僕は知っている
「テンマ君……彼は魔狩とも手を組んでいたか……」
轟音と共に炎が大地を焼き付くし、業火が至る所で噴き上がっていた。
辺り一面はまさに地獄……熱気が肌を焼き、空気が揺らめく。
その炎の中心、黒焦げた岩場に腰を下ろしているのはフレンさんだった。
すぐそばには、真っ黒に焼け焦げた魔狩らしき人間の死体。
「他のみんなが心配だ。……向かうか」
フレンさんが立ち上がろうとした、その瞬間だった。
「――今頃他の魔王は死んでいるかもね。なぁ……フレン」
燃え盛る炎の中、一人の人物がゆっくりと歩み寄る。
フレンさんは全てを理解したように、ゆっくりと目を閉じながらその方向へ視線を向けた。
「……ライネルか」
それは災禍六魔将の一人、安楽のライネル・ゼス=オルフェイド。
そして、フレンさんの旧友だ。
「大安がもし、この襲撃に参戦していたら僕たちの勝機はほとんどなかっただろう。アニカ……本当に感謝しかないよ」
アニカ……それは大安の魔王であるクラリッサを命を賭して戦闘不能にまで追い込んだ災禍六魔将の一人。
「勝機……か。ということは、他の魔王たちは戦っているということか」
フレンさんは小さく俯く。
「全てがあの人の言った通りだった。君たち魔王の襲撃も……そして配置さえも」
「あの人ってのはテンマ君か……彼は本当に人間なのかい?」
フレンさんのその問いは当然だ。
アマガミテンマ……奴には全てが見えていたのだ。
魔王たちの襲撃を見越して魔狩使った罠をしかけた。
魔狩を倒した瞬間に転送魔法が発動し、魔王たちは強制的に一箇所へと集められ、総攻撃が浴びせられる。
そして……ただ一人、頭ひとつ抜けたフレンさんだけを分断することに成功したのだ。
「ただ一つ言えるのは……人間である以上、あの人には勝てない」
「……勝てない、か。この僕をもってしてもかい?」
フレンさんの低い声が空気を震わせた。
しかしその問いかけに、フレンさんの方を真っ直ぐ向きながらライネルは沈黙する。
だが、その眼差しはまるでその答えを知っているかのようだった。
「答えたくないのか……それとも、答えるまでもないのか……」
フレンさんは俯き、胸を刺す痛みを懸命にこらえた。
「君がここに来た時点で、互いの道は決まっていたのか……すまない、ライネル」
「謝罪は要らない……もう二度と戻らないのだから」
フレンさんは息を呑み、何かを覚悟したように拳を握る。
ライネルは一歩、静かに前へ踏み出した。
背後の空間が揺れ、そこに手を突っ込み、中から短剣を取りだした。
「……フレン。やはり、君が嫌いだ」
ライネルが脱兎のごとく突進する……と、思われた。
しかし、その足取りは遅く、確実にフレンさんの方へと向かっていく。
そして、至近距離。
ライネルは短剣を何度も……何度もフレンさんに向かって振る。
だが、フレンさんは攻撃することなく、ただ身をかわし続ける。
それを見たライネルは低くつぶやく。
「初めから分かっていたさ。……反撃するつもりがないことなんて」
ライネルの声は冷たく、憎悪に満ちていた。
そして手が止まり、短剣を握る手が震える。
「リンネアは戻ってこない。君の謝罪では、彼女は生き返らない」
その名前を聞いた瞬間、フレンさんの肩が震えた。
「リンネア……」
「その名前を口にするな」
反射的に発したライネルの声には底知れない怒りがあった。
「君にその名を口にする資格はない。君が殺したんだ。僕の……僕の全てだった人を」
フレンさんは顔を上げることができずにいた。
――二人の脳内にあの日の光景が蘇る。
あの日、僕たちの前に突然現れた、リンネア・アンネリーゼ。優しく、美しく、誰よりも平和を愛していた女性。
だが、僕は知っている――
それは、二人が同時に心の中で思い返した言葉だった。
「君は僕の人生を破壊した。僕の愛を奪った。僕の未来を奪った……これは復讐だ!」
ライネルが亜空間に手を伸ばし、複数の短剣を取り出し、そのうちの一つを投げる。それはフレンの頬を掠め、背後の岩に突き刺さった。
「でも君は抵抗もしない。それじゃ復讐にならない」
「ライネル……」
「君が戦わなければ、ただの処刑……。僕が求めているのは、君が必死に生きようとするところを壊すことだ」
フレンさんは目を伏せた。
「……僕にはその資格がない。生きようとする資格なんて」
「黙れ」
ライネルが前に踏み出す。
「君の罪悪感も、自己嫌悪も、全部偽善だ。君は無意識のうちに自分を責めることで、逃げたんだ……僕と向き合うことから、真実と向き合うことから」
その言葉は、深く胸を抉った。
フレンは反論することは無い。ライネルの言葉はすべて正しかった。
「……フレン。僕が災禍六魔将になった理由を知っているか?」
そんな問いかけに、フレンさんは静かに首を横に振る。
「どうすればこの痛みを終わらせられるか……そうずっと考えていた。そんな中、あの人が手を差し伸べたんだ。
アマガミ・テンマ――一目で分かった。あれは本物の悪魔……だが、同時に、僕を救う神でもあると」
「奴が――」
フレンさんはなにか言おうとしたが、唇を噛み締めぐっと堪えた。
「僕は君と同じように裏切った。信頼を踏みにじった。もう後戻りはできないんだよ」
「それでも……それでも、リンネアなら君を――」
その瞬間、ライネルの表情が激変する。
「その名前を出すなと言っているだろ!」
叫びと同時に短剣が飛ぶ。
だが、フレンさんは避けることはせず、刃は真っ直ぐ肩に突き立った。
その姿はライネルの負の感情全て受け止めているようだ。
「彼女の何がわかる!リンネアを殺した奴が!君はもう宿敵……リンネアの仇だ!」
ライネルの声は悲鳴に近かった。怒りではなく、喪失と憎しみを感じさせる叫び。
フレンさんは顔を上げ、血を流しながらもその瞳だけは逸らさなかった。
「……宿敵でも、仇でも構わない。だが、どうしても……君を攻撃できない……」
その言葉に、ライネルのこめかみに血管が浮かぶ。
唇を噛み切り、血が一筋流れた。
懸命に内から漏れ出そうになる感情を堪えて、ライネルは震える声で囁いた。
「……弱い。君は弱すぎる」
沈黙の中、二人の視線だけがぶつかり合う。
やがてライネルは苦しげに顔を歪め、背を向けた。
「次に会う時は、必ず殺す。……その弱さごと」
短く言い残し、ライネルは空間の中へと消えていった。
その背中は憎悪に支配されているはずなのに、言い知れぬ孤独感が漂っていた。
残されたフレンさんは肩に刺さった短剣を握りしめ、静かに呟いた。
「――僕も……覚悟を決めなければ……」
そして、肩に刺さった短剣を抜き、フレンさんは静かに空へと飛び立った。




