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9th stage☆鼻の奥がつんとする

汐莉(シオリ)に手を引かれて階段から降りてきたひなを見て、みっちゃんたら膝から崩れ落ちちゃって。記憶の中にいたみっちゃんとは全然違ったのに「迎えに来てくれた」って分かって、わぁわぁ泣きながら二人で抱き合ったの」

「……一緒には、暮らさないの?」

「うん。みっちゃんは一緒に暮らすって言ってくれたけど、これ以上みっちゃんの人生邪魔したくないし。汐莉の家の助けもあって、元々住んでた家が叔父さん達から取り戻せたから」


 そうなのか。天道さんなりにみっちゃんさんが大好きで一緒に暮らしてないんだな……。


「実は、夜とか休みの日はバイトしてて……みっちゃんのお店で」

「そうなの!? あ。ごめん、大きい声出ちゃった」

「だからあそこの人達はひなのことテンちゃんって呼ぶの。みっちゃんが、気分の切り替えが出来るようにって。最初は他の場所で探してたんだけど、みっちゃんにすごく叱られて。それで雇ってもらってて」


 天道さんのことだ。知らずに妙な仕事をやりかねない。


「……あー、それであそこお酒ないのか。お客さんいっつもオレンジジュース飲んでるもんね」

「わあ、知ってたの? 一応みんなはひなのために隠そうとしてくれてたんだけど。お酒出す方がお金になるのにね。お酒を扱うと、ひなが働きづらくなるからって。ほんと、人のことばっかり」


 そんな内情があったとは知る由もない。

 

「あのお店も「ひなに大人らしいとこ見せないと」って、始めたの。最初は他のスナックみたいなお店で働いて。お金貯めて、お客様引き連れて、お店開けて。かっこいいよね」

「すごいね……」

「もちろん、あのお店だってみっちゃんは楽しくやってる。お客様たちのこと、みっちゃん大好きだから。だけど美容師になるのは、みっちゃんの子どもの頃からの夢だったの。もうお仕事としてハサミを持つことはないのかもしれないけど、ひなが前に進むんだもん。みっちゃんにだって、前に進んでほしい」


 正直……天道さんの髪を切ることがみっちゃんさんのためになるのか、私には分からなかった。つらい過去を思い出してまですることなのか、分からなかった。


「そっか、」


 気の利いた返事も出来ない。だけどとにかく今は天道さんを温かい場所へ連れて行きたい。そう思ったからなのか、私の中で一番温かい場所へ連れて来てしまっていた。


「みなもちゃん、ここ……」

「ご飯、食べてく?」


 天道さんは一瞬戸惑うような表情を見せたものの、私の手を握ると一度だけ頷く。



「た、ただいまー」


 悪いことをしたかのようにこそこそと声を掛ける。とたとたと足音がやって来て、リビングと玄関を隔てる戸が騒がしく開かれた。


「姉ちゃん、おっそい……よ……え、」


 がちゃ。海音(カイト)はガバリと開けた扉から顔を出したと思うと、すぐに顔を引っ込め扉を閉めた。


「兄ちゃァァん!! 姉ちゃんが天使ちゃん連れてきたァァ!! 兄ちゃァァん

!」

「ひゃぁ……お恥ずかしい……」


 扉の向こうでバタバタと海音の足音が響く。騒々しい様子に思わず顔を覆った。

 暫くすると再びガチャリ。今度は比較的静かに扉が開いた。海音は髪を整えて余所行きの格好をしている。凪翔(ナギト)にいの言葉を借りる。何を色気づいてるんだ。おバカめ。


「あ、あの、どうぞ」

「……ただいま」

「おかえりなさいませ!!」


 天道さんはそわそわと落ち着かなさそうで、私の手を離そうとしない。安心してほしくって、野良猫にするように笑って見せた。怖くないですよ〜。うちの弟、可愛い子が来て舞い上がってますけど害はないですよ〜。という意味を込めてにっこりした。


 室内に招き入れられちらと周りを見渡すと、この短時間で人様を迎え入れても良い程度に部屋が整えられていた。と言ってもうちは凪翔にぃが綺麗好きで常時割と綺麗な方だとは思うけど。

 テーブルには既に4人目の席が用意されていた。食器や料理も4人前仕様になっていて、流石我が兄……シゴデキ……とほっとした。


「おかえり。と、いらっしゃい、かな?」

「あっ、お、おじゃまします」

「いらっしゃいませー! なあなあ姉ちゃんっ、この子が天使ちゃんでしょ!? マジで超天使じゃん!!」

「超、天……え?」

「海音。おねがい、一旦静かにして」


 弟ー!! 弟ーーーッ!! 天使ちゃんのキョトン顔見てーーー!! お姉ちゃんのHPが羞恥心でごりごり削られていくわッッ!!!!

 我が家で天使と呼ばれてるとは露知らずの天道さんが顔をほんのり赤らめぽかんとしていた。


「えと、こちら天道 陽那多(ヒナタ)さん。同級生です。それでこちらが兄の凪翔、弟の海音です。皆さん仲良くしてください」

「転校初日の先生か。二人とも座りな、ご飯にしよう」

「本当にいいの……?」


 天道さんはくいくいと手を引っ張ると小首を傾げてこちらを上目遣いで伺う。今までこんな時に不謹慎かなって黙ってたけど、今日本当何度もキュン死してる。死語?


「うん、食べてってくれたら嬉しいな。海音のご飯美味しいよ!」

「どうぞ。おかわりもあるよ」

「ここ! 座って座って! 何飲みますか? 麦茶とか飲めますか?」

「あ、飲めますっ。ありがとうございます」


 天道さんは遠慮がちにそっと椅子にかける。テーブルに並べられた料理をじっと見ている。

 え? どういう反応? なんか好みじゃない? どうしよう、大丈夫かな?


「みなもちゃん……こういうの毎日食べてるの?」

「へっ? あ、うん」

「わぁぁ〜〜、いいなあ」


 天道さんは両頬に手を当て目をきらきらさせた。

 その瞬間、三人分の「ほっ」が聞こえた気がした。多分兄弟二人ともかなり心臓バクバクだったと思う。妹が友達連れて夕飯時にやってくるっていうイベントは人生初だったから。

 急だったのにありがとうの気持ちを込めて顔の前でそっと手を合わせた。凪翔にぃは唇の端を上げて小さくふんと笑うだけだったけど、喜んでくれているように見える。海音もニコニコと嬉しそうだった。


「いただきますっ」


 すっと伸びた背筋、美しくゆったりとした箸さばき……天道さんだけ違う時空を纏っているようだった。いつもは男子二人の豪快な食事を見ているけど、今日は隣で天道さんが一口一口お上品に味わっている。よく知ってる海音の料理が、高級割烹料理のように見えた。心なしか、男子二人も背筋を伸ばし普段よりゆっくり慎重に食べている気がする。

 これ美味しいね、これ何かな、と時折言葉を発しながらにこにこ食事を進める天道さん。穏やかな表情に先程までの彼女の涙を重ねる。そのコントラストに何故か鼻の奥がつんとする。


 いつもとは違う団欒を楽しみ、兄弟達は気を使ってか部屋へと戻って行った。私達は二人で食器を洗った。いいと言うのにやるの一点張りで、負けてしまった。最後の一枚を食器カゴに置く。見慣れた我が家に1輪の華。不思議な気持ちだった。


「はー、美味しかったぁ。弟さん、お料理上手なんだね!」

「やー海音も、天道さんが美味しそうに食べるから嬉しそうだった」

「いきなり来てご迷惑だったかなぁ……」

「ううんっ、二人ともすっごく喜んでたから!」

「だと良いんだけど」


 そう言いつつ、天道さんは少し心配そうな顔をしていた。


「あのね。うちお父さんとお母さん、遠くで働いてて。小さい頃から三人でいることが多かったの」

「あ、確かにご両親いない」

「うん……私が前の学校で馴染めなくって、休みがちになって。二人ともすごく心配してくれてて。だから学校の、と、友達? 連れて来て喜んでると思う」

「みなもちゃんんん」


 天道さんは眉根を下げて大きな目をうるうるさせながら、私の腰に手を回す。胸元に飛び込んできたつむじから良い香りがした。


「ありがとう、みなもちゃん」

「……私の方こそ、ありがとうだから。さて、そろそろ行こっか。遅くなっちゃったね」

「え?」

「え、ほらおうち。送ってくよ」

「えっ」

「え?」


 数秒時が止まった。お互いに頭にクエスチョンマークを浮かべる。


「え……今日は、帰りたくない、かも」

「ぎょわ」


 腰に回されたままの腕にぎゅっと力が入る。上目遣いの威力に思わず奇声を発してしまった。あれ? 私達付き合いたてのカップルだっけ?


「急に言われても困るよね、やっぱ帰らないとね! えへ、ごめんっ」

「こ、困らないっ!」

「いいの?」

「何日でも!!」


 天道さんのほっぺが上がり、嬉しそうに目を細めた。きっと心細かったんだ。みっちゃんさんの件もあるし、もしかしたら拒絶されたように感じているのかもしれない。二人の間のことはよく知らないから想像の域を出ないけど。


 天道さんの後にシャワーを浴びる。部屋に戻ると私の部屋着を着た天使がいた。彼女が扉の音にはっと顔を上げた。その表情がパアと明るくなり、胸がむずむずした。


「みなもちゃん、おかえりっ」

「ただ、いま?」

「えへへ。みなもちゃんのお洋服ぶかぶかぁ」

「ふぐぅぅ……」


 己を見失わないよう奥歯を噛み締めた。体格が違うせいで色々と余る布が、彼女の華奢さを如実に表している。長い袖から覗く細い指先が桜色に色付く。


「えっと、着心地大丈夫?」

「うん! いいにおいがするっ」

「ぎゃー! やめてやめて!」


 シャツにくんくんと鼻を近付けられ気恥ずかしい。


「もうー……電気消すね?」

「はぁい」

「わ!」


 明かりの消えた室内で、細くて綺麗な指がわたしの可愛くない指に絡む。思わず大きな声が出た。


「手、だめ?」

「……仰せのままに」


 天道さんが小さく笑った気がした。


「あのね、さっきのみっちゃんの話には続きがあるの。聞いてくれる?」

 

お読みいただきありがとうございます。次回少し重いです。大怪我や人の死に恐怖心がある方は飛ばして11話までお待ちください。

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