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約束のディストピア


 爆弾の爆ぜる音、銃声、誰かの怒鳴り声、泣き声。

 すぐそばで誰かが命を落とす……


――()()()()()で私は産まれた。



◆◇◆◇



「――アニカ、またお前が一番だ!目が見えないにもかかわらずこの成績だ、他の奴らも見習えよ!」


 私は、生まれつき目が見えなかった。

 けれど、それが私の足枷になったことは一度もない。いや、正確に言えばそれを足枷にしないよう私が必死だっただけ。

 戦争が日常であるこの国では優秀であることが唯一の価値だった。

 私は軍学校に入って間もなく訓練で頭角を現した。音の反響や振動、風の流れすら読み取り、標的を正確に撃ち抜く……気がつけば、私は常に成績上位。

 そんな私を恨み憎む者もあったが、同期は大抵私と仲良くしてくれた。

 そんな中特に仲が良かったのが同期のリコナ・ティエナだった。

 生まれつき目が見えない私にとって複雑に入り組んだ軍学校を移動するのはやはり一筋縄ではいかなかった。

 そんな私にリコナは手を差し伸べ、必要なときは何も言わずにそっと支えてくれた。


「リコナ、わざわざありがとうね」

「全然いいよ!ほら、食堂に行こう!」


 ――彼女の手はまるでふわふわな羽のように軽やかで暖かい。どこまでも私を連れていってくれそうだった。


「これ、アニカの分も取ってきたよ」

「ありがと。この鶏肉……匂いで分かるけど、わざと焦げてる方を渡したわね」

「えへへ……バレちゃったか」

「でも、焦げてる方が美味しいのよ」

「そーなの!?」

「じゃあ、いただきます」

「ちょっと!」


 そんな会話に二人はくすっと肩を震わせた。軍学校の無機質な空気の中で彼女といる時だけはほんの少しだけ人間らしくなれる気がした。

 二人で席を囲み食事をしていると、ふとリコナが話し出しだす。


「ねぇ、アニカ……私ね、遠い遠い国に両親がいるの。とっても貧しくて家もボロボロでこんな食事なんてしたことがなかったの。

でも、絶対に私の事を見捨てたりはしなかった。私が生まれてきたことをただ喜んでくれた……そんな両親に恩返しをしてあげたい……」


 リコナは俯いたまま、持っていたスプーンをぎゅっと握りしめる。


「どんな手段を使っても、必ず叶える!これがリコナの夢!」


 私は身を乗り出して、リコナをぎゅっと抱きしめると彼女も私を優しく、でも強く抱きしめた。


「リコナが背負いきれないならいくらでも私が背負うわ。どんなときも、私はリコナの味方だから」


 耳元でそっと囁くように言う。

 そして彼女の背中を優しくそっとさする。

 普通なら周りの目が気になるものだが、私には見えない。だからこの時は二人だけの世界かのように感じた。


「――()()。絶対に死なないでね、アニカ」



◆◇◆◇



 ある日、軍学校の生徒全員に緊急の招集がかかった。

 その内容はある敵国の牽制のために配置されていた前線部隊が全滅したとの事で、訓練途中の身でありながらも即戦力として戦場への派遣を要請されたとのことだった。

 いつかこの時が来るとは誰もが思っていただろうがあまりに唐突な報告だったため、行きたくないと叫ぶのものや全く理解ができないという人も多かった。

 それは私の隣にいたリコナも同様だった。


「そんな……そんなの急に言われたって嫌だよ!!」


 これは彼女の本心であり心からの叫びなのだろう。

 無論、私だってわざわざ命の危険が大いにある場所なんて行きたくは無い。

 でも……私にもリコナと同じように戦う理由がある。

 私の生まれ故郷を守るため、目の見えない私を育ててくれた両親のため、そして隣にいるリコナのため、私は負けるわけにはいかないのよ。

 決意を胸に私は堂々と前を向く。


「――静まれ!!」


 突然の教官の怒号に空気がピリつき、シーンと辺りが静まり返る。

 教官は全員が静かになったのを確認すると、一回咳払いをして話し出す。


「お前らの気持ちも分かる。突然命を失うことになるかもしれないからな。だがひとつ、朗報がある。

 今回、最も戦果を挙げた者には国から莫大な報酬が与えられることになった。

 与えられたものは学校を抜け平和に暮らすもよし、国のために残って戦うもよし、または親孝行につかうでもよし、好きに使え」


 もしここで戦果を挙げられたら、私は……リコナに……

 そんなことを考えていると、私の期待とは裏腹にすぐ隣から啜り泣くような声が聞こえた。その声の主はリコナだった。


「リコナ!これはチャンスよ!夢が叶うじゃない!」


 私は明るく声をかけて励まそうとしたけれど、リコナは何も言わなかった。


――まぁ……無理もないでしょうね。私たちにとって戦場なんてものは初めての経験なのだから。



◆◇◆◇



「――装備の最終確認は済んだな!!」

「――はい!」

「――各自、持ち場と指示は頭に入っているな!!」

「――はい!」


 戦争が始まる。

 私たちがこれから足を踏み入れるのは、すでに敵の手に落ち、崩れた建物と焼け焦げた道が残る無残に荒れ果てた街。

 私たちはこの時のために辛い訓練を乗り越えてきたのだ。

 私とリコナは別部隊に配属され、おそらくこの戦いの中で会うことはないだろう。

 あぁ……ここに来る前にもっと一緒に話をしておけばよかったな。


「最後にひとつ。先に戦場に向かった部隊から報告があった。我が国の兵士たちの屍から衣服を剥ぎ取り、それを着て変装しているらしい。いいか、くれぐれも油断するな。細心の注意を払えよ!」


 その声は確かに耳に届いていたはず、しかし内容が頭に入ってこなかった。

 教官の言葉は重大な警告だったのだろう。それくらい、私にもわかる。

 けれど、私はまだリコナのことを考えていた。あの、誰より優しい笑顔を。


――その瞬間の私はただ一人の親友のことしか頭になかったのだ。


「よし、覚悟は出来たな……」


 教官の声が、先ほどまでの鋭さを少しだけ失った。

 私たちは整列したまま息を殺し、次の言葉を待っていた。

 次に発せられる言葉が後戻りのできない一歩になることを全員が理解していたからだ。

 そして、教官は叫ぶ……


「――出撃!!」


 その瞬間、空気が爆ぜ、全員が一斉に動き出し地響きのような足音が鳴り響く。

 私は事前に戦場となる地帯の立体模型に何度も手を触れ、地形や配置を頭に叩き込んでいた。

 その記憶を頼りに足を止めることなく迷いなく動き、すばやく陣形を整えることができた。


「――前方から敵兵!射撃用意!」


 合図がかかると私たちは遮蔽物から身を乗り出して銃を構え敵を迎え撃つ……その時だった、敵兵の方から何か異質な音が微かに聞こえる。

 息を潜め、周囲の雑音を意識から切り離すようにして耳を澄ませた。

 この音の正体は何……それとも……私の知らない未知のもの……

 思考をめぐらせていると、敵の方から何かが空を切る音が聞こえてきた。それと同時に異質な音が近づいてくる。


――投げた!つまり、爆発物の類!


「みんな避けて!!爆発物よ!!」


 私は全力で後ろに逃げた。そして倒壊した家を盾にする形でその爆発物から距離を取った。

 直後、空中で何かが破裂するような重い衝撃音が響いた。まるで空が割れたようなそんな音だった。

 そう感じた瞬間、地面に微かな振動が伝わってくる。

 だがそれは爆風ではなく、何かが上から大量に降ってきているような感じだった。

 耳をつんざく風切り音。鋭く細い、無数の金属が空を裂いて降ってきているような……

 私は異様な状況の正体にすぐ気づいた。

 爆発音の直後に広がった振動と、この風を切る音。

 何かが高い位置から一斉に落ちてきている。


――矢だ


 爆発と同時に、大量の矢が空から降ってきたのだ。

 有り得るはずがない、投擲物でさらには空中で爆音を立てて爆発したはず。

 それなのに、矢が降ってくるなんて明らかに()()()()()()()()()()

 金属が風を裂く音が絶え間なく続き、同時に仲間たちの叫びが飛び交う。

 理解ができず、怯えた私は本能的に近くにあった木の板で頭を防いだ。

 しかし、私のところまで範囲が及ばなかったのか私の元に矢が降ってくることはなかった。

 矢が降る音がやみ、辺りが戦闘中と思えないほど静まり返る。


「一体どうなったの……」


 仲間の生存を確認したいが、敵に見つかってしまうため大きい声は出せない。

 私が仲間たちがいるであろう方向を向き、そっと物陰から出ようとした……その刹那、背後から鈴の音と共に何者かが近づいてくるのを感じた。

 だけど、私は仲間が来たと思った。

 なぜそう思ったのか、それは教官から私が敵か味方かを判断できるように、味方陣営の服には私だけが気づくような微小な音を出す鈴が縫い付けられていたからだ。


「矢を降らす謎の爆発物によって壊滅状態!今すぐ増援を頼みたいわ!」


 私は何も疑いはせず、背後の者に現状を伝えた。

 しかし、その者からはなんの返答もない。


「早く!一刻を争うのよ――」


 私がそう口にした瞬間……


 ――カチャ


 銃を構える音が背後から聞こえる。それと同時に殺気も姿を現したが何故が少し悲しみに近いものが混ざりこんでいた。

 しかし、今はそんなことを考える余裕は一切ない。

 敵!?いや鈴の音は聞こえた、まさか……裏切り!?

 そのまま背後の者は引き金に手をかける。

 振り返る時間はない。こちらが銃を構えるより早く撃たれる!


「――この裏切り者!」


 私は迷わず、銃口を肩の上へと向ける。

 気配だけを頼りに視線も向けずただ気配の中心へ。

 正真正銘、文字通りのノールックで引き金を絞った。


――パンッ!!


 銃声が、二重に重なって響く。


――ア……


 私の撃った弾は確かに命中した。背後で何かが崩れ落ちる気配がある。

 けれどその直後、私の世界が暗転した。

 私は後頭部に銃弾が直撃。痛みも恐怖も一切なかった。


――私は即死だったのだ。

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