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あいつさえいればいい。


――死の淵に立たされた時、神能は理を逸脱する進化を遂げることがある。


 アニカの神能も例外では無い。

 彼女の頭部に埋まっていた弾丸は()()という概念をすり抜け、弾丸が放たれた瞬間の初速を持った。

 それは、すなわち彼女自身の頭から弾丸を撃ち出したに等しい。


――そんなもの誰が想像できただろうか……


「――な……なん……ですの」


 クラリッサが言葉を失ったその刹那、彼女の腹部を弾丸が貫き、鈍い音とともに服の内側からじわりと鮮血が広がっていく。

 大安の魔能を持ってしても、この逆理には対応することは出来なかったのだ。

 クラリッサは思わず膝をつく。

 そして、ピクリとも動かないアニカの方を見つめてぽつりとつぶやいた。


「――こんな屈辱、きっと……忘れることはない……でしょうね」


 その言葉を最後にクラリッサの身体は崩れるように力なく倒れ……沈黙した。


――倒れ伏した二人を眩い陽の光がただ静かに照らしていた。



◆◇◆◇



〜同時刻、エリュシオン城門前〜


「――君がいるとは……驚いたよ」


 そう言い放つのは仏滅の魔王にして最悪の裏切り者、アマガミテンマ。

 この男は俺が不在の間を狙い、エリュシオンへと単身で乗り込んで来たのだ。

 しかし、そこに相対する者がいた……


「――俺も驚いたよ。まさか予想通り来てくれるとは」


 無数の棘が這うように縫い込まれた漆黒のローブを纏う男、赤口の魔王のカイトだった。

 カイトは獲物を狩るかのように睨みつけながら口を開く。


(あるじ)がいないタイミングを狙っての奇襲……あまりに肝が小さいんじゃないか?」


 そんなカイトの挑発にテンマは優しく微笑みを返す。


「奇襲なんて、そんなつまらない芸当が私に出来ると思うかい?ただ、()()()()()()()をこの国の王に返しにきただけさ」

「……借りていたものだと?」


 カイトの眉がぴくりと動き、言葉の真意を探るように鋭く睨みつけた。

 テンマはゆっくりと懐に手を差し入れる。その仕草一つで、場の空気が凍りつく。

 カイトの指先がわずかに動いた。いつでも攻撃に転じられるよう、全神経が目の前の男に集中する。

 だが次の瞬間、テンマが取りだしたものを見てカイトの目が大きく見開かれる。


「――()()だと!?」


 取り出したものとは向こうの世界達とこちらの世界を行き来することが出来る例の指輪だった。

 

「もう必要がなくなってしまってね。返してあげようと思ったんだ」


 テンマがその言葉を発した瞬間、カイトから感じたこともないような殺気が空気を支配した。


「俺に貸せ。今すぐにだ。じゃなきゃ今ここで殺す」

「あぁ……そうだ。そうだったね。この指輪は……」


 その刹那、テンマの口元にゆっくりと狂気を帯びた笑みが広がっていく。


「――君の()()とやらに決して欠かすことの出来ないものだったね」


 ()()。その単語が出た瞬間、カイトの表情が一変する。まるで鬼が顕現したかのようだった。


「なぜ知っている!テンマッ!!」


 カイトが空間を揺らす程の声でそう叫ぶ。

 そんなカイトとは対照的にテンマの声は冷たく、熱を奪うほど静かだった。


「そう熱くなるな。()()()()()のよしみじゃないか」


 カイトは一瞬息を飲み、そしてようやく感情を押し殺すようにして言葉を返す。


「……向こうの世界で俺たちに面識はないだろ。お前はただの他人だ。それより、話を逸らさずに答えろ」

「非情だな……なぜ知っているか、そんなの単純だ。君があまりにも大胆に動きすぎた……それだけさ」

「そうか……やっぱりここで殺しておく必要があるみたいだな」


カイトの言葉が鋭く空気を裂く……とほぼ同時


「――ちょっと、いいかい?」


 テンマがカイトの言葉を遮るように割り込んだ。抑揚を抑えたその口調は、静かでありながら不気味な存在感を放っていた。


「なんだ……遺言でも決まったか?」

「はは、随分と安っぽい冗談だね。――私はただ、()()を持ちかけたいんだが?」


 カイトは少し考える素振りを見せたあと、すぐに警戒を緩める。話を聞いても問題ないと判断したのだろう。


「話がわかる君でよかったよ。君と()()会わせてくれた神に感謝しないとね」

「建前はもういい。早く内容を言え」

「全く、せっかちだな……」


 テンマは小さく笑い、静かに一歩前へと踏み出す。そして、両手をゆっくりと広げて口を開く。


「――君に災禍六魔将を殺して欲しい」


 カイトはそのたった一言を理解するのに数秒の沈黙が流れる。

 それもそのはず、災禍六魔将は目の前の男が魔王を討つために造り出した存在だ。

 それを自ら殺せというのは正気の沙汰ではない。狂ったとしか思えなかったのだ。


「言い方が悪かったね。災禍六魔将の中に悲しいかな裏切り者が出てしまったんだ」

「……その裏切り者を殺せと?」

「その通りだ。ただし、勘違いしないでほしい。は魔王側に寝返ったわけじゃない。()()は変わらず……魔王を狙うはずさ」


 その言葉を聞いたカイトは鋭く眼光でテンマを睨みつける。そして、低い声色で一言。


「……対価次第だな」


 それに対し、テンマが返したのは不敵な笑みだった。


「――指輪……でどうだい?」


 

 その一言が放たれた瞬間、カイトの瞳孔がわずかに開き、空気が揺れる。


「俺は()()にでも魂を売る……その取引、受けてやろう」


 それは即答に近かった。冷静を装ってはいるもののわずかな間がその内側にある焦りを物語っている。

 

「手間が省けて助かるよ。じゃあその裏切り者の詳細を教えようか……」


 そう言いながらテンマは至近距離まで近づいた。そしてカイトの耳元に唇を寄せて囁く。


「黒いローブに身を包み、()()()の面をした君とそう年の変わらない女さ。――まあ、君なら一目で気づくはずだよ」


 その言葉を受けても、カイトは何も聞き返さなかった。

 テンマはそんな彼に背を向けると、笑みを張りつけながら静かに踵を返す。そして、最初に入ってきた城門の方へと歩き出した。

 そのまま背を向けながら、口を開く。


「君が無事、殺しきれたら約束通り指輪を渡すよ。期待しているよ」


 その一言だけを残し、テンマは城門の闇に紛れるように姿を消した。

 そしてカイトは拳を強く握る。


――()()()に行って……今度こそ、俺は()()()に……

ちなみにテンセイはキツネという存在を知りません。

テンセイがいた元の世界には存在しない動物だからです。

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