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1953決戦、ハワイ沖海戦8

 垣花飛曹長が操る四四式艦上攻撃機には分隊士である井出大尉が乗り込んでいたのだが、この機体が編隊を率いて先頭にたっているわけでは無かった。

 四四式艦攻編隊を先導して飛行していたのは、空軍から派遣されてきた四三式貨物輸送機だった。同機は移駐先の美幌基地までの航法支援と先導を兼ねて飛行隊の地上要員を便乗させていたのだ。



 どうにも慌ただしい移駐作業だった。

 下士官搭乗員の多くは不審感を抱いていた。古参下士官達は、作業の合間の僅かな目配せなどから多くのものが同様に移駐理由に納得が言っていないことを察していた。


 先の戦闘で生じた飛行隊の損耗自体は、短時間で補充機が到着していた。制式化から十年経っても四四式艦攻は生産が順調に続いていたからだ。現在生産されている四四式艦攻は、制式化された当時と書類上は同型だったが、実際には細かな艤装品などは最新の物に変更されていた。

 それに、以前は後付されていた誘導噴進弾の誘導装置なども、最近生産された機体では生産段階から組み込まれていた。

 搭乗員の補充も同時に行われていた。予備航空隊とされてから垣花飛曹長達が移動した厚木航空基地は、練習航空隊を含む一大根拠地として拡大し続けていたから、補充の搭乗員達は基地内を移動してきただけと言っても良かったのだ。



 関東地方の海軍航空基地としては古くから横須賀航空隊として整備されていた横須賀航空基地があった。だが同航空隊が根拠地としていた追浜は、地形上拡張が難しかった。

 横須賀周辺は既に海軍の各種施設で埋め尽くされていた上に傾斜地が迫っていたから、ジェット機や大型化によって滑走路などを拡大しようとしても限界があったのだ。


 横須賀航空隊時代から既に追浜に代わる航空基地施設の建設が行われていた。三浦半島内に横須賀第2,3飛行場と呼ばれる滑走路などが整備されていたのだ。

 2箇所とも滑走路の全長や規格などが近代化されて次世代機向けのものが整備されていた。最新のジェット機どころか、今垣花飛曹長の前方を飛行している大柄な四三式輸送機でも余裕を持って離着陸出来るはずだった。


 ただし、拡大された横須賀航空基地には欠点があった。山地が多く、横須賀以南は交通網の整備も不十分といえる三浦半島の各地に建設された各飛行場間の連絡が悪かったのだ。

 鉄道省や東京急行電鉄でも横須賀線などの輸送量拡大や延長などの計画なども行っているようだが、管理上は単一の横須賀航空基地といっても飛行場群の運用は実質的には各個に行われていた。

 しかも、中核である追浜で運用できるのは、今となっては四四式艦攻が精一杯なのだから、練習航空隊の基地として運用するのも難しくなっていた。



 結局、横須賀航空基地は、新設された2箇所の飛行場を主に米重爆撃機の迎撃にあたる一線級ジェット戦闘機隊の基地として運用していた。その一方で、近隣で開戦以後に急拡張されていたのが厚木航空基地だった。

 厚木基地が開設されたのは先の第二次欧州大戦の頃だったのだが、その頃は単なる戦闘機搭乗員を養成する訓練基地扱いに過ぎなかった。空軍が創設された頃には、海軍基地航空隊の大幅な縮小に伴って閉鎖される可能性すらあったらしい。

 この基地が海軍航空隊に残されたのは、母艦航空隊だけではなく、昨今その重要性が高まっている対潜哨戒機部隊もその専門性から海軍航空隊に残留していたからだとも言えた。

 当初は一式陸攻を転用した陸上運用の対潜哨戒機は双発の大型機だったから、関東地方の海軍基地としては長大な厚木基地の滑走路が注目されていたのだ。


 対米戦開戦時にはそれほど大規模なものではなかった厚木基地だったが、航続距離の長い大型機である対潜哨戒機が大量に消費する燃料輸送などに必要な引込線なども整備されていた上に、周辺に平地が広がっていた立地条件が注目されていた。

 そこで慌ただしく周辺の用地買収が行われるが早いか、機械化された海軍設営隊だけではなく、陸軍の工兵隊まで導入して拡張に次ぐ拡張が行われて基地隊も増設されていたのだ。


 大規模化した厚木航空基地は、従来の対潜哨戒機部隊や母艦予備航空隊に加えて、純粋な練習航空隊まで駐留していた。広大な平地にある厚木航空基地の滑走路は、三浦半島の僅かな平地にしがみつくように建設された各滑走路と比べると、練習生でも容易に離着陸が可能だったからだ。

 練習飛行隊や、海上深く進出するために多数機が出動する哨戒機が厚木航空基地の滑走路を昼夜を問わずに次々と離着陸していたのだが、同基地は迎撃戦闘でも運用されていた。



 母艦予備航空隊は、米重爆撃機が日本本土に襲来するたびに迎撃戦闘に駆り出されて出撃していた。例は少ないが、米重爆撃機が帝都近くの航空基地を襲撃する事もあったのだ。

 本来であれば戦力の補充と錬成を行うはずの予備航空隊は、迎撃戦闘によっても損耗していたから、開戦以後は再編成が完結するまでの時間は自然と伸びていった。その間も遊兵化しているわけではないのだが、空母部隊への再展開を目的とする予備航空隊としては本末転倒と言えなくも無かった。

 今回の垣花飛曹長達の移駐作業は、航空隊の再編成を促進することが目的であるとされていた。米重爆撃機による戦略爆撃は帝都周辺か太平洋側の工業地帯に集中していたから、間合いをとって北側の航空基地に航空隊を移動させて再編成作業に集中しさせようというのだ。


 だが、その理由に完全に納得したものは少なかった。日本軍による迎撃で損害を積み重ねながらも、米重爆撃機による爆撃は続いていたからだ。

 戦略爆撃による被害は押し留められているというが、下士官搭乗員達にはどこまで本当かはわからなかった。日米双方が巧みな宣伝戦を行っているものだから、渦中にあっても何が本当か分からなくなっていたのだ。

 米軍が戦略爆撃を諦める気がないのだけは確実だった。しかも、去年頃から米軍は陸軍航空隊に所属すると思われる重爆撃機と、海軍の空母機動部隊を組み合わせた作戦を行い始めていた。

 大規模な戦略爆撃に前後して、日本海軍の蒼龍型に匹敵すると思われる高速中型空母や航空巡洋艦からなる小規模な空母機動部隊を日本本土近くに進出させて、その艦載機で重爆撃機の援護を行っていたのだ。



 グアム島から出撃する米重爆撃機には援護の戦闘機隊は限定的な随伴しか出来ていなかった。マリアナ諸島から日本本土までの長大な距離を踏破できる戦闘機は、現在は彼我共に保有していなかったからだ。

 マリアナ諸島から米重爆撃機と時刻を揃えて出撃する戦闘機隊や軽爆撃機などは硫黄島などを襲撃して援護を行っていたが、日本本土上空の米重爆撃機を直接援護するのは不可能だった。そこで米軍は海軍の空母部隊でこれを代替していたのだ。


 日本本土には数多くの対艦攻撃が可能な海空軍機が配置されていたが、のこのこと日本軍の攻撃圏内に踏み込んできたとしても、全力で敵高速空母部隊に襲撃を掛けることは出来なかった。明らかに空母部隊は重爆撃機を日本本土に侵攻させるための囮だったからだ。

 実際に、大型航空巡洋艦が初めて確認された戦闘では、海軍航空隊の一部が独断で航空総軍の指揮下を離れて対艦攻撃に出撃した事で迎撃網に穴が空いて重爆撃機による本土蹂躙を許してしまっていた。

 本土に接近する米空母部隊は、確認された艦隊規模、空母の数からすると、艦上戦闘機を集中して搭載しているようだった。有力な戦闘機隊で身を固めると共に、日本軍の迎撃網を横合いから叩いて重爆撃機隊を侵入させる穴をこじ開けさせようしていたのだ。



 これに対抗するため、日本軍は海空軍による本土周辺海域の哨戒範囲の拡大と濃密化を進めるとともに、こちらも空母部隊を積極的に出撃させていた。敵空母をこちらの空母部隊で抑え込むと共に、隙あらば敵根拠地に空母部隊を用いて逆襲をかけていたのだ。

 このような戦闘で垣花飛曹長達の航空隊も損害を受けていたのだが、こちらの損害がほぼ艦載機のみだったとはいえ、敵空母部隊の無力化もまた難しかった。米空母部隊にはアイオワ級やコネチカット級などの高速戦艦を含む有力な護衛部隊が随伴していたからだ。

 米戦略爆撃の拠点であるグアム島を直接攻撃する作戦も何度か実施されていたが、陸上部隊で占領出来るわけではないから、様々な手段で損害を与えても米軍は不断の努力でその都度基地機能を復旧させていた。


 その結果、前線では奇妙な事態が発生していた。日米共に海上と空中に長距離捜索電探を前方展開した空母部隊は、極めて高い防空能力と範囲を持っていた。

 その一方で搭載機を艦上戦闘機に集中していたために、その防空能力を突破したとしても有効打を与えられるほどの打撃力が失われていたものだから、日米空母部隊の戦闘は艦載機の消耗ばかりを生み出していたのだ。



 しかし、いくら損耗が激しいとしても、消耗戦を途中で逃げ出すわけにはいかなかった。そんなことになれば怯んだ日本軍に対して、米軍はおそらくかさにかかって攻め立てるだろう、そう搭乗員の多くが感じていた。

 それに自分達前線の兵達だけではなく、航空戦闘を見守る地上の国民が敗北感を覚えてしまうのではないか。そうなれば目に見えない戦力の低下が発生するはずだった。


 古参の搭乗員達からすれば、確かに米艦載機との交戦などによって損耗しているものの、大威力の誘導噴進弾によって自分達が上げた戦果は無視出来なかった。

 損耗が不安と言うならば、技量に不安のある補充要員に教官となる若干の古参搭乗員をつけた分遣隊だけを後方に退避させて錬成に務めさせればいいのではないかと考えていたのだ。

 そもそも、いくら米重爆撃機の戦略爆撃から間合いをとるといっても、移駐先が北海道の美幌航空基地というのは距離がありすぎるのではないか。この季節はまだ除雪作業に難渋しそうな遥か北の地まで態々いかなくとも、三沢や八戸でも十分なのではないか。



 どうにも納得しがたい思いをいだきながら、古参搭乗員の一人である垣花飛曹長は操縦桿を握っていた。先導する四三式貨物輸送機の挙動に気がついたのはその時だった。垣花飛曹長の眼の前で、ゆっくりと同機は変針を始めていたのだ。

 首を傾げながらも垣花飛曹長はそれに続いて四四式艦攻を右旋回させていた。変針角度は大きなものではなかったから機体にかかる負荷は無視してよい程だった。


 左手に陸地は見えないが、すでに三沢航空基地は通過している筈だった。同基地から発進したと思われる哨戒機を翼下に目撃していたからだ。複座の四四式艦攻では航法は後席の偵察員が行う事になっていたが、垣花飛曹長は操縦桿を手放すことなく脳裏で針路を推測していた。

 結論は短時間で出ていたが、口に出すまでにはいくらかかかっていた。決心しつつも遠慮がちに垣花飛曹長は後席の井手大尉に向かって言った。

「分隊士、このまま輸送機に追随していくと北海道の東をすり抜けてしまうんじゃないかと思うんですが……美幌に向かうなら道央部に上陸して北に突き抜けるのが最短じゃないですか」


 着任間もない新米士官搭乗員あたりなら分からないが、分隊士である井出大尉は航空隊に下された不可解な命令の真相を知っている筈だった。だから垣花飛曹長もどこか遠慮がちになっていたのだが、井手大尉はあっさりと言った。

「なんだ、もう変針点だったのか。飛曹長が慎重に操縦するものだから気が付かなかったよ」


 そののんびりとした口調に垣花飛曹長が毒気を抜かれている間に、井手大尉は落ち着いた様子でいった。

「道南だか道央には、米軍が来ない事をいい事に空軍が秘密基地を設けているらしい。だから空軍の輸送機としては近寄りたくないんでしょう」

 井手大尉が本気で言っているのか冗談なのかが分からずに垣花飛曹長は困惑し続けていた。

四四式艦上攻撃機流星の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b7n.html

四三式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43c.html

蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html

グアンタナモ級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfguantanamo.html

コネチカット級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbconnecticut.html

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