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マイヤちゃんは遊びたい!


「マイヤちゃーん!どこいったー!」


 俺はまだマイヤちゃんを見つけられず、大安魔宴の開宴まであと三十分を切っていた。

 一気に人が増えてきてまともに歩くことも叶わない。


「くそっ……こんなんじゃいつまでたっても見つからないぞ……」


 ただでさえこの人混みの中から探し出すのも至難の業なのに、その相手が背の低いマイヤちゃんだ。

 俺が打つ手もなく行き詰まっていると


「――あら〜、もしかしてテンセイさん?」

「――げっ……クソ兄貴がなんでいんだよ」


 突然背後から聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、俺は咄嗟に振り向く。


「えぇ!?ヒキヤンにノエリアさん!?」


 そこに居たのは、俺の妹のヒキヤンとカリステア王国女王のノエリアさんだった。


「シー!今日はお忍びなんだから〜。今日は妹と一緒に遊びに来たんだ〜」

「あぁそうでしたか。すみません」


 見ないうちに誰から見ても完璧な姉妹になっている……恐ろしくもあるが普通にすごいな。

 おっと!感心している場合ではなかった!


「実は今、人を探していまして、このくらいの身長の女の子を見かけませんでしたか?」


 そう言いながら手でマイヤちゃんの身長を示す。

 ノエリアさんが少し思い出すような素振りを見せる……とその時、口を開いたのは隣にいたヒキヤンだった。


「あ〜それなら見た気がするぞ。『祭りだ祭りだ〜!』って叫びながら、あっちの方に走ってったな」


 そう言うとヒキヤンは俺の後ろの方を指さす。

 間違いない!そんなこと叫びながら走るなんてマイヤちゃんしかいないはず!


「多分その子だ!」

「さっすが〜私の妹!ん〜大好きっ!」

「わーたーしーもー!」


 やばい、いちゃつき始めやがった。とっととここから抜けないと……


「じゃ……じゃあ、俺はこれで」

「は〜い!楽しんでね〜!」

「あはは……」


 俺は苦笑しながら二人に背を向け、逃げるように走り出した。言っておくが、逃げる()()()だからな!


  探し始めてから、どれくらい時間が経っただろうか。まったく見つかる気配がない。

 そんなことを考えながら走っていると、人混みに妙な変化が起きた。

 その変化とは全員が、俺とは逆方向へと一斉に歩き出したのだ。


「な、なんだ!?」


 目の前の異様な光景に戸惑う俺の耳に、周囲の人々の会話が入ってくる。


「――そろそろ()()()()()で開宴宣言するらしいよ」


 どうやらこの不可解な現象の正体はみんなが開宴宣言を見に行こうとしてただけだったみたいだ。

 ひとまず状況を飲み込んだ俺は、そのまま人混みを抜けて進んでいく。昼間だというのに薄暗い裏路地の脇を通りかかった……その時


「――なにぶつかってきてんだよ、ガキ!!」


 その裏路地の奥から、怒鳴り声が響き渡る。

 その声に少々身がすくみつつも俺はそっと裏路地を覗き込んだ。

 その奥にいたのは小さな少女と見るからに不良っぽい背の高い男が二人。

 

「なんかあの子見た事あるような……!?」


 そして次の瞬間、俺は自分の目を疑うことになる。


「おじさん達……怖いよぉ……」

「まだおじさんって年齢でもねーよ!!」


 なんとその少女とはマイヤちゃんだったのだ。


「このガキ舐めてんな……攫っちまうか」


 二人の男がにやにやと笑いながらマイヤちゃんに近づいていく。その様子に俺はいてもたってもいられなかった。


「――おい!やめろ!!」


 気がつけば俺は走り出していた。こんな小さな子に何をしようってんだ。

 俺が出てきて止めなければ、そう思ったその瞬間……


「――遊んでくれるの?」


 マイヤちゃんが相手の手首を掴む……その刹那、グキッと鈍く、骨が軋むような音が男の手首から響いた。そのままマイヤちゃんは滑らかな指先で男の指の先までなぞる。

 次の瞬間、俺は目の前の光景に思わず声を失った。

 男の手首から先が、まるでタコの足のようにぐにゃぐにゃになり不自然に垂れ下がっていたのだ。


「……は?」


 男が目の前で起きている現状を理解できず声を漏らす。

 その声には、痛みよりも理解が追いつかないという純粋な恐怖がにじんでいた。


「ってあれ!テンセイ様〜!」


 すぐ側まで近づいていた俺に気づいたのかマイヤちゃんがぱっと振り向き、満面の笑みで手を振ってきた。

 マイヤちゃんのすぐ近くでは男があまりの痛さに手首を押えながら地面に転がり悶絶している。

 そしてもう一人の男は尻もちをつきガタガタ震え、言葉も出ないようだった。

 俺はゆっくりマイヤちゃんに近づき


「な……何したんだ。あの手首に……」


 と何が起きたのか恐る恐る聞く。

 そして、マイヤちゃんはいつもの笑顔のままどこか誇らしげに答える。


「手首から指先までの骨を全部外したの!凄いでしょー!」

「そんなに強かったのかよ……」


 確かに凄いがこれが俺だったらと考えるとゾッとする。

 俺の中のマイヤちゃんのイメージが音を立てて崩れていくのを感じた。

 俺たちが話しているともう一人の尻もちをついていた男がこちらを指さしながら震えた声で


「な……なんだよこのガキ!!」


 と言ってきた。それに対してマイヤちゃんは狂気を感じる笑みを張りつけながら一歩、また一歩と男に向かって歩き出す。


「く……来るな!バケモノが!!」


男は地面を這うようにして後ずさり、そして……


「う、うわああああっ!!」


 叫び声を上げて立ち上がると、転びそうになりながらもそのまま背を向けて何かに憑かれたかのように全力で走り去っていった。

 地面に目をやると手首が軟体動物のようにぐにゃぐにゃと変形した男は泡を吹いて気絶していた。

 これは……一件落着ってことでいいのか……?


「うっ……うっ……」


 かすかなすすり泣きが聞こえそっと横を見ると、マイヤちゃんが肩を震わせて泣いていた。


「ど、どうした!?怖かったのか!?」

「バケモノって……バケモノって……」


 確かあの男、逃げる前に『バケモノが!!』ってマイヤちゃんに向かって言ってたな……一旦殺しちまうか。

 危ない、危ない……俺の秘められし力が目覚めてしまいそうだった。


「マイヤちゃんはバケモノなんかじゃない!とても可愛いよ!ほら、もう大安魔宴が始まっちゃうから行こう!」


 俺がこういうとマイヤちゃんは手で涙を拭って、にっこりと微笑む。


「うん……わかった!」

「よし……いくぞう!」


 こうして俺たちは開宴宣言が行われるらしい王城前広場

へと向かう……はずだった。

 俺がマイヤちゃんと手を繋いで行こうとするとぐっと後ろに引っ張られた。


「――疲れた……おんぶ、して?」


 あぁ!なんて顔をしてやがる!

 顔を赤らめながら、上目遣いでそんなことを言われたら……断れるわけがないだろ!!


「仕方ないな!どんとこい!!」


 しゃがみ込んで背を向ける。すぐに小さな腕が俺の肩に回されて、軽い体重が背中にのしかかってきた。


「しっかり掴まってろよー!」

「うん!!」


 紆余曲折あったものの、ようやく俺らは宴の始まる王城前の広場へと向かうことができるのだった。



◆◇◆◇



「行ってらっしゃいませ、クラリッサ様」


 城門の前には大安の魔王の声を国中に届けるために造られた大広場が広がっている。

 石畳が美しく敷き詰められたその場所には、国王が演説を行うための荘厳な高台が設けられていた。

 その高台へと、ひとりの令嬢がコツコツと靴音を石畳に響かせながら背筋を伸ばし気品を纏って歩を進めていた。


「えぇ。最高の開宴にいたしますわ」


 クラリッサが静かに人々の前へと姿を現す。

 堂々たる足取りと気品に満ちた佇まいが自然と広場にいる者たちの視線を集めていく。

 クラリッサが高台の上で立ち止まり、広場を見下ろす。

 その一瞬の静寂はまるで空気さえも彼女に跪いたかのようだった。


「――貴方たちが愉しむことを、今日は特別にお許ししてあげますの。私の寛容さに感謝しながら、心ゆくまで楽しみなさいな。これよりこの私、大安の魔王クラリッサ・エヴァンジェリン・アストリアの元、大安魔宴を開宴いたしますわ!!」


 その宣言と同時に魔法で作られた紙吹雪のようなものが空中をキラキラと彩り、高らかに掲げられたその言葉に歓声がどっと沸き起こる。

 やがて彼女は広場の人々に対し優雅に背を向けると、静かに城の中へと歩を進めていった。


「クラリッサ様、お疲れ様でございます。なお、()()はすでにすべて整っております」


 クラリッサの唇には、誇らしげな微笑が浮かんでいた。


「――ティータイムにいたしましょう。私がそう望んだのですもの」



◆◇◆◇



 ここは城の中心部にひっそりと佇む、大安の魔王が代々受け継いできた特別な中庭だ。

 不思議なことに厚い石造りの城の中にありながらこの中庭には四季折々の花が咲き誇る草原が広がっている。

 天井が大きくくり抜かれており空がそのまま見上げられる造りになっている。

 くり抜かれた開口部からはやわらかな陽光が降り注ぎ、草原を照らしている。

 そして中庭の中央には、優雅な彫刻が施され白いテーブルクロスのひかれた小さな丸テーブルとそれに見合った椅子が一脚だけ置かれている。

 雑音ひとつないその空間でクラリッサは紅茶を傾けながらただ一人、椅子に腰を下ろしていた。

 クラリッサは一口だけ紅茶を飲み、カップの中で紅茶をゆるやかに揺らしながら一人にも関わらずまるで誰かがいるかのように口を開く。


「ワタクシは誰にも邪魔されずに嗜む方が性に合っておりますの」


 そう言ってクラリッサは立ち上がり、ふと視線を草原の一角へと向けた。

 その視線の先、草花をかき分けるようにして、誰かがゆっくりとこちらへ歩み寄ってきていた。


「――随分早いティータイムね。どういう風の吹き回しかしら」

「その姿……貴女、フレンが言っていた災禍六魔将の()()()ですわね。思っていたよりだいぶ小さいですわね」


 その誰かとはカリステア王国にて混乱を巻き起こした災禍六魔将の一人、アニカ・ヴェスパーだった。


「一応初対面だし自己紹介ぐらいしておこうかしら。災禍六魔将、哀婉のアニカ・ヴェスパー。何故ここに来たのかは言うまでもないでしょう」


 アニカは挑発するかのような声色で話す。


「随分と自信があるように見えますわ。わたくしに手が届くとでも思っていらして?」


 その言葉に対しクラリッサが返したのは、本当に謎に思っているように見える純粋な疑問だった。

 それを聞いたアニカは不敵な笑みを浮かべながら腰に差していた拳銃を抜き、クラリッサの額に銃口を向ける。


「自信はないけど、確信はあるわ」


 その状況にクラリッサはなんの動揺も見せない。むしろ、楽しげにアニカの目を真っ直ぐ見据えていた。

 静寂。時間すら凍ったかのような一瞬。

 アニカの指が、引き金にかかる。


「さようなら、あなたの敗因はその()()()ね」


 カチリと小さく金属が鳴りそして……


――引き金が引かれた。その銃声が中庭中に響き渡る。


 それはまるで、戦いの幕開けを告げる合図……


――いや、すでに終幕を告げる一撃であるかのようだった。

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