第一章(一の2)
「あーあっ、結局どこへも行けねぇじゃねぇかよっ」
ふて腐れて忌々しそうに濡れた髪を左右に振って手ぐしで梳かすと、ドサっとソファに座り込んで、首にかけていたタオルを投げ落とす。
「仕方ないだろ、今日が金曜じゃ。司が行けばどこでも騒ぎになるんだから」
床に投げ捨てられたタオルを拾いながら、秀也が窘める。
「けど、アイツらは行っちゃってんでしょ」
ぷぅっと脹れながら言うと、テーブルに置かれたグラスにシャンパンを注ぎ、それを手に取るとグラスを秀也に向けた。
「お前も浴びてくれば? 気持ちイイよ」
そして、ぐいっと飲み干す。
-ぷはぁ、シャワーの後はシャンパンに限るな。
司は満足そうにグラスを置くと更に注いだ。そして、タバコを1本取って火を点けると立上がって窓際に行った。
眼下には暗い筈の海面に色々な灯が反射し、神妙な輝きを帯びている。少し先にはベイブリッジが青白く浮いていた。
タバコの煙を窓に吹きつけながら、今は何も考えたくないと静かに目を閉じ、夜景から目を逸らせた。
しかし・・・
再び目を開けると、外の夜景に吸い込まれそうになる。
デビューしてから3年半が過ぎた。これだけ忙しくなるとは思ってもみなかった。
自分が今いる時間を周りが動く時間に合わせるのに必死だったような気がする。さすがにマイペースで超我が儘な司でも、メンバーの事を考えると合わせざるを得なかったのかもしれない。
自分の本来の任務もこなせずにいた。
それが今日、西園寺に会い父の会社の話が出た時にチクリと刺すものがあった。
-しかし・・・、まぁ、興味のねぇ事に一々気を回していたらもたねぇな。
気を取り直してテーブルに戻り、灰皿にタバコを押し付けグラスを取ると、一気に飲み干した。
そして、ボトルとグラスを手に再び窓際へ行くと窓枠に腰掛け、シャンパンを注ぐと窓の外を見ながらグラスに口を付けた。
プシュっと何かが弾ける音がして振り向くと、バスローブを羽織った秀也が、ビールを片手に髪を掻き上げ手ぐしで梳かしている。
司がこちらを見ているのに気が付くと、ビールの缶を軽く上げ微笑むと一口飲んだ。
「どうした? まだ、機嫌悪いのか?」
司の傍に立つと顔を覗き込んだ。
「いや、別に」
少し照れて俯いた。
秀也といると安心する。
全てのしがらみから解き放たれるようだ。 それに、
「やっぱり、ライブの後はこうしてお前と二人きりで居られるのが一番最高だ」
上目遣いに秀也を見ると自然と笑みがこぼれる。
秀也は司の肩に手を回して抱き寄せると、その手で細く尖った顎を持ち上げながら口付けをした。そして、ゆっくり離すと、「俺もだ」と囁きビールを飲みながら司の横に腰掛けた。
司は自分のグラスにシャンパンを注ぐと、ボトルを置いて秀也の膝の上に座った。そして、グラスに口を付けながら頭を秀也の胸に預けた。
秀也の鼓動が聴こえる。暫く、目を閉じて聴いていた。
「やっぱり秀也はあったかいな・・・」
呟くように言うと顔を上げ、再び上目遣いに秀也を見る。
秀也の瞳は、優しく包み込んでくれるようだ。先程まで、ステージの上で光り輝き羽ばたいていた司が今は飼い主の手の平の中で、その羽を休めている小鳥のようだった。
秀也は飲み干したビールの缶を置き、両腕の中に司を包み込むように抱くと、肩に顎を乗せ司の耳の一番柔らかい処に口付けをした。
くすぐったく、思わず首を捩った司の耳元に口をつけて、秀也は囁くようにそれでいて窘めるように言った。
「なあ、司、今日の晃一の事だけど。 あれ、やっぱ遣り過ぎだと思うんだよね。それにあいつの言ってる事当たってるし・・・ 」
ギクっとして秀也を見ようとしたが思わず仰け反りそうになった。秀也の手がバスローブの中に伸びて来たのだ。
「ここはしょうがないとしても」
胸に這わせる。
「ここはやっぱり着けた方がいいと思うんだけど」
秀也が自分の脚を少し広げると、司の両脚が広かれその間に指を這わせた。
!
溜息にも似た息が漏れると秀也は優しくそこを撫でる。
「ね、司。せめてライブの時だけでもいいから、・・ 頼むよ」
「ねぇ、・・ 秀也は・・・ 気に、してた?」
何とか秀也の方を向く事が出来たが、秀也は意地悪そうな顔をして手に力を入れ、「してたよ」と言うと、司の口を塞いだ。
あっ・・・ んんー・・っ・・・
秀也の口から司の息が漏れると思わず手にしていたグラスを床に落とし、体を仰け反らせ両手で秀也の腕を掴んだ。
秀也が司から離すと、はぁはぁと肩で息をして軽く秀也を睨むが、その甘美な琥珀色の瞳が秀也を誘っていた。
秀也が司のバスローブを取去ると、そこには先程楽屋で見せた筈の司の裸体がまるで別人のように、透き通るように白く滑らかで艶やかな肌に覆われていた。
秀也は司のしなやかな肢体を抱きかかえベッドへ運び、自分もバスローブを脱ぐとその日に焼けた褐色のいい鍛えられた厚い胸で司を抱いた。
そして、二人の甘く優雅な夜が更けて行く。




