魔王都でおやすみ
「うまい!うまい!うまい!」
無事にマイヤちゃんを見つけ出した俺は一緒に魔都の高級店で遅めの昼食を楽しんでいた。
その裏で壮絶な戦いが繰り広げられているなんてつゆ知らずに。
「あの面白いお兄ちゃんはどこ行ったの?」
「え?お兄ちゃん?……あぁ、イディオットのことか」
マイヤちゃんが純粋無垢な顔でそんなことを聞いてきた。
確かにマイヤちゃんを探すとか言って俺と逆の方に走ってったがそこを最後に見てないな。
……まぁ、あのバカだ。別に置いていってもモーマンタイだろ。
「帰ったんじゃないか、どこにもいないし」
俺は適当なことを言う。
「よし、日も暮れてきたしそろそろ出るか」
「美味しかった!お腹いっぱい!」
なんて笑顔だ……かわよすぎるだろ!!
こうして俺たちは店を後にした。
大安魔宴って言っても少し店の価格が下がってるぐらいでそこまで祭り感がないな……
そんなことを考えながら、俺たちはぶらぶらと街を歩いていく。
「う〜ん、暇だな」
「うん、暇〜」
「……先に宿に入っとくか」
俺たちを大安魔宴に誘う前、イディオットが宿をとってくれたらしい。
そんな気の利いた事、本当にあいつができるのか??
と、今でも不思議に思う。
「わ〜い!お泊まり?」
「そうだ!お泊まりだ!多分もうすぐ着くぞ」
「やったー!」
街の大きな道を抜け、少し人通りの少ない通りへと足を踏み入れる。
「ねぇねぇ、宿ってどんなとこかな?ふかふかベッドいいなぁ」
マイヤちゃんが跳ねるように俺の隣を歩きながら、キラキラした目でそんなことを言ってきた。
「イディオットが選んだ宿だからな……ふかふかかどうかは怪しいな。最悪、床かもしれんぞ」
「え〜!?そんなの許さないもん!」
マイヤちゃんが頬を膨らませる。
微笑ましい。こんな日々がずっと続けばいいのに。
そうして歩くこと数分。奥の方に白璧の中型の建物が見えてきた。
「お、あれだな。案外まともそうじゃんか」
「わぁ〜!キレーイ!」
マイヤちゃんが目を輝かせる。確かに外観は一目置くような清潔感があり、高級感も漂っている。
……本当にイディオットが選んだのか、これ?
「これはフロントで名前をいえばいいのかな」
大量の花が飾られたアーチ状の入口をくぐり抜け、俺はマイヤちゃんと並んで宿の中へ足を踏み入れた。
赤い絨毯が敷かれた床を進むと、受付らしきカウンターの奥に女性が立っていた。
「あの……この宿を予約したものなのですが」
「はい、お名前をお願いします」
ここは俺の名前を名乗るべきか、イディオットの名前を出すべきか。
予約を取ったのはたしかイディオットだったはずだし……変にややこしくなるのも嫌だしな。
「イディオット・ステューピッドです」
少し恥ずかしいな。よくこんな名前でのうのうと生きてきたものだ……と流石に冗談だぞ。
「イディオット様ですね。では、ご案内致します」
お、通ったな。どうやら問題なさそうだ。
そして、俺たちは女性の後ろをついていく。
廊下には絵画や装飾品が等間隔に飾られていて、全体的に上品な雰囲気が漂っていた。
天井には小さなシャンデリアが所々につけられていて、
柔らかな光が俺らを優しく迎える。
やがて案内の女性が長い廊下の一番奥で足を止め、鍵を取り出す。
「こちらがお部屋でございます」
ドアに鍵を差し込み、静かに扉を開けると、その先には俺たちの想像を超えた光景が広がっていた。
「こちら最上級のスイートルームになります」
「す、すいーとるーむ……?」
俺の声がかすれる。
「わあああ!ひろーい!ベッドふわふわそう!!ここに泊まれるの!?本当に!?」
マイヤちゃんは大はしゃぎで部屋中を駆け回り、ベッドに飛び込んで笑い声を上げていた。
俺はというと、ようやく頭がついてきたところだ。
俺だって一国の王なのだからこういった部屋にはなれているはずなんだが……えぐいぞ〜これ。
っていうかイディオット、これ絶対間違えて高い部屋取っただろ。
あいつのことだから、スイートって響き美味しそうでいいじゃん!……とかで決めてるだろ。
「では、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
受付の女性は優雅に一礼し、静かに部屋を後にした。
マイヤちゃんのはしゃぎ声が部屋に響く中、俺は天井を見上げながら、脳内でイディオットに初めての感謝を伝えた。
そして……
「ふぉぉぉい!!」
俺も全力でワイドキングサイズを超える大きさのベットへと飛び込む。
全身がベッドに吸い込まれるように沈み込んだ。
羽毛のクッションが層になっているのか、包み込まれるような柔らかさ。
まるで雲の上に寝転がってるみたいだ……
「あぁ……ディ〇が言った天国に行く方法は実はこれだったのかもな……」
マイヤちゃんも横でゴロゴロ転がっていて、もう完全にご満悦モードだ。
長時間走り回って疲れ果てていた俺にこのとろけそうな心地よさは悪魔的すぎる。
俺たちはしばらく動けなかった。
――これはもう、ベット界の最高到達点だろ。
◆◇◆◇
薄暗い森の中で一人、迷う者がいた。
「やべぇー。日が暮れてきちゃったな……ここどこだかわかるか?」
イディオットだ。
こいつはマイヤちゃんを探しに出たはずだったが、いつの間にか森の奥へと迷い込んでしまっていた。
「どうやってここまで来たっけな……」
ぶつぶつと呟きながら、森の中を行ったり来たり。何度も同じ木の前を通り過ぎ、ただぐるぐると回っていると、その時……
「――久しぶりだね」
すぐ後ろから囁くような女の声がした。
イディオットが驚いて振り向くと、そこには異様な気配を纏った、痩せた女が立っていた。
黒を基調としたロングスカートを着ており、その長い黒髪は光さえ飲み込まんとするほどのものだった。
まるで薄暗いこの森から滲み出たかのような不可解な不気味さをまとって……
「……久しぶり?……覚えてないな」
イディオットは警戒しながらそう聞く。
そんなイディオットとは目を合わせず、何故か少し下をみながら不気味な女はふふっと笑い、口を開く。
「どうやら驚きで言葉が出ていないようだね」
「……何を言ってるんだ」
女は一瞬黙り込んだあと、ふっと口元を緩めた。
「……どうやら、面白い子を見つけたようだね。新しい勇者……かな?」
その言葉に、イディオットがピクリと反応する。
そして、勇者という称号を自慢するようにイディオットは喋る。
「そうとも!!俺は勇者イディオットだ!!」
だが、未だこの女はイディオットが見えていないかのようにただ少し下方向だけをじっと見つめていた。
「……君とはもっと話したかったのだけど、仕方ないね」
そう呟いた瞬間、女の目がギロリとイディオットを捉える。
先ほどまで無視するように視線を合わせようともしなかった女が、今度は真っすぐに睨みつけてきた。
「――それで。そこの君、迷子なのかい?」
「……いや〜、別に迷子って訳じゃないんだがな」
イディオットはそんな女をものともせず、何故か少し見栄を張った。
「それじゃあ、これはただの独り言。君から見て右の方向に……そうだね、三十分も歩けば魔都が見えてくるよ」
「俺が目の前にいるのにいきなり独り言喋り出すなんて、なかなかイカれてるな〜」
イディオットはなんとも考えていないだろうが、その挑発とも取れる言葉に、女は一瞬黙り込んだあと、ふっと口元を緩めた。
「……やっぱり面白い子だね。イディオット」
その名をひとつずつ区切りながらゆっくりと呼ぶ。そして霧がふわりと漂いはじめ、気づけば女の姿は森の靄の中に溶けるように消えていた。
「……なんだったんだあの女は。……まあいいか!!えーと、魔都方面は右方向だったから……、こっちか……?」
言われた方向へと目を向けると濃くなっていく霧の先に一筋の光が射していた。
「よし、行くか……待ってろよ、大安魔宴!!」
――そしてイディオットはその光を手繰るように、ゆっくりと歩き出した。




