第九章・Ⅲ贈り物2(一)
贈られた二つの時計の間で揺れ動こうとしている秀也に、晃一は・・・。
贈り物2
一週間のオフが明け、再びツアーが再開された。
司の怪我もあり、テレビ出演や取材はキャンセルされ、ゆっくりオフを過ごす事が出来た。打撲の傷の方は何とか快復したが、肋骨の方はそうも行かなかった。痛み止めを打ってのステージとなったが、レコーディング重視のスケジュールだった為、ライブも一週間に一度のペースとなっていて幾分楽だった。
しかし、相変わらずメールの山は続いた。事件後は見舞いを兼ねて、更に増えていた。
司はうんざりしながらも、毎日一つ一つ慎重に開けて行く。
例の白い包装紙に包まれた箱には、ビタミン剤と称し、青酸カリが入っていた。爆弾に比べれば子供騙しだ。呆れながらビニル袋に入れた。その翌日はサソリだった。
「カラアゲにしたら食えるかな」
など冗談を言いながら、透に突きつけた。
さすがにゴキブリが10匹入っていた時は、事務所がパニックになった。
開けた瞬間、司自身がたまげて箱をひっくり返してしまったのである。
「うっわーーっっ、ゴッキーだっ! うぉーっ、飛んだぞーーっっ!!」
「キャーーっっ!!」
女性スタッフの顔目掛けてゴキブリが飛んだ。彼女は驚いて椅子からひっくり返ると、デスクの書類を撒き散らす。
あちこちでバンっバンっと叩く音と悲鳴、ガッシャーンと何かが壊れる音が響いた。
ようやく事態が収拾した時には、事務所の中で、竜巻か台風でも起こったのではないかという位、もの凄い事になっていた。
「たまんねぇな」
司は呆れた。スタッフ達も泣きそうになっていた。
此処のところ、毎日のように何か送り付けられて来ていた。お陰でレコーディングが思うように進まない。司も集中出来なくなって来ていた。それを秀也はじめ、メンバーがカバーしていた。
その甲斐あってか、アレンジの方も何とかなり、レコーディングも、後は司だけとなった。
怪我の快復を待って、という事になり、9月も後半に入り、ようやくスタジオに入る事が出来た。
- ふう・・あと、一日か。ギリギリだな。そういや、明日は秀也の誕生日か。どうするかな・・・ 今年はフっちゃおうかなぁ・・・。
******
翌日、スタジオに入り、レコーディングを行った。途中、休憩を兼ねて事務所へ顔を出し、メールを開ける。
「あれ?他のヤツらは?」
通りすがったチャーリーに訊くと、チャーリーは立ち止まって司を見下ろし、あっけらかんとして言った。
「あれ、聞いてないの? 皆、今日はオフだよ。週末だもん」
「え、うそ。聞いてないよ・・・」
思わずムッとなった。
- 何でいつもオレだけなワケ? あいつ等ほとんどオフばっかじゃんっ。
チッと舌打ちすると、タバコに火をつけたが、レコーディングの途中だという事を思い出すと、忌々しそうに灰皿に押し付けた。
レコーディングが無事終了し、スタジオを出ると、夜の10時を回っていた。
「んーっ、終わったぁっ!!」
大きな伸びをすると、一息ついてタバコに火をつけた。一服吸って、天井に向かって吐く。
「お疲れさん」
スタジオからスタッフが出て来る。
「お疲れ、サンキュー」
司は皆に手を上げた。
やっと、解放された。そう思うと、本当に肩の荷が降りて楽になった気がした。が、思い出したように一つ溜息をつくと、あとはヤツだけだ、と宙を睨んだ。
これで、ヤツに集中できると思った。 が、とりあえず今日は酒でも飲むか、と気を取り直し、ビルを後にした。
何となく足取りも軽い。
早速アルバムに入れた新曲を、鼻歌で歌いながらマンションへ向かった。
部屋の扉の前まで来ると、深呼吸をした。
ピンポーン
人差し指でチャイムを鳴らす。少し待ったが応答がない。
・・・?
もう一度押した。が、気配がなかった。
「あら、いないの?」
もう一度押してみたが、やはり同じだった。
「なーんだ。ま、しゃぁねぇな」
昨日も一昨日も連絡を取っていなければ、今日も電話をかけなかった。
諦めて帰ろうとしたが、手に持っていた小さな紙袋を見ると
「これだけ置いてくか」
と、ドアのノブに引っ掛けた。
「これでも入れときゃ、わかんだろ」
そう言うと、ポケットからタバコの箱を取り出して中から一本抜くと、紙袋の中へ落とした。
そして、箱をポケットにしまうと、ポケットに手を入れて去った。
深夜、帰宅すると、ドアのノブに紙袋が掛かっているのに気付き、それを取ると鍵を開け部屋へ入った。
灯りをつけて紙袋をテーブルに置くと、冷蔵庫からビールを取り出した。
秀也はソファに座ると、ビールの栓を開けてぐいっと一口飲んだ。そして缶をテーブルに置くと、その左手にはめた新しい時計を見て、思わず微笑んだ。
高いものは買えない、と言っていたが値段などどうでもいい。デザインがシンプルで結構気に入った。
ふとテーブルに視線をやると、玄関のドアのノブにかかっていた紙袋に目が留まる。取上げて中を覗くと、リボンのかかった箱が入っていた。
それを取り出すと一緒にタバコが一本転がった。見るとマルボロだ。
?
気にも留めずにリボンを解き、包みを開けると、某有名時計メーカーのマークが入っている。
箱を開けると腕時計が入っていた。
「え!?、うそっ!?」
いつか買いに行こうと思っていたものだった。
しかし、忙しくてなかなか買いに行けなかった。しかもそれは、日本で手に入れる事は難しく、何処かで探してもらうか、スイスの本店で特注するしかなかった。全てがプラチナで出来ていて、文字盤にはダイヤが入っている。色は深い海のようなブルーだ。
思わず手に取り、隅から隅まで眺めた。 ん? バンドの留め金の裏にH.Sと彫ってある。秀也の名前の頭文字だった。
「うっそ、だろ!?」
思わず目が輝いた。そして、ふと、思い出した。
* *
雑誌の記事の特集を見ていた。
『これ、欲しいなぁ』
『どれ』
一つの時計を指差す。
『ふーん』
興味なさそうだ。
『これのさ、ディープブルーが欲しいな。全部プラチナだろ、しかも文字盤がダイヤだもんな。いくらするんだろ。けど、多分ないだろうな・・・。 けど、これして波乗りてぇな。イヤらしいけどさ、ダイヤが太陽に反射すると、きっと、すっげ綺麗なんだぜ。しかもさ、自分の名前があったら、それって世界にたった一つしかねぇだろ。最高だよ』
興奮して言った。
『でも、これって特注だろうな』
『だろうな。ンナわがままなモン、何処で売ってんだよ。ばかじゃねぇの』
『お前はどうなの? そういうこだわったものってあるの?』
『時計なんて興味ねぇしな。第一そんなもんつけねぇだろ。時間なんてどこ行っても分かるし。光モンも興味ねぇしな。カバンも持たねぇだろ』
『お前、何もないの?』
『はは、悪かったな。プレゼントのし甲斐がないだろ。こういう女を彼女に持つと苦労すんな』
* *
「司・・・」
転がったタバコを手にした。
そう言えば最近タバコを変えた。今までジョーカーだったが、見かけなくなり、仕方なく何処でも買えるものに変えたのだ。
それに司ならスイスの本店に言って、作らせる事くらい訳ないだろう。ただの日本の一有名人というだけなら、そうも行かないかもしれない。が、光月家の人間なら恐らくそれが可能だろう。何となくそう思った。
そして、その時計を手にすると、ゆかりから貰った時計を外そうとして、一瞬止まってしまった。誰もが持っているGショックの時計だ。が、選ぶのに1ヶ月かかったと言っていた。
暫らくそれを見つめていたが、思い切って外すと、司から貰った時計を付けた。着けた瞬間気分が高揚して来る。
自分の左手首を表にしたり裏にしたり、暫らく眺めていた。そして、そのまま電話をかけたが、呼び出し音が鳴るだけで誰も出ない。
何処かで飲んでいるのか。そう思い、後でかける事にした。
その左手首を見れば既に1時を指している。
秀也は時計を外して司のタバコの横に置くと、シャワーを浴びに行った。そして、ビールを冷蔵庫から出して飲むと、タバコを吸いながら時計を見つめた。そして電話をかけたが、また呼び出し音が鳴るだけだった。
時計の針は3時を回っていた。
司? 何処へ行ったのだろう。
不意に嫉妬にも似た不安がよぎった。
冷静に自分の事を考えれば、司の誕生日の日に自分はゆかりと伴に過ごし、司は並木と一緒だった。そして、自分は誕生日の日にゆかりと過ごし、司はレコーディングの後これを届け、そして・・・。
秀也は、自分の事をすっかり忘れ、司が今誰と居るのか疑ってしまった。
プレゼントを置きに秀也のマンションまで来たが、居なかったので、その腹いせに並木を誘って、一夜を伴に過ごすのではないかと・・・。
現に自分がそうしたように、司もそうするのではないかと思った。
そう考えると、司から貰った時計を手に取り、投げ捨てようかと思ったが、自分よりも忙しい筈の司がここまでするか、という疑問も新たに沸いてくる。
秀也は一人で次から次に溢れて来る同じ疑問に、自問自答しながら、ビールを飲み、バーボンを飲み続けているうちに、ソファで寝てしまった。
その夜、司は久しぶりに祐一郎の店で、明け方まで飲んでいた。




