異世界に来たら牢屋にぶち込まれました
無事に帰ってこれたのはいいが……問題はここからだ。
物心ついた頃からずっと引きこもってる妹を、どうやって外に連れ出せばいいんだ……。
こんな時に頼りになるハッシュはまだ療養中で不在。今回は自分の力でなんとかするしかない。
……よし、まずはシンプルにいこう。
「おーい。少し用があって部屋から出てきてくれないかー!」
俺は妹の部屋のドアをノックしながら声をかける。無論、返事はない。
「おいヒキヤン!いないわけないだろ!」
忘れている人もいると思うから一応説明しておくと、ヒキヤンってのは妹のあだ名だ。
由来は……まぁ、察してくれ。
今度は少し強めにノックしてみる。すると、部屋の中から鋭い声が返ってきた。
「失せろ!」
あ?調子乗ってんじゃねーぞ、妹の分際で……。
「はぁん?引きこもってねーでとっとと出てこいや!!」
……返事は無い
まぁ、無理だよな。よしあの作戦を実行しようか。
俺は再び妹の部屋のドアの前に立ち、そして――こう言うのだ!
「――あ!あんなところに隠し子だった実の姉が!」
直後勢いよくドアが開く。
「え!どこどこ!……あ」
……ニヤッ
ヒキアナ・ヤンドラシル・シュタイン……通称ヒキヤンは、実はとんでもないシスコンだったのだ。
◆◇◆◇
「で、嘘までついて何の用だよ!」
そう言う妹を、自分の部屋まで連行した。久しぶりに間近で見たが……少し成長してるな。
「かくかくしかじかで……」
「かくかくじゃ分からねーよ!」
仕方なく、俺はちゃんと話すことにした。
国ごと異世界に転移してしまったこと、魔王というものが存在していること、そしてカインという謎の男に襲われたこと……。
途中から妹の頭の上にクエスチョンマーク浮かんでたがな。
「てか、どこかで気づくだろ普通さ」
「ずっとお姉ちゃんボイスを脳内再生してたから……」
はぁ……もうこいつは手に負えん。
「……でこれからが本題なんだが……明日、俺と一緒にカリステア王国っていう国に来て欲しいんだが」
「はぁ?お前と出かけるわけないだろ!ましてやそんな知らない場所に!」
「――カリステア王国は姉属性の割合が高いぞ」
「行きます。行かせてください」
……チョロすぎる。何がともあれこれで国の復興が一歩進むからな……よし。
〜次の日〜
「おいぃぃぃ!!あいつはどこいった!!」
妹の部屋に来たのに居ねぇ!?逃げたか!?
「――テンセイ様どうなさいましたか?」
背後から聞き馴染みのある声がして、俺は反射的に振り向く。そこに立っていたのは、メイドのハッシュだった。
「おお!ハッシュ、戻ってきたのか!もう大丈夫なのか?」
療養中だったハッシュが、ちょうどこのタイミングで戻ってきた。
「ご心配をおかけし、申し訳ございません。傷はすっかり癒え、今は万全の状態でございます。それより……これは一体?」
本当に良かった……ハッシュを失ってしまったらと考えると本当に……
「あぁ……かくかくしかじかで……」
「かくかくしかじかですね。それならさっきヒキヤン様が『カリステア王国に行ってくりゅ!』と言って外に出ていきましたが……」
「はぁ!?」
もしかして……お姉ちゃんに会うのが待ちきれなくて、もう出発したのか!?
まずい……条件は王に会わせることだ。
先に行かれたら話がこじれるかもしれない。急いで見つけないと!
「ハッシュ!今すぐカリステア王国へ向かうぞ!」
俺たちはすぐさま馬車に乗り込み、急ぎ足でカリステア王国へと向かった。
◆◇◆◇
「着いたはいいものの手がかりが一切ないな……」
俺たちはカリステア王国に到着したが、街は広すぎる……これではヒキヤンの居場所など分かるはずもない。
「私が聞き込みに行ってまいります。テンセイ様はここでお待ちください」
「俺も一緒に行くよ。そっちの方が手っ取り早いだろ」
「……了解しました」
そうして俺たちは手分けして街ゆく人々に聞き込みを始めた。すると、想像以上に目撃証言を得ることができた。
──そして、全員が同じように答えたのだ。
「血に飢えた猛獣のように女性を襲っている女の子がいると……確定だな」
「そうですね……。しかし、どの証言も目撃場所がバラバラで……」
目撃場所がバラバラで全く手がかりになっていない。
どんなスピードで移動してんだあいつは……
結局、どこにいるのかまったく掴めず、俺たちは途方に暮れていた。
そのときだった。目の前の道を一台の馬車が通り過ぎる。その荷台には、大きな檻が積まれていた。
その中から響いた呻き声に近い怒号。
「――私のお姉ちゃん……お姉ちゃんを出せ!!!」
「ちょっ……!あれヒキヤンじゃん!ハッシュ、あの馬車追うぞ!」
俺たちはすぐさま馬車を追いかけ、なんとか前へと回り込む。
「ちょっと待ってくれ!」
馬車を引いていた兵士がこちらに眉をひそめる。
「なんだお前ら!今からこいつを牢屋にぶち込むところなんだ、邪魔をするな!」
牢屋……!?このままではヒキヤンが捕まってしまう……早く助け出さなくては!!
「変なやつだがこいつは俺の妹だ!この檻を開けてくれ!」
俺は必死に懇願する。こいつがいなければ国交の取引は成立しない。
「そんなの知るか!何を言われても牢屋へぶち込まなければならない!」
ちっ……話の聞けねーやつだな……
「お前の顔のほうがよっぽど牢屋向きだろ!このハゲダコ野郎が!」
「何だと……。こいつらを捕らえろ!!」
怒声とともに、どこからともなく現れた屈強な男たちが俺たちを取り囲み、身動きを封じてくる。
「テンセイ様、殺しますか?」
……なんでそんな物騒なことを、こんな平然とした顔で言えるんだよ!
ここで暴れれば取引そのものが白紙になる可能性もある。妹を連れて行っても無駄になってしまうかもしれないか……
「……いや、大人しくしよう」
そう言って、俺は手を上げて抵抗の意思がないことを示した。
こうして俺たちは、ヒキヤンと同じ檻に押し込まれ、牢屋へと連れていかれることになった。
◆◇◆◇
「おい〜出してくれよぉぉ!」
俺は鉄格子をガンガン揺らす。もちろん開くわけがない。
そう、俺たちは今、牢屋の中にいる。……つまり見事に捕まったのだ。
「元はと言えばヒキヤン!お前のせいだぞ!」
「うるせぇな!……分かったよ!私がこの鉄格子破壊してやる……」
そうしてあぐらをかいて座っていたヒキヤンは立ち上がり鉄格子に近づいていく。
この全身から滲み出ているオーラはまるで仲間を殺された戦闘民族のものだ……やはり、恐ろしい妹だ。
「死ねぇぇぇぇ!」
そしてヒキヤンは全力で拳を振りかざす。
――コツン
しかし、牢獄に響いたのはなんとも情けない音だった。
「おいおい……あれだけ強者オーラ出しといてそれかよ」
「痛いぃ……」
ダメだこりゃこいつじゃ埒が明かん。
「テンセイ様、私が行きます」
次はハッシュが静かに鉄格子に近づいていく。
「さすがに無理だろ……」
そう思った次の瞬間、ハッシュが拳を軽く握り、最小限の力で振りかざす。
――キュィィィン、ギュンギュン、バンッ!
……鉄格子が聞いたこともない効果音を上げながら粉微塵になった。
「ヒキヤン様のおかげで簡単に破壊することが出来ました」
「どんなもんよ!」
ハッシュ……メイドもなかなか大変なんだな。
「まぁ何がともあれ出れたことだし、国王に直接会えば俺とハッシュの冤罪は解けるだろう。早速向かうか」
「はい、参りましょう」
そうして、俺たち三人は国王に会うため、脱獄を果たしたのだった。
◆◇◆◇
どうやら、ここは塔になってるらしい。
俺たちは右往左往しながら進んでいた。
ここが王宮内の塔であることはわかるが、王宮のどの位置にあるのかまでは判断できない。
完全に行き当たりばったりだ。
「全然分からねぇ!俺たち今どこにいるんだよ!」
「私が確認いたします。少々お待ちください」
「ちょっとメイドさん!」
ヒキヤンが慌てて呼び止めようとするが、ハッシュはすでに通路の大きな窓に向かって歩き出していた。
そしていきなり走り出し、そのまま胸の前で腕をクロスしながら勢いよくガラスへと突っ込んだ。
「おい!ハッシュ!」
俺とヒキヤンは、勢いよく割れた窓から身を乗り出して下を覗く。……が、そこにハッシュの姿はない。
その時、頭上から静かな声が聞こえてきた。
「テンセイ様。現在地が判明しました。王宮正門から見て、右端にある尖塔。ここはどうやら隔離されているようですね」
ハッシュが蜘蛛人間かのように壁に張り付いている。
どういう技術だよそれ……
「自分の場所はわかったが王の居場所が分からないな……」
「では、王宮内を走り回り、手当り次第探しましょうか」
「そんなことしたら私たちが脱獄してるの見つかっちゃうんじゃ……」
「私が必ずお守りします。では、早速向かいましょう」
「早速って言ったって、ここ……階段降りるの相当時間かかるぞ……」
今いるのはかなり高い塔の上。
このまま階段を降りれば、下に着く頃にはきっと足も心もガタガタだ。
それでも立ち止まっているわけにもいかない。
俺とヒキヤンは、ため息をつきながらトボトボと階段へ向かった……その時だった。
「テンセイ様、ヒキヤン様。ここから飛び降りてください」
ハッシュがさっき割った窓を指さしながら、さらっと恐ろしいことを言い放つ。
その言葉聞いた俺たち二人の頭の上にはハテナが浮かんでいた。
「どういうことだ?ハッシュ……」
「メイドさん……本気じゃないよな……」
「……時間がありません。失礼いたします」
次の瞬間、ハッシュは俺たち二人を軽々と担ぎ上げ、割れた窓へと再び歩き出した。
「ちょっちょっちょっ!!ヤバいってこの高さはマジで死ぬやつ!!」
「お前の専属メイドだろ!早く止めさせろって!」
俺たちの言葉も虚しく、二人同時に窓の外へ放り投げられ
た。
「助けてぇぇ!!ぎゃぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁ!……来世はお姉ちゃんがいる家庭に生まれますように……!」
俺たちが自由落下を開始したその直後、ハッシュも窓の外へ飛び出る。
そしてなんと、垂直の塔の壁を走り出したのだ。
俺たちが地面に叩きつけられるより先にハッシュが地面に辿り着く、そして落下してきた俺ら二人を華麗にキャッチしたのだ。
「お……おお、少しチビったかもしれん……」
「間に合わなかったらどうするつもりだったのよ!」
「間に合わない、などということは決してございません。たとえ死んでもお守りしますから」
……ハッシュって生身の人間のはずだよな!?
マジでなんでもできちゃうじゃん……心強すぎるわ。
「それじゃあ……気を取り直して、王を探しに行くか!」
こうして俺たちは、王宮の中へと突入し、王との接触を目指した。
◆◇◆◇
「失礼しますっ!……ちっハズレだ!」
「次の扉へ向かいましょう」
俺たちは王宮中を駆け回り、片っ端から部屋の扉を開けていった。
「これじゃ一生見つからねーよ!」
ヒキヤンがとうとうキレ始めた。これだけ走り回って何の成果もないんじゃ無理もない。
「……じゃあこの扉を最後にしよう。これで何も無かったら別の手を考える。よし……開けるぞ……」
そう言って俺は、目の前の両開きの扉に手をかけ、勢いよく押し開ける。
「失礼しま……すっ……!?!?」
扉の向こうにいたのは、まさかの……女性。しかも、ほとんど何も身につけていない、いわば半裸状態だった。
「あら〜? どなたかしら〜? お見苦しいところをお見せしちゃってごめんなさいねぇ〜」
エメラルドグリーンの瞳に肉付きの良い体、誰が見ても羨ましがるプロポーションをしている。
なんて見目麗しい女性なんだ……そしてなんと言ってもその二つのメロンだ。
デカすぎる……男の夢と希望があそこに詰まっているのか!
「テンセイ様いけません。破廉恥でございます」
そう言いながら、ハッシュが俺の目元をぴたりと手のひらで覆い隠してきた。
「おい!見えないじゃないか!!」
「本音が漏れてるぞエロ兄貴」
俺は必死に抵抗しようとするも、ハッシュ到底かなうはずもなく、大人しく視界を封じられたまま、その女性と対話を試みることになった。
「俺はこの王国の国王に用があって来た。……ある国の王、テンセイ・イセカイ・シュタインだ。今、俺の背後で目を塞いでるのがメイドのハッシュ。そしてその後ろにいるのが俺の妹、ヒキアナ・ヤンドラシル・シュタイン。引きこもりだ」
……しまった。今さらだけど、自分の国の名前をまだ決めてなかった。
元の世界にいた時の名前でもいいけど、やっばりそこはこだわりたい。
「余計な情報をプラスするんじゃねーよ!」
後ろから妹の声が飛んできたが、完全に無視。
すると、俺たちの紹介を聞いた女性がにこやかに口を開いた。
「あらあら~、お父さまにご用だったのね。私はこの国の王、ヴァーモット・ズィークベルトの娘、ノエリア・ズィークベルトっていうの。よろしくね~」
……王の娘だと!? ていうか今まで、カリステアの王の名前すら知らなかったわ……。
「迷ってるみたいだし、よかったら私がお父さまのところまで連れてってあげるよ~」
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます!」
王宮内が広すぎて完全に迷子になっていたから、めちゃくちゃ助かる!
「とてもありがたいのですが、まず服を着てからにして貰えますか?」
とハッシュが困り気味に言う。
「あっ、ごめんね~。私ちょっと抜けてるところがあってさ~」
――こうして服を着たノエリアの案内のもと、俺たちはヴァーモット王のもとへ向かうのだった。




