護衛依頼 中間地点
「ーーータロー様、コータロー様。起きてください」
誰かに体を揺すられて目を覚ますと、目の前にはアンジェの顔があった。
てか、近くね? このまま起きたら口と口がぶつかりそうなんですが!?
「あー…アンジェ、おはよう?」
「おはようございますコータロー様、休息は取れましたか?」
「あー…多分取れたんじゃないかな? うん…」
「…本当でございますか?」
「ごめん、嘘ついた……ちょっと体がだるいな」
眠っていたはずなのに寝た気がしない…何故だ?
「そうでございますか…今日も長距離を歩きますのでなるべく短時間で体力を回復させることに慣れておかなければなりませんよ」
「分かった。ところでアッシュ達は?」
「既に朝食を取られております。コータロー様の分も用意出来ていますので早めに済ませてくださいませ」
「ああ、すぐ行く」
そう言って時計を見ると7時前だった。
となると、早めに飯を食べてテントとか片付けなければならないのでアンジェとともにアッシュ達のところへ行った。
「おはようコータロー」
「おはようございますコータローさん。何も問題は起きませんでしたよ」
「そりゃ良かった、眠ってる時に叩き起こされるのは勘弁願いたいからな」
そう言って、アンジェからスープの盛られた皿と携帯食料を渡されたので口にした。
スープは美味いが携帯食料は味が淡白で、何だか食べた気はしなかったがそういうものだから文句は言えない。
朝食を終えたらテントを片付けたがまだ少し時間があったので、各自自由な時間を過ごしてると出発の時間となった。
馬車を出発させてから数時間、緊張もほぐれてきたのか、冒険者同士の他愛もない世間話が聞こえてきて、昨日みたいなピリピリとした空気ではなくなっていた。
話しながらでも時々周囲を見てるところは流石は冒険者だなと思った。
このまま何事もなければいいが…そう願いながら俺は歩いた。
俺の願いが叶ったのか、2日目も何も起こらず野宿し、3日目の朝を迎えた。
空は曇っていて、今にも雨が降りそうだ。
朝食を済ませてマクベルに向けて歩いてる訳だが、なんだか退屈なのでアッシュの事について聞いてみよう。
「なあアッシュ、アンタは何処から来たんだ?」
「僕はミノアスという小国から来たんだよ」
「ミノアスだと? じゃあアレンと一緒じゃないか」
「え、アッシュさんもボクと同じ国の出身なんですか?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「初耳ですよ…」
「ごめんごめん。で、僕の家は……」
家柄を言おうとして急に黙り込んだアッシュ。
「ん? どうした? 言いにくい事だったら言わなくていいぞ?」
「いやそういう事じゃないんだけど……まぁ君達なら話しても大丈夫かな。自慢じゃないけど僕の家は国では有名な貴族でね、両親が亡くなって僕が家を継ぐつもりだったんだけど親戚達がね、それに反対したんだよ」
「そうなのか」
「親父は色んな権力を持ってたからね。叔父達はそれ欲しさに僕を半ば強引に追い出したんだ」
「なるほどな、アンタはそれでいいのか?」
「うん、親族達の醜い覇権争いに巻き込まれたくなかったからね。親父達には悪いと思ってるけど」
なんか、こっちもこっちでちょっとヘヴィーだな、おい……
「無論、僕だって何もしないまま去るつもりはなかったさ。せめてもの抵抗として金目の物を持てるだけ持ってこの国に来たのさ」
「で、今に当たると」
「うん。それにしてもまさかアレン君も同郷だったとはねぇ、世間って狭いね」
「そうだな……ところで今日のウィルは随分と無口だな」
ふと後ろにいるウィルを見ながらそう言う。
いつもだったら、「もう疲れた」とか「歩きたくない」と愚痴を言ってるのだが、それがないとなるとちょっと心配になる。
「ウィル?」
「……」
返事がない、唯の屍のようだ。 ってそんな訳あるか。
歩いてるから死んではないけれど、俯きながらなのでフードを取ってみた。
「ウィルー? 生きてるか? って……」
彼女の顔を見て俺の心配は無駄だった。
「コータロー様? ウィルさんはどうかしたのですか?」
「あー、なんでもないよアンジェ。ただな…」
「ただ?」
「こいつ、歩きながら寝てるんだもん……」
『……』
俺とアンジェを含み、アッシュとアレンも半笑いだった。
歩きながら寝るとか凄いなコイツ、大物だよ。
「ムニャムニャ…えへへ…もう食べられませんよぉ〜お兄さ〜ん」
そんな俺達を知らずに幸せそうな顔でそんな寝言を言うウィルだった。
そして今は昼食を取っている最中で、進路上にカイナルという小国があるということなので、雨が降る前にそこを目指すとのことらしい。
そんな訳でそこを目指して俺たちは再び街道を歩いていた。
「ところでアッシュ、マクベルってどんなところなんだ?」
「ん? あ、そっか、コータローは行ったことないんだっけ。んーそうだなぁ…商業が盛んなだけあって、色んな物が取り揃えられてることかな。ヘルメリアには及ばないけどね。あとカジノもある事かな」
「へーカジノか。行ってみたいな」
テレビやマンガみたいにポーカーとかブラックジャックとかがあるのかな。
「行くのは構わないけど、没頭し過ぎないようにね。それで何人もの冒険者達が破滅してったからさ」
「大丈夫だ、俺はその辺は歯止め出来るから」
「ヘルメリアにもカジノはあるけどあっちはレートが高いから貴族や金に余裕がある人向けだね」
「そうなのか」
「あとマクベルには奴隷市場があるよ」
「奴隷か……」
「そ、奴隷。各地から借金のカタにされたり、国や土地同士の戦争に敗れて捕えられて奴隷にされたりと例を挙げればキリがない程の奴隷をマクベルやヘルメリア、その他の街や国は売ってるんだ」
「なるほどなぁ」
奴隷か、今は必要ないけどいつか買う時がくんのかな?
「アンジェ、奴隷って大体どれくらいの値段で売られてるか分かるか?」
「申し訳ありません…身分の違いや、種族によって変動して定かではないので御答え出来ません。強いて言うならば、男性より女性の方が高いです。ましてや美女や処女であればもっと高くなります」
「そうか…」
「お兄さん、奴隷を買うんですか?」
いつの間に起きたのか、眠そうな目を擦りながらウィルが聞いてきた。
「いや、買うつもりはないな。どれくらいの値段で売られてるのか興味湧いたから、着いたらちょっと見てみようと思うんだ」
「そーですかー。もし買うなら小さくて可愛い女の子で御願いしますねー」
「ヤダよ。なんでお前の要望を聞かにゃならんのだ。そもそもいるのかもすら分からんし」
「え〜」
「え〜じゃないっての。可愛い女の子はアレンだけで充分だ」
「ボクは男ですよっ!?」
アレンが驚きの顔で否定し、アッシュとアンジェは頬笑んでいた。
ホント、ウィルは可愛い物には目が無いな。その辺は女の子らしいと言えばらしいが。
「お? コータロー、カイナルが見えて来たみたいだよ?」
「マジか」
アッシュが指を指した方向を見てみると微かに国と城みたいなのが見えて来た。
「アレか。今日はあの国で寝泊まりすんのかな」
「そうかもね。いい加減ベッドで寝たいよ」
「ああ、そうだな」
そう言ってると国の門の前まで来た。
する空からポツンと雫が降ってきた。
「あ、雨が降ってきましたねー」
ウィルがそう言うとあっという間に大雨となった。
セルゲイさんが門番らしき兵士に話しかけて手続きを済ませて俺たちは城下町へと入って行った。
そして噴水のある広場まで歩いた後、セルゲイさんと代表格の男が俺たちの前に立った。
「全員聞いてくれ。この大雨の為、依頼主と話し合った結果、今日はこの国に留まることにする。そして明日、若しくは明後日出発するので8時までにここへ集合してくれ。折角だ、ここで疲れを癒して明日に備えてくれ。では解散!」
冒険者達の代表格の男がそう言って各パーティーはそれぞれ去って行った。
「俺たちも宿を探そうか」
「そうだね、雨に濡れたままだと風邪を引くしね」
アッシュがそう言って俺たちは住人に宿の場所を聞いて、宿へ向かった。
「いらっしゃいませ。宿屋『メルク亭』へようこそ」
住人から教えてもらった宿に行くと、従業員であろう男性に迎え入れられた。
「すみません、宿を取りたいんですけど」
「宿泊ですね、お客様の人数は…5名様でよろしいですか?」
「はい。それで部屋数は…」
「大変申し訳ありません。只今、当宿はほぼ満員の為、空き部屋が2つしかないのです」
「マジですか…どうする?」
「これは仕方ないね。今から別の宿探すのも面倒だし僕とアレン君、残った君達3人で2部屋借りよう」
「そうするか。じゃあそれでお願いします」
「畏まりました。では何日間の滞在になさいますか?」
「明日には出るかもしれないんで、取り敢えず1日で」
「分かりました。それでは当宿の説明をーーーーー」
従業員に食事の時間とかを聞かされた後、金を払って案内された部屋に入った。
運がよかったのか、案内された部屋は3人用の部屋だった。
「ふぅー疲れたな」
「やっと一息つけますね」
「こんな大雨じゃなかったら、美味しいものを食べにいけたのに…」
「お前は食べる事しか考えてないのかよ…そんなに腹減ってるのか?」
「だってご飯はちょっとしか食べられない上に長距離を歩き続けるんですよ? お腹減っちゃいますよぉ」
「この町じゃなくてもマクベルにも美味いものはあるだろうから今日は我慢するんだな」
そう言うとウィルは不貞腐れた顔をしてベッドに寝転んだ。
「俺は風呂入ってくるけど、アンジェ達はどうする?」
驚いた事にこの宿の隣に公衆浴場があるらしい。
そのためか儲かってるらしく宿の内装がちょっと高級感溢れるのも頷ける。
「私は少し荷物の整理をしてから行きます」
「分かった。ウィルは…寝てるからいいか」
移動してる間も寝てたというのにウィルはスヤスヤと眠っていた。
ろくに運動しないで、食べて寝てばかりいるのにスタイルは良いこいつの身体はどうなってるんだろうか?
そう思いながらウィルに毛布をかけてやってからアッシュとアレンを誘って浴場へと向かった。
浴場でサッパリした俺は夕食を終えて部屋でくつろいでいた。
外は闇に包まれて建物の部屋の光が窓から辺りを照らしていた。
耳を澄ませると時々笑い声が聞こえてくる。
因みに雨はもう降っていなかった。
これなら明日には出発できるだろう。
アンジェとウィルは今浴場に行っていて、アレンとアッシュは何処かへ出掛けた。
つまり今宿にいるのは俺だけだ。
「……」
何故だろう、彼奴らがいないって思うとなんか心細く感じる。
それだけ俺はアンジェ達を頼ってるのかもしれない。
特にアンジェにはこの世界に来てから本当に色々世話になってる。
マクベルに着いたらまた何かプレゼントしてみるか。
やる事もやって暇なので、明日に備えて今日はもう寝る事にした。
歩き続けた所為か、案外すんなりと眠りにつけた。
「ーーろうさん、ーーー幸太郎さん!」
「ふがっ?」
誰かに呼ばれながら体を揺すられて目を覚ますと、見覚えのある天井だった。
「やっと起きたわね幸太郎さん」
ぼんやりとした意識で横を見ると、白い割烹着を着た女性がいた。
「…っ!? 多恵子さん!? なんでここに!?」
「なんでって…幸太郎さんを起こしに来てはダメなの?」
この女性は岡野 多恵子さん。幼かった俺を引き取ってくれた遠い親戚の女性だ。
見た目は20後半だがこう見えて40前前半だ。
「あ、いや、そういう訳じゃなくてですね!てかここ俺の部屋!? 俺は元の世界に帰ってきたのか!?」
周りを見ると俺が一人暮らしするまで使っていた部屋だった。
「何を寝ぼけた事言っているの? また夜遅くまでゲームやっていたの? 幾ら長期休暇貰ったとはいえ自堕落な生活をしてはダメよ? 朝御飯が出来てるから早く食べなさい」
「ああ…はい」
そう言うと多恵子さんは部屋を出て行った。
「……どういう事だ? 俺は宿に居たはず…夢でも見てるのか?」
頬をつねってみる。痛い。夢ではなさそうだ。
「俺は帰ってきたのか…? でも、なんでだ?」
考えても仕方ないので取り敢えず下に向かう事にした。
「おはよう」
リビングに向かうと家族全員が食卓に座っていた。
「お、やっと起きたか幸太郎君」
「おはようございます兄さま」
「おっそーいお兄!」
「兄ちゃんおはよう!」
「ママー、お兄ちゃん起きたから食べていい?」
「ええ、食べましょう。さあ座って幸太郎さん」
上から義父の信介、長女の紗香、次女の加奈、次男の慶太、三女の美緒だ。
「はい多恵子さん」
「やぁね多恵子さんだなんてよそよそしい、昔みたいにお母さんと呼んでも良いのよ?」
「いやーなんというか、抵抗というか、呼びづらいような感じがして…」
「そう…まぁあなたの呼びやすい方で構わないわ。じゃあみんな、頂きます」
『頂きます』
全員で食事の挨拶をして、各々食べ始めた。
我が家ではこういった作法や礼儀などに厳しい。
俺も箸を持って料理を食べはじめる……忘れもしない故郷の味だった。
「……っ」
「あら? 泣いてるの幸太郎さん?」
『えっ?』
気が付けば頬に何かの液体が流れていて、それが涙だと分かった時にはぽろぽろと溢れ出ていた。
「ホントだー兄ちゃん泣いてる!」
「うわ…ちょっと大げさよお兄」
「あらあら」
「なんでですかね? 久しぶりに多恵子さんの飯を食べたらつい涙腺が崩壊しちゃって…」
「ハッハッハ! そうかそんなに多恵子の飯が美味しいか?」
「嬉しいわぁ、沢山あるからどんと食べてね」
「はは……」
やはり俺は帰って来たんだろうか…どうか夢なら覚めないで欲しい。
それよりアンジェ達はどうなったんだろう…起きたら俺がいなくなって混乱してるだろうか。ちょっと心配だな。もし本当に帰って来れたならアンジェ達も連れて来て欲しかったな…。
そう思った途端、突然空間が灰色になった。何もかも、多恵子さん達まで灰色になって飯を食べ続けている。
「な、なんだ!? 何が起こったんだ!?」
俺がそう叫んでいるのにも関わらず、みんなは普通に食事を食べ続けている。
まるで俺は元から居なかったかのように。なんだか俺だけ違う空間に隔離されたかのような感じだ。
気が付くと手に持っていた箸と茶碗が消えていた。俺の分の皿も椅子もだ。
「どういうことだ…ん?」
動揺している中、浮遊感を感じたので足下を見てみると俺の足が光の粒子となって消えて行く。
「消えて行く!? 俺の体が!? なんだよこれ! 俺は帰って来たのじゃないのかよ!!? 信介さん! 多恵子さん! 紗香! 加奈! 慶太! 美緒!」
全員に話しかけるが一方に気付いてくれない。しかも食卓からどんどん遠ざかって行く。
「クソッ!! やっぱり夢なのか!? 頼む、気付いてくれ! 気付いてくれよぉ…ッ」
そう言って手を伸ばすが、それも無惨にも光に消えたところで俺は意識はブラックアウトした。
「はっ!?」
目を覚まして飛び起きると、すぐに自分の体を確認してちゃんとあることに安堵し、今いる場所はカイナルの宿の部屋だった。
「ハァ…ハァ…夢か…」
なんて残酷な夢だったんだ…帰れたと思ったらこれかよ…。
「…大丈夫でございますかコータロー様?」
アンジェの声がして横を見ると、メイド服を着たアンジェが心配そうな顔で立っていた。
「ア…ンジェ?」
「悪夢でも見たのですか?うなされていましたよ?」
「……ああ。嫌な夢だったよ」
俺はアンジェに夢の事を話した。
「……酷い夢でございますね」
「時々思う時があるんだ。次、目が覚めたら自分の部屋って……ある程度は諦めてるんだけど、やっぱり心の奥では帰りたいと思ってるのかもな」
「そうでございますか……さぁ、これをお飲み下さい。少しは心が安らぐ筈でございます」
アンジェはそう言ってティーカップを差し出した。
「ありがとうアンジェ」
そう言って一口飲む。心の奥まで染みるような美味しさと暖かさだ。
「ふぅ…美味しかった。サンキューアンジェ」
「安心して頂けて何よりでございます」
「アンジェのお陰でなんだかスッキリした。ホント、お前には色々世話になってるなぁ」
「それがメイドの役目でございますよコータロー様、また何かありましたら何時でも私に相談して下さいませ」
「ああ、そうするよ。…なんだもうこんな時間か、ウィル達を起こして仕度して朝飯を食べに行こうか」
そう言うとアンジェは頷いた。
感想、アドバイス等ありましたら言って下さい




