、風を裂いてドロレスの首を狙う。
しかしドロレスは高く跳び、空中で一回転。
回転の勢いを乗せた蹴りが、カルマの頭部めがけて迫る。
カルマは咄嗟に刀の峰を立てて受け止める。
衝撃が腕を痺れさせ、足で踏ん張るも、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
「力だけはあるなぁ!」
地面を蹴って体勢を立て直すカルマ。
そして、わずかな滞空の間を見逃さず、ヴェロニカが踏み込み、閃光の斬撃。
次の瞬間、鋭い金属音と共にドロレスの右足が宙を舞った。
「あら、攻撃しない方がいいんじゃない?」
その瞬間、切り落とした足とは逆の足……かかとがヴェロニカを襲う。
「……そっちこそ」
ヴェロニカの刀が閃き、跳ね返る――燕返しだ。
ドロレスの足首から先が弾け飛び、血が舞う。
だが、ドロレスは再生した片足で着地、即座にカルマへ突進。
その間にもう片方の足も再生し終えると、手には先ほど吹き飛んだ自らの足首を握っていた。
振り向きざま、追ってくるヴェロニカへ投げつけ、進路を遮る。
「面白い戦い方だなぁ!」
カルマが神速の突きを放つ。
「それはどうも」
ドロレスは顔をそらし、皮一枚で回避。
流れるようにアッパー――だがカルマは身を傾け、かわす。
そこに合わせカルマは刀を傾け、首を狙う。
「頭が無くなると目が見えないから嫌なのよ」
右腕を入れ込み刃を受け止め、絡めとる。
そして流れるようにドロレスの左手の二本指がカルマの両目を狙う。
「――早く死んで」
瞬間、その腕が切り落とされる。ヴェロニカの一閃だ。
「先負……ちょこまかと面倒くさいわね」
「面倒くさいのはそっちね」
もう片方の腕も斬り上げられ、絡め取られていたカルマの刀が宙を舞う。
カルマはそれを掴み、強烈な唐竹割り。
刃はドロレスの胸を深々と裂いた。
仰け反り、後ろに倒れる――その瞬間。
ドロレスの口から何かが飛び出す。
次の刹那、それはカルマとヴェロニカを同時に襲った。
ヴェロニカは寸前で刀を振り抜き、それを弾き飛ばす。
だが、わずかな攻撃の隙を突かれたカルマは避けきれず、頬に深々と突き刺さる。
「ちっ……!自分の歯を折りやがったな!」
カルマの頬を貫いたのは、ドロレスの鋭い犬歯だった。
「よくも……!」
ヴェロニカが一気に踏み込み、ドロレスの心臓を狙って刃を突き立てる……
「それじゃ、先負の意味が無いじゃない」
倒れたままのドロレスが、足の裏でヴェロニカの腹を押し込むように蹴り飛ばす。
「……ッア!?」
嫌な骨の砕ける音。ヴェロニカの体が弾丸のように吹き飛ぶ。
すかさずカルマが刀を振り下ろす――しかし、ドロレスは瞬時に立ち上がり、右拳で顔面を狙って突き込む。
カルマは反射的に刀を添え、防御の構え。
だが次の瞬間、迫る右拳は幻影だったかのようにふっと消える。
――本命は左だ。
予備動作すらない左拳が、カルマの腹を抉るように撃ち抜いた。
「ガァァッ……!」
衝撃でカルマの体が真横へ吹き飛ぶ。
「一人は攻撃ばっかで守りがなっていない。もう一人は経験不足で魔能を腐らせてる。……全員ダメダメね」
ドロレスは鼻で笑いながら、指先についた血を舐めとる。
腹部を押さえたヴェロニカが、歯を食いしばりながらゆっくりと戦場へ歩み戻る。
カルマもよろめきつつ刀を構え、ドロレスに向かって進む。
「……こいつムカつく」
「……死ぬまで殺し続けてやる!」
ドロレスは両手を広げ、まるで歓迎するかのように口を開く。
「さぁ……そろそろ終わりにしましょ♡」
瞬間、カルマとヴェロニカが同時に突撃。
ヴェロニカが低く、カルマが高く構え、刃と刃が交錯した。
だが、ドロレスは紙一重で間を抜ける。
その身のしなやかさは人間離れしていた。
横へ抜けざま、ドロレスが拳を放つ。
カルマは腕で受け止め、反動で膝蹴りを返す。
しかし、ドロレスは体をそらし、空中で一回転、背後を取る。
その着地地点にはヴェロニカ。
地を這う斬撃が、ドロレスの両足のアキレス腱を真後ろから断つ。
「無力化する……」
「あら……少し気を抜いてたわ」
ドロレスの足からガクッと力が抜け、崩れ落ちていく。
その隙を見逃すまいとカルマはドロレスの顔めがけ、刀を突き刺しにいく――
「……ッ!」
しかし、なぜか刃が寸前で止まった。
「意外と優しいところあるのね♡」
突きの直線上……そこにはヴェロニカがいたのだ。
そのコンマ一秒にも満たない一瞬の躊躇……それが戦場では命取りとなるのだ。
ドロレスの手刀がカルマの脇腹を抉る。
「ゴフッ……」
苦悶に顔を歪めつつも、カルマは軌道をすぐさま横薙ぎへ変え、距離を取った。
同時にヴェロニカも距離をとる。
「ごめんなさい……ワタシのせいだ……」
「ちっ……お前は悪かねぇーよ……」
ドロレスが踏み込み、距離を詰める。
「いちいち下がっていたら、つまらないじゃない!!」
二人は同時に刀を構える。
「……一旦下がってろ」
「……はい」
その瞬間、ドロレスの拳とカルマの刀が交差し合い、衝撃による風が起こる。
「瀕死の貴女と無傷のアタシ……どっちが勝つかしら!」
接近戦はまるで舞踏のようだった。
互いの動きに合わせて空気が揺れ、砂が飛ぶ。
カルマは血だらけにもかかわらず笑みがこぼれる、前に出る足を止めない。
ドロレスは素早く左右にステップを踏み、拳、肘、膝、蹴り、持てる全てを繰り出す。
カルマは受け、避け、斬撃、体勢を崩さない。
「ワタシの入る隙がない……」
しかし、ドロレスの攻撃は次第に巧妙になり、カルマの防御の隙間を狙い始める。
「くっ……!」
カルマがわずかにバランスを崩した。
ドロレスの蹴りがカルマの胸をえぐるように打ち込まれ、砂と血が舞い上がる。
「グフッ……」
だが、カルマは倒れかけた体を刀で無理やり支え、ドロレスの顔面に向かって蹴りを打ち込む。
「いい蹴りじゃない……」
だが、ドロレスは微動だにしない。
すると突然、ドロレスはカルマの手首を掴む。
「――は」
その刹那――視界が反転する。
天地が逆さまになり、体が無慈悲に落ちていく。
これは力で押し倒すのではない……相手の勢いを利用し、ほんのわずかな捻りで重心を奪う、熟練された技だ。
「グハッ!?」
背中から石畳に叩きつけられ、肺の奥から血が込み上げる。
動く暇もなく、ドロレスが片足を高く振り上げた。
「さようなら、カルマ・スカーレット♡」
獣のような踏み込み――その踵がカルマの頭を粉砕せんと落ちてくる。
「――やめろぉぉぉ!!」
耳を裂くような叫び声とともに、真横から疾風が吹き抜けた。
ヴェロニカだ。常人には見えぬ速度で駆け込み、刀を大きく振りかぶる……。
「やっと来てくれたわね……」
ドロレスの唇が不気味に歪む。
それは明らかな大振り……ヴェロニカの斬撃よりも早く、ドロレスの拳が低く潜り込む。
そして、一直線にヴェロニカの腹を貫通する――とその時だった。
「へぇ……涙が出ちゃうじゃない」
拳が貫通する――だが、それはヴェロニカではなかった。
「ガッ……テメー……」
――なんと軌道上に、カルマが飛び込んでいた。
骨を砕き、肉を裂き、背中から血飛沫が噴き出す。
カルマは間に合うはずのない距離を、ただ本能だけで飛び込んでいたのだ。
「ッ!!」
ヴェロニカが咄嗟に刀を振るい、高速の斬撃を放つ。
それはカルマの腹を貫通したドロレスの腕を、根元から断ち切った。
「一旦、下がろうかしら」
ドロレスは血飛沫を撒き散らしながら、バックステップで距離を取る。
カルマの口から、赤黒い血が溢れ落ちる。
だが、倒れない。
「ダメ……このままじゃ……」
ヴェロニカの声が涙で濡れる。
「ヴェロニカ。悪いな……小さな頃から迷惑かけた」
それでもカルマは、ヴェロニカを庇うように前へと立ち続けていた。
背中越しに伝わる、その決意は揺らがない。
「まだ……終わっちゃいねぇ……」
ふらつく足で前に出たカルマは、血で滑る刀を逆手に握り直す。
震える手を強く握り止める。
そして、視線だけはまっすぐドロレスを捉えていた。
「か……かかって……こいや」
「いい目をしているわ!!さぁ、暖かい土の上で眠りなさい!!」
ドロレスが地を蹴り、一瞬にして距離を詰める。
「……頼んだぞ。この先を――」
風を裂く音と共に、拳がカルマへ迫る――
その瞬間――ヴェロニカが叫んだ。
「――お姉ちゃん!!」




