閑話 天城 楓の憂鬱2 前編
遅くなりました、今回は楓の話です。1話で出そうとしたら長くなりそうなので2話に分ける事にしました。
戦闘シーンの表現に手こずってしまって時間をかけてしまいました…。
これはコータロー達がマクベルに向かっている最中の勇者達の話である。
キンッ! ガンッ! ガギィンッ!!
アースガルド皇国の城内にある騎士団訓練場で2本の剣がぶつかり合う金属音が鳴り響いていた。
「ハァッ!!」
「くっ! なんのこれしき!!」
白い軍服のような服装を身に付けた楓と勇牙は真剣での模擬戦をしていた。
周りは訓練中の騎士達が殆どだが彼ら以外にも光一や春香、更にはクレアやバーンズ、アレックス、オリヴィエまでもがいた。
アレックスとオリヴィエと一部の騎士は楓を、残りは勇牙を応援しているようだ。
楓の連撃に勇牙は押されつつある。
「如何しました勇牙さん。貴方の実力はこの程度ではないでしょう?」
「チッ! ! 俺を舐めるなよ楓!!」
2人がどうしてこんなことになっているのか、時は昨日まで遡る。
ーーー昨日ーーーー
私達は冒険者ギルドの討伐依頼で南の森に来ていた。
内容はワイルドグリズリーというCランク相当に値する巨大な熊のような魔物の討伐だ。
私達は既にCランクになっているので依頼自体は受けられるが私自身はあまり乗り気ではなかった。
何故ならあの3人が私に言わずに勝手に依頼を受けて上に、私を無理矢理連れ出したからだ。
だから彼らに対して私は少しばかり怒りを覚えていた。
今日は別の目的があってギルドに来たというのに…まあこの依頼を早く終わらせれば大丈夫だろう。
雑念を捨てて周囲を警戒しながら歩く。
「楓、さっきからずっと黙ってるけど気分でも悪いの?」
春香さんが私の顔を覗きながらそう言ってきた。
「大丈夫ですよ春香さん、いつ何処から敵が来るか分からないので周囲を警戒していただけですよ」
「そう? ならいいけど」
「大丈夫だって、俺逹は勇者だから熊1匹倒すなんざ余裕だぜ。それに何かあっても楓は俺が守るからもう少し肩の力を抜けよ」
「あんたに楓が守れるの〜?」
「うっせーよ、楓は俺が絶対に守る」
「あっそ、まあ頑張りなさい」
「……」
最近になって勇牙さんがそんな事を言うようになってきた。
どうやら彼の中では私は彼の恋人と思われているようだ。
私はなった覚えはないし、そんなつもりもないというのに…。
そもそも私は彼の事があまり好きではない。
何かと理由つけて接触してくるし、下心が見え見えなのでウンザリしている。
「そうだよ楓、この森に入ってから魔力を使って周囲を探知してるけど反応はないからこの辺りは安全だよ」
「しかし…い「光一もこう言ってるし、もうちょっと気楽に行きましょ?」っ……そうですね…」
反論しようとしたが、春香さんに遮られて結局同意せざるを得なかった。
そして私達は森の奥へと進んで行くと、木々はなぎ倒され、爪のようなもので引き裂かれたゴブリンの死体が幾つも転がっていた。
「これは…間違いない、この先にワイルドグリズリーがいるみたいだ」
「みたいだな。まあ勇者である俺たちの敵じゃないぜ!」
そう言って勇牙さんはバスタードソードを抜いた。
「ああ! 行こう皆!」
「とっとと終わらせるわよ」
「……」
この世界に来てから暫く経つが、彼らは相変わらず遊び感覚でいる。
確かに初めの頃と比べると私達は強くなった。
現に冒険者ギルドに登録して僅か一ヶ月半くらいでCランクになることが出来た。
当然その為にほぼ毎日、魔物を倒していたので戦闘にも大分慣れ、私達は一度も負けた事はなかった。
それが原因なのか彼らは徐々調子に乗り出し、己の実力を過信しすぎていた。
何度か注意をしたことがあったが有耶無耶にされてしまった。
そんな彼らに呆れているのか、私は無言でサーベルを抜き空いたもう片方の手で魔法を放てるようにする。
このまま彼らを見捨てるという選択もあるが、同じ学校へ通って学業に励んできたのだから見捨てたりはしない。
せめて私がしっかりしなければ……そう思いながら私は更に先へと進んだ。
周囲を警戒しながら進んで行くと、段々鉄のような臭いがして来た。
「(これは…血の臭い?)」
どうやらもう近くまで来たようだ。辺りにはゴブリンの血であろう緑色の液体が地面に広がっていた。
「皆、止まってくれ」
行きなり光一さんがそう言いだした。
「どうしたのよ光一?」
「前方に何かいるんだ」
前を見てみると、なにやら大きなモノがいた。
それはビッグファンゴ? だったろうか、遠目で少し見づらいがそれらしき死体の肉を貪り食っていた。
近くには数体のゴブリンの死体も転がっていた。
黒茶のような毛の色に大きな体、間違いない、あれがワイルドグリズリーだろう。
「どうやらアレが目標みてえだな」
「らしいね、それにしてもデカいな、多分2mは超えてると思う」
光一さんがそう言うと私達に気付いたのか、ワイルドグリズリーはこちらを向いた。
「マズい、気付かれたわよ!?」
『グォオオオオオオオオオッ!!!!』
次の獲物を見つけたのか、グリズリーは立ち上がって咆哮した。
光一さんの言う通り、確かに大きかった。太い前足と鋭くて大きな爪はゴブリンやビッグファンゴの血で汚れていた。
イノシシの肉では物足りないのか、血だらけになった口元からは涎が足れ落ちていた。
「落ち着くんだ春香、いつも通りにやれば大丈夫だ! 行こう勇牙!!」
「ああ! 楓は春香と一緒にサポートしてくれ!」
そう言われたので頷くと2人はグリズリーに向かって走り出し、私と春香さんは直ぐさま魔法を放った。
森の中ではあまり火属性の魔法は使いたくないので土属性の『地縛』でグリズリーの動きを封じると春香さんが風属性の『風弾』を放った。
そして光一さん達が剣で攻撃しようとするが、先にグリズリーの動きを封じていた鎖が壊れてしまった。
「そんなっ!? 2人とも離れて下さい!」
「うおっ!?」
「くっ!」
動きが自由になったグリズリーは立ち上がり、勇牙さんに向けて腕を振り下ろした。
「勇牙!」
「なめんなよッ!! オラァッ!!」
勇牙さんは横に転がって回避し、起き上がってそのまま剣でグリズリーの腕を切断した。
『グガァアアアアアアッ!!!??』
切断された腕を抑えながら断末魔をあげるグリズリーを再び『地縛』で拘束する。
今度は壊れないようにもっと多く魔力を注ぎ込んだ。
「光一! 今だッ!!」
「ああ! これでトドメだぁああああッ!!!」
光一さんは大き飛び上がり、グリズリーの顔に剣を深く突き刺した。
『グオオオォォン……』
断末魔と共にグリズリーは崩れ落ちた。
そして念のためか、勇牙さんがバスタードソードでグリズリーの首を切断して、地面が血で赤く染まった。
「やったな光一! 奴を倒したぞ!」
「ああ! 俺たちの勝利だ! 」
「はぁー疲れた。証明部位剥ぎ取って早く帰りましょ」
光一さんと勇牙さんはハイタッチをし、春香さんはポーションを飲みながら気怠そうに言った。
それにしても、まさか『地縛』が壊されるとは思っていなかった。
それなりに魔力を込めた筈だが…少し甘く見ていたかもしれない、私もまだまだ未熟だ。
「そうだな、とっとと帰って飯でも食おうぜ。腹が減っちまったよ」
「俺もだよ、もうここに用はないし早く帰ろう。フィロル達が待ってるしね」
そう言いながら光一さんはグリズリーの証明部位である爪を剥ぎ取って袋に入れた。
「そうね…行きましょ楓」
「は、はい…」
急に不機嫌そうな表情になった春香さんは先に森を出ようと歩き出した。
「あ、待ってよ春香」
「うるさいバカ」
「えー…」
「なんであいつカリカリしてるんだ? 生理か?」
「多分違うと思う…でもなんで春香は怒ってるんだろ?」
「楓、なにか心当たりはねえのか?」
「それくらい自分で考えてみては如何ですか?」
そう言って私は2人を残してその場去った。
そして春香さんと合流し、森の中を歩いていた時だった。
「(ん?……私達を監視している人達がいる?)」
急に周囲から複数の視線を感じた。
もしかして幸太郎さんが言ってた盗賊なのだろうか?
ふと幸太郎さんとの会話を思い出した。
『森の中には魔物以外に盗賊とかが潜んでるから用心しろよ? もし遭遇した場合は…まあ逃げるか覚悟を決めて奴らを殺すか、死なない程度に痛めつけてやれ。じゃないと平野達は殺されるだろうし楓達はキズモノにされるかもしれないからな』
だとしたら面倒だ、そうなる前に片付けてしまおう。
既に覚悟は出来ている、あとは実行するのみだ…
そう思った私はいつ来てもいいよう両手に魔力を込めた。
すると、草むらや木の陰からゾロゾロと数人の男達が出てきて私達を囲んだ。
数は…10人か。
「待ちなニイちゃん達、命が惜しけりゃ装備と金、そしてそこの美人なネエちゃん達を寄越しな」
嘘だ。口封じのために殺すに決まっている。
盗賊の1人がそう言うと全員がニタニタと舐め回すかのように私達を見て笑っていた。
ーーーーー気持ち悪い。そんな目で私を見るな。
男達に対して私は殺意を抱いた。
「なんなんだお前達は! いきなりそんな事言われて従うわけないだろ!?」
「光一の言う通りだぜ! 俺たちの邪魔をするんじゃねえ!」
そう言って勇牙さんは剣を抜いた。
「なんだ? 俺たちとやろうってッ――ッッ!?」
ドサッ――と盗賊の首が地面を転がり、そこから血の海が広がっていく。
取り囲んでいた盗賊達が呆気にとられる。
光一さん達にも何が起こったのかわからなかった。
何故なら私が『風刃』を放ち、リーダー格の盗賊の首を切断したからだ。
先ずは一人。
「なっ!? て、テメェよくもッーガッ!?」
二人目。『風弾』で眉間に風穴を開けた盗賊はその場で崩れ落ちた。
そして私はサーベルを抜き、地を蹴って盗賊達に近寄り切り裂いていく。
「こ、このっー!?」
反撃の時間すら与えない。
白銀に光るサーベルの刃を撫でるかのように振ると、盗賊の首が次々と地面に落ちていく。
その光景はまるで熟した実が樹から落ちるかのようだ。
そして10人居たはずの盗賊達が遂には1人だけとなった。
「ま、待ってくれ! 降参だ! 俺たちが悪かった!! アンタ達にはもう関わらないから命だけは……っ!」
恐怖で腰が抜けたのか、最後の盗賊は地面にへたり込み、怯えた表情で命乞いをしていた。
「そうやって今まで命乞いをしてきた人達を貴方方は全員殺してきたのでしょう?」
「っ……」
図星なのか、盗賊は黙った。
「今まで他人の甘い汁を啜ってきたんです。今度はそちらの番ですよ」
「ま、まっーーー」
私は容赦なく、サーベルを盗賊の額に突き刺した。
そして最後の1人が死んだのを確認するとサーベルを抜き、軽く振って刃に付着した血を払った。
私の周囲には死体だらけで、そうなるのにさほど時間はかからなかった。
そしてこの光景を目にして平然としている自分がいる。
敵とはいえ、初めて人を殺したというのに罪悪感など何も感じなかった。
この世界に来てそういう感覚が狂ってしまったのか、それとも……元からこういう人間だったのかもしれない。
こんな私をあの人が見たらどう思うだろう?
嫌われたりでもしたら…それはちょっと悲しい。
取り敢えず今は戻ろう、なんだか凄く疲れた…。
用事は明日にしよう。
そう思いながら光一さん達を見ると、彼らは怖いものでも見たかのようにビクリと震えだした。
今の私はどんな顔をしているのだろう?
「どうしました皆さん? 盗賊達は倒したので早く戻りましょう?」
「な…なんで…」
「?」
「なんで殺したんだ楓! 命乞いしてるのに殺すなんて!」
「なんでって…敵だからに決まってるからですよ。 まさかあのまま殺さずに見逃せと?」
「そうだ! 戦意のない人を殺す必要なんてないだろ!?」
「ハァ…それは本気で言ってるんですか? もしかしたら私達を騙すための嘘かもしれませんのに彼を信じて見逃せと?」
「嘘だとしても奴1人で出来る事なんてたかが知れてるぜ。幾ら何でもやり過ぎだ!」
「甘いですね勇牙さんは、彼らは私達の命を奪うつもりで襲ってきました。ならば奪われる覚悟も出来ていたという事です。殺らなければ殺られる、ここはこういう世界なんですよ?」
「でも! なにも殺す必要なんてないじゃない! 痛めつけるだけでも良かったし、もしかしたら話し合えば戦わずに済んだかもしれないじゃない!?」
「話し合いで解決すると本気で思ってるのですか? おめでたい考えですね春香さん。それに殺さずに痛めつけたところで彼らはまた同じ事を繰り返しますよ。そんな事も分からないんですか?」
「っ!」
本当に、彼らには呆れてしまう。
今なら幸太郎さんの言ってた事が分かる気がする。
この世界は私達がいた世界とは法律や道徳とか何もかもが違うのだから、話し合いでどうこう出来るものではない。
「なんでお前はそんな平気な顔してるんだ…人を殺したのに…」
「さあ? 何故でしょう? 自分でも分かりませんねぇ。取り敢えず疲れたので私は戻ります」
「待てよ楓! 話はまだ終わってないぞ!」
そう言って光一さんに腕を掴まれた。
「離してください光一さん」
「お願いだ楓、もう2度と人を殺さないでくれ! 例え悪人でもだ!」
「何故です?」
「何故って…例え悪人でも、勇者は簡単に人を殺したりしちゃダメなんだ!」
「そんな事を誰が決めたのです? いいですか、勇者の敵は魔物や魔王だけではありません。時にはさっきみたいに人と戦わなきゃならないんです。この世界では命なんて軽く見られていて、たかが悪人を10人殺したところで罪に囚われないどころか、賞金が貰えてしまう世界なんですよ?」
「確かにそうかもしれない…でも命乞いまでしてる人を殺すなんて…俺には出来ない!」
「分からないのですか? 仮に私が最後の1人を見逃したとしても、彼は別の仲間と同じ事を繰り返します。反省の余地がないなら死を持って罪を償うべきだと思いますが?」
「それでも…私には人殺しなんて…出来ないわよ…」
「俺もだ…」
「…ならばあなた達はそうすればいいでしょう。私は例え人であろうと敵ならば殺します」
そう言って私は彼らを置いて森を出た。
今ので嫌われたかもしれない。だがもう、それでもいいと思っている。
1人でいた方が行動しやすいかもしれないからだ。
彼らがなんと言おうと私は戦う、魔物や魔王は勿論、人でも敵ならば倒す。
私はそう心に決めた。
翌日、訓練所でアレックス教官と模擬戦をしている時だった。
「嬢ちゃん、あまり聞きたくないんだが昨日人を殺しただろ?」
教官は剣を下ろしてそんな事を聞いてきた。
「…ええ、殺しました。というより何故分かったんですか?」
「なぁに、嬢ちゃんから血の匂いがしたからな。俺は何度も嗅いだ事があるから分かるんだよ。で、昨日何があった?」
私は昨日の出来事を全て話した。
「そうか…それでコウイチ達は暗い顔をしてたのか」
「私は間違ってるんでしょうか…」
「どうだろうな、どっちも間違ってないし、正しいとは言えない。コウイチ達の言ってる事も何となく分かる。だがあまり人が良すぎるといつか痛い目に遭うだろうな」
「そうですか……」
「まあ何が言いたいかと言うと、嬢ちゃん達は自分が正しいと思う事をやればいいと思うぞ?」
「……自分が正しいと思った事ですか」
「ああそうだ、嬢ちゃんが敵は全て倒すのが正しいと思ってるんだろ?」
そう聞かれて私は首を縦に振った。
「だったらそれを貫き通せばいいのさ。コウイチ達がなんと言おうとな」
「…分かりました。そうしてみます」
「さて、話が長くなったな、訓練を続けるぞ」
「はい……」
そう言って再びサーベルを構えると……
「楓!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには光一さん達と団長、クレアさんにオリヴィエさんまでいた。
「あら皆さん。私に何か用ですか?」
「楓、俺と勝負してくれ!」
「何かと思えば…何故勇牙さんと勝負をしなければならないんですか?」
「決まってるだろ、楓にはもう人を殺して欲しくねえからだよ」
「成る程、そういうことでしたらお断りします」
「なっ!?」
「どうしてだ楓!?」
「私は自分の考えを改めるつもりは全くありませんから。こんな事をやっている暇があるなら訓練をしているほうがマシですね」
「どうしてそんな事を言うのよ楓! お願いだから勇牙と勝負して!」
「春香さん達がなんと言おうと無駄ですよ」
そう言ってその場を去ろうとした。
「待てよ楓! 朝比奈に言いくるめられてるんだな! そうだろ!?」
急に勇牙さんがそう言って、私はピタッと足を止めて振り返った。
「…なんの事です? 何故そこで幸太郎さんの名前が出てくるんですか?」
「あの野郎がお前に人殺しをさせるよう言いくるめたんだな! そうに違いない!」
「馬鹿ですかあなたは? 私は自分の意思でやっているだけです。あの人は関係ありません」
前から馬鹿だと思っていたがここまでとは、呆れて物も言えない。
「いいや関係あるな、アイツと関わってからお前は変わってしまった。彼奴さえいなければお前はこうはならなかった!」
「そうよ! 全部アイツが悪いんだわ!」
「いい加減にしなさい! それ以上幸太郎さんを悪く言うのは許しませんよ! 彼は無関係なのに……どうして全て彼の所為にしようというのですか!?」
「っ……」
「もういいです…言葉など意味を成しません。望み通り勝負しましょう、私が負ければ2度と人を殺す事はしません。それが例え盗賊であったとしても……逆に私が勝てば私のやり方には2度と口を出さないと同時に幸太郎さんを悪く言うのは止めると約束してください」
「…ああ、わかった。ならこっちも条件を1つ追加だ。俺が勝ったらお前は俺の奴隷になる。で、どうだ?」
そう言った瞬間、周りの騎士達がざわめきだした。
「ど、奴隷だって!? 何を言ってるんだ勇牙!? 幾らなんでもそれはダメだろ!!」
「本気なの!?」
「うるせぇ!! こうでもしねえとコイツは止まらねえんだよ! 言ってもダメなら力づくでやるまでだ!!」
成る程、そう来ましたか……愚かな…。
「分かりました。では始めましょう」
「楓はそれでいいの!? 負けたらこいつの奴隷になっちゃうのよ!?」
「構いません。私が負けなければいいだけですから」
「決まりだな、じゃあ始めようぜ」
ニヤリと笑いながら彼はそう言って、剣を抜くと周囲の人達は下がって私達を囲んだ。
「カエデ! ユウガに訓練の成果を見せてやれ!」
「頑張ってくださいカエデさん! 応援してますから!」
私の後ろには教官とオリヴィエさんがいた。まさかオリヴィエさんまで応援してくれるとは思ってもいなかった。
私はコクリと頷きサーベルを構える。
勇牙さんには剣の才能があるみたいで何度か模擬試合をしたが勝った事はなかった。
私の腕で彼に勝てるだろうか…。
いや…勝てるだろうかじゃない、勝つんだ。
負けたのは過去の事だ、今回もそうとは限らない。
勇牙さんは余裕の表情をしている。
恐らく今回も勝てると思っているのだろう。
私は自分は優れているとか他人を見下すとか、そういう類の人間は嫌いだ。
この勝負は絶対に負けられない。
殺しはしないが殺す気で行かせてもらおう。
私は地を蹴って勇牙さんに接近し、顔目掛けて突きを放った。
「ヤッ!!」
「うおっ!?」
勇牙さんは驚きの表情で顔を横にずらして突きを躱した。
が、完全には躱せなかったのか、頬に僅かな裂傷が残った。
そしてそのまま彼の横を通り過ぎて距離を取った。
「お、おい楓!? 俺を殺す気かよ!?」
「殺しはしませんが、殺す気でやらせてもらいます」
「なんでだよ楓!?」
「だってこうでもしないと……勝てませんもの、私は」
「ッ!? 本気…なのか…」
勇牙さんは先程の余裕そうな表情から一転して恐怖に怯えてる表情をしていた。
「本気じゃなかったらこうはなりませんよ」
そう言って再び、勇牙さんに向かって走り出し、サーベルを連続で振った。
キンッ! キンッ! ガキィンッ!! と、金属音が訓練所に響き渡る。
「ハァッ!!」
「くっ! 何のこれしき!!」
「如何しました勇牙さん。貴方の実力はこの程度ではないでしょう?」
「チッ! ! 俺を舐めるなよ楓!!」
勇牙さんが反撃しようと剣を振ってきたが体を僅かに動かして避けた。
その後も攻撃は続いたが私は最小限の動きだけで全て躱した。
「どうしました? 我武者羅に振ってるだけでは当てられませんよ? もっと本気を見せてください」
「はぁ…はぁ…クソッ!! 調子に乗りやがって…ッ!」
肩で息をしながら勇牙さんはそう言った。
彼の顔には既に余裕がなくなっていたと同時に足も震えていた。
「おや? 足が震えてますよ? 怖気ついたんですか?」
「なっ!? そんな訳ねえだろ!」
「そうですか。ならいい加減飽きてきたので決着を付けましょう」
そう言うと私はサーベルを強く握って地を蹴った。
そして渾身の力でサーベルを振った。
「っ!?」
咄嗟に剣で防いだところを連続で斬撃を放つ。
「グァッ!」
そして遂に勇牙さんの手から剣が弾け飛び、私は首筋にサーベルを突き付けた。
「私の勝ちですね」
「ッ…! ああ…俺の、負けだ…」
彼がそう言うと私はサーベルを仕舞った。
「それでは私は失礼します。約束は守ってもらいますよ」
そう言って私は訓練所を去ろうとした。
「やったなカエデ」
「ええ、漸く勝つことが出来ました」
「訓練の成果を出す事が出来たな。どうする? 今日はもう止めとくか?」
「はい。疲れましたし、そんな気分ではないので…」
「分かった、部屋に戻ってゆっくり休め。オリヴィエ、お前さんもカエデと一緒に戻りな」
「分かりました。では行きましょうカエデさん」
「ええ…」
「おーい新人ども! もう充分休んだだろ? 訓練を再開すんぞ!」
教官がそう言うと新人の騎士達が散らばっていった。
そして他の騎士達も各々の訓練を再開した。
最後に目にしたのは、暗い顔で項垂れる光一さん達を団長とクレアさんが慰めているところだった。
次回は今月末から来月の頭くらいを目安に投稿する予定です。




