67:記憶。
小学校の頃だったかなぁ。
担任の先生に、
「甲斐闘くんは、どうしていつも一人で居るんだい?」
っと聞かれたことがある。
俺は確か、「みんながボクに話しかけてくれないから」と答えたと思う。
先生は、「自分から話しかけないのかい?」とも尋ねたような。
同じ事を、つい最近誰かからも言われた気がする。
あれ?
これって走馬灯か?
前にもこんなのあったな。
流れる記憶を辿っても、確かに俺は自分から他人に話しかける――なんてのは極稀だなと思う。
バイトん時にはどうしても業務上伝えなきゃならない事とかは、なんとか自分から喋ってはいたけど。それは仕事だし、つまりはお金を貰ってやってることだからと、何も考えずに出来たんだけどな。
なんで俺、自分から他人に話しかける事ができなくなってたんだろう?
せっかくの走馬灯なんだ。なにかきっかけになるような記憶って、出てこないもんか?
あちこちテレビモニターのようなのが流れ、その一つ一つに記憶が映し出されている。
初めて柔道の試合で勝った日の事。大喜びしているのは両親だけで、じじいは「相手にポイントを取られた勝利など、価値が無い!」とか言って怖い顔してたっけ。
初めてのお使いは絆創膏だったなぁ。ほぼ毎日じじいから殴られ、怪我しまくりだったせいで救急箱の買いおきが無くなり、自分で買いに行ったんだよな。
初めてじじいに反抗した時は、竹刀で殴られ骨にヒビが……。あれのせいでじじいに歯向かうと、殺されるかもしれないって刷り込まれたんだよな。
今なら声を大にして言える。
なんで虐待で訴えなかったんだよ俺の両親は!
ま、身内だし、事を荒立てたくも無かったってのも解るけどな。
初めてのシリーズの記憶が流れる中、俺はあるモニターを見て背筋が凍った。
そこに映っていたのは幼い女の子。
五歳ぐらいの、割と可愛い子だ。
もちろん、俺の記憶が移るモニターに登場しているのだから、覚えてるよ。
いや、さっきまで忘れてた――が正解か。
モニターには新たに一人の男の子が――俺だ。
なんつーか、五歳児にして、目つき悪ぃなぁ。
口をへの字にぎゅっと結び、上目使いで鋭い眼光を女の子に向けている。しかもその目は、やや血走ってるし。
「こ、こここここ、ここと、こととこと、ことこちゃん!」
緊張のあまりか、ガキの頃の俺は激しくどもっていた。
「ここここここここことことことこちゃん。す、すすすす、すす――」
あぁ、見ていられない。っというか、全力で逃げ出したい。
これが俺の初恋――そして――
「甲斐闘くんの喋り方、気持ち悪い。顔も怖いし、私、嫌い」
「え……」
初めての失恋だった。
あぁ、そうか。
この時「喋り方が気持ち悪い」って言われた事がトラウマんなって、自分から人に話せなくなってたのか。
でも、どもるのは慣れれば解消されるってのは解った。
だったら、もうトラウマにする必要もねーじゃん?
俺、頑張ってぼっち脱却するぜ!
ポジティブに考えられるようになったのも、成長の一つって事だろうか。
っふふふ。
俺は数日前までの俺じゃないんだぜ。
そんな風に鼻で笑っていると、モニターから全ての記憶が消え、砂嵐の画面へと変わる。
次に移ったのは、やたらと赤い映像だった。
たった一つ、アニメーションのような物が映っているのが見える。
あ、これ、ゲーム内映像か。
えーっと、なになに?
若い男が弓を持って森を歩いている。
男は獲物を見つけたようで、弓を引き絞って矢を放った。
その矢が1匹の子狐に突き刺さる。何故か俺の尻が痛くなるのは、狐に感情移入してしまうからだろうか。
だが子狐は死んではいなかった。
走って逃げ、森の奥へと向う。男もその後を追った。
子狐は泉の所までやってきたが、追いかけてきた男の二射目によって深手を負い、泉に落ちた――
え?
泉?
あれ? 俺って確か、泉に落ちてなかったか?
そう意識した瞬間、テレビモニターが消え、代わりに気泡が浮かぶ冷たい水の中へと景色が変貌した。
いや、現実に戻った?
「ぼぼぐばばぶぶべぼ(どこまで沈んでんだ?)」
や、やべぇ。今のでだいぶ空気が抜けた!
いや、そもそもゲームなのに、酸素呼吸とかって必要なのか?
……あ、苦しい。必要なのか。
って、冷静に分析してる場合か!?
ふ、浮上しねーとっ。
光の射す方向に向ってクロールのように泳ぐ。きっとあの光が太陽の――ん? たしか夜だった、ような?
月光でもこんなに明るいものなんだろうか……。
いや、俺が進んでるのは上じゃなく、下だ!
泉の底深くには、ギンギンに光る丸い球体。中には赤い血を滲ませた子狐が入っていた。
生きてる、のか?
近づいてみると、ほんのりと腹の部分が上下してて生きているのが解った。
球体に噛り付いていると、子狐の意識が目覚める。僅かに開いた目は蒼く、周囲の赤い水とは対照的に見えた。
弱っているみてぇだな。
一瞬、俺を威嚇しようと身構えたが、直ぐに力なく崩れ、突き刺さった二本の矢の根元をしきりに舐めた。
抜いてやるか。
光る球体に手を突っ込み、子狐に刺さった矢を一本掴む。
これには流石に子狐も怯え、キャインっと犬みたいな声を上げた。
お、この球体の中は酸素があるのか?
ならば――顔も突っ込んでみると、呼吸が出来るっ!
「やったぜっ、痛っ、おい、やめろ、噛むな、マジ痛ぇー。い、今助けてやるから、噛み付くなぁ」
鼻先をがぶりとやられ、ちょっと涙目な俺。
助けてやると説明しても言葉が解らないのか、一向に攻撃が止まない。
狐のくせに……俺だって狐なのにっ!
「俺とお前は、仲間だぞっ。ほ、ほれ見ろ。俺にもお前と同じ耳と尻尾があるだろ?」
そう言って水中の尻尾をなんとか動かして子狐に見せる。おぉ、意識して動かそうとすれば、ちゃんと動くんだな。
尻尾を左右に振って見せ、仲間アピールをする。
やった、噛み付き攻撃が止んだ。
今の内に矢を抜くか。それから――
一本目の矢を引き抜き、急いでポケットに手を伸ばし『ライフポーション』を取り出して子狐に投げるっ。
投げてから気づいたが、これって動物相手にも効くのか?
不安にはなったが、ポーション液で濡れた傷口はみるみる塞がるのと見て一安心。
子狐も驚いたように飛び起き、同時にもう一本の矢傷の痛みに悶えた。
うん、こいつもなかなかドジだな。
「もう一本も抜くからな。歯を食いしばれ」
っと言って通じたのか、子狐は歯を剥き出しにして目をぎゅっと閉じた。
なんか目を閉じて威嚇してるようにも見えるな。まぁいいや。
ずぼっと矢を抜くと、同じように『ライフポーション』を投げる。
完全に傷を治すために、もう一本投げとくか。
「そういや俺のHP、いくら残ってるんだ?」
視界の隅にある簡易ステータスバーに目をやると、一気に血の気が引いて行った。
それから慌ててポケットに手を伸ばし、ポーションをがぶ飲みする。
やべぇ。
HP1って、なんの冗談だよコレ。
こんなギリで生き残ってるとか、奇跡だろ?
「あ、ウンディーネのヘイト……切れたんじゃねーの?」
泉なんて場所に落ちて、戦場離脱扱いになってたら今まで抱えてたウンディーネが、次にヘイトを稼いでる誰かに跳ねるぞ。
たぶん、みかんだな。
慌てて簡易パーティー画面を見ると、死人は誰も出ていないのが解った。
「上に戻らねぇと。お前も来るか?」
『コン』
狐らしい声で鳴くと、何故か俺の頭にしがみついて来た。
片手で子狐が落ちないよう支え、何度か深呼吸をしてから息を止め球体を飛び出す。手触りからして、子狐も器用に息を止めたのが解った。
頑張れよ。急いで泳ぐからな。
息苦しくなってきた頃、月光の差し込む水面に人影が見えた。
直ぐに差し出された手を掴み、俺と子狐は浮上した。
『カイト様! おかえりなさいませっ』
「ただいま。――っげほげほ」
ちょっと真面目なお話でした。
痒いですね。




