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嫉視反目


【近いぞ!そろそろや!】


 イディオット……いた!

 少し遠くに人影が見えた。その背中はイディオットのものだ。


「良かった……」

【おい!安心しとる場合か!さっさとオレをアイツに届けろ!】


 馬の手綱を引き、さらに加速していく。

 そして、俺は叫ぶ。


「イディオット!!受け取れ!!」


 俺の声に気づいたイディオットはこちらをむく。


【ちょ待っ……お前、投げ――】


 俺は全力でイディオットに向けて剣を投げた。

 この時の俺はかなりの力が入ってたのだろう。なかなかの大剣だが、イディオット向けて真っ直ぐ飛んでいく。


「テンセイ来たか!……って!?お、お、俺の剣が飛んできてる!?」


 慌てて手を伸ばしたイディオットだったが、その反応は驚くほど鋭かった。

 剣の柄をぎりぎりのタイミングで掴むと、くるりと一回転して衝撃を流して無理なく受け止める。

 その姿はまるで本物の勇者だ。


「いけるな!俺の剣!!」

【……チッ。たくよ!ホンマにイケすかねーガキやで!!】


 剣を握った瞬間、イディオットの動きがまるで別人かのように変わった。

 爆発的な踏み込みで目の前の敵へと突進。大剣を大きく振り抜く。


「――うぉ!?こいつ全然動きが違うぞ!?」


 その一撃で敵は吹き飛び、背後の数人までもがまとめて薙ぎ払われた。


「俺が勇者イディオットだぁぁぁ!!!」


 イディオットは叫びながら、次々と敵陣へと突っ込んでいく。

 大剣をまるで軽い木の枝のように振り回し、どんな武器でも問答無用で粉砕していき、圧倒的な数で勝っていたはずの魔狩が、一人の男の勢いに押されて徐々に後退していく。


「つ、強ぇ……」


 今までの馬鹿さが邪魔をしていたが、あいつの腕は本物だ。


【イディオット!このまま押し切るで!】

「任せとけって!」


 次々と敵を薙ぎ倒していき、いよいよラスト一人となった。

 尻もちをついた最後の魔狩に向けて、脅すように剣の先端を向けた。


「さ、こいつでラストだな。魔狩は殺害命令が出ているんだ。俺はお前のことは何も知らんが、悪いなぁ」

「た、助けてくれ!そ、そうだ……俺には幼い娘がいるんだ!金がなくて……それで、仕方なく……!もう辞める!誓うから!」


 そんな、最後の命乞いにイディオットは一瞬だけ黙り込んだ。そして、ゆっくりと鞘に剣を納める。


【お、おい!!絶対こいつ嘘つきやて!!】

「俺はチャンスをあげるべきだと思うがな……」


 すると、イディオットが剣とそんな会話をしている隙に、命乞いをしていた男が突然身を翻して後方へと走りだす。


「バカが!!引っかかったな……俺は童貞だ!!」


 そんな捨て台詞を吐きながら、男は全力で森の中へと逃げていく。


「童貞ってなんだ?」

【今そんなこと言っとる場合ちゃうて!!追え!はよ!】


 男の姿が木々の影へと消えかけた……その時だった。

 大きな爆発音と同時に森の奥が真っ赤に染まる。


「――ぐぁぁぁ!?熱い!?熱い!?」


 森の奥で悲鳴が上がった。

 慌てて俺はイディオットのもとに駆け寄り、森の奥を睨みつけるように観察する。


「な……何が起きて……」


 そして、その光景に俺は驚愕する。

 木々に一斉に火がつき、炎の柱が天を貫くように立ち昇っている。


【この炎……()()()()!】


 炎が燃え盛る森の奥から人影がひとつ浮かび上がった。

 その影は着時にこちらへと近づいてくる。

 明らかに、先ほど逃げた男ではない。

 その身から放たれる圧倒的な殺気と禍々しいオーラ――カインやライネルを思わせる……いや、殺気だけでいったらそれ以上かもしれない。

 そんなことを考えていると、遂にその姿が露になる……


「――会いたかったぞ……イディオットォ!!!」


 現れたのは目を血走らせる年端もいかない少年だった。

 だが、その小さな身体に宿る気配はこれまでに感じたどんな敵よりも圧倒的に禍々しい。

 全てを焼き尽くすような怒気と殺気が空気を揺らしている。

 その顔を見たイディオットの表情が変わる。


「お、お前は……!?……ブ、ブレイ……誰だっけ?」

「なんでブレイまで出てあと一文字が出ないんだよ!!

 俺様の名はブレイズ!赫怒のブレイズ・アイアンフレアだっ!」


 ブレイズ……こいつがブレイズだと!?

 災禍六魔将の一人でイディオットがカリステア王国で戦ったという相手だ!

 その名を聞いただけで、背筋が凍りつく。

 確かに見た目は子供にしか見えない。ツッコミもしてくるし、正直ちょっと可愛げがあるように見える。

 けれど、その奥に渦巻いているのは紛れもない正真正銘()()()()()だ。


「……イディオット。俺様はお前との再戦をずっと……ずっと待ち望んでいた!」

「……子供をいたぶる趣味はないんだがな!」


 イディオットは剣をゆっくりと鞘から抜き、正眼に構える。


「テンセイは下がっておけ。俺がここにいるのはお前の護衛だからな……」


 その背中に俺は思わず言葉を失う。

 ……俺だって、役に立ちたいんだ。

 いつも誰かが俺のせいで傷ついていく。それを見ていることしかできない自分が悔しくてたまらない。

 だけど、それでも……俺にはまだ力がない。今の俺なんかでは目の前の災禍六魔将に歯が立たない。

 だからこそ……わかっている。


――今、俺にできるのは()()()()()


 この場において弱者にできる最善の選択は、強者の邪魔をしない……ただそれだけだ。

 無力を自覚しているからこそ、守られることが使命になる場面もある。

 そう信じて、俺は後ろへと下がっていき木の影に隠れた。


【気いつけな……全てを灰と化す深紅の炎、あいつの神能は厄介や!】


 ブレイズが目を見開いた……次の瞬間、なぜかバックステップで素早く後退する。


「――燃え尽きちまえぇ!!」


 その叫びと同時に、イディオットの足元から突如炎の柱が吹き上がり、避ける間もなく剣ごとイディオットを焼いた。


「イディオット……!!」


 思わず、俺は名前を叫んだ。

 ここまで伝わる炎の熱……肌を焦がすような圧倒的な熱気。こんなものを直接食らって無事なはずがない。

 ブレイズは後ろに下がる以外、何の動作も見せなかった……なのに何故こんな大規模な炎が上がった!?一体どうやって!?

 爆炎の中で焼かれているであろうイディオットを見ながらブレイズは純粋無垢な笑顔を浮かべ、高らかに笑い出す。


「はっは!!いいざまだ!!……だが、こんなんじゃ死なないだろお前は!!」


 そう口にした瞬間、ブレイズが炎の柱の方向に向かって地面を削る勢いで踏み込み、一瞬で距離を詰める。

 そして、いつの間にかブレイズの手には先端が尖った鉄棒が握られていた。

 次の瞬間、その鉄棒が炎と一体化してたかのように業火に包まれる。

 まるでそれは炎を手で掴んでいるかのような……

 そんなブレイズは熱がる素振りも見せずただ、イディオット目掛けて突き進む。


「さぁ!!これでお終いだ!!」


 そして、その炎の柱に燃え盛る鉄棒を勢いよく突き立てるた。


「はっは!!結局はクソ雑魚――」


 その瞬間だった。


「――暑苦しいな……。帰ったらアイスでも食べよ」


 涼しげな声が爆炎の中心から響く。

 そして、ゆっくりと歩くように、炎の中から影が浮かび上がる。

 片手でブレイズの鉄棒を軽々と受け止め、もう片方の手にはいつもの大剣。

 そして、どこまでも余裕を感じさせるあのいつものイディオットの表情だった。


「くっ……こいつ!!」


 焦りの表情を見せるブレイズは咄嗟に燃える鉄棒を引き抜き、イディオットの顔面目掛けて突き立てにいく。

 イディオットは回転しながら華麗に避け、そのままの勢いで流れるように首を刈り取りにいく。

 だが、ブレイズも只者では無い。

 空中に飛び後方に一回転してこれまた華麗に避ける。

 その瞬間だった。イディオットを取り巻く炎、鉄棒に纏っていた炎、さらには森を焼いていた無数の炎……

 そのすべてが、まるで最初から存在しなかったかのように突然掻き消えた。

 空気が一気に冷え込み、燃え盛る地獄のような戦場は一瞬で無と化した。


「突然炎が上がったと思ったら、次は一瞬で消えるなんて……とても不思議な力だな!」


 イディオットが感心したように言うと、ブレイズが苛立ちを露わに叫ぶ。


「何故だ……!何故……俺様の炎がお前には通じない!?」


 その問いに、イディオットは肩を震わせ、笑いをこらえるように答えた。


「――ふっ……俺が強いからな!」

【じゃあ、オレなしであのガキと戦ってみいや……】


 イディオットは沈黙し表情がぴくりと引きつる。


「ま、まぁ……お前もほんのちょっとだけは……役に立ってるかな」


 独り言のように呟くその様子に、ブレイズは怪しげな目を向けた。


「何をブツブツ言ってやがる……?」


 剣を投げてから声が聞こえなくなったと思ったら、やはりあの剣の声は柄を握っている間のみ聞こえるのか……。

 今の俺にはもうあの剣の言葉は届かない。だが……不思議と何を言っていたのか少しだけ理解できてしまう。

 ……多分、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。


「それはさておき……さ、続きといこうか!」


 剣を握り直し、イディオットはブレイズを真正面から見据える。


「はっは!望むところだよ、クソ勇者!」


 ブレイズが目を見開き、そう叫ぶ。

 その瞬間、二人の足が同時に地を蹴る。

 再び炎を纏った鉄棒と、風を裂く大剣が、正面から激突する――

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