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11th stage☆どの子もこの子も

「こんなこと、話してごめんね」

 暫くして落ち着くと、まだ少ししゃくり上げながら彼女がこう言った。

「誰にも言えなかったから。一緒に泣いてくれて、ありがとう」


 その言葉に、収まりかけた涙がまた溢れる。この人はお母さんにそっくりなんだ。人のためにずっと笑顔でいられる、いてしまう人なんだ。ツラくても泣けない人なんだ。


「悲しかったけど、悔しかったけど、まだ色んなものを恨む気持ちだってあるし。だけどね、お母さんが入院中につけていた日記を見つけたの。ひなに会いたいって。だからがんばるって。みっちゃんにも悪いことをしてしまったって。また怖がらずに好きなことをしてほしいって。お母さんは最後まで前向いて、ひたむきに、生きてた。

 だから、ひなも頑張るって決めてるの。今はね」

 

 声だけで天道さんが笑っているのが分かった。


「でも当時は、だめだった。前を向く気力が出なくって。お母さんだけじゃない。お父さんも、段々おかしくなっていって。あ、お父さん、今も一応生きてはいるんだけどね!」

「あ、良かった……」

「もう何年も会えてないんだけどね。

 お父さんはお母さんが死んでから、お仕事にも行けなくなったの。一日中何もないとこ見てて。元々無口な人だったけど、感情を失くしたみたいに何も言わなくなって。お母さんのお葬式からすぐだったかな。おかしくなって、ひなのことも分かんなくなっちゃった」


 天道さんは軽い調子で言ったけど、母親を亡くして失意の中、父親が精神を病み自分のことを忘れてしまう。どれほどつらかっただろう。


「お父さんある日突然「行ってくるね」って誰かに言ったと思ったら、そのまま帰って来なかったの。ひなもよく分かんなくてしばらく待ってて。家から出たらお父さんがその間に帰って来ちゃうかもって、ずっと家で待ってて。でも何日も帰って来なくって。学校の先生が様子が変だって思ったのか、うちに来てくれて。それで「お父さんが帰って来ないの」って。もう先生大慌てでね」

「先生、気付いてくれて良かった……」

「本当だよね。それで警察とかにも多分連絡してくれて。親戚も駆け付けて、まあすぐ見つかったのは見つかったんだけど。裸足なのに歩いて隣の県まで行ってたんだって、お父さん。何を聞いても意味不明な答えしか返って来なかったみたいで、精神病院に入院して。それでひなは叔父たちに引き取られるんだけど」


 叔父の与えた空間は天道さんにとって心地の良いものではなかったようだし、きっと父親を恨んだこともあっただろう。それでも彼女の語り口は、母親の死を語った時よりずっと穏やかだった。


「今お父さんは……」

「今は入退院を繰り返している状況らしくて。差出人の書いてない手紙だけがたまに届くの。でも手紙も書けて、ひなのことも分かるみたいだし、あの時よりは状況良くなってるのかなって。半分くらいは、生きててくれるだけで良いかなって思ってて」


 いつか二人が再会出来たらいいな。って思うのは私のエゴなんだろうか。


「みっちゃんはね、お母さんの死も、お父さんがおかしくなっちゃったのも、全部自分のせいだって思ってる。みっちゃんは確かに病み上がりの腕でハサミを持った。だけど……お母さんは自分の責任で髪を切ってもらったはずだし、お母さんを殺したのはみっちゃんじゃなくて世間だから」

「天道さん……」

「ひなはみっちゃんにも前を向いてほしい。お母さんはみっちゃんに髪を切ってもらって、その姿でみんなの前に立ちたかった。みっちゃんにまたやれるよ、大丈夫だよって、伝えたかったんだと思う。だから、今度こそもう大丈夫だよって。みっちゃんがひなの髪切って、ひなが「ほら大丈夫だよ」ってみんなの前に立ちたいの」

「そうだったんだ」


 だからあんなに食い下がってたのか。だけどーー


「でもみっちゃんさん、つらいんじゃないかな。お姉さんにそっくりな天道さんの髪の毛にハサミ通すの」

「分かってるの。無理強いしてるなって分かってはいるんだけど……だからこそ、みっちゃんのおかげでキラキラしたひなのステージを見てほしいの」


 話を全て聞いた後だからこそ、賛同しかねる。

 もし、万が一、同じことが起きてしまったら。今度こそ誰も立ち直れなくなる。


「心配?」

「や、あの」

「見えないけど、そんな顔してる気がした」

「心配と言うよりは不安、かな。ごめん」

「いいの、ありがとう。だけどね、大丈夫! ひなは絶対大丈夫!」


 何故だか私の方がなだめられている。背中をリズムよくぽんぽんと優しく叩かれる。何を根拠に大丈夫と言っているのか全く分からないけど、きっとこういうところもお母さんにそっくりなんだ。多分当時、お母さんも同じように監督さんを説得したのだろうと想像出来る。


「って言ってもみっちゃんあの様子じゃあ……無理そうかなあ」

「どうだろうね……」


 そして私もまた、そんな天道さんにまんまと説得されてしまうのだ。天道さんが言うと、何故かそれが一番良いように思えてしまう。

 天道さんが「みっちゃんの好きなとこランキング」を発表しながら、泣き疲れたのか唐突にすやすやと寝息を立て始めた。その力の抜けた体を見て少しホッとする。私も急に眠くなってきたところで意識を手放した。


 朝になると二人してパンッパンに腫れた顔を見て、お互いに笑いが止まらなかった。


「や、ば!! 顔やば!」

「ヒィ……目開かん」

「みなもちゃ、見て! ひなの顔、ぐふ、きったな! 顔汚!!」

「ほとんど見えないけど、可愛いはず、大丈夫なはず! いや、見えなっ! 視界狭っ!!」


 リビングに行くと、兄と弟はもう家を出たあとだった。昨日は二人して泣いていたし、気を利かせて先に出たのだろう。こちらの音だって、少しは兄の部屋に漏れていただろう。小さな手紙が添えてあり、凪翔(ナギト)にぃらしかった。


「これ私達の朝ご飯だって! 食べよ」

「わぁぁ、ありがたやー。お兄様ありがとうございます」


 天道さんがご飯に手を合わせている。


「はい、これ。また来てねって」

「“二人のご飯です。召し上がれ。またいつでも遊びに来てください。文化祭がんばって”……ひええ、出来たお兄様……」

「優秀な兄なのです」


 天道さんが我が家に良い印象を持ってくれていたら嬉しい!

 食事を終えた天道さんは、一度家に戻ると言って帰って行った。


「お邪魔しましたあ。本当に昨日はありがと……じゃあまた後で学校でね!」

「後でね、気を付けて帰ってね」


 天道さんは昨日の様子を匂わせもせず、元気にご飯を平らげにこにこと帰って行った。その笑顔に少し安心はしたけど、いても立ってもいられずに私は身支度を整えると学校へ向かう前にある場所へ向かう。


「あら、みなもちゃん?」

「おは、おはようございます」


 みっちゃんさんのお店だった。まだ暗く、オープン前だしダメ元だったけど、みっちゃんさんがいて良かった。


「ーーはあ、どの子もこの子も。その顔は、そういう顔ね」

「あの、ごめんなさいっ。でも」

「上がって。学校間に合うの?」

「はい、あ、お邪魔します」


 みっちゃんさんは表の戸を開け、私を中へと招いた。みっちゃんさんも、あまり眠れていない顔をしていた。


「昨日はみっともないとこ見せてごめんなさいね。陽那多(ヒナタ)は……あの後大丈夫だった?」

「えと。うーん、大……うーん」

「いいのよ、気を遣わなくて」

「さっき、一回家に帰るって」

「そう。陽那多の話、聞いてくれたのね。ありがとう」


 しばらくしていつもの紅茶を出してくれた。優しい味がした。


「でも、それなら分かるわよね? 私が陽那多の髪を切りたくない理由」

「はい……でも」

「陽那多のためにありがとうね、嬉しいわ。だけど、髪を切るのに別に私じゃなくっても」

「だめなんです! みっちゃんさんじゃないとっ、意味がないんです!」


 大きな声が出てしまい、自分で驚く。はっとして口に手を当てていた。心の中の弱虫を振りほどき、口を開く。


「天道さんは……自分が大丈夫ってことを、みっちゃんさんに、みんなに見てもらいたいんです。正直、やめた方が良いんじゃないかって思っています。嫌がってる人に無理にさせることないんじゃないかって……。

 だけど天道さんにとっては、乗り越えて前に進む機会なんです。天道さんは、自分も、みっちゃんさんも一緒に前に進みたいんです。みっちゃんさんだけ置いていけないって、一人にしたくないって思っていると思うんです」


 どんな顔をされているのか怖くて顔を上げられないけど、感情のままに吐き出した。私なりに一生懸命に伝えた。


「みっちゃんさんにはとてもお世話になっていますが、私は天道さんの味方でいたいです。天道さんがそうしたいなら、応援したいんです。出会って日にちは浅いし、文化祭で一緒にステージに立つだけの仲かもしれないけど、天道さんは色んなものを私にくれたから、だから私は天道さんの望む形でステージに立ってほしいんです!

 つらかったこと、分けてくれたから私も背負えるぶんだけ背負います。だから私もーー」


 彼女はそれに続く言葉を聞くと両手で頭を抱えた。深いため息をつきながらまだお店に出る用になっていない髪の毛をぐしゃりとかき上げ俯く。沈黙が痛かった。何時間にも思える沈黙は、がたりとみっちゃんさんが椅子を引いた音によって破られる。


「ちょっと待ってて」


 そう言うとお店の中に引っ込んでしまう。言われた通り少し待つ。上手く伝わっているだろうか。お節介ではないか? 頼まれてもいないのに、こんなことをして。何を熱く語っているんだろうと思われているかもしれない。私なんて天道さんのこと大して知りもしないのに。大人に意見するなんて、失礼だったかも。


 不安が増す中、奥の暗がりから出てきた物を見て声にならない悲鳴を上げる。



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― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)なるほど。これはまさしく舞台裏のおはなしでございますね。どういう展開がきてもみとどけましょう。彼女達のこれからを。フェス主催者として。
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