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2 調停者とは一体

 というわけで俺はクマになった。

 どういうことがわからないと思うが、俺もわからない。さっきまで俺は半狂乱になって鏡を叩き壊し自傷行為を繰り返していたそうだが、その記憶はない。櫻田さんが止めてくれたという。

 おそらく俺の人間としての人格がクマになったことに絶えきれなくなったのだろう。今の俺は名実ともにクマである。体は傷だらけだけど、心は元気。僕ハチミツ大好き!


 俺の体は随分と大きく3m級のものだ。最初はマサカリ担いだ坂田金時の幼少期を描いた童話、一言で言うならば金太郎みたいに胴体の部分に乗っかっていたのだが、首が1番揺れないということを発見してからは首にまたがっている。

 そう、櫻田さんが俺の首にまたがっているのだ。幸せすぎて死にそう。


 クマさんと突発的な遭遇をする場所といえば森だが、俺の場合も例外ということはなく森の中だった。森といっても原生林ではない。光が射し込んでいて明るく、下草が刈られている、人の手によって管理されている森だ。古いものだが切り株もあった。



 クマという猛獣になったわけだが、櫻田さんはほとんど動じていなかった。いや、動じていないはずがないのだが、それを全く見せなかった。本当に強い女性だ。クマになったぐらいで半狂乱になった俺とは大違いだ。

 しかしもう俺も大丈夫だ。俺の長所といえば細かいところを気にしないところと順応性が高いところだからな。クマになった経験さえあれば次にカモメとかハエになっても落ち着いて行動することができるだろう。



《調停者システムを起動します……》


「うわっ」

「あっ、キャア」

 俺が急に立ち止まったせいで油断していた櫻田さんは頭から地面に落ちた。ここがふかふかの腐葉土に覆われた森でなかったら首の骨を折っていたかもしれない。


「今の」

「櫻田さんも聞こえた?」

「はい。聞こえました」


 システムを起動します。と誰かが言っている声がした。櫻田さんも聞こえたということは空耳ではないだろう。


「調停者システム……なるほど」

「調停者システム?」

 何がわかったのだろうか。


「私達がここに呼び出された理由がわかりました!」


 櫻田さんが言うにはここは地球とは別の世界にある地球で俺たちはその世界の争いを見届けるために呼び出された幽霊のようなものらしい。


 にわかには信じがたい話だが、事実俺はクマになっている。信じるも信じないもないだろう。どっちかって言うと人がクマになる方が信じがたい話だ。


「一体何の戦いを見届けるんだ?」

「さあ……私達は事が起きる前に呼び出されたらしいので、それまで待機ってことらしいです。ちなみにゲームみたいな画面がでてました。別の世界って言ってもゲームみたいな世界みたいですね」

 ゲームみたいな世界……確かに頭に角が生えているクマだなんてゲームにしかいないだろう。


「先輩、先輩の方にもシステムの恩恵が与えられてるそうなので、システムを作動させてみてください」

 システムを作動……?



 フードプロセッサーレベルに噛み砕いて一体何がどうなのかを教えてもらった。適応力が高く、状況把握能力がやばい。それに加え理解力がチンパンジーと大差ない俺にだって難しいシステムとやらを教えてくれるのだから、素晴らしい。

 俺が一人だけだったならばシステムを起動させることなく、気の所為だと思って野垂れ死んでいただろう。



 スキルというものが存在しており、そのスキルにより様々なアーツやマジックを使えるようになるとか、保持しているだけで効果があるスキルだとか? ゲームみたいな?


「おそらくこれは私達、他の世界から来た人たちのためのサポートシステムでしょうね。実際他の世界から来た人間がそこの世界で認められるには、多くの障害がありますから」

 な、なるほどぉ。確かにスキルに【自動翻訳】ってあるけど、自動翻訳がなかったら1年ぐらいは馴染むまでに時間がかかりそうだし、自分がこんな体になって何ができるのかもわからんけど、こうやって一覧にされているなら適正もよくわかる。


「その通り。理想的な調停者だな。そこのクマは知らんが」

「な、何奴!」

「あそこです、先輩!」

 その声の持ち主は木の上で笑っていた。きっちりとした黒いスーツを身にまとって洒落た帽子をかぶっている男だ。身長は高め、髪には地味にウェーブがかかっていて、イケメンだ。気に入らないな。イケメンじゃなかったならまだ情状酌量の余地はあったのだが。


「どうも、初めまして。調停者さん。俺の名前は魔王。以後よろしく」

 その男は音もなく木の枝から飛び降りるとうやうやしく礼をした。

 どう考えても本名じゃない名前を名乗るんだな。それで魔王ってなんだ。慇懃無礼が体全体から染み出していて、信用できないやつというのが第一印象だ。


「あーと、そうだな。俺を呼ぶ時は零の魔王とでも呼んでもらおうか。始源の魔王とか、黒の魔王でも良いんだが、番号のがわかりやすいだろう。さて、質問攻めにされるのは好まないから端的の用事を伝えよう」

 櫻田さんも俺と同じようなことを思っているようだ。険しい顔をして口を開かない。


「他の世界から勇者を戦争のために呼び出すってのは人道に反しているってのはわかるかい? 適正のある人間はこちらの人間に呼び出されて戦場で消耗品として使われ、戦争が終わったら殺される。こんなことあっちゃいけないってことで地球とこの世界をつなげることを禁止したのが800年ぐらい前のことだ。それで何とか、俺達は頑張ってこの世界を運営していたわけだが、どうやら定期的に勇者を呼び出してたのには意味があったらしくてな。この世界に亜神と呼ばれる存在が次々と生まれて、一気に戦国時代に突入したわけよ。わかってる? クマさん?」

 なんか腹立つなこいつ。

 俺にだってそのぐらいわかっている。俺達みたいに地球から呼び出された人が兵士となってこの世界で戦っていたことを良しとしなかった、零の魔王はそれを禁止した。

 だけど、実はその呼び出した兵士には戦争の道具以上の意味があって、それが原因で不具合が起きている。亜神? って言われてるのがでてきたんだろう?


「俺達はその亜神ってやつらの戦いをどうにかするために呼びだされたのか?」

「亜神は良いんだ。地神も動物神も信仰神も、だいたいがその土地、人が元になってできているからな。勝ったら自分の土地になるのに再生不能になるまで破壊するほど見境ない亜神はいないし。そこまで土地をボロボロにし始めたら運営の出番だ」

 じゃあ、何のために呼び出されたのだろうか。


「長くなったな。さて、貴様に告げる。いずれ異世界から勇者が呼び出され、それと呼応するように魔王が各地に現れる。奴らは欲望の塊だ。人は自分の欲望を満たすためならばなんだってやる。多くの魔王と勇者は激しくぶつかり時にはその文明すらも壊す。それを防ぐのが貴様の使命だ」

 そのニヤリとした笑みに俺は少し気圧された。その瞳はまるでその戦いを見てきたかのようなほどの悲しみにあふれていて、こんな空気をだしながら笑えるだなんて。俺は今まで見たことがない。

 こいつはイケメンだが、哀れなやつなんだろう。俺のこの零の魔王に関する評価が一変した。胡散臭いやつではあるが、それなりに大事なものは持っているんだろう。


「もし嫌と言ったら?」

 その重い空気がサッと切り払われた。この空気でこれを言い出せる櫻田さんは強い。確かにわざわざ協力してやる義理もない。



「何のために早く呼び出したと思っているんだ。貴様は見捨てることができない人間だ。そして力に溺れず、自分の手の届く範囲の人を可能な限り救おうとする。善人だ。だから呼んだ」

 この魔王の言っていることがあっているのかどうかはわからない。しかし俺は力に溺れそうだ。好きな催眠術をかけれるような力なんてもらったら確実に俺は悪の権化となってしまうだろう。


「なんでそんなこと」

「そう指定して魂を引っ張ってきたからな。なかなか善の魂を持ったものが死なないからな。戦争が起きる前で留めておくためにこの世界全体を停滞させるのには苦労したよ。停滞に気づいてた亜神達へのクレーム対応も大変だったんだぞ? クククク、それにな。その魂の持ち主はお嬢ちゃんだけだ。そっちのクマさんを見捨てられなかったんだから、魂の底から善人なんだろうよ。勇者が若い連中ばっかりなのも魂がすり減るからってのもあるのかもなぁ」

 どうやら俺は例外らしい。


「安心しろ、クマさん。転生させるとか、地球に送り返すとかはしないから。自分が消えるのは嫌だろう? それにいくら導かれてたからといってもこの世界に上ってこられるとは中々にレベルが高かったんだな。人の姿を与えてやってもいいんだが……今の方が面白そうだ。それでは調停者、若きダンジョンマスターよ、最後に一つアドバイスだ」

 零の魔王は足元からズブズブと影の中に沈んでいく。


「恐れるな。世界は貴様のものだ」

 最後に見えたその表情はなんとも形容しがたいものだった。


よくわかりませんね?

次回投稿は明日です。


次回予告

スキルの力を手に入れたクマ野郎。クマをダメにするソファとの最後の決戦やいかに。

お楽しみに。

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