魔合議①
カリステア王国での一件の次の日、緊急の魔合議が開催されることになり、今、俺とカイトは会場へと繋がる六壬承訣にいた。
俺は自分の胸に手を当てる。あの時受けた傷はカイトのおかげで完治している……しているはずだが痛い……胸がとても痛むのだ。
そんなことを思っていると今まで静かだったカイトが唐突に話し出す。
「あの魔王たちだ、空気を読むなんて高等技術はできん。何を言われたとしても感情的にはなるなよ」
「あぁ……分かっている」
「じゃあ詠唱を始めるぞ……」
俺の心はまだ静かに軋んでいた。
もう何度も自分に言い聞かせ理解させたはずなのに胸の奥がざわついて仕方がない。
失った現実は、何度噛みしめても苦いままなのだ。
視界をぼやかしてボッーとしているといつの間にか詠唱が終わっていたらしい、いつもの俺だったら興奮してはしゃいでただろうな。
カイトは目の前に現れた扉に手をかけながら神妙な面持ちで話しかける。
「テンセイ、本当にいいんだな」
「もう……心に決めたことだ」
「分かった……じゃあ開けるぞ」
そして勢いよく扉を開ける……とその扉の奥では
「ちょっとカルマ!貴女のせいでワタクシの服に血が付いちゃったじゃないの!!」
「あぁん!?知らねーよ!テメーがそこにいんのがわりーんだろ!!」
などとクラリッサとカルマが言い争いをしていて、奥には大きなシングルベットで寝ているヴェロニカが居る。
というかカルマが持ってんのあれ人間の生首か!?
俺は目の前で起きている状況を理解できずキョトンとしてしまう。
と既に席に座っていたフレンさんが俺らの存在を確認すると何も起きていないかのように手を振って俺らに話しかける。
「来てくれてありがとう二人とも。さあ席に座って」
生首だぞ……そんな当たり前みたいな感じで……
呆気にとられている俺を見てカイトが俺に耳打ちをする。
「こんなのいつもの事だ。早く席に座るぞ」
「そ、そうか……」
カイトの席の横に前と全く同じの簡易的な椅子が用意されていた。
この待遇は一体いつ変わるのだろうか……
そんなことを思いながら俺たち二人は席に座り、争っている二人を横目にフレンさんに話しかける。
「あのー……あれって人間の頭ですよね?」
「そうみたいだね、ここに来る前、魔狩でも殺してきたんじゃないかな」
魔王の首を狙っているとか言う連中か。そういえば、俺がカイトに出会ったばかりの頃に襲ってきていたな。
「魔王にはあんなチート能力があるのによく襲ってくるな」
「魔能があること自体知らないのかもな。魔狩自体にも無数のグループがあるし、奴らは自分の私利私欲の為だけに動いているから、情報共有はまずしない」
目的も思想もバラバラな奴らが、それぞれの勝手な理由で魔王を狙っているのか。
それはそれでだいぶ厄介だな。
「まぁ、襲ってきたものは全員殺すから情報は回る暇もないんだがな」
カイトはそう言って、気軽な調子で笑った。
こんな感じの連中でもやはり魔王なのだと改めて思い知らされるな。
「じゃあそろそろ始めようか」
とフレンさんが全員に聞こえるように言う。
そうすると、言い争っていたあの頑固な二人が文句を言いつつも渋々自分の席に戻っていく。
そして座ったのを確認するとフレンさんの顔つきがガラリと変わったと思ったらおもむろにカイトの方を見て
「カイト君、何か聞きたいことでもあるんじゃないかい?」
心が見透かされたのか少し動揺を見せる。
そして少しの沈黙の後、カイトは静かに口を開いた。
「神能……カインから聞きました。そして災禍六魔将は全員転生者だと。このこと知ってましたよね」
「あぁ……知っている。転生者のみ与えられる神の能力。災禍六魔将のことも薄々勘づいていたよ」
「なぜ教えてくれなかったんですか」
カイトがまるで尋問かのように言葉で押していく……とカルマとクラリッサが
「神能のこと逆になんで知らないんだ?」
「魔王なら知っていて当然ですわ!」
などと神経を逆撫でるような声で言う。
「え……えぇ……」
そしてカイトは余程困惑したのか情けない声を漏らす。
するとフレンさんは少し笑いながら
「そういえば君には伝えてなかったね」
「つまり……隠しているわけではなかったのですね?」
「隠す理由もないからね」
「……疑ってすみませんでした」
どうやらカイトが何か思い違いをしていたらしい。
よし、ここは何か一つ元気づけてやるか。
俺は小さく耳打ちをする……
「立って歩け、前へ進め。カイトには立派な足がついてるじゃないか」
「それ言いたいだけだろ……」
一旦誤解が解けたところで仕切り直しもう一度魔合議が始まる……
「先日カリステア王国にて災禍六魔将の一人カイン・ロックハートを撃破したが、こちら側も尊い犠牲が出てしまった」
「その犠牲てのは誰だ?」
カルマがフレンさんの言葉を遮るように質問する。
その問いに対しフレンさんは少し躊躇いつつも答える。
「ハッシュ・ラッシュ・メイドリル、テンセイ君の専属のメイドだ……」
「あ?こいつのメイドだ?そんなの犠牲のうちに入れんな」
カルマの吐き捨てるような言葉に、空気が一瞬止まった。
俺は拳をぎゅっと握りしめ言い返したい言葉が喉元まで込み上げてくるのを、必死に押し殺す。
「カルマ君、言葉を慎みたまえ。大切な存在を失った気持ちが分からないものが死を貶すことは許されない」
さらに空気がピリつき今までの雰囲気とは比べ物にならないほど重苦しくなる。
しかし、そこに別の空気の読めないやつが現れる……
「もういいから要件だけ話しなさい!ティータイムの時間が来ちゃいますの!」
クラリッサこいつまじか……この空気でそれ言えるのはさすが魔王と言わざるおえないな。
「分かった……端的に説明をする」
フレンさんも大変だな、いつもこんな奴らをまとめているのか……
フレンさんが一呼吸置いて再度話し出す。
「カリステア王国にカイン他に災禍六魔将が三人現れた」
三人……ライネルとアニカあと誰だ……
「その内の一人、赫怒のブレイズ・アイアンフレアと名乗る者が裏門側から堂々と現れたらしいがイディオット君が撃退してくれたようだ」
えぇ!?あのバカが災禍六魔将を!?
心の中で驚いていると、フレンさんが頭を抱え続きを話す。
「だが彼に色々特徴なんかを聞いたんだが……名前を覚えることに精一杯でなにも覚えていないと……」
あぁ……あのバカだからな無理もない。
「続いて哀婉のアニカ・ヴェスパー、僕とテンセイ君は会っているね」
アニカ・ヴェスパー……手負いのハッシュに不意打ちした挙句トドメをさした張本人だ。
「遮蔽物をすり抜ける弾丸、そして透視……まだ詳細は分からないが彼女の神能によるもので間違いないだろうな」
一発目の狙撃、あれは隣の壁を貫通しなければ不可能なものだった。それに俺をすり抜けて後ろのハッシュのみ撃ち抜いたあれはもう疑いようのないものだ。
「そして最後にライネル……ライネル・ゼス=オルフェイドだ」
その名前を口にした瞬間、フレンさんの表情があからさまに暗くなる。
ライネル……何も無い空間からいきなり出てきたあの男か。明らかに様子が変わった、なにか浅からぬ縁があるのか?
「彼の神能はストレージ、好きなところに亜空間ゲートを開き自由に物を出し入れすることが出来る能力だ。
他人を入れることもできるし、自分がゲート内に入り自由に移動することもできる。欠点をあげるとしたら二つ同時にゲートを開くことが出来ないことぐらいだ」
ライネルがこんなに能力のことをましてや欠点まで話すなんて考えられない、元々知っていたかのような……
「おいおい、随分とそいつのこと知ってるみたいだな」
「フレンさん、ライネルとどういう関係なんですか」
カルマとカイトが俺が思っていたことをそのまま代弁してくれた。
その問いに対し、フレンさんは一瞬、目を伏せた。けれど、過去は隠し通せるものではないと悟ったのか、静かに口を開く。
「昔の話だ……僕とライネルかつては良きライバルであり、唯一の親友でもあった。彼とは同じ師匠のもとで修行し、共に汗を流し、互いを高め合っていた。けれど――」
喉に何かが詰まったかのようにそれ以上の言葉が止まる。少しの沈黙の後フレンさんは目を細め、遠い記憶に触れるように、ゆっくりと続ける。
「――僕が……彼の大切な恋人を……殺してしまったんだ」
その言葉にこの場が静寂に支配された。
空気がいくら読めないあの二人も腕を組みながらじっとその話を聞いている。
それほど、フレンさんの言葉に確かな重みが感じられたのだ。
「本来なら、僕はこの許されぬ罪を償うべき存在だ。けれど、彼が敵として現れてしまった以上、魔王として人々を守る責任を果たさなければならない……」
過去と今、どちらを取るか。
そんな正解が存在しない選択に迫られる苦しみはフレンさん以外の何者にも理解できないだろう。
とここでフレンさんの表情が一変し笑顔に変わる。
しかし、その笑顔は無理矢理顔に張りつけたようでどこかぎこちなかった。
「すまないね、自分語りが過ぎた。まぁライネルとは知り合いだったんだ、それだけだよ」
あまり深堀されたくは無いだろうな……誰にでも隠したい過去は存在するものだ。
「それじゃあこれぐらいで終わろうか。彼女の時間が迫っているようだしね」
とフレンさんが誰かを見ながらそう口にした。
その方向を俺も見る……とそこにはタンタンと靴で音を鳴らす見るからに機嫌の悪そうなクラリッサがいた。
「はぁ……もう帰ってもよろしくて?」
「あぁもう魔合議は終了にしよう。災禍六魔将やテンマ君について何か分かったら僕に伝えてくれ」
「全く……ワタクシは準備で忙しいと言うのに」
そう言ってクラリッサは席を立ち大きな足音を立ててどこかへ行ってしまった。
結局最後まで空気の読めない女だったな……よし、終わったみたいだし俺も帰ろうか……
俺が席を立とうとするといきなり誰かに腕を掴まれた、少し驚きつつもその腕を辿ると掴んでいたのはカイトだった。
そして俺に耳打ちをしてくる。
「あんだけすました顔で心に決めたとか言っといてもう忘れたのか……」
え?なんの事だ……あ、あぁぁぁあ!?
「ちょ!ちょっと話をしてもいいですか!」
俺は急いで魔王たちを呼び止める。
危ない……絶対に忘れちゃいけないのに忘れていた……
「あぁん!?なんだよゴミが!」
「えぇ……」
思わず困惑の声が漏れ出てしまった。そこまで言わんくても良くないか……
俺がカルマの怒号に狼狽えているとフレンさんが優しい声色で
「何かな?」
と一言だけ口にした。
この人の声はどこか心が安らぐものがあるな……とそんなことを考えている場合じゃなかった!
――俺は決めたんだ……




