表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/81

第二章 9


 その夜、ツィツィーは主寝室のベッドで読書に励んでいた。昨日まで視察に出ていたガイゼルが戻って来たので、久しぶりに過ごす夫婦水入らずの時間だ。

 だがガイゼルが上着を脱いでいる間もツィツィーは熱心に本を読んでおり、やがてパタンとページを閉じる。


「やっぱり、貴族の女性が働くのは難しいことなんでしょうか……」

「なんだいきなり」


 珍しく眉間に皺を寄せているツィツィーを眺めながら、ガイゼルはベッドの端へと腰かけた。寝る準備を終えたラフな格好だ。


「いえ、その……同じ仕事をしても、男性と女性というだけで、印象が変わってしまうというか……変わった目で見られることがあると思いまして」

「それは確かにあるな。ましてや貴族であれば、労働自体を厭う奴も多い」

「ですよね……」


 母国ラシーは、それ自体が小さい国であったため、貴族であっても商売をしている人間が多かった。王族であった姉たちもモデルなどに誘われていた気がする。

 ラシーだけではない。イシリスでも女性は皆働いていた。そうしなければ、あの厳しい冬を越せないからだ。


(ヴェルシアが豊かな国だからこそ……でしょうか)


 もちろん適材適所という言葉の通り、向き不向きというものは存在する。だがエレナの才能は『女性だから』という理由で、無碍にされるようなものではないはずだ。

 何かを思い悩むツィツィーに気づいたのか、ガイゼルは軽く首を傾げた。


「働きたいのか?」

「あ、いえ、もちろん皇妃としての仕事は頑張るつもりです! ……ただ貴族でも女性でも、もっと自由に働くことが出来ればと……」


 するとガイゼルは足を組み、何事か思量するように口元に手を当てる。


「それは、俺も考えていた」

「え?」

「今までは戦功さえ上げれば領土は拡大した。だが俺の政策を進めるならば、どうしても地代の収入だけでは立ち行かなくなる貴族が増える」


 領土がこれ以上広がらないのであれば、今以上の収入は得られない。だが代を重ねるごとに遺産の相続などで土地は分割されていく。

 もちろん長男だけに相続させるという方法もあるが、リスクが無いわけではない。


「それを補うには国内の経済を発展させ、事業を起こす――その筆頭として諸侯らが立ち上がるのが理想だが、今までの安寧を手放したくない奴ばかりだ」

「新しいことを始めるのは、大変ですものね……」

「ああ。近いうちに、王宮の在り方も考えねばならん」


 ガイゼルによると、今の王宮は各地方の有力な貴族たちが動かしている。当主が直々に赴く家や、次男や三男が着任する場合もあるが、基本的には男性ばかりで女性は皆無なのだという。

 ですが、とツィツィーは問い返した。


「女性が政治に関わっても、大丈夫なのでしょうか……」

「確かに今まで男だけで組織されていた以上、快く思わない奴は多いだろう。しかし有能な人材であれば、性差を問わず門戸を開くべきだと俺は思う」


 ガイゼルのその言葉に、ツィツィーは遥か未来のヴェルシアを思い浮かべた。

 今よりももっと産業が栄え、交易は進み、男性も女性も対等に働いている。街中は今以上に活気にあふれ、王宮で働く女性も現れる。領土の奪い合いや権利の略奪ではなく、互いの文化や技術に価値を求める。

 争いのない平和な世界――その幻影の端に、エレナが笑っている姿をツィツィーは見出していた。


(この国が変われば、エレナも自分の名前でドレスを作ることが出来るのかしら……)


 だがツィツィーはすぐに肩を落とした。ガイゼルの描く将来像は、ツィツィーにとっても願ってもない理想である。

 しかしそれを達成するまでには、きっと長い年月がかかることだろう。多くの協力者、理解者も必要だ。今のヴェルシア貴族たちに訴えたところで、どれほどの賛同を得られるか。とてもではないが、ガイゼルの代では間に合わない。

 人に染み付いた意識や概念を取り払うためには、それなりの時間がかかるだろうとツィツィーは落胆した。


 すると陰ったツィツィーの表情に気づいたのか、ガイゼルがそっと頭に手を乗せてきた。まるで慰めるかのように撫でてくる。


「悪い。こんな話を聞かせるつもりはなかった」

「い、いいえ! もっと聞きたいです。陛下が、この国をどうしていきたいのか」

「……お前は変わっているな」


 また今度な、と微笑んだガイゼルは、ゆっくりと立ち上がると毛布をめくり、ツィツィーの隣へと体を滑りこませた。

 途端にガイゼルの体温が迫って来て、ツィツィーは持っていた本でさりげなく顔を隠す。だが邪魔だと言わんばかりに、ガイゼルが本を引き抜いてしまい、ツィツィーは防御する術を失ってしまった。


 そのまま抱き寄せられたかと思うと横になり、ツィツィーはいつものようにガイゼルの腕の中にすっぽりと収まってしまう。いい加減この体勢にも慣れたいところなのだが、黒髪越しの美貌を前にするとどうしても緊張してしまうのだ。


(せめて背中越しなら、陛下のお顔を直視せずに済むんですが……)


 ガイゼルは豊満なツィツィーの髪を愛しむように撫でていたが、やがて覗き込むようにして意地悪く口角を上げた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

\小説1-4巻発売中です!/
9dep565ajtdda1ski3ws5myjl3q6_1897_9t_dw_11wy.jpg
だだ漏れ小説3
だだ漏れ小説2
だだ漏れ小説

\コミックス1-4巻発売中です!/
lpjo8tk3j224ai52jj2q64ae2jf0_6bt_9s_dw_1sdc.jpg
fro09hu8b7ge3xav6e6c8b54epbm_13o0_9s_dx_1nsf.jpg
9339fx5nepcckjbo1lg89cjc6wqq_88_9s_dx_1jtr.jpg
だだ漏れ小説
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ