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1953決戦、ハワイ沖海戦7

 三陸沖を北上するように飛行する四四式艦上攻撃機流星のセントーラスエンジンは今日も快調に回っていた。操縦席の垣花飛曹長は、目前に広がる計器盤の指示ではなく、愛機のエンジン音からその事を確認していた。

 むしろ、飛行作業が順調すぎて眠気を誘うほどだった。初めて四四式艦攻に乗り込んだときは二千馬力を優に超えるセントーラスエンジンの大出力と轟音に振り回されたものだったが、十年近くも乗っていれば体が慣れてしまっていた。

 勿論居眠りをするわけには行かなかった。別に後の偵察員席にいる井出大尉に叱責されるからではない。編隊を組む僚機の中にはおっかなびっくりに操縦桿を握る新米もいたからだ。



 四四式艦攻を定数一杯に装備した垣花飛曹長達の飛行隊は、予備航空隊に編入されて再編成途上にあったのだが、慌ただしく移動命令を受けて拡張された厚木飛行場を離れて北に向かっていた。

 それ以前は、この飛行隊は大鳳型空母の白鳳に乗り込んでいた。白鳳が配属された第1航空戦隊は太平洋における作戦行動にしばらく従事していたのだが、その際に生じた戦闘で損耗を受けた飛行隊は戦力を回復する為に陸上に上げられていたのだ。

 日本海軍の母艦航空隊は、特定の母艦に固定されることのない空地分離方式を取っていた。第二次欧州大戦で、航空兵力と母艦に著しい損耗の差異が生じていたからだ。


 第二次欧州大戦に日本帝国が正式参戦した直後に行われたマルタ島を巡る戦闘で、日本海軍はドイツ空軍機によって龍驤、赤城の2空母を立て続けに失っていた。

 この損害は日本海軍の艦隊航空部隊に大きな影響を与えていた。黎明期にあった空中電探哨戒体制や艦隊前方に進出する電探哨戒艦の強化に加えて、防空能力を増強するために飛行隊の搭載比率も艦上戦闘機が増やされていたのだ。

 これらの措置の結果に加えて、以後の戦闘は欧州大陸への上陸作戦が増えていたことで日本海軍の艦隊型空母の損害は減少していった。劣勢のドイツ空軍機は洋上の日本海軍空母よりも上陸してきた陸軍部隊を先に叩かなければならなかったからだ。


 だが、そうしたドイツ空軍機から友軍を防衛するためにも母艦航空隊は奮戦して、損害を被っていった。それに電探哨戒機の援護を受けて艦隊のはるか前方で艦上戦闘機隊が敵航空戦力を阻止することも増えていたが、進出距離の進捗は自然と機体の損耗を招いていた。

 その結果として、防御を固めた母艦が無事であっても、航空隊が母艦固有のものである場合は、短時間で航空戦隊そのものが主兵装である航空機を失って戦力を喪失していたのだ。


 空地分離方式は母艦と航空隊の関係を希薄にする一方で、母艦や航空戦隊の数よりも多くの航空隊を編成することで効率的な戦力の再構築を可能としていた。大損害を被った航空隊のみを後方に送って、予備航空隊と入れ替えれば短時間で航空戦隊単位で再出撃出来るのだ。

 だから、予備航空隊といってもそれは文字通りの予備ではなかった。安全な前線後方で戦力を回復させた航空隊は、いつでも母艦に移動できる体制を整えて置かなければならないというのが建前だった。

 そのために日本海軍は練習空母を用いて予備航空隊の発着艦訓練を行わせていた。補充されたものを含めて予備航空隊の搭乗員達に母艦航空隊に必要な練度を確保させるためだった。



 だが、米国の奇襲核攻撃で始まったこの戦争では、予備航空隊は当初の想定以上に損耗と活動範囲の双方が大きくなっていた。米軍の戦力は強大だった。垣花飛曹長達が乗り込んでいた空母瑞鶴も僚艦翔鶴と共に相次いで撃沈されていたのだ。

 個々の兵装でも無視できないものがあった。第二次欧州大戦の末期にドイツ空軍が使用した誘導爆弾の進化系と思われる大威力の爆弾を米重爆撃機は多用していたのだ。


 日本海軍で初めて飛行甲板への装甲化が図られた翔鶴型2隻を沈めた誘導爆弾は、その後の調査で一トンを超える大重量の徹甲爆弾であることが判明していた。これが重爆撃機によって高高度から投下されたのだから、単純に考えれば戦艦主砲弾にも匹敵する威力があるのではないか。

 誘導爆弾が脅威となっていたのは威力だけの問題ではなかった。威力を増大する為にも誘導爆弾を水平爆撃で使用する場合は飛行高度を高く取る傾向があるから、高角砲による射撃は難しかったのだ。

 単純な諸元表の射高だけみればこれまでに観測されていた誘導爆弾投弾時における米重爆撃機の飛行高度でも十分に射弾を送り込めるはずだが、実際は難しかった。射高を確保する為に高仰角で射撃を行った場合、水平面の射程は減少するからだ。


 仮に高角砲を中心としてある仰角における射程と射高の点を角度を変えて描いていけば、最大射高と最大射程を其々の頂点とする楕円を描くことになるが、この楕円は高さ方向の最大射高の方が短軸となっていた。

 同じ運動量を与えられていても、砲弾を水平に飛ばすよりも上に打ち上げる方が困難だからだ。


 この楕円内が対空射撃の有効範囲となるから、飛行高度が高ければ高いほど射撃が可能となる範囲は狭くなっていた。極端なことを言えば、貴重な空母を中心とした輪形陣を構築したとしても、外縁の防空艦が有効な対空砲火を放てるのは一瞬でしか無いから、容易に内懐に入られてしまうのだ。

 従来であればそんな高高度から水平爆撃を行っても爆弾は海面に落着するまでの間に避けられるか、そもそも高度によって目まぐるしく変わる風向きや風力などの影響で着弾点が照準から大きくずれて有効打とはなり得なかったのだが、誘導爆弾はそのような水平爆撃の常識を覆す性能があったのだ。



 今のところ、艦隊の対空射撃で高高度を悠々と飛行する米重爆撃機に有効なのは、信頼性と搭載数の両方に欠ける対空誘導噴進弾しか無かったのだが、実際には迎撃機を差し向けたほうが余程効果的だった。

 元々日本海軍の艦上戦闘機は、艦隊防空任務を目的の一つとしていた。長駆侵攻してきた敵陸上機などを大威力の機銃で撃破するのだ。もう十年以上前の機種だったが、零式艦上戦闘機がそれまでの九六式艦戦よりも格段に大威力の20ミリ機銃を装備したのもそれが理由だったらしい。


 従来のレシプロエンジンを搭載した艦上戦闘機では高高度飛行能力に劣るために、艦隊上空に侵入してくる米重爆撃機の飛行高度まで達するだけでも一苦労だったのだが、ジェットエンジンを搭載した機体であれば迎撃高度まで短時間でたどり着ける筈だった。

 それに、最近では専用の艦上電探哨戒機も開発されていたから、艦隊前方に進出した電探哨戒機によって早期に発見できればそれだけ迎撃網を構築する余裕が出来るのだ。


 本来であれば、垣花飛曹長達艦攻隊はこうした迎撃戦闘からは蚊帳の外に置かれるはずだった。従来は他座の艦上攻撃機や艦上爆撃機などが魚雷型の外装式電探を抱えて電探哨戒に就くことも多かったが、専用の艦上電探哨戒機が実用化された後はその運用も限定的になっていた。

 双発の艦上対潜哨戒機や電探哨戒機を運用可能なのは大型空母に限られていたから、船団護衛用の海防空母や飛龍などの中型空母では未だに外装式電探の出番もあったが、海防空母の場合は回転翼機を対潜哨戒に投入する例も増えていたから、いずれは空中線形状や電源に限度がある外装式電探は淘汰されていくのではないか。



 だが、四四式艦上攻撃機の場合は、その搭載量の大きさと搭載方式によって重爆撃機の迎撃にも駆り出される事になっていた。

 採用年度は十年近く前にのことだが、四四式艦攻が制式化されるまでには紆余曲折があった。この時期、第二次欧州大戦序盤の戦訓を過剰に分析していた日本海軍では、航空兵装の開発、装備方針が迷走していたからだ。


 当時はそれまでの対艦兵装の主流であった航空魚雷の有効性に深刻な疑問が抱かれていたのだが、それに代わる兵装となるといくつもの概念研究が並行して進められている程度だった。

 このような混沌とした状況を逆手に取ったのが四四式艦攻の設計方針だった。兵装の寸法に関する情報が無い事を理由にして、従来の艦攻や艦爆が備えていた爆弾倉を廃止していたのだ。

 全ての兵装を機外搭載することを前提とした為に、四四式艦攻の機内は余裕を持って大出力エンジンと大容量の燃料槽が設けられていたし、大重量の爆弾などを搭載する懸架装置取り付け位置などは構造が恐ろしく強固に作られていた。


 四四式艦攻が配備された当初、艦上攻撃機ではなく複座艦上戦闘機と揶揄されたのは、特に兵装を搭載していない時の同機の姿を言い表したものだったが、この戦争ではその言葉が無視出来なくなっていた。

 現在の日本海軍艦載機の中では貴重な複座という特性を活かして、対空誘導噴進弾を使用した対空戦闘にも積極的に投入されていたからだ。



 従来の対空爆弾や高速噴進弾などとは違って、海空軍の共有装備となっている対空誘導噴進弾は、噴進弾動翼の操縦装置で誘導を行うことで高い命中精度を持っていた。

 ただし、それは発射母機の操縦を続けながら、視点が全く異なる誘導噴進弾の操縦を同時に行わなければならないというものだった。だからこの兵装を十全に扱えるのは四四式艦攻の様な比較的軽快な複座機だったのだ。


 尤もこの誘導噴進弾の機動性はそれ程高くはなかった。外部から操縦しているのだから操縦者の技量に左右される傾向も強く、対大型機用として用途が限定されていたといってよいだろう。

 英国本土防空戦の戦訓などから重爆撃機迎撃も重視していた空軍では、機載電探の操作性も考慮して複座の五〇式戦闘機を採用していたのだが、開戦時に日本海軍の最新鋭戦闘機であった四九式艦上戦闘機は逆にエンジンと操縦員以外に載せるものがないとまで徹底的に軽量化された迎撃一本槍の機体だった。


 これらの状況から、米軍が多用する重爆撃機による誘導爆弾を使用した対艦攻撃の迎撃には、誘導噴進弾を遠距離で発射する四四式艦攻も投入されるようになっていた。

 しかも、この兵装を使用するのは艦隊防空戦闘に限らなかった。日本本土を襲う戦略爆撃の迎撃にも積極的に投入されていたのだ。



 日本本土の防空戦闘は、空軍の航空総軍が総指揮をとっていた。陸軍航空隊時代に編制された航空総軍は、本土防空に関しては海軍機を含めた全軍の指揮を一括して行う権限を持たされていた。

 垣花飛曹長のような下士官搭乗員は詳細は知らないが、航空総軍司令部には日本本土全域の各航空隊に関する情報や、侵入した敵機に関する情報を一元管理する権限と機材、そして人員が用意されているらしい。


 その機密度が高い指揮所は海野十三か押川春浪の空想科学小説にでも出てきそうな先進的な機材が充満しているというが、レシプロ艦攻を操る垣花飛曹長達にとっても無関係では無かった。

 本土防空戦に組み込まれた場合、海軍航空隊に対しても航空総軍司令部から直接指示が来るからだ。法的には命令ではなく要請という形になっているらしいが、直接無線連絡をしてくる女子通信隊の隊員たちの態度や口調は海空軍で違いはなかった。

 むしろ、垣花飛曹長のような古参の搭乗員達は、軍種の境を意識しない、というよりもそうしたしがらみを知らないからこそ女子通信隊が航空総軍に配属されたのではないかと噂していた。陸軍からの指示を煙たがる海軍の古参下士官達も女子通信隊に文句は言い難かったからだ。



 そんな航空総軍司令部からすれば、海軍の予備母艦航空隊も貴重な戦力となるのだろう。空軍最新鋭の五〇式戦闘機と違って海軍の艦上戦闘機は長距離射程の誘導噴進弾を運用出来ないが、艦攻隊と組み合わせれば空軍航空隊と遜色ない長距離迎撃能力を有するからだ。

 その一方で、予備母艦航空隊本来の戦力の回復という目的からすれば、随時発生する防空戦闘は悪影響を及ぼす事が多かったのだった。

四四式艦上攻撃機流星の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b7n.html

大鳳型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvtaiho.html

天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

零式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html

蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html

五一式回転翼機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/51h.html

五二式艦上哨戒機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/52vs.html

五〇式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/50af.html

四九式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/49cf.html

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