1953決戦、ハワイ沖海戦15
米本土で行われていた第21爆撃群の再編成が完了してマリアナ諸島に移駐すれば、グアム島に司令部を置く第20爆撃集団は、3個爆撃群による日本本土への戦略爆撃が可能となる筈だった。
開戦時から増強されたことで3個爆撃群の定数は合計して200機近くになるから、全機がB-36かB-60で固められていることを考慮すれば空前の規模と言えた。
旧大陸で行われた戦争では、英空軍による独本土への戦略爆撃で千機爆撃などと豪語した例もあるようだが、これは実際には事前に効率の悪い航空撃滅戦に投入された日本機などで宣伝目的で相当に水増しされた数字らしい。
それに当時のようやく四発爆撃機が出現し始めたばかりの英空軍機と、米陸軍航空隊が誇るB-36では機体の能力が違いすぎるのだから、投下される爆弾の総重量でいえば千機爆撃を超える大破壊をもたらすのではないか。
そのように陸軍航空隊では内外に宣伝を行っていたのだが、実際には第21爆撃群は編成作業が完了した後もハワイに留まっていた。本来は単なる中継基地であった筈のオアフ島航空基地で訓練飛行を続けていたのだ。
大損害を受けた後の再編成作業によって同隊には新米の搭乗員が増えていたし、古参の乗員は特異な形状と操縦特性のB-49から機種転換を受けたものばかりでB-60に未だ習熟していなかったとされていたからだ。
だから第21爆撃群は、完熟訓練の仕上げとしてハワイで訓練を継続していると言うことになっていたのだ。
爆撃群としての定数を満たしているのであれば、最前線により近いグアムで最終訓練を行えば良いのではないかという意見に対しては、グアム島の補給体制が反論理由にあげられていた。
米本土からハワイ、グアムを通過してフィリピンに向かう航路は、後になればなるだけ日本人達の通商破壊戦の損害を受けていた。
B-36もB-60も出撃毎に消費する各物資は膨大な量になるから、グアム島に送り込まれる乏しい物資は全て戦略爆撃の実戦に投入したいと言うのが爆撃集団の本音だったのだ。
要するに、使い物になるまでは食い扶持を減らす為にハワイに留まっていろと言われているのが第21爆撃群の立場ということになっていたのだ。
実際には、第21爆撃群のハワイ駐留は、陸軍航空隊上層部とキャラハン大将の間でかわされた密約によるものだとキーン少佐は聞いていた。
第21爆撃群はハワイに侵攻する日本艦隊に対する対艦爆撃の要だった。同隊には対艦攻撃の訓練が集中して行われていたのだが、これまで戦略爆撃を行ったことがない新米搭乗員と機種転換要員ばかりだったから、搭乗員達の間でその不自然さを見破ったものは少なかった。
海軍のキーン少佐がその事に気がついたのは、第21爆撃群向けに回航されて来た輸送船の貨物内訳に、貴重な筈の対艦誘導爆弾が多数含まれている事を書類で確認したからだった。
他にもキャラハン大将は意外な程の細かな手を使っていた。ハワイに移動した艦隊主力の補給体制を洋上で整えていたのだ。
ハワイでは以前から荷役効率の悪さから貨物船が停滞していたのだが、その一部がオアフ島の荷役を諦めてハワイ島方面に移動していた。ところが、移動した貨物船の積荷が本来はミッドウェー島に向かう筈だった太平洋艦隊向けの弾薬や燃料等の補給物資であったことを知るものは少なかった。
移動した先でハワイ島の島影に隠れて太平洋艦隊主力が待機しているのを見つけた貨物船の乗員達はだいぶ驚いていたのではないか。キャラハン大将は荷役が進まないのを逆手に取って、停滞した貨物船自体を密かに洋上の補給基地としていたのだ。
―――尤も、このような変則的な待機体制は長くは続けられないだろう……
キーン少佐は書類を眺めながらそう考えていた。第21爆撃群の不自然な訓練状況はともかく、いくら波浪の影響を受けにくい湾内とはいえ、停止した状態の船舶を何隻も連ねる洋上補給の負担は大きかった。
憲兵隊を増派して島内の防諜体制を強化しているようだが、島民の口から太平洋艦隊主力の存在が暴露されるのも時間の問題だと考えていた。
それに、このミッドウェー島にもその影響は及んでいた。キーン少佐が丁度その書類を確認している時に変則的な補給体制の巻き添えを受けていた男が現れていた。以前から補給関係の打ち合わせを行っていた護衛戦隊主計科士官のケネディ大尉だった。
物怖じした様子もなく書類を出したケネディ大尉に、太平洋艦隊補給部付きという立場のキーン少佐は頷きながら書類を確認してサインをしていた。護衛戦隊に対する補給の要請書類に誤りはなかった。
ケネディ大尉は予備役将校訓練課程出身者だったが、主計科士官としては有能だった。そうでなければいくら戦時中とはいえ、予備士官を早々と大尉に進級させて護衛駆逐隊の主計長とは海軍もしないだろう。
ケネディ大尉が所属するタコマ級護衛駆逐艦で構成された部隊は、ハワイからミッドウェー島に送られた補給船団を護衛していた。
キャラハン大将が考えていたように、既にミッドウェー島は中継点としての機能を失っていた。ミッドウェーに回航される補給船は西海岸からハワイを中継してグアムに向かう船団のごく一部が分離したものに過ぎなかったからだ。
ところが、その僅かな数しかない入港した貨物船の荷役が長引いていた。開戦以後、これまでミッドウェー島の荷役機能を担っていた機材人員の一部がハワイに移動させられていたし、キャラハン大将の作戦案に従ってミッドウェー島から艦隊主力が去っていたからだ。
それに、元々ミッドウェー島の荷役能力はさほど高くは無かった。陸地の大半を平坦な滑走路として整備せざるを得なかったから、離着陸の障害を避ける為にデリックを用いる大型船舶の荷役は礁湖の中の泊地で行わざるを得なかった。
そんな場所に大規模な桟橋を設けることは出来なかったから、錨泊した貨物船に艀を付けて本船のデリックだけを用いて効率の悪い荷役作業を行わなければならなかった。
しかも、これも開戦以前の予想以上に低かったハワイの港湾機能を強化維持するために、ミッドウェー島に在住していた浚渫船団を転用されてしまったものだから、水道の通過すら一部で困難になっていたのだ。
補給船団を構築する貨物船の荷役が終わらないものだから、護衛駆逐艦もミッドウェー島の滞在が長くなっていた。そこで本末転倒だが運び込まれた物資の一部を支給せざるを得なくなっていた。
ミッドウェー島の防衛部隊には旧式駆逐艦からなる駆逐隊が配備されており、駆逐隊向けに輸送されてきた消耗品の一部を護衛駆逐艦に転用することになっていたのだ。
キーン少佐は書類を返して苦笑しながらケネディ大尉にいった。
「これで根拠地隊主計科から受け取れるはずだ。しかし、タコマ級の倉庫は貧弱過ぎるのではないか。これでは太平洋航路の護衛を全うするのは難しいだろう」
「確かに主計科士官とすれば単艦では余裕は無いですね。しかし、本来であれば中継地のハワイ、グアム沖で船団待ちをする間に普通なら補給を受ける事が出来ますから……
我が隊は主隊を離れてハワイ到着後にそのままミッドウェー行きを命じられたので特に余裕が無かったですし、それ以前はグアム経由のフィリピン帰還便の護衛を行っていたので……」
ケネディ大尉は口を濁したが、キーン少佐も眉をしかめたまま頷いていた。グアム島周辺は英日軍の潜水艦隊が船団を狙って群れているという話だった。しかも、時たまその潜水艦からはグアム島に向けてロケット弾まで放たれてくるという与太話まであった。
それ以上に日本軍に包囲されたフィリピン周辺は危険な海域となっていた。潜水艦からの雷撃を避ける為に、頻繁に転舵してZ状の欺瞞針路を取ることも多いし、悠長にルソン島に残された僅かな港湾で荷役していると爆撃を受けることもあるという話だった。
マニラ要塞地帯とかろうじて鉄道線が繋がっていいるレガスピ港はフィリピン防衛に欠かせない拠点となっているが、サマール島沖合いは補給船団の墓場となっていた。
むしろ、日本軍がマニラ要塞地帯後方に本格的な浸透を行わずに包囲を避けているのは、フィリピンを生き餌にして米輸送船団に打撃を与えるためではないかという推測すらあったのだ。
事前の補給計画がどうなっていたにせよ、そのような状況では現実には十全な補給を受ける事が出来ずに、護衛部隊も消耗したまま航行せざるを得なかったのだろう。補給と言っても損耗した弾薬など最低限の積み込みしか行えなかったのではないか。
九死に一生を得て、天国のようなハワイでようやく手厚い整備補給と休暇が与えられるはずだった護衛駆逐艦がこんな僻地まで行かされたのだから、戦隊の士気は随分と落ちていてもおかしくなかった。
キーン少佐は同情しながら言った。
「日本人も小笠原諸島やルソン島の占領地帯などでは我が軍の圧迫を受けた補給線を持ち続けている筈だが、連中もこんな苦労をしているのかな……」
「それはどうですかね。英日軍は開戦前からコンテナという輸送のパッケージング化を進めていたようですから、荷役に関しては楽なのかもしれません。
確かフィリピンでも日本軍の物資集積所に攻め込んだ部隊からの報告で戦地におけるコンテナ輸送が行われている事が確認されていた筈です」
達観した様子のケネディ大尉に、キーン少佐は首を傾げていた。コンテナ輸送という概念は開戦前に国際連盟で政府主導の事業として行われていたから、大部分は公開されていた。
この戦争で大々的に取り入れ始めているらしいという話も聞いていたが、米軍補給担当者の間では懐疑的な意見も強かった。
荷役時間の短縮効果は望めるかもしれないが、輸送貨物の柔軟性は失われてしまうし、コンテナという鉄箱自体の重量で貨物船の輸送量が食われてしまうのではないかと考えられていたのだ。
キーン少佐は、首を傾げたまま言った。
「だが、我が米国ではコンテナ輸送の概念を取り入れようという気配はないようだが……何か障害でもあるのかな。そんなに優れたものなら、すでに我が国でも大々的に取り入れているのではないか」
純粋な疑問だったのだが、予想外にケネディ大尉は気まずそうな顔になっていた。
「単純には言えないと思います。コンテナ輸送の概要は私も読みましたが、太平洋航路の場合、グアムに運ばれる物資が陸軍航空隊の戦略爆撃に使用される爆弾や燃料が主になっているので、規格化された輸送箱は不利かもしれません。
それに荷役が滞っているのは航路の終端や中継点であって、西海岸の積み出し作業では十分な数の作業員がいるので船団の作業が停滞しているとは聞いていません……場合によっては東海岸で積み込んでパナマ経由で船団に合流する船もあるようです。
それに貨物を高度にパッケージング化したとしても、今度は陸上を輸送用の鉄箱を引っ張っていかなければならないので、人力で作業を行うことが多い環境では導入は難しいでしょう。現状では空になった鉄箱を送り返す手段もないですし……」
キーン少佐は頷きながらもケネディ大尉が浮かべた表情に違和感を抱いていた。それに大尉が必要以上に慎重に言葉を選んでいるような気もしていた。
―――そういえば、ケネディといえば例のグアンタナモ艦長や上院議員と同じ家名だな……
もしかすると、ケネディ大尉は政治的な事情を知っているのだろうか。キーン少佐はふとケネディ上院議員の支援者に沖仲仕を仕切るある種の犯罪組織があると言うゴシップ記事の事を思い出していた。
だが、キーン少佐が何かを言う前に、作戦室に飛び込むようにして通信用紙を持った下士官が入室していた。その勢いのまま通信用紙を受け取った根拠地隊司令は、呻くように独り言にしては大きな声で言った。
「北方に出た哨戒機が撃墜された、だと……では、グアムの連中が発見したライミーは何だったのだ。敵艦隊は西方から来るのでは無かったのか……」
慌てて根拠地隊幹部達が集合するのを横目で見ながら、キーン少佐はケネディ大尉に平坦な口調で言った。
「おそらく輸送船の荷役は敵艦隊襲来までには終わらんだろう。残念だが、補給もお預けになりそうだな」
そう言うと引きつった笑みを浮かべながら二人は顔を見合わせていた。
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