第一章 20
ようやく話がまとまったところでレヴァナイトたちは、ガイゼルの私室に置かれている小型の金庫へ収納された。
久しぶりの再会を、今夜は二人きりでゆっくりと楽しむことだろう。
「まったく……とんだ奴らだった」
「お疲れさまでした」
主寝室に戻って来たガイゼルは、ベッドの端に座るとようやく肩の力を抜いた。ツィツィーもまた、彼の隣に少し間をあけて腰を下ろす。
レヴァリアから帰ってすぐ王宮で夜まで仕事をし、いざ宝石の件を解決しようとすればこの有様。ガイゼルが疲れ果てるのも無理はない。
「だがこれで、あいつらも少しは大人しくなるだろう」
「はい! 本当に良かったです。レヴィも喜んでいましたし」
顔をほころばせるツィツィーの様子に、ガイゼルはふと穏やかな笑みを浮かべた。そっと手を伸ばすと、ツィツィーの長い髪を愛しむように撫でる。
「怖い思いをさせて悪かった」
「いえ、私なら全然大丈夫です……か、ら……」
最初はふるふると首を振っていたツィツィーだったが、ガイゼルの言葉にはたと先ほどの光景を思い出してしまった。
今座っているベッドで起きたあれこれが鮮明に甦り、徐々に言葉を詰まらせる。
(いえ、陛下が止めてくださったから、危険なことはなかったんですが……)
だが一番初め。精霊に体を明け渡したガイゼルから、軽く二三度口づけられた後――今まで経験したことのないキスをされた。
唇が触れあうだけの普段のものとは違い、口を軽く開いて……とまで思い出したところで、ツィツィーは一気に赤面する。
(レヴィたちが普通にしていた以上、もしかして本当の恋人同士がするキスというのは、本来ああいうものなのでは……⁉)
頬への口づけ程度なら、挨拶代わりにしてしまう国もあると聞く。もちろん口同士を触れさせるのは恋人だけの特権だろうが、どうやらキスにもいくつか種類があるようだ。
しばし悩んでいたツィツィーだったが、意を決してガイゼルに尋ねた。
「あ、あの、ガイゼル様、少しだけお聞きしたいのですが」
「なんだ」
「その……こ、恋人同士のキスは、舌を入れるものなのでしょうか!」
もしも今この場にヴァンがいたら、「陛下もそんな顔することあるんですね」と驚愕していたに違いない。
ガイゼルはしばらく放心状態になったかと思うと、目を閉じてツィツィーの言葉をしっかりと吞み込んだ。やがて文節ごとにはっきりと区切るような、ぎこちない返事が聞こえる。
「……それは、どういう、意味だ」
「え、ええと……さっきレヴィたちがしていたキスがその……本来の恋人たちのやり方なのでは、と思い……もしかしたらガイゼル様は、私があまりに無知だから遠慮しておられたのかもと……」
懸命に続けるツィツィーの主張を聞きながら、ガイゼルは両手で顔を覆ったまま、どんよりとうつむいてしまった。
やがて恨み節のようなガイゼルの心の声が漏れ出してくる。
『あの精霊ども……やはり破壊しておくべきだったか……』
(へ、陛下……⁉)
一体どこでガイゼルの怒りが再燃したのか分からず、ツィツィーは一人冷や汗をかく。ガイゼルはようやく顔を上げると、いかんともしがたいとばかりにため息をついた。
「……そうした形もないわけではない。だが無理に焦る必要はない」
「ガイゼル様……」
「俺は……お前が本当にしたいと思った時に、少しずつ進めばいいと思っている」
ガイゼルの鉄紺色の瞳が、静かにツィツィーを見つめていた。その眼差しは覚えのあるもので、ツィツィーは結婚当初のガイゼルのことを思い出す。
(そうだわ。陛下はずっと、私の気持ちが追い付くのを待ってくれた……)
ナガマ湖の別邸でも、思いが通じた宿先でも。ツィツィーが少しでも恐れるようであれば、すぐに手を止めてくれた。
今夜だってツィツィーに無体はさせまいと、体を張って守ってくれたのた。
(私は、……)
しばらくガイゼルの言葉を反芻していたツィツィーだったが、やがて心に決めたかのように睫毛を押し上げた。
隣に座るガイゼルの視線をまっすぐに見つめ返しながら、たどたどしく口を開く。
「あの、ガイゼル様……私、したい、です」
「……ツィツィー? 一体何を」
「こ、恋人同士の、キスを、です……」
ガイゼルは石像のように硬直したまま、ぴくりとも動かなくなった。ツィツィーも恥ずかしさでいっぱいいっぱいなのか、耳まで赤くした状態で固まっている。
わずかな時間が流れた後、瞬きをしたガイゼルがようやく動き出し――はあと息をついたかと思うと、目を眇めながら苦笑した。
「……悪かった」
「え?」
「こんな言い方をして、……お前から言わせるような真似をしてしまった」
するとガイゼルはツィツィーとの距離を縮めると、彼女の細い首筋に手を伸ばした。ひんやりとした長い指が、ツィツィーの耳と顎――そして唇を親指の腹でなぞる。
月明りだけの室内に、ガイゼルの美しい虹彩だけが宝石のように輝いていた。
「俺もしたい。……いいか?」
ツィツィーが上目遣いのままこくりと頷くと、ガイゼルは少しだけ愁眉を開いた。そのまま綺麗な目が細められた――あわせてツィツィーは目を閉じる。
最初は触れるだけの口づけ。
だが普段より接する時間が長く、ゆっくりと、何度も繰り返し角度を変えて重ねられる。すると短い一回の後、ガイゼルの舌がツィツィーの唇を軽く舐めた。
驚いたツィツィーがわずかに口を開くと、ガイゼルもまたほころばせた唇を寄せてきて――そのままそろりと舌が割り込んで来る。












