災禍六魔将
血を流し、首根っこを掴まれ、苦悶していたのは、なんとハッシュだった。
気づけば俺は、無意識のうちに駆け出していた。
こんなにも速く走れたことは今までなかっただろう。
一瞬にしてふたりとの距離を詰める。
懐から魔王に使うつもりだったナイフを抜き、渾身の力で突っ込む。
謎の男がこちらに目玉をギョロリと向けて、不気味に笑う。
「ケケッ!突っ込んでくるか!面白ぇなあ!」
「うおおおぉぉっ!」
俺が怒声と共に刺しにかかったその瞬間、男はハッシュを放り投げ、腕を交差させて防御の構えを見せる。
「――閻獄受神ッ!」
突き刺す寸前、俺の視界が一瞬の炎に包まれる。
……次の瞬間、視点が切り替わっていた。
今にも息絶えそうなハッシュ。腕をクロスし防御の構えをする謎の男。
そして、そのまま突っ込んでいく俺……じゃない!?
自分じゃない。俺じゃない誰かが、突っ込んでいく。
それはカイトだった。
まさか、瞬間移動を応用した位置の入れ替え!?
「なっ……ぐッ!」
標的が突然入れ替わったことで、謎の男は目を見開き、反応が一瞬遅れる。
その隙を突くようにカイトの拳が敵の防御を貫き、男は吹き飛ばされ瓦礫の山にめり込む。
俺はすかさず、倒れたハッシュのもとへ駆け寄った。
「ハッシュ!大丈夫か!?」
「テ……テンセイ様……すみません……私は、守ることが……でき……」
口から血を溢れさせ、過呼吸に陥りながら、ハッシュは涙を流す。その姿に俺の心が締めつけられる。
カイトがこちらへ向かって全速力で駆けてくる。
「まだ間に合う!俺が回復を――」
その瞬間だった。
瓦礫が爆ぜ、その中から再びあの男が現れる。
「逃げるなっ!俺はお前と戦ってるんだよ!」
叫び声と共に男がカイトを指差す。その怒気に満ちた声に、カイトはすぐさま振り返り、怒号を放つ。
「邪魔をするな!――閻獄受神!」
炎が謎の男の周囲に展開され、取り囲む。
「炎……?なんだこれは……」
そのまま男の姿は、炎の中に掻き消えるようにして消失した。
カイトは一瞬だけ敵の気配を探るように目を細め、すぐに俺たちのもとへ再度駆け出した。
「あいつは遠くに飛ばした!今のうちに!」
「――逃げんなって言ってんだろ」
低く、耳にこびりつくような声が走るカイトの背後から響く。
「なっ……!?」
閻獄受神によって遥か彼方に飛ばしたはずの男が、カイトの背後に現れていた。
なんだ何が起こった!?
カイトがあいつを遠くに瞬間移動させたはず……だが、まるで時が戻ったかのように元いた場所に戻ってきてカイトの背後を取っている。
「閻羅――ッ!?」
カイトの反応が遅れた……。
謎の男は笑を貼り付けたまま、カイトの背中に鉄杭を勢いよく刺す。
容赦なく突き立てられた鉄杭は、深々と……内臓まで届く深さまで……。
カイトはそのまま前のめりで倒れていく。
「これが魔王か?期待はずれだったな」
満足げに言い放つと男は尻もちをついている俺に向けてゆっくりと歩み寄ってくる。
「お前、最初は骨のある奴かと思ったが……ただの雑魚だったな。俺を楽しませられねぇ奴は……皆、死ね」
そう言って鉄杭を無造作に振りかざす。俺は後退りするが逃げ場なんてものは無い……無意味だ。
俺は死ぬのか……仲間も国も守れなかった。……このまま、何もできずに終わるのか。
せっかく異世界に来られたのに、夢も、希望も……ずっと自分よがりでわがままのまま……
「――なにこれ!?」
その時、城門の方から場違いなほど呑気で抜けた声が響いた。
まるで空気を読まない馬鹿のような……いや、正真正銘の馬鹿の声だ。
「あぁ?次はなんだ?」
謎の男が苛立ち混じりにそちらを向く。俺も思わず同じ方向へ顔を向けた。
「……イッ……イディオット!?」
そこの城門の前にいたのは勇者を名乗るただの馬鹿イディオットだった。
あいつ、なんでここに!?
「ダメだ!イディオット!お前は来るな!!」
俺は声が枯れるほど全力で叫ぶ。
あの馬鹿でも俺は守りたいんだ!
「ちょっ!?なんでこんなボロボロなんだ!?」
何言ってんだよあいつ!お前が叶う相手じゃない、今はとにかく逃げろ!
俺の願いも虚しく、謎の男はニヤリと笑い、懐から二本目の鉄杭を取り出してイディオットに向けて疾走する。
「お前は俺を楽しませてくれるのかぁ!?」
「いいスピードだ!!……いけるよな」
今回は予め剣を抜いてきたみたいだ。イディオットは剣を正眼に構える。
そして謎の男の鉄杭がイディオットの喉を貫こうとする。
――流石にイディオットじゃ……
そう考えた……その次の瞬間、なんとイディオットが突きを避け、謎の男の腹を鋭い軌道で横一文字に切り裂いたのだ。
ありえないというような表情を見せ謎の男がそのまま崩れ落ち、吐血する。
「は……はぁ?」
思わず俺は困惑の声を漏らす。目の前の光景が信じられない。
イディオットが……勝った?
イディオットがドヤ顔で謎の男を見下ろし、こう言い捨てる。
「舐めてかかったな!」
――だが、次の瞬間……男が不気味に笑った。
「ケケッ……――十秒前!」
謎の男がそう囁いた瞬間、俺は自らの目を疑った。
そのワケは今、目の前にこの男がいるのだ。しかも無傷で……
「面白いなぁ!」
イディオットに向けて不気味に笑いながら放つ。
そんな言葉を無視し、イディオットがぶつぶつと一人で喋りながらこちらへ歩いてくる。
「瞬間移動……。それに……傷が治っているな。確かに切ったはずだが……うーん……分からん!!」
その言葉を聞いた謎の男は両手を広げ生き生きとした声で語り出した。
「ケケッ……俺に一撃入れた褒美だ。特別に俺の能力を教えてやるよ」
……まさかこいつも魔能のような力があるのか!?
「……リスタート。指定した時間の状態に巻き戻すことが出来る力だ。俺はさっき十秒前を指定した。その結果、十秒前に俺がいた位置に移動し、傷も切られる前に戻っているわけだ」
「……よく分からん!」
つまり……攻撃されたという事実ごと時間を巻き戻し、位置までも移動して、すべてをなかったことにする能力……!
魔王たちに匹敵する、とんでもないチート能力じゃないか……
「ケケッ……お前にもひとつ聞きたい。名前は?」
「イディオット・ステューピッドだ!お前は名前間違えるなよ!」
俺が名前間違えたことまだ根に持ってんのかよ……
今はそんな事を考えている場合じゃない!早くしないとみんな死んでしまう!俺には何も出来ないのかっ……
「イディオット……お前があのイディオットか!ケケッ……面白い……面白いぞ!ここで殺す!」
二人が再び構えを取り、殺気がぶつかり合う。
踏み込む瞬間を見計らい、互いの足に力が込められ、激突は目前だった。
だが、その刹那。二人の間に割り込むようにして突如、炎が現れる。
「――君かいこれをやったのは」
その炎の中から現れたのは友引の魔王フレンさん、その隣には満身創痍のカイトがいた。
カイトは今にも崩れ落ちそうな足取りでかろうじて立っている。
そして、フレンさんの姿を見た瞬間、それまで圧倒的だった謎の男の殺気が嘘のように消え去った。
「……友引か。特異存在が二人……ケケッ……面白いが……残念、ここまでみたいだな」
特異存在……?なんだ……それは……。
次の瞬間、男はゆっくりと手を掲げ、不気味な笑みを浮かべながら名乗る。
「俺はテンマ様に仕える災禍六魔将が一人、喜悦のカイン・ロックハート!」
そして、こちらを見下ろすように言い放つ。
「なぜお前のような雑魚が……まぁいい、三時間前」
「おい!逃げるな!」
俺が叫んだ時には、もう遅かった。
――次の瞬間には謎の男……いや、カインの姿は煙のように消え失せていた。
「神話の始まり編」楽しんでいただけたでしょうか?
ギャグ展開が多めでしたね。
けれど、次の「カリステア王国編」は少し重めの内容になっています……。




