3巻発売お礼SS:多分、結局、全部買う
二人がヴェルシアで念願の結婚式を終え、少し経ったある日のこと。応接間を訪れたツィツィーは、やや緊張しているエレナを前にふんわりと微笑んだ。
「では、今日はよろしくお願いしますね」
「は、はいっ!」
素晴らしいウエディングドレスを作り上げたエレナの腕が評価され、王宮で『今度他国で行われるパーティー用のドレスも仕立ててもらっては』という話になった。そのため今日はどんなドレスにするかの打ち合わせをする予定なのだが――
(どうしてガイゼル様もおられるのでしょうか……)
先ほどから妙に緊張しているエレナ。その理由は間違いなく、ツィツィーの後ろにあるソファに座り、足を組んだままこちらを睨みつけているガイゼルだろう。隣に控えていたヴァンが言い訳のように口にする。
「申し訳ありません。外出の予定があったのですが、ちょっと馬車がトラブルに見舞われまして。直るまでの間、陛下がこちらで待機すると」
「そ、そうなんですね」
「お前たちの邪魔をするつもりはない。好きにしろ」
『不幸中の幸いとはこのことだな……まさかツィツィーのドレス選びの時間に、ちょうど予定が空くなど……。しかし一体どんなドレスを仕立てるつもりなんだ? まあどんな衣装であってもツィツィーの輝きにはドレスの方が見劣りするだろうが……』
(ガ、ガイゼル様……)
うきうきと妻の衣装替えを期待する本心とは裏腹に、ガイゼルは相変わらず不機嫌な様子で仕事の書類に目を通していた。その姿だけ見ればとても関心があるとは思えず――事実エレナは『何か逆鱗に触れたらどうしよう……』と完全に蒼白になっていた。
とりあえず始めましょうと、ツィツィーはエレナに話しかける。
「それで、私は何をしたら良いでしょうか?」
「その、とりあえず三着ほど作ってみたので、それぞれ着て感想をいただければと……」
「つ、作った? 三着もですか?」
「は、はい。皇妃殿下のドレスが作れると思うと、デザインが次から次へと湧いてきてしまい、ミシンを動かす手が止まらなくて……あ、も、もちろん、その中から一つだけとは分かっておりますので」
てっきりデザイン画の確認からと思っていたツィツィーは、驚きつつもリジーを連れて脇にある別室へと移動した。鏡を前にあっという間に着替えさせられる。
最初にエレナが準備したのは、可愛らしい水色のドレスだった。スカート部分にはレース地も使われており、二種類の生地が交互に重ねられている。肩と腰を彩るリボンはカジュアルな白と青のストライプで、要所要所に白い薔薇飾りが縫い留められていた。
「わあ……素敵ですね」
「お、お褒めいただき恐縮です……」
ツィツィーが嬉しそうに鏡の前でくるりと回っていると、それを見ていたリジーがひらめいたとばかりにぽんと両手を合わせた。
「妃殿下、せっかくですから陛下にもお見せになられてはいかがですか?」
「えっ⁉ で、ですが……」
「きっとお喜びになられると思いますよ」
エレナからも同様の視線を感じ、ツィツィーはほんの少しだけ迷ったものの、その言葉に甘えてそっと隣室の扉を開けた。物音に気付いたガイゼルが顔を上げたのを見て、恐る恐る彼の前に姿を現す。
「あの、陛下、いかがでしょうか……?」
「……」
最初ガイゼルは、分かりやすく目を見張っていた。だが何度かぱちぱちと瞬いたあと――膨大な『心の声』がどどどっと激流のように流れ込んでくる。
『どういうことだ……俺の目の前に突然妖精が現れたんだが……。俺は白昼夢でも見ているのか? いや違うな。これは現実だ。いやわからん、だがもう夢でも現実でもなんでもいい可愛い抱きしめたい好きだああ語彙が脳内から消滅していく』
(あわわわ……!)
実を言うと――少しだけ期待していたツィツィーは、予想以上の賛美に一気に顔を赤くした。そんなツィツィーを前に、ガイゼルはすぐに手にしていた書類に視線を戻すと、ふっと短く笑う。
「お前にしては随分と珍しいドレスだな」
「そ、そうでしょうか」
「まあ、悪くはない」
『危なかった……これ以上直視したら、意識を失うところだった……。しかし出来ることならもっとじっくりと眺めたい……。そうだ。あの可憐な衣装のツィツィーで姿絵を一枚いや十枚ほど描かせてはどうだ? 持たせるなら花束……いや動物のぬいぐるみもいいかもしれん。もしくは――』
「あ、ありがとうございましたっ!」
いよいよひどくなる『心の声』から逃げるように、ツィツィーは慌ただしく別室へと駆け戻った。分かりやすく頬を染めるツィツィーの様子に、エレナとリジーは何故かとても満足そうだ。
「皇妃殿下……他のドレスも見せに行きましょう!」
「きっと次は、もっとお言葉を引き出せそうな気がっ……」
「え、えええっ⁉」
もはや着せ替え人形と化したツィツィーは、その後も着替えのたびにガイゼルのもとに感想を聞きに行く羽目になってしまった。そのたびに素っ気ない一言と、三倍以上はある称賛が聞こえてくる。
「見ない色だな。それが今の流行りなのか?」
『ほう……薄紅色か。後ろの部分が薔薇のコサージュで埋め尽くされているのが新しいな。しかしツィツィーは本当に何を着ても似合う。やはりあの白銀の髪が素晴らしいからか? 女神が姿形を作るときに気合を入れ過ぎたせいだろうな……』
「民族衣装をモチーフにしているのか。目新しいな」
『今度は外国風か。詰襟の首元が実に愛らしい。肌の露出が少ないのは高評価だ。だが……なんだあの体に添ったドレスと、スカートに入った長いスリットは……⁉ 大部分は隠れているとはいえ、ツィツィーの美しい足が男どもの目に触れるだろうが⁉ ……いや待て、二人きりの時なら逆にアリ……』
(ガ、ガイゼル様ぁ……!)
すべてのお披露目を終えたツィツィーは別室に戻ると、真っ赤になった顔をはああっと両手で覆い隠す。それを見たリジーとエレナは『大丈夫です! とても素敵でしたよ! きっと陛下もそう思っておられたかと!』という的外れの慰めをするのだった。
一方、来賓室に残されたガイゼルとヴァンは。
「皇妃殿下のドレス、どれもよくお似合いでしたね」
「くだらん。衣装なぞ大した違いは――」
「陛下。書類、逆さまです」
にっこりと微笑むヴァンを睨みつけたあと、ガイゼルは何ごともなかったかのように上下を持ち替えると、むっすりと書類に視線を落とすのであった。
(了)
3巻発売お礼ssでした。
今回は全編書き下ろしなので、書籍版も手に取っていただけると嬉しいです!
どうぞよろしくお願いします。












