1953決戦、ハワイ沖海戦17
一時期における米海軍戦艦の特徴であった籠マストは、英海軍で画期的な戦艦と持て囃されたドレッドノート級と同時期に就役したサウス・カロライナ級が嚆矢となっていた。
その後、米海軍で標準戦艦とされたネヴァダ級でも採用された籠マストは、軍縮条約によって主力艦の建造制限が行われるまで広く採用されていた。レキシントン級巡洋戦艦や、最終的に空母として完成したコロラド級の計画案でも段階的に構造が強化されながらも籠マストを装備していたのだ。
従来の一本マストから構造を強化するにあたって、英日などは脚を増やした三脚檣や塔状構造を採用していたのだが、軽量材をトラス構造とした籠マストはそれよりも構造が強固な上に、骨組みの間を爆風が突き抜けていくために、主砲発砲の強烈な衝撃にも耐えうると米海軍では考えられていた。
だが、理屈では正しかったものの籠マストには無視できない欠点があった。第一次欧州大戦後も進化し続けていた射撃指揮機構を改善するのが難しかったのだ。
現実に建造された籠マストは周期の短い動揺が発生しやすかった上に、追加装備に合わせて構造を強化するのも難しかった。
昨今急速に発達したレーダーだけではなく、長距離砲撃に対応するために英日海軍では基線長が長く精度の高い測距儀などを艦橋頂部などの高所に装備するようになっていたのだが、籠マストではこれらを追加装備することが出来無かった。
日本海軍の戦艦などは単純な三脚檣から脚を追加して不細工な姿に改装されていったのが傍目でも明らかだったのだが、完成しきった籠マストの場合は、原型を保ったまま安価に改装するのは不可能だったのだ。
米海軍としても軍縮条約前の10年ほどの間に続々と建造された戦艦に採用された籠マストの欠点に対して無頓着であったわけではなかった。改装工事によって籠マストの廃止を含む上部構造物の刷新を行っていたのだ。
事実、今も太平洋艦隊本隊に配属されているレキシントン級巡洋戦艦は、建造当時の籠マストを新鋭戦艦に類似した艦橋構造物と一体化されたマストに前後とも換装されていたのだ。
ところが、本来の主力艦である戦艦で同様の改装が行われたのは、現役戦艦で最も旧式であるネヴァダ級の2隻に限られていた。というよりも、レキシントン級の艦橋構造物周りの改装は、先行していたネヴァダ級の近代化改装の実績を反映したものだったのだ。
裏を返せば、貴重な巡洋戦艦の改装に関して参考例になったということは、米海軍は概ねネヴァダ級の改装内容には満足していたということになるのだが、予算不足からペンシルベニア級以降の旧式戦艦群の近代化改装が行われることはなかった。
改装されたネヴァダ級戦艦は米海軍で現役で最も旧式の戦艦であったのだが、近代化改装が評価されていたのかこの戦争でも概ね太平洋艦隊の本隊に配属されていた。
皮肉なことに、軍縮条約が無効化されるまでのいわゆる海軍休日時代においては米海軍最有力戦艦であったはずのテネシー級戦艦は、籠マストに象徴されるように旧式化したまま放置され続けていたのだ。
標準戦艦の中でも建造当時の姿を保ったままばかりの籠マスト艦で構成されていたのがハワイ防衛艦隊だった。
以前はアーカム級航空巡洋艦からなる航空部隊も配属されていたのだが、太平洋艦隊も飛び越えた政府筋からの指揮で行われた作戦でラクーンは失われ、残るアイソラも航空戦力を集中させるために太平洋艦隊本隊に抽出されていた。
今のハワイ防衛艦隊は、テネシーを旗艦とする6隻の旧式戦艦の他は10隻ばかりの旧式駆逐艦と、戦艦ほどではないにせよ旧式化によって今では補助空母として運用するしか使い道のないレンジャーで構成されていた。
他にもう一隻の戦艦と駆逐隊も最近まで配属されていたのだが、それらはミッドウェー防衛を目的として太平洋艦隊司令部の指示でミッドウェー島に抽出されてしまっていた。
ハワイにかき集められた旧式戦艦群は古強者ばかりと言えなくもなかったが、開戦以後もただ待機して最前線に投入されることは無かった。だからハワイ防衛艦隊に所属する戦艦は古いだけで歴戦の勇士という雰囲気は薄かった。
現実にはハワイ防衛艦隊はその名に反してハワイの現地民に対する威圧ばかりを目的としていたようなものだった。だから最前線で消耗するアジア艦隊や太平洋艦隊の艦艇よりも整備は後回しにされることも多く、見た目もどこか薄汚れたものばかりになってしまっていたのだろう。
そんなハワイ防衛艦隊を率いる事になったバーク中将は、太平洋艦隊参謀長の立場では詳細を掴めなかった艦隊の現状を知るに連れて、米海軍の上層部は旧式戦艦の使い方を最初から誤っていたのではないかと考え始めていた。
レキシントン級やネヴァダ級の改装工事後の実績が示すように、旧式艦とはいえ近代化工事を行えばまだ2線級の戦力としては十分に使えるはずだった。
主力艦同士の艦隊決戦に投入するのは力不足であっても、米海軍が金剛型を恐れたように数の優位を活かして敵巡洋艦群にでもぶつければ無視出来ないだろうし、数の優位を活かせば日本人の新鋭戦艦でも撃破できるのではないか。
あるいは、その価値もないとして早々に新鋭戦艦と入れ替えに廃艦としてしまうのも一つの手だっただろう。戦艦の運用、維持には莫大な予算と人員が必要だったからだ。
そう考えながら、民政本部に向かう道筋で洋上に視線を向けたバーク中将はハワイ防衛艦隊の艦影を見つけていた。
遠目では分からないが、錨を下ろした旧式戦艦の舷側には錆が浮いている筈だった。整備を行おうにも余剰の乗員もいなかったはずだ。開戦以後の急拡張で米海軍は著しい人手不足に陥っていたから、当分戦闘の可能性が無かったハワイ防衛艦隊の旧式戦艦から引き抜かれた乗員が多かったのだ。
米海軍の乗員不足はルーズベルト政権の頃から深刻化していた。当時は続々と1万トン級の無条約型巡洋艦が就役していたのだが、一隻あたり千人前後の乗員を確保するのに四苦八苦していたのだ。
だから、鈍足で新鋭戦艦群と隊列を組めない旧式戦艦を維持するよりも、単独での哨戒任務にも投入出来る新鋭巡洋艦の方が平時においては使い勝手が良いのではないか、そのような声が当時から艦隊内部にはあったはずだった。
―――漫然と海軍が維持し続けていた旧式戦艦群に価値があったとすれば、それは開戦核攻撃の直後だったはずだ……
バーク中将は、ハワイ防衛艦隊の他に滞留していた貨物船の姿が減り始めていたホノルル沖合から視線をそらしながら、更に考えていた。
ハワイ占領と同時に開戦時に行われた核攻撃は、日本海軍の旧式戦艦群を一蹴していた。軍縮条約明け以降に建造された新鋭戦艦が殆ど含まれなかったのは残念だったが、随伴の巡洋艦なども含めれば今のハワイ防衛艦隊以上の戦力を削ぐ事に成功していたのだ。
それでも日本軍は開戦直後から幾らかの手痛い反撃を行っていたが、それは前線部隊による刹那的なものに過ぎなかった筈だ。彼らが太平洋西部を睨む重要な拠点として整備していたトラック諸島の艦隊が消滅した時点で、日本軍上層部がまともな判断を下せたとは思えなかった。
第二次欧州大戦末期のバルト海で、バーク中将はソ連海軍艦に軍事顧問として乗り込んでいたのだが、その時も蛮族の様な日本海軍の戦闘を目にしていたのだが、前線部隊の反抗は同様のものだったのではないか。
だからこそ、日本人たちには状況を把握する時間を与えるべきではなかったのだ、とバーク中将は考えていた。
時間を掛けて整備しないとまともに根拠地として運用できないハワイなど放っておいて、開戦直後に太平洋艦隊主力で日本本土を強襲すれば案外あっさりと彼らも混乱したまま降伏した可能性もあっただろう。
そのような状況であったならば、旧式戦艦群にも使い道があった筈だ。巡洋戦艦や新鋭戦艦群に追随することは不可能であっても、艦隊主力に追随する鈍足の船団の護衛程度ならば旧式戦艦でも可能だったからだ。
米海軍が考えていた本来の戦争計画では、開戦以後に一旦本土に後退して戦力を立て直してから行うはずだった日本本土作戦を、核攻撃の余波を受けて早期に実施してしまうのだ。
そして戦艦の圧倒的な数で威圧すれば、日本人達も力の差を思い知ったのではないか。仮に新鋭戦艦同士の艦隊決戦になったとしても、後続の旧式戦艦群が無傷で日本本土周辺に進出出来るからだ。
だが、開戦から時間が経つに連れてそのような大規模な作戦を行う余裕は米海軍から失せていった。東海岸の米政府中枢は目前のカリブ海戦線に夢中となって大西洋艦隊にもかなりの戦力が割かれていたし、太平洋を縦断する補給路はフィリピンの維持とグアムの戦略爆撃部隊で大半を消費していたからだ。
それに米軍の苦戦は両洋での作戦を強要されていたことだけではなかった。ルーズベルト政権時代に蜜月関係にあった米ソ関係は、マッカーサー政権では当初冷え切っていた。米国は開戦の情報をソ連にも全く知らせていなかったようだ。
その間を繋ぐカーチス前大統領は、長すぎたルーズベルト政権への反発が生み出しただけで、確たる政治信念も持ち合わせていなかったようなものだったから、米ソ関係は当時から亀裂が生じていたのかもしれない。
もしも米ソの二大大国が最初から入念に戦争計画をすり合わせていたのであれば、今頃はソ連によって積極的に欧州に戦力を誘引する事が出来たのではないか。同時期に発生したドイツ傀儡政権の侵略に対してソ連陸軍は受け身になっていたからだ。
マッカーサー政権はようやく米ソ関係の改善に乗り出しており、昨年度はソ連海軍がバルト海と地中海で起こした戦闘によって、大西洋方面の旧大陸勢力をかなりの数引きつけることができていたようだ。
もしもこの戦闘が開戦当初に勃発していたのであれば、旧大陸勢力も米国に宣戦布告をするような余裕はなく、大西洋艦隊の戦力がカリブ海に吸い散られるような事態は防げていただろう。
民政本部が接収している元高級ホテルの車寄せで、苦々しい思いを抱いていたバーク中将はふと立ち止まっていた。書類かばんを抱えた副官が危うく中将にぶつかりそうになっていたが、バーク中将は首を傾げながら近くに停められた華奢な車を指差していた。
「あれは、例の老人……顧問殿のものじゃないか」
バーク中将の視線を追いかけた副官も、不思議そうな顔をしながら頷いていた。周囲の無骨な米軍車輌と比べると華奢な英国製の民間車は年代物の馬車のような風格があった。
確かその車は旧ハワイ王国で財務大臣を長年務め、今は民政本部で長官顧問ということになっているロリフォード顧問のものだったはずだ。長官が半世紀前のクーデター未遂事件以降数を減らした米国系市民の中で財務責任者を務めた名士を取り込もうとしたのだと聞いていた。
ロリフォード顧問は嫌々民生本部に協力しているという話だったが、こんな事態になって結局米軍に縋ろうとしているのだろうか、そう考えたバーク中将は無人だった車の元に戻って来た運転手の姿を見つけていた。
用便でも済ませてきたのか、ハワイ原住民系らしい運転手は、車に視線を向けていたバーク中将に締まりのない笑みを見せていた。
浅黒い運転手の顔に浮かんだ卑屈な笑みを見て、バーク中将は急に関心をなくしていた。油染みた服の運転手が脇に立つと車が古びただけに見えていたのだが、それがハワイ防衛艦隊の旗艦の姿に重なっている見えていただけということには気がついていなかった。
レキシントン級巡洋戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ccrexington.html
コロラド級空母の設定は下記アドレスで公開中です。
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アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html




