閑話 天城 楓の憂鬱
楓の話です。時間軸は召喚される直前から第四話までです。
タイトルの意味がもしかしたら違うかもしれません。
あと、一部第4話の台詞が使い回してますがご容赦ください。
「楓、一緒に帰ろう」
学校の授業が終わり、帰ろうとすると光一さんはそう言ってきた。
隣には春香さんと勇牙さんもいる。
「ええ、帰りましょうか」
私、天城 楓はそう言って4人で学校を出た。
光一さん達は小学校からの幼馴染みで、私は中学校の時に彼らと友達になった。
「なあ、帰りにどっか寄って行こうぜ」
「ダメだよ勇牙、中間が近いんだからさ」
「そうよ、勉強しないとまた赤点取るわよ?」
「勉強は苦手なんだよ」
「勇牙さん、赤点を取って補修を受ける事になったらまた部活が出来なくなってしまいますよ?」
「じゃあ楓が教えてくれよ。いつも5位以内に入ってんだからよ」
「前回そうしたら、赤点取ってしまったではないですか。だったら私が教えたって意味がないですよ」
「う…あーもう分かったよ。赤点取ったら監督にぶっ殺されるからな。頑張って勉強するよ」
「精々がんばりなさい。ま、どうせ今回も赤点取るでしょうけど」
「なっ!? やってみなきゃ分かんねえだろ!」
「じゃあ勝負する? テストの合計点が上だった方が勝ちで、負けた方は1つだけ命令を聞いてあげるってのはどう?」
「いいぜ、やってやんよ。お前に勝ってやるぜ」
「そ、どんな命令されるか考えておくのね」
「…チッ」
「フフフ」
春香さんは余裕の表情で笑みを浮かべ、勇牙さんは睨みながら舌打ちをした。
その後は世間話をしながら帰路を歩いていた。
「ん? なんだあれ?」
光一さんが立ち止まって前方を指差すとそこには何やら黒い穴みたいなのが空間を割って出たように出現していた。
「なんかヤバそうな感じがプンプンするな。引き返そうぜ」
勇牙さんがそう言いましたが、もう間に合いませんでした。
黒い穴がいきなり掃除機のように私達を吸い込み始めたのです。
「うわっ! なんだ、引っ張られる!」
「クソっ! なんて力だ!」
私達はなんとか吸い込まれないように、抵抗したが黒い穴の吸引力は更に上がり、私達の体は宙に浮いてしまい黒い穴へと吸い込まれてしまった。
「「ウワァァァァァァァァアアアア!!」」
「「キャアアアアアアアアアアアアッ!!」」
「あじゃぱァーーーーーーーーッ!?」
光一さんと勇牙さんとは違う男性の叫び声が聞こえたかと思うと、私は意識を失った。
「…い……おい……大丈夫か? 目を覚ませ」
誰かに体を揺さぶられて目を覚ますと目の前には見知らぬ男性が1人いた。
ぼんやりとする意識の中で周りを見渡すと、ドレスやらローブやら現代では見かけない服を着た人達が周りに立っていた。
「ここは…? 貴方は誰ですか?」
「俺の事は後回しだ。説明は後でしてくれるらしい」
そう言って男の人は光一さん達を起こし始めた。
彼の服装からして、私達と同じく黒い穴に吸い込まれてしまったのかもしれない。
「う、ここは…?」
「どこだここ…?」
「私たち、確か下校途中のはずだったわよ、ね…?」
「ええ、いきなり黒い穴が出現して、吸い込まれたところまでは覚えているのですがこの状況は一体…?」
周りを見ながら光一さん達がそう言うと、先程の男性が
「あー君たち? それについては今からこのお嬢さんが説明してくれるらしいぞ?」
と言いました。
すると、高価そうなドレスを着た私達と同年代の女性が前に出て来た。
「ようこそいらっしゃいました勇者樣方。ここはアースガルド皇国。私はこの国の王女、フィロル=ウェストリア=アースガルドといいます」
アースガルド皇国…聞いた事も見た事もない。
ここは…いや、この世界は一体何処なのだろうか…。
「ゆ、勇者?」
「俺たちが?」
「どういうことよ!?」
「説明していただきたいのですが?」
「それについては国王より説明しますのでどうか私に着いてきてください」
「分かりました。みんなもそれでいいか?」
光一さんがそう言うと、男性を含めて私達は頷いた。
そして玉座の間という場所に案内され、私達は中に入るとそこは中世ヨーロッパの宮殿のような豪華な内装がされており、甲冑やドレスを着た人達が立っていた。
王女様が玉座に座った男性と女性の前まで歩き、私達は跪いた。
王様から聞かされた話によると、やはりここは私達が住んでいた世界とは文明も何もかもが違う世界のようだ。
そして私達はこの世界を支配しようとしている魔王を倒す為に召喚された勇者らしい。
勇者…か…光一さんがやると言ったので頷いてしまったが、武器を持った事がない私達にそんな事が出来るのだろうか…。
私は怖い。もしかしたら死んでしまうのではないかと思うと、体が震えてしまう。
誰かに代わってもらえるなら代わって欲しい…しかし選ばれてしまった以上、私はやるしかない。
しかし元の世界には帰れないと聞いた時は驚いてしまった。
王妃様は私達が存在していたという記憶や経歴はなかったことになってるようだ。
お父様とお母様、そして執事の黒坂に二度と会えないなんて悲しい。
だけどもう、現実を受け入れるしかない。勇者として戦う事を私は決めた。
その後は魔法と呼ばれる物について、魔力と使える属性を知った私達はメイドさんに用意された部屋へ案内された。
「ここが勇者様方のお部屋になります。尚、右が女性、左が男性となっております」
「分かりました。ありがとうメイドさん」
「い、いえ、これが私の仕事ですので。で、では失礼します////」
そう言ってメイドさんは去って行った。
「取り敢えず皆こっちの部屋に入ろう」
光一さんがそう言って私達は一緒の部屋に入った。
「ふぅー、なんか疲れたな」
「そうねぇ、勇者だの、魔法だの、もう何がなんだか分からなくなってしまったわよ」
「でもさ、こういうのって漫画やゲームくらいでしか味わえないぜ。そう思うと俺等ってなんか特別だと思わねえか? 俺、なんかワクワクしてきたぜ」
勇牙さんは何を言ってるのだろう、これは現実であってゲームでもなんでもない。
剣で切られれば出血するし、一撃で死ぬ事もある。ゲームみたいに復活なんて出来ない。
なのに何故3人は笑っていられるのだろう……私だけがおかしいのだろうか。
そう疑問に思いながら、私達は夕食を食べて寛いでいた。
「ところで、あの人はどうしよう?」
と、光一さんがそう言った。恐らく朝比奈さんの事だろう。
「ああ、あのおっさんか。俺達の召喚に巻き込まれたらしいが、頼めば協力してくれるだろ」
「そう? あんまり協力的には見えないけど」
「大丈夫だよ、きっと協力してくれるさ」
「それに俺達より魔力が高いし使える属性も全部だからな。仲間にすれば戦力になるだろ」
「よし、早速頼んでみよう」
光一さんがそう言って、私達はメイドさんに聞いて彼のいる部屋に向かった。
「この部屋か」
光一さんがノックをした。
「どうぞー」
そう言われて部屋の中に入ると朝比奈さんが立っていた。
目にかかるくらいのやや焦げ茶色の髪に野獣のような鋭い目付きをした深い青色の瞳、顔は割と整っている。
「失礼します。えっと、朝比奈さんでいいんですよね?」
「ああ、そうだ。それで? 俺になんか用か?」
若干不機嫌そうな表情で彼はそう言った。
「はい、色々あって朝比奈さんとは話が出来なかったんで、この機会にでもしようかと思って」
「そうか、俺は構わん。とりあえず適当なところに座ってくれ」
朝比奈さんがそう言ったので私はソファーに座った。
その後は自己紹介をして光一さんが本題に入った。
「自己紹介も終えたし、改めてよろしく朝比奈さん。共に魔王を倒して、この世界を平和にしましょう!」
「……は?」
朝比奈さんは驚きの表情でそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、なんで俺まで一緒に魔王を倒す事になってるんだよ。悪いが俺はお前達とは別行動だ」
「え?」
「なに驚いてるんだ? そもそも、勇者として召喚されたのはお前達であって、俺はただ巻き込まれただけ。だからこの世界で何しようが俺の勝手じゃないか。なのに何故俺まで付き合わなきゃならないんだ? 俺は勇者じゃないんだ、悪いが魔王退治は4人でやってくれ」
「なっ……」
予想外の返事が帰って来たからか、光一さん達は驚いた。
私はこうなるだろうと思っていた。
間接的とは言え、私達の召喚に巻き込んでしまったのだから断られて当然だろう。
「おいアンタ! この世界の人達が困ってるんだぞ! 助けてあげようって思わないのか!?」
「思わないな。俺には戦う理由も無いし、興味もない。だからこの世界の人がどうなろうと俺の知ったこっちゃないね」
「ちょっとアンタ! なんてこと言うのよ! 第一巻き込まれたのはアンタがあの場にいたからじゃない!! それにアンタ大人なんだから自ら率先して魔王倒そうとは思わないの!?」
「そう吠えるなよ小娘、誰だっていきなり黒い穴が出現して吸い込まれる予想なんか出来るか? 第一、俺はお前達とは何の繋がりもない赤の他人、魔王退治に赤の他人を巻き込まないでくれ」
そう、私達と朝比奈さんは何の関わりもない赤の他人。私達の所為で彼の人生を奪ってしまったようなものなのだから、魔王討伐に協力しろと言うのは酷だと思う。
なのに何故貴方達はこれ以上彼を巻き込もうとするのだろう…。
「っ!? けど! 困ってる人がいたら助けるのは人として当然じゃないか!」
「お前達にとってはそうだろう、だが俺はそうは思わない。それに、お前達はこの世界を救うと言ってたが本気で全ての人を助けられると思ってるのか? 最悪、人と人の戦争になる事だってあるんだぞ? 分かってるのか?」
「確かに全ての人々を救えるかは分かりません、それでも俺達はこの世界を救ってみせる!! それが勇者である俺達の使命だからだ!!」
「……話にならん。人を納得させたいならもっと筋の通ったことを言え」
「そんな…」
「テメエッ!!」
勇牙さんが朝比奈さんの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
そこで止めるべきなのかもしれないのに止められなかった。
「さっきから黙って聞いてれば、好き勝手言いやがって! アンタ俺達より強いんだろ!? だったら少しくらい力を貸せよっ!!」
「黙れ、一々吠えるなよ小僧。お前といい、平野といい、自分の偽善を他人に押し付けるな。押し付けられる方はいい迷惑だ」
「なっ! 偽善だと!?」
「ああ偽善だ偽善、他人が不幸だから見過ごせない? 下らん、実に下らん、漫画の主人公にでもなったつもりか? 甘過ぎて反吐が出るぜ」
朝比奈さんの言う通り、私達がやろうとしていることは唯の自己満足でしかならない。
「それに考えてみろ。ここは異世界、ゲームとは違って現実で常に命の危険があるし、死んだらそれっきり、コンティニューなんてないんだぜ? 魔王倒す前に死ぬかもしれないんだ。悪いが俺はそんな事で死にたくはない、死ぬのだけは真っ平御免だ。だから魔王退治に行く気はない」
あぁ…やはりこの人も現実を見ているんだ。勇牙さんはどこかゲーム感覚で、光一さんと春香さんも軽い気持ちだ。
私達はこれから強くなれるらしいが、朝比奈さんはそう簡単に強くなれないかもしれない。
そう思うと増々、罪悪感を感じてしまう。彼にも家族や大切な物があったかもしれないのに…。
「…だからって、人を救えるだけの力を持っているのに、自分のためにだけしか使わないなんて間違ってると思います!」
「間違ってる? そんな事誰が決めた? 自分の為に力を使って何が悪い? 全ての人間が正義のヒーローみたいに他人の為に力を使うとでも思ってるのか? 残念だが俺は他人の為に力を使うつもりはない」
「なんてこと言うのよこの人でなし!」
「人でなしで結構、だって死にたくねえもん」
「ふざけるなよこの腰抜け!」
「だから吠えるなって、逆に聞くがなんでこの世界の人達を救おうとする?」
「なんでって、それは俺達が勇者だからだ!」
「勇者だからなんだ? 勝手に呼び出して人生台無しにした人達の為になんでそこまで頑張ろうとする? 俺には分からないなー、何故見ず知らずの他人の為に己の命を掛けなきゃなんない? 誰か教えてくれよ勇者以外の理由でさぁ?」
その言葉に私は何も言えなかった。いや、言わなかった方が正しいかもしれない。
何故なら光一さん達と離ればなれになるのが嫌だったのかもしれないからだ。
もし仮に私が勇者じゃなかったとしても、私は光一さん達に付いて行くだろう。
「だんまりか、それならそれでもいいや、俺も知る気はないしな…ところでいつまで掴んでるつもりだ? 好い加減に離せ」
朝比奈さんがそう言って勇牙さんは手を離した。
「もう話す事はない、とっとと出て行ってくれ」
「待って下さい朝比奈さん! お願いです、俺達に力を貸して下さい!」
「…悪いが俺はお前達と協力することは出来ない。許せ」
土下座して言う光一さんに朝比奈さんは申し訳なさそうに言って頭を下げた。
何故貴方が謝るんですか…謝るべきなのは私達の方なのに…何も言えない自分に怒りが湧いてくる。
結局私は、光一さん達との関係が崩れるのが怖くて、やりたくないことをやっているのかもしれない。
「そんな…」
「テメエ…人がこうして土下座までしてんのにまだ協力しねえのかよ!」
「そうよ! なんでそんなに非協力的なのよ!」
「だから言ってるだろ、俺は死にたくないんだよ! 勇者であるお前達と違って、ただ魔力が多くて4つの属性が使える以外は普通の人間なんだ! ただでさえ、異世界召喚というのに巻き込まれてるのにこれ以上、俺を巻き込むな! それにお前等は世界を救うって決めたんだろ!? だったら他人に頼らずお前等だけで救ってみせろ!!」
彼の言う通りだ。これは私達だけでやることだ、これ以上は巻き込ませたくない。
私は勇気を振り絞って、彼を守るように光一さん達の前に立った。
「もう止めましょう皆さん。朝比奈さんの言っている事は理になってます。彼の気持ちも考えてあげてください」
「でもよ楓、こいつが俺達に協力すれば戦力は上がるんだぜ? 戦力は1人でも多い方がいいだろ」
この期に及んでまだそんな事を言うのか貴方は? 最早、馬鹿としか言いようがない。
「確かにそうかもしれません。ですが彼は関節的とはいえ、私たちの所為で巻き込まれてしまった言わば被害者。それなのにとやかく言う権利が私たちにはありません。だからこれ以上、彼を巻き込む訳にはいかないと私は思います」
私がそう言うと、光一さん達は何も言わずに部屋を去った。
「ご迷惑をおかけしました朝比奈さん」
「気にしなくていい。ところで楓お嬢様は俺の考えに反対しないのか?」
「ええ、朝比奈さんの気持ちはよく分かります。正直言うと、私も本当は死ぬのが怖いです。けど、この世界が私を勇者として選んだ以上、やるしかないのです。あと、私のことは呼び捨てでいいですよ朝比奈さん」
「流石は天城家のご令嬢だ。俺には到底出来っこないな」
「そんなことはありませんよ。天城家に生まれてなかったら私など、ただの女子高生となんら変わりはありません」
これは事実だ。本当の私は家柄を除けば出来のいい、唯の女子高生なのだ。
本音を言えばやりたくなかった習い事や教育を世間体を気にする両親の為に、文句を言わずに10年間やってきた。
学校でも社交の場でも上品に振る舞う事に嫌気がさしていた。
しかし天城という家に生まれてしまった以上、私は天城 楓という仮面を被り続けなければならない。
今後も、彼の前でも。
「それでもさ、楓は立派だよ。本来なら俺も協力するべきなんだろうけど、命が惜しいんだ。済まない…」
「謝らないで下さい朝比奈さん。貴方は間違ってなんかいません。寧ろ、謝るべきなのは私達の方です。私達の近くに居た所為で貴方をこんな事に巻き込んでしまったのですから…ごめんなさい…」
この謝罪には複数の意味がある。最初に言うべきかもしれなかった光一さん達の謝罪の代わり、彼らを止めるべきなのに止められなかった事、そして私個人の謝罪だ。
「顔を上げてくれ楓、お前達の所為じゃないさ。まさか自分が異世界に召喚されるなんて思う訳がないんだ。偶々、召喚されたのが楓達だけであって、偶々近くに俺が居て巻き込まれた。それだけの事さ」
「でも…」
「いいから、俺はもう気にしちゃいない。だからそんな顔しなさんな、折角の美人が台無しだぞー」
そう言って朝比奈さんは私の頭を撫でた。それがとても心地よかった。
「さて、戻ってくるのが遅いとあいつらがまた来るかもしれないから部屋に戻りな」
「はい。では朝比奈さん、また明日」
「ああ、俺の事は呼び捨てでいい」
「じゃあ幸太郎さん。お休みなさい」
「さんはいらないのに…まあいいか、お休み」
「そうそう、1ついいこと教えて差し上げます」
このまま去るのが何故か嫌だった私はドアの前で振り返った。
「ん? なんだ?」
「私は貴方のような男の人が好きですよ」
「……それは人としてか? それとも異性としてかね?」
「ふふふ…それは秘密です」
と、イタズラっぽく片目を瞑り、唇に人差し指を当てて笑みを浮かべて部屋を出た。
今思えば何故あんな事をしたのか自分でも分からない。そして自分の体が火照っていた。
そのまま自分の部屋に戻ると春香さんはもう寝ていたので、私も眠りについた。
今後も楓の話を入れて行きます。




