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日常


「……ん、あぁ……思わず寝ちゃってたか」


 すぐ側にはマイヤちゃんがグースカと寝ていた。

 どうやらベットの魔力に負けてしまっていたようだ。

 俺はマイヤちゃんを起こさないようにゆっくりと布団を掛けてあげて、目を擦りながら窓の外を見る。


「あぁ!!もう朝じゃねーか!!」


 そんなことあるか!?俺たちがここについてベットに飛び込んだときは、まだ夕方だったぞ!?

 ……よっぽど疲れてたのだろう。


「……一旦、風呂入るか」


 俺は部屋に備えつけられたこれまた豪華な風呂にゆっくりと浸かり、その後ベッドに腰を下ろして考え事を始めた。

 この大安魔宴は三日続くらしいが、今日入れてあと二日となった。

 昨日はマイヤちゃんを探すので、ほぼ何もできなかったからな、今日は思い切り楽しみたい……そう思っていたのだが。

 相変わらずイディオットはいないし、マイヤちゃんもだいぶお疲れのようだし、俺自身もどちらかと言えばインドア派だし、無理して外に出る必要もない気がする。


「今日はもうゆっくりこのスイートルームを満喫しようかなっと」

「――やだ!遊びに行きたい!」


 突然、隣から声がした。

 俺が驚いてそちらを振り向くと、マイヤちゃんがベッドの上に立ち上がりこちらに向かって叫んでいた。


「うーん……まぁここまで来たし流石に遊びに行くか」

「いっやったー!!」

「と、その前に。昨日お風呂入ってないんだから入らないとダメだからな〜」


 マイヤちゃんは勢いよく頷くと、そのままバタバタとお風呂へ走っていった。

 どこで何をやっているかとか分からないし、ぶらぶら歩いて気になるものがあったら立ち寄るぐらいでいいか。

 そんなことをぼんやり考えていると、しばらくして風呂場から水音が止み、誰かの足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。


「よし、そろそろ準備するか……って、え!?」

「テンセイ様!あたしのお洋服どこ!?」


 振り返ると、なんとマイヤちゃんがタオルすら巻かず素っ裸のままでこちらへ走ってきていた。


「ちょ、マイヤちゃん!!せめてタオルくらい巻いてくれ!!」


 いくら俺より年上だって身体が子供なんだからアウト中のアウトだよ!!

 パニック気味に持ってきた荷物を指さす俺と、困惑した顔でぴょこぴょこ跳ねるマイヤちゃん。

 さっきまでの落ち着いた空気は一瞬で吹き飛び、朝から大騒ぎの予感しかしなかった。


「はぁ、俺がロリコンみたいになっちゃうじゃないか……」


 なんやかんやで俺たちはしっかりと身支度を整え、再び街へと飛び出していったのだった。



◆◇◆◇



「いや〜なかなか楽しかったな!!」

「うん!すごい楽しかった!」


 日も暮れ始め、辺りが橙色に染っていく。

 昨日はマイヤちゃんのことで頭がいっぱいで、周りの景色なんてろくに見えていなかった。

 けれど改めて歩いてみると、魔法で作られたアトラクションがあちこちに並んでいてまるで夢の国みたいだ。

 空中をふわふわと漂うメリーゴーランド、回転するたびに乗っている動物がドラゴンやユニコーンに変化していく仕掛け付き。

 水のない場所で泳げる空中水族館では、魔法の泡に包まれて空を泳ぐ魚たちと一緒に遊ぶことができた。

 他にも、本が勝手にページをめくって物語を再現するものや自分で描いたものが実体化して現れるといったものもあった。

 本当に有意義な一日であった。


「そろそろ宿に戻るか?」

「うん、眠い……」


 マイヤちゃんは目を擦りながらそう言った。

 今日ははしゃぎにはしゃいだからな……俺も疲れたし宿に戻ってゆっくりくつろぐか。

 昨日はすぐ寝ちゃったから今日こそはスイートルームを満喫するぞ!

 って……なにか存在を忘れているような……まあいいか!!帰ろう!!

 そう思って宿へ向かおうとした、その時……


「――テ、テンセイ……助けてくれぇ」


 突然、背後から聞き慣れた声と共に、俺の名前が呼ばれた。


「あ!面白いお兄ちゃんだ!」


 マイヤちゃんが声の主に気づいて指を差す。

 俺が振り返ると、そこにはボロボロの姿で杖をついたイディオットが立っていた。

 全身をガタガタと震わせていて見るからに疲労困憊。

 まさに限界って感じだな。


「ど、どうした……大丈夫か?」

「大丈夫なわけないだろ……はぁ……はぁ……丸一日歩いてたんだぞ……」


 ……ご愁傷さまです。

 

「で、ずっとどこいってたんだよ」


 イディオットの呼吸がようやく落ち着いたのを見計らって、俺は問いかけた。

 すると、深く息を吐いてからいつもの調子で話し始める。


「その子を探してたら、いつの間にか森の中にいたんだよ。別に迷子って訳じゃないが、少し迷ってな」


 それを人は迷子と呼ぶ。


「で、お前が自力で帰って来れるとはとても思えないんだが」

「なんか森の中歩いてたら不思議な女が出てきて、方向だけ教えてくれたんだよ」


 不思議な女?そんな森の中に一人でいる女なんて不気味だな。


「特徴は分かるか?」

「えーと……背は高かった気がするな」

「それ以外は……?」

「見ていない!知らん!」


 舐めていた……こいつのアホ具合を。

 もうこれ以上聞くのはやめておこう。こっちが悲しくなってくる。

 

「ちょうど今から宿に戻ろうとしてたとこなんだよ、お前も行くか?」

「あぁ……そうさせてもらう」


 まぁ元はイディオットが予約した宿だしこんなことを聞くのはおかしいがな。

 何がともあれ合流できたところだしさっさと戻ろうか。


「夜になる前に戻るぞー」

「ん?夜なんて来ないぞ?」

「は?」


 イディオット……とうとうそんな次元まで来ちゃったのか?朝があるなら夜もある。それがこの世の常識、摂理ってやつだ。

 そんなことを考えていると、イディオットがニヤニヤしながら口を開いた。


「もしかして〜知らないのか〜?」

「え……知らないって何が……」

「この大安魔宴が開宴されている三日間は夜は来ないんだぜ。夕日が出たらそのまま朝に変わる、それを無夜(むや)と呼ぶんだ!」


 ……なるほど。

 夕方に寝たのに、起きたら朝だった理由がやっとわかった。

 ただ疲れて寝すぎただけだと思ってたが、そういうことだったのか。


「おいおい〜知らなかったのか〜」

「別に〜!本当は知ってました〜!」


 あまりにも得意げに煽ってくるもんだから、つい知ったかぶりをしてしまった。

 まぁ……こんな日もあっていいだろう。

 何はともあれ、俺たちはそのまま宿に戻りゆっくりと体を休めることにした。



◆◇◆◇



 そして迎えた大安魔宴の三日目――今、俺たちは馬車に揺られながら帰路についている。


 イディオットとマイヤちゃんの強い要望もあって、すぐに帰るのはやめて最後にもう少しだけ遊ぶことになった。

 せっかくの祭りなんだから、目一杯楽しんで帰ろうそういう空気だった。

 まぁ……イディオットに関してはまじで何しに来たって感じだし、さすがに可哀想だからな。

 こうして俺たちは大安魔宴の最後のひとときを心ゆくまで味わい尽くしたのだ。

 クラリッサの顔を見ることは出来なかったが別にいいだろう。


「大安魔宴、どうだったマイヤちゃん?」

「すごい楽しかった!また行きたい!」

「あぁ、必ずまた行こうな」


 晴天の中、ゆったりと揺れる馬車。

 そして仲間たちとこうして何気ない会話を交わす。

 こんな日常が続けばいいのになんて欲張りなことを思ってしまう。

 馬車は穏やかな揺れの中、まっすぐ道を進んでいく。空は夕暮れ色からやがて星空へと変わり、俺たちは久しぶりに訪れた夜の静けさに包まれていた。

 行きは途中の町に泊まったが、今回は寝台付きの大きな馬車だ。眠りながら帰れるのはありがたい。

 夜の星々を眺めつつ、俺は隣にいるイディオットに小さく呟く。


「夜が懐かしく感じるな」

「あぁ……いい眺めだ」


 イディオットも空を見上げたまま、静かに答える。

 ふと視線を向ければ、マイヤちゃんはすでにすやすやと眠っていた。


「……俺も、そろそろ寝るかな」


 寝台へ向かい、ゆっくりと体を横たえる。

 馬車の揺れが子供の頃のゆりかごのように心地よく、眠気を誘ってくる。


 ――そして俺は静かにまぶたを閉じた。



◆◇◆◇



 ――眩しい


 そう感じた瞬間、子鳥のさえずりが聞こえてきた。

 あぁ……寝ていたんだったな。

 ゆっくりとまぶたを開ける。けれど、目に飛び込んできたのは馬車の天井ではなく、どこまでも広がる草原だった。


「どこだここ……」


 周囲を見渡すと、すぐそばには高くそびえる広葉樹林があり、その木陰の中で俺は眠っていたようだった。

 柔らかな日差しと涼やかな風。けれどその穏やかさとは裏腹に、この空間は何か不気味な雰囲気を醸し出していた。

 俺は木に寄りかかりながら立ち上がり、少し目を凝らし遠くを見る。

 すると、少し遠くにぽつんと佇むひとつの建物が目に入った。


「あれ、人住んでるのか?」


 それは綺麗に手入れされた木造の家、それがなぜか不自然な存在感を放っていた。

 それでも誰かが俺をそこへ導こうとしているような、そんな直感が胸をざわつかせる。

 俺は少し躊躇しながらも足を一歩踏み出し、足音を消すようにそっと家に近づいていく。

 近づけば近づくほど、不気味さが増していく。

 だが、それに比例して俺の好奇心も増していくのだ。

 俺はやがてその家の前に立って、ドアの取っ手に手をかけていた。

 いつもの俺なら絶対こんなことはしないが何故か今は気になって仕方がない。

 今はなぜか、引き返すという選択肢が思い浮かばないのだ。まるで、見えない何かに背を押されているかのように。

 そして恐る恐るドアを引いて、中を確認する……とその瞬間。


――グチュ


 何かが潰れる音と共に目の前から光が消えた。


「……は?」


 思わず困惑の声が漏れる。

 目のあたりになにかぬるりとした感触があり、液体のようなものが顔を伝って流れていくのがわかる。

 

「目が……潰れたのか……」


 けれど不思議なことに痛みはまったくなかった。

 視界が唐突に断ち切られた、それだけの感覚。

 意味の分からない感覚に戸惑い、ただその場に立ち尽くしていると……


「――()にいた頃の匂いが、まだ少しだけ残っているね」


 家の奥から女の声がした。深く囁くような独特な雰囲気の声だ。


「な、に……を……」


 言葉を発そうとしても声がうまく出ない。喉の奥が凍りついたようで、言葉にならなかった。

 こんな感覚は生まれて初めてのものだった。


「さぁ、こちらへおいで……」


 暗闇の中、ジトジトと身体にまとわりつくような声色に俺は恐怖を覚えた。

 だがその心とは反対に身体は言うことを聞かない。

 まるで何かに引かれるように、声のする方向へと勝手に足が進んでいく。


「あし……、が……や、め……ろ……」


 震える声で必死に抗おうとするも、もはや抵抗は無駄だった。

 その声がする場所へ、ただ引き寄せられていく。


「さぁ……私が()()()()()()()


 分かる。もう女の手の届く範囲に入った。


 ――俺は……ここで終わるのか……


 そう思った、その刹那。

 ガシッと何かが俺の手を掴み、ものすごい力で一気に後ろへ引きずられる。

 空中に浮いた俺の身体は闇から引き離される。

 掴んだ手は異様なほど冷たく、まるで機械のようだった。

 けれど、その無機質な感触の中になぜか懐かしさが宿っていた。


「ッ……死人が」


 それは怒りか悔しさか、またはそのどちらもかは分からない女の声が低く唸るように響く。

 そして飛ばされた俺は空中を舞ったまま、視界だけでなく意識までもが暗闇へと落ちていく。


――おき……くだ……い、テン……イさ……


 それが俺が最後に聞いた言葉だった。



◆◇◆◇



「うぉっ!?」


 俺は悲鳴にも近い声を上げて跳ねるように飛び起きた。

 息は荒く、胸が大きく脈打ち、額には冷や汗がにじんでいた。

 それに加え何故か、涙が頬を伝っていた。


 「さっきのは夢だったのか……」


 というか……最後に俺を引っ張ったのって……いや、考えるのはやめよう。

 俺はここで視界が元に戻っているのに気づく。

 辺りを見回すと、馬車の窓の隙間から陽の光が射し込んでいた。

 もう、朝になっているようだ。

 マイヤちゃんは未だ寝ている、だがイディオットの姿がない。

 俺は立ち上がり、外へと出る。

 そこにはイディオットが腰をかけて座っていて、遠くに見慣れた城門が小さく見えた。

 俺はイディオットの隣に座って


「……帰ってきたな」


 と少しカッコつけながらそんなことを言った。

 それに対してイディオットは


「俺はまだ帰ってないがな!!」


 などと雰囲気ぶち壊しの返答をしてきた。

 それはそうだが……そうじゃないだろ!

 まぁ何がともあれ旅の途中は予想外のことも多かったけれど、振り返ってみれば全部が思い出だ。

 全部まとめて、かけがえのない時間だった。

 こうして俺たちは、少しだけ成長して、少しだけ絆を深めて、それぞれの()()へと帰っていった。


――またいつか、こんな旅ができる日を願いながら

大安魔宴編、ここで終了となります!

今回の更新で、ブックマーク数が大きく増えました。

読んでくださっている皆さまのおかげです。本当にありがとうございます!


そして恐縮ですが、少しの間だけ更新をお休みさせていただきます。

次回は 8月29日(金) より「断罪の魔王編」を開始いたします。


これからもどうぞよろしくお願いいたします!


あと余談ですが、今回の大安魔宴編はエピソードタイトルが全て既存のアニメタイトルをもじったものになってます。

ぜひ当ててみてください!

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