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第六章(七の2)


 並木が司の部屋へ入ると、窓を開けて外を見ていた。

気が付いて振り向くと、並木は持っていた雑誌を上げた。司がソファへ座るよう促すと並木は腰掛け、司もソファへ行き、先程投げ捨てたタオルを拾うとベッドへ放り投げて、そこへ座った。

並木は呆気に取られて、それを見ていた。

「どれ」

司が手を出すと、並木は三冊の週刊誌をテーブルの上に広げた。表紙にはどれも司と並木の名前が載っている。

「とりあえず、見てみる?」

「お勧めは、どれ?」

何だか、バカらしくなってくる。毎度の事ながらかったるそうに一冊を手にする。並木もそんな司に苦笑した。

「それは、まあまあ、かな」

「って、さっきの新聞と同じなの?」 

ぱらぱらページをめくりながら、自分の記事を探して見つけると読み出した。何の事はない。ただの想像で書かれてあるだけだった。関係者の話でも、それは自分のスタッフではない。つまらなそうに雑誌をテーブルに放り投げると次を読んだ。また、同じだった。

「ねぇ、見せたいものって、ホントにこれ? この為にわざわざ来たんじゃねぇんだろうな」

半ば怒ったように呆れた。

「これ、見てみて。 俺もまさかって思ったんだけど」

そう言って残りの週刊誌を手に取り、巻頭のカラー写真を司に見せた。

それは機内で並木に寄り添って寝ている写真だった。二人共にサングラスも何もしていない。見間違いようのない二人だった。しかもご丁寧に並木は司の肩に手を廻してくれている。

「あちゃーっ、撮られたんだ、これ」

司は思わず手で顔をおおう。

 げっ、これ、秀也も見たんだろうなぁ。 一瞬、秀也の怒った顔を想像して焦ってしまった。晃一とナオの呆れ顔も思い浮かべた。

並木を見ると、参った、というように両手で頭の後ろを抱え、ソファの背にもたれている。

「帰国したら、大変だったよ。空港で待ち伏せされるし、スタッフには怒られるし、危うく監禁されるとこだったんだから」

「しっかし、こりゃ、ないよな、機内で、しかもファーストクラスだぜ。あー、何で気が付かなかったんだろう。 しくじった・・・」 

司も参ったとソファの背にもたれると、タバコを取り出して火をつけた。並木の視線に気がついて、タバコを勧めると並木はためらいなくそれを受け取った。司はライターの火をつけ、並木のタバコに火をつけた。

二人して一服吸うと、天井に向かってふうっと吐いた。

「それだけじゃないよ、司、これ読んで。最後の方の ・・・ ここ」

ページを捲って指す。司は片手で週刊誌を持つとソファにもたれたまま読み始めたが、一瞬にして青ざめていくのが分かる。そして、タバコを灰皿に置くと、その記事を最初から読み直した。

どこでどう調べ上げたのか、並木が8年前に死んだ兄の亮に似ている事から交際が始まった、と書かれている。例のフルートの件を混じえて、司と亮と並木の関係が記されていた。その内容は想像に過ぎないものだったが、司にとって、亮の事を取り沙汰される事は何よりの屈辱にも耐え難い事だった。

「何だってこんな・・・。 誰か裏切ったのか・・・」

週刊誌を持つ手に力が入る。並木は司が発作を起こさないか心配になった。

「金か・・・、 オレの指令を無視しやがって・・・」

並木には司の呟きが聞こえなかったが、その目が憎しみのこもった冷酷さを増していくのに一瞬ヒヤッとしてしまった。

 司は週刊誌をテーブルに叩きつけると、立ち上がって奥のシャワールームに向かった。豹変ひょうへんする自分をおさえなければならない。

しばらくすると、せんをひねって勢いよくシャワーの出る音が聞こえる。

並木は驚いて司の後を追ってシャワールームに入った。

そこには、服を着たまま片手を壁につけ、頭だけシャワーを浴びている司がいた。白地に青いバラの模様の描かれたタイル貼のバスタブに、司の髪から片腕から水が勢いよく滴り落ちている。

「司?!」

並木は慌ててシャワーの栓をひねって水を止めた。

司は下を向いたまま動こうとしない。

 辺りを見渡すと洗面台の横のかごにタオルが何枚かたたんで置いてある。その内の一枚を取ると、司の頭にかぶせてぬぐった。

壁に押し当てた腕はブラウスが濡れて透けて見えた。並木はその腕を取ると、司の頭と一緒に抱き寄せて、ゆっくりとシャワールームから出た。

司は並木に体を預けたまま従っていた。

並木は司を自分の方に向かせると、髪を優しく拭いていく。司は下を向いたままだ。そのまま顔から首にかけて拭いていく。胸元にタオルを持って行くとそこで手を止めた。

上三つボタンを外した襟からは白い肌を覗かせている。それが濡れて艶やかに見えた。中心に沿ってギャザーの寄った白いブラウスが濡れて肌にまとわり付いている。肩が透け、胸の僅かな膨らみもはっきり分かる。並木はドキッとして自分の体が熱くなっていくのを感じて思わず抱き締めていた。

 司は亮の胸の鼓動を聴いた。


 並木は司の息を耳元で感じると体を離して、その細く尖った顎を持ち上げ、自分の唇を軽くつけた。並木は驚いた。司の薄い唇はそのまま解けて失くなりそうな程に柔らかい。

失くなる前に、そう思い更に強く押し付けて吸う。

司の体がこわばり、小刻みに震えているように思え離して見ると、おびえたように並木を見ている。

「怖がらなくていいよ。俺に任せて」

耳元で優しくささやいた。

司は目を見張って並木を見つめた。

 目の前には亮がいた

司は目を閉じて亮の背中に手を廻し、その胸に顔を埋め鼓動を聴いた。

懐かしい温もりのある音だった。

 並木は、司をそのままゆっくりベッドへ押し倒すと、唇から顎へ首筋から胸元へと唇を這わせていく。ブラウスの裾から手を入れ、濡れて冷たい腹から胸へと這わせていくと小さな塊に触れた。司の吐息が漏れる。並木はブラウスから手を出し、両手で一気にブラウスを引き裂いた。スナップボタンが音を立てて外れ、司はハッとして並木を見たがそんな司を愛しむかのように見つめると、優しく司の名を呼んで口付けた。

その声に再び亮を感じて、安心したように目を閉じる。


 亮、会いたかった。 どこにいた、の? 兄ちゃんがいなくなってから、オレは・・・

 兄ちゃん・・・? りょ、亮? ああ ・・・ 違う・・・


「・・ う ・・・」

息が漏れる。

 今、求めているのは・・・ こんな・・ 違う。 ・・そう、もっと厚い胸、もっと弾力のある唇。

 ・・違う、もっと、優しく、温かい・・・、・・・!?

「 ・・や 」

体をらせて抵抗したが、おびえきった体は思うように動かない。司のしなやかな肢体がうねり、更に激しく愛撫されていく。

「 ・・・や、 い ・・ や」

押さえ込まれた体を離そうと抵抗した。思った以上に並木の力は強い。並木の手が胸から腰へと滑り降りていく。ズボンのウエストに手がかかった時、思わず悲鳴を上げた。

「いやーーっっ」

並木が一瞬(ひる)んだ隙に体を押し退けると、ベッドから転がり落ちて壁に背中を押し当て、開かれたブラウスの前を両手でしっかり握り締めうずくまった。

 はぁっ、はぁっ

胸の鼓動を抑えるように肩で息をする司を見て並木はゆっくり立ち上がって近づくと司の目の前に屈んだ。

「司、怖がることはないよ」

司は怯えて首を横に振った。

 亮が信じられない、そう思った。8年前に突然いなくなってから、突然姿を現し再び司を求めに来たのだ。

しかし、司には8年というものがあった。亮が消えてからつらく耐えがたい日々だった。何をするにも全てがうつろで、自分が何処どこにいるのかさえもわからなかった。

 ただ、生きていた

生き残っていた、という方が正しいかもしれない。しかし、彼に出逢ってから再び『生』を受けた。それから司の時が始まったのだ。

大切なもので埋め尽くされた8年だった。それだけに亮の身勝手さが信じられなかった。

 違うっ、こんなに冷たい唇じゃない、もっと熱く優しく包み込んでくれる、あの唇。 そう、秀也の・・・。

瞬間、司の両手が並木の胸を押し当てていた。

「兄ちゃん、もうやめて・・・」

俯きながら呟く。

涙が頬を伝った。

とめどなく溢れて来る涙に亮の幻影がき消されていく。


 どれ位時間が経っただろうか、司には何時間という長く重い時を感じていた。

ふと、顔を上げると誰もいない部屋で一人部屋の隅にうずくまっている事に気が付いた。

見慣れた部屋もヤケに広く感じる。恐る恐る自分を見ると、ブラウスのボタンが全て外れ白い胸が露わになっていた。首からぶら下がっているネックレスの先に目をやり、それを握り締めると思い切り引っ張った。ブチっと音がしてネックレスが外れた。それを投げ捨てると壁に寄りかかりながら立ち上がった。

 ブラウスを脱ぎ捨て着替えると、テーブルからタバコを取り上げ火をつけた。

サイドボードの上の写真を冷ややかに見ながら一本吸うと部屋を出た。

 ドアがノックされ、顔を上げると、濃紺のスタンドカラーのシャツを着た司が入って来た。

並木は黙って司を見つめた。

「並木」

そう言って顔を逸らした。今は会いたくなかったが、一つだけ確かめなければならない。

「司」

並木も驚いて司を見るが、どうしていいか分からず黙っていた。

「さっきはごめん」

司の意外な言葉に驚いた。 謝るのはこちらの方だ。

「俺の方こそ・・・あんな事」

「いや、オレが悪いんだ。お前を・・・ 」

「また、勘違いした・・・ の?」

 やはり、そうか。 並木は知ってしまったんだ。

瞬間、司はその無表情な目で並木を見つめた。

何かに操られるように司の目を見た。

 時間にしてほんの数秒経った。司は目を閉じて、もう一度ゆっくり目を開けると並木を見つめた。

その時並木は司が亮と勘違いして受け入れたのではなく、並木自身を受け入れたのだと思った。ただ、まだ時期が早過ぎたのだと。

一つの記憶が瞬時にして入れ替えられていた。

 これでいい、結果どうあれ、これでいい

司は亮との事を誰のものにもしたくなかった。




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