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緋色の空。雨は姉妹を隔て、風は姉妹を結ぶ


 このワタシ――ヴェロニカ・モルガナイトとカルマ・スカーレットは、血を分けた姉妹だ。

 先勝領にある小さな王国の城で生まれ、優しい日差しに包まれる日々を過ごしていた。


 朝は、お姉ちゃんが起こしに来てくれる。


「ほら……寝癖がすごいぞ」


――微笑むその手は、温かさをくれた。


 昼は、王の間でお姉ちゃんと一緒に父の膝に座りながら世界の話を聞く。

 そして、その父から聞いた話をさらにお姉ちゃんと語り合う。


「本当に頭がいいな!」


――その目は、まっすぐで、安心をくれた。


 母は庭園でワタシたちの髪を梳かし、花びらを編み込んでくれる。

 姉はその横でそんなワタシを見ている。


「その紫の花、とても似合ってるぞ」


――少し照れがみえるその微笑みは、優しさをくれた。


 夜は、食卓にご馳走が並び、家族の笑い声が絶えなかった。


「ほら、この肉もやるよ」


――悪戯っぽいその声は、幸福をくれた。


 そうやって、何も疑わずに笑っていた。

 この日々が永遠に続くと信じていた。


――しかし、そんな幸せは突然壊されることになる。



◆◇◆◇



「――王女とその子共らを探し、見つけ次第首をはねろ!」


 政治に対する革命派と保守派が激しく衝突し、国中は血と炎に包まれた。

 昨日まで笑い声の響いた街が、今は悲鳴と怒号だけの地獄と化していたのだ。

 父は既に死んだ。

 しかし、母はワタシ達二人を連れ、命からがら王城から抜け出していた。


「安心して、必ずあなた達は助けるから」


 泣きじゃくるワタシにそう母は優しく微笑みかけてくれた。

 そしてお姉ちゃんもワタシの頭をぽんと戦いて勇気づけてくれた。

 路地裏を抜けようとしたその時、兵士の松明が死神のように近づいてくるのが見えた。

 鈍い金属音と共に剣が抜かれる。


「――見つけたぞ!」


 母は咄嗟に私たちを背中にかばい、持っていた短剣を構える。

 だが、母は戦闘経験など一切ない……――母の胸を剣が貫いた。


「……走……て」


 口から血を零しながら、母は最後の力でワタシたちを突き飛ばす。

 お姉ちゃんは歯を食いしばり、ワタシの手を強く握った。

 そして、無我夢中で駆け出した。

 背後で聞こえる母の倒れる音と、追いかけてくる兵士たちの足音。

 心臓が裂けそうなほどに脈打ち、涙で前が見えなかった。

 裸足で走って、足に血が滲み出した頃……気づけば、国境を越えて雨とともに山嵐が吹き荒れる近くの森へと足を踏み入れていた。


「ど……どこに向かってるの……」


 震える声でお姉ちゃんに問いかける。

 だが、返答はない……いや、強く強く握られた手の温もりだけが答えだった。


「ここなら……」


 息を切らしながらもお姉ちゃんはワタシを連れて、真っ暗な洞窟の中へと足を踏み入れた。


「お……お姉――」

「――おい!ここら辺にいるはずだ!探せ!」


 外から響く兵士たちの怒鳴り声。

 洞窟の入口近くに影が動くのが見える。

 あまりの恐怖にワタシはガタガタと震えた。

 暗闇の奥で、二人は岩陰に身を潜める。

 喉の奥が熱くなり、涙が零れそうになるのを口を抑え必死に堪えた。


「いないか……別の場所を探せ!」


 兵士たちの声が遠くなっていく。

 でも、罠かもしれないと判断したのかワタシを抑えた。

 ワタシは理解し、そのまま朝まで隠れていた。

 やがて、鳥の鳴き声が聞こえて、洞窟に光が入ってきた。やっと朝が来た。

 今までで最も長い時間だった。


「お姉ちゃん……」

「ヴェロニカ……()()()()()()()()()

「え……」


 お姉ちゃんの表情は、これまで見たことがないほど深刻だった。

 目に涙を浮かべながら、震える声で言葉を続けた。


「これからは別人として暮らしていく。お互い全く違う名前で、違う場所で」

「そんなの嫌だよ!」


 お姉ちゃんはワタシの頬に手を当てた。その手は震えて、とても冷たかった。


「姉妹が一緒にいれば、いつまでも追われ続ける……これしかねーんだよ」

「でも……でも……」

「約束だ。絶対『お姉ちゃん』なんて呼ぶんじゃない。もし再び出会うことがあっても、知らない人として接する……」


 そう言いながら、お姉ちゃんの目からも涙がこぼれた。

 ワタシは泣きながらうなずいた。分かっていた。これが最善だと。


「……外を見に行く。十分経ってから出てこい」

「お姉……カ……カルマ」


 名前を呼び直すと、お姉ちゃんは振り返って微笑んでいた。でも、その笑顔は泣いていた。


「ヴェロニカ……私よりずっと長く生きろ。()()()()()()()()()()


 それが最後の言葉だった。

 雨は止み、朝日が洞窟をやわらかく照らしていた。でも私の心は、夜よりもずっと暗かった。

 長い夜は終わったけれど、本当に長い別れが始まったのだ。


――ワタシたちはその日から他人になった。


 どちらも一族の名は捨てたが、名は残した……せめてもの家族の証だったのだろうか。

 王女ではなく、姉妹ではなく……やがて魔王同士として出会うことになるとも知らずに。


――もう他人のはずだった。


――もう姉妹ではないはずだった。


――約束を破ってしまった。


 でも、心の奥でワタシはずっと「お姉ちゃん」を探していたのかもしれない。

 あの温かかった手を、あの安心をくれた微笑みを、あの幸福だった毎日を――



◆◇◆◇


 灰色の雲の隙間から、冷たい雨粒がぽつり……ぽつり……と落ち始める。

 やがてその点々とした雨粒は地面を濡らし、空気をじっとりと湿らせていった。

 そんな中、ドロレスの拳がカルマの顔を捉える……その時だったヴェロニカの口から飛び出した「お姉ちゃん」という言葉を合図にしたかのように、突然ピタリと拳が止まった。

 止まった衝撃で生じた風が、カルマの髪を大きく揺らす。


「な……嘘……でしょ」


 ドロレスの表情が驚きに染る。

 それもそのはずドロレスは気づいたのだ……


――もうそこには魂がないことに。


 そう、カルマは立ったまま絶命していたのだ。


「立ったまま……立ったまま死んでいる……」


 そしてドロレスはもうひとつ気づくことになる。

 自分の喉元から赤い血が滴る……なんと首には、カルマの刀が深々と突き立っていたのだ。


「凄い……執念ね……ゴフッ」


 ドロレスはゆっくりと首に刺さった刀を抜き、背を向け遠くへと歩いていく。


「貴女の思いに敬意を表して、今日は引かせてもらうわ……。先勝の魔王、カルマ・スカーレット……」


 そう言い残し、血の足跡を残しながら、深い森の奥へと姿を消していった。

 ヴェロニカはそれを追うことはなく、カルマの背中を見ながら、力なくその場に座り込んだ。

 震える手でカルマの手に触れる。もう、そこには……かつての温もりはなかった。


「お……姉ちゃん」


 ヴェロニカは嗚咽混じりに泣く……もう、それしか出来なかった。

 緋色に染った天から降る激しい雨が草木を鳴らし、風が吹き、木々がざわめく。

 しかし、カルマが最後に微笑んでくれたような、そんな優しい風だった。

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