96:「きゃっ」
『それで、カイト様は特典をお受けになられますか? それとも辞退されますか? 今すぐお決めください。私も暇ではございませんので』
随分と高圧的な態度をとるCなんちゃらに急かされるまま、特典の意味が理解できないまま「受ける」とだけ答えてしまう。
なんとか平方メートルが贈られつとか聞いたような気がするが、つまりタダで土地を貰えるって事なのか?
『では、贈呈する土地をご紹介いたします――』
「あの、贈呈って事は、タダなのか? その、土地が」
あからさまに面倒臭そうな顔をしたCなんちゃらは、溜息交じりに俺を睨みつけてくる。
なんなんだこのNPC。今まで見た職員NPCの中で、一番態度悪くないか? いや、寧ろこいつ以外は皆親切丁寧だったぞ。面白いのも多かったが。
『貴方は贈呈といって、他人にお金を要求するのですか?』
「あ……はい、すみません。あまりの嬉しさに舞い上がったけど、聞き間違いだったらと思って確認したかっただけです。ハイ」
糞面倒くせー奴に捕まったぞ。
とにかく口ごたえせず、はいはいと聞いておこう。
『では続けます。贈呈する793.388平方メートルの土地はこちら、カイト様から向って左手の土地か、湖の見えるこちら――』
と言ってCなんちゃらがタブレットを操作しはじめる。
画面をスライドさせるような仕草をすると、俺たちの目の前にスクリーンが現れた。
映し出されているのは確かに湖の見える更地だ。ここに比べると、やや森に近い感じか。
まずは左手の土地の説明が始まる。
左手には……というか、俺の直ぐ左側が角地になっているが、ずっと後ろの方まで更地でしかない。どうやら贈呈する土地ってのは、この角地らしい。
その角地の通路を挟んだお向かいには、三階建てのマンションが二軒建っている。更に右斜め向かいは公園っぽい。
『あちらの公園には、町や他のプレイヤータウンへの移動用装置が設置されております。また、タウンの管理を行う職員の詰め所もございます。
ここから北東245メートル91センチと2.5ミリ行きますと、共同の工房がございます』
「……ミリ単位まで説明する必要があるのか……」
が、この俺の言葉にCなんちゃらは目を輝かせ、鼻を鳴らしてふんぞり返った。
『当然ですっ。私は全サポートAIの中でも、最も情報処理に長けた者。『E-11111SA』よりも前に創造され、最も長く職務に就いているのが私なのです。
数値はこの世界にとって重要なもの。僅かでも狂いの無いご報告をせねばならないのです』
っと、ドヤ顔で言われても……。大体Eなんちゃらって誰だよ。距離なんてメートルから下は省略していいだろうに。
だがまぁ、利便性はいいしマンションのお向かいって事で、客のゲットは容易に出来そうだな。他の場所への転移装置から近いとなると、お出かけ前の買い物客ってのも獲得出来るだろう。
悪くない。
最大の魅力は――無料!
湖が見えるほうは、景色優先の土地か。転送装置までも437メートルなんちゃら? ミリ単位とかどうでもいい。
「っとなると、やっぱ利便性優先だよな」
『やはりこちらの土地をお選びになるのですね。予想通りですわ。最初からこちらに転移誘導しておいて正解でしたわね』
「俺がこっちの土地を選ぶって、予想してたのか」
『はい。貴方様でしたら、景色などに興味を持つような豊かな感性をお持ちだとは思えませんでしたので』
今サラっと侮辱されたような気がするんだが。
あとで問い合わせ送って、上司に文句言ってやろう。上司っつーと、マザー・テラになるんだろうか?
『ではご契約を行います。私の方で直接処理をいたしますので。建物はどうなさいます――』
タブレットを取り出し画面操作している彼女の動きが止まる。
同時に、俺の耳がガシャガシャと大きな音を立てて近づいてくる何かをとらえた。
音は背後から聞こえ、振り向くと、全身フルプレートを着た男と、俺同様の軽装を纏った男数名、そしてローブ姿の男女数名がこちらにやってきていた。
最速入場した俺と、他のプレイヤーとでは入場位置が違うようだな。
土地争奪戦が始まったって事か。
っふ。
俺は一足先に勝利させて貰ったぜ。
戦闘の鎧男が息を切らせて駆け寄ってくる。
「そこの職員に尋ねるが、湖近くにある予約中となっている土地は、既に契約者がいるという事なのか?」
『いいえ。あの土地はこのタウンへの最速入場者に贈られる土地の候補の一つでございます。しかし、今こちらの土地へのご契約を勧めている最中ですので、契約終了後にはフリーゾーンに戻りますわ』
「なら、あの土地を契約したい。240坪、全てだ」
『最速入場者様とのご契約が済めば、立て札から契約を行う事ができます。そちらで行ってください。私は最速入場者様とのみ、契約の手続きを行うのが職務ですから。他のプレイヤーの方までのご面倒は、申し付かっておりませんので』
随分上から目線だな。
マザーから与えられたのは、最速入場者に土地の紹介と契約手続きってところか。
ちょっとぐらい融通利かせてもいいだろうに。
全身鎧の男――頬に見事な雷マークともとれる傷をつけたそいつは、一緒にやって来た仲間達を話し合い、更にフレンドチャットか何かを使ってクチパク会話を始めた。
こいつら、ギルドメンバー同士なんだろうな。240坪も土地を買うって事は、ギルドハウスにでもするつもりなんだろう。
ん?
240坪?
「な、なぁあんた。さっき湖が見える土地が240坪って、言ったか?」
「……………………。あ、すまん。ギルドチャットのまま返事してしまった。立て札には240坪と書いてあったぞ。君が最速入場者か?」
「あぁ。こっちの土地を貰うことにしたんで、湖は却下だから、そのタイミングで契約すればいいんじゃね?」
「そうなんだが、へたすると負けるかもしれん」
「負ける?」
鎧の傷男の話だと、どこからか嗅ぎつけてきた別のギルドの連中も集まってきて、立て札前を陣取っているとのことだ。
しかも、その中にはよりにもよって『ムーンプリンセス』のメンバーも混ざっているとの事。
同じタウンに住むとか、嫌すぎる。
「サンダー、どうも月の奴等が立て札を囲って、タブレットの操作妨害してるらしいぜ」
「みたいだな……ったく、天空城計画が失敗したからって、汚い真似しやがって」
「天空城計画?」
『カイト様、ご契約を――』
「あぁ、月姫は最初、天空エリアで城を建てるんだと叫んでいたんだ。だが、天空エリアは予想通り、人が大勢詰掛けてな。入場することさえままならない状況らしい。
しかも奴等、月姫様アピールばかりしていてスタダに失敗したのさ」
ざまぁー。
予備として海の見えるエリアにも乗り込もうとしたらしいが、こちらも既に人だらけな状況だという。
実装されてからまだ数分しか経ってないのに、すげーな。
が、その結果奴等はこのエリアに来たって訳だ。
なんとかして追い出さねば。
「なぁCなんちゃら」
『……私の事ですか? コードナンバーすら覚えられないとは……ナンバー『C-11111SA』ですわよ』
「あぁあぁ、数値に強い優秀な方でしたね。ったく……お」
こいつは自分が優秀だと自負しているようだ。なら、そこを攻めてあれば……。
そこで傷の男を呼び、二人でひそひそと作戦を立てる。
俺の意図を理解した男は、咳払いをしてからさも残念そうに喋りだした。
「あぁ〜、240坪もの土地だから立て札からしか契約できないとはなー。仕方ないかー。職員どのは忙しいようだし」
「俺の契約が済むまで手一杯なんだろう。悪いなぁー」
完全に棒読みな俺たち二人。
だが、こんな業とらしいセリフにも『C-11111SA』はピクリと反応を見せる。
掛かったか?
「しょ、処理能力が優れていても、流石に二人同時には契約手続きは出来ないんだなー」
「サポートAIといっても、普通に人間と変わらないのだなー」
チラっと『C-11111SA』を見る。凄い目でこっち睨んでるぞ。
『出来ますとも! 私に掛かれば二人だろうと三人だろうと、いえ、十人同時でも契約手続きをやってみせますわ!』
掛かった!
なんだ、案外単純だな。
こうして俺たちは、互いに契約を同時進行で結ぶ事が出来た。
しかし240坪……平方メートルと聞いてまったくピンとこなかったんだが、まさか240坪なんて広さだったとは。
こんな広い土地貰っちまって、どうしよう……。
「俺の名前はサンダーボルトだ。君はカイト、だろう?」
「え? 俺の名前知ってるのか?」
契約を済ませた後、傷の男が握手を求めてきたのでそれに応じる。
初めての事で戸惑ったが、なんか友情が芽生えそうだ場面だな。
「俺も『World Online』をやっていたからな。ダンジョン攻略ランキングに名を連ねていた君を知らないプレイヤーは多くないだろう」
「そ、そうなのか。っへへ」
こんな風に言われると、ちょっと恥ずかしくなっちまうな。
240坪なんて広い土地を金払って買おうってぐらいだし、金持ちにしても一人の金じゃ無理だよな。もしかして大手ギルドだったりするのだろうか。
サンダーボルト……なんか昔の戦時中の作戦名みたいだな。
サンダーボルト……サンダーボルト……ん? どっかで聞いた事のある名前だぞ。
『World Online』をプレイしていた、サンダーボル……
「あぁっ! 『サンダーボルト連隊』のギルマスと同じ名前!?」
「偶然だ」
胸を張ってそう言うサンダーボルトの後ろで、ギルメンらしき男女が呆れ顔でやって来た。
「何サラっと嘘ついてんのよ、この木偶の坊ギルマスは」
「面白くないよねー。ごめんねー、うちのギルマス馬鹿だから」
平然とギルドマスターに対して暴言を吐くメンバーたち。それを笑って聞いていたサンダーボルトは、やや間を置いて馬鹿呼ばわりした男メンバーに対してのみ、ラリアットをかましていた。
仲良いなぁ。羨ましい。
「そうだ、カイトはギルド未所属なのだろう?」
「え? あ、あぁ」
「『ムーンプリンセス』は断ったみたいだな。掲示板で貧乳がどうたらとかで撃退してたって、書かれてたよ」
言ったか? ションベン臭いガキとは言ったけど、貧乳とは言ってない気がする。
まぁいい。実際貧乳だったし。
サンダーボルトは単刀直入にこう話を切り出してきた。
「うちのギルドに入らないか?」
マジっすか?
『World Online』でも1、2を争う最大手のギルドだぞ?
多くのレイドボスを制覇し、数多くのダンジョンでパーティー最速攻略タイムを叩きだすギルドだぞ?
「君を誘うのはこれで二度目だ。強要はしない。でも、少しでも興味があれば……」
「あれ? 俺、誘われるのって二度目だっけ?」
「え? うっそぉ〜。忘れちゃったの? 幽魔の洞窟ダンジョンの外でギルドに誘ったじゃない!」
幽魔……『World Online』でソロ攻略難易度最高のダンジョンだったな。
うーん、うーん……あっ。
「そ、そういえば、やたらでかい声の男から、なんか誘われた気がする」
「「それうちのギルマスだから」」
しかも声のでかい男の左右に数人のギルメンっぽいのが整列してて、他のプレイヤーからもガン見されてたから……。
恥かしくなって思わずセーブポイントに飛んじまったんだよな。
「あの時は逃げられてしまったが、今度こそはと思っているのだ!
一人では難攻不落な砦も、皆で力を合わせて困難に立ち向かえば、攻略できなものは何もない!
今こそ君のような兵が必要とされる時だ!
レイドも実装された事だし、我々と共にい・か・な・い・か?」
ずいっとにじり寄ってくるサンダーボルトの顔が、物凄く暑苦しい。
実際、体育会系好青年風の顔は日焼けしたように小麦色で、なんとなく汗ばんで見える。
俺が口をぽかーんと空けている間にも、こいつはダラダラと暑苦しい演説を続けていた。しかも大音量で。
長々と演説が続く中、黙って作業をしていた『C-11111SA』が、最後の確認だといってタブレットの提示を要求してきた。
『確認、決定ボタンを押して頂ければ、全ての手続きは終了いたします。それにしても、よく喋る男ですね』
この時運悪く、自分の演説に陶酔しきっていたサンダーボルトが腕を掲げてポーズを決めた。その腕が『C-11111SA』の顔面にぶつかったのだ。
『っきゃ――』
「おっと、危ないっ」
バランスを崩し、あわやその場で転倒しそうになる『C-11111SA』を、後ろから素早く受けとめる。
まさか非戦闘時にも『電光石火』が使えるとは。
「おいサンダーボルトっ。熱く語るのはいいが、周りにぐらい気をつけろよっ」
「す、すまん……」
なんともばつの悪そうにしゅんっと縮こまるサンダーボルト。そんな彼を周囲にいるメンバーは笑いながら見ている。
あれで本当に大手ギルドなのかよ。なんか、普通にアットホームな中小ギルドって感じなんだが。
「それよりも、おい、大丈夫か?」
片手て『C-11111SA』の肩を抱き、いまだ体が斜めったままの彼女に声を掛ける。
足でも挫いたのか、微動だにしない。
「大丈夫か? どっか痛むのか? ポーション投げるか?」
『……け、結構です。なんでもございません』
自分の足で立つと、俺の手を払いのけて咳払いを一つ。
そのまま俺との契約を完了させ、続いてサンダーボルトを睨みつけながらあっちとも契約を完了させた。
『そ、それでは失礼いたします。カイト様、住宅に関してはタブレットから操作されてください。私は疲れましたので、帰らせていただきます。それでは』
何を怒っているのか、随分と語気が荒い。
重圧的な態度だったり、冷たかったり怒ったり……ほんと、他の職員とは全然違うな。
公園に向って歩き出した『C-11111SA』。
彼女が一度だけくるりと振り返った。
上目使いでぼそぼそと何かを口にし、最後に――
『支えてくださって、ありがとうございます』
っと言ってすぅーっと消えた。
あれ?
なんだろう……最後だけやけにその、乙女に見えたんですけど?
明日、遂に総話数100話に達成します。
極一部の属性の形にしか得のないお話に仕上がってしまいました。
元の話にちょっと加筆しただけなんですが……。




