23:怪魚。網タイツ未装備
『カイト様は何故ステータスポイントを余らせたままなのですか?』
カジャールから北東の森にやって来て、森林クラブを探してうろついている時の受付嬢から一言。
「俺は盗賊らしく、回避型を目指してんだ。ステータスはAGIを真っ先にカンストさせるつもりだ。けど――」
レベルアップ毎にステータスポイントを全部AGIに振っていくと、適正モンスターとの戦闘で回避しまくってしまう。
只でさえ【格闘】と【瞬身】技能で回避率が上がってるからな。
で、回避が上がると攻撃を食らう機会が減る。そうすると――
「【忍耐】技能が上がり難くなるだろ」
『なるほど。【忍耐】技能を上げるためにわざとステータスポイントを振らないのですね』
「あぁ。けど、【忍耐】のレベルも30超えたし、切りの良い所で35になったらステータスを弄ろうと思ってる」
貯めに貯めたポイントだ。一気にAGIはカンストまで振れるだろう。
っと、ステータスは99がカンストなんだよな?
「なぁ、ステータスのカンストは99なんだよな?」
『はい。現在の仕様ではそうなっております』
「現在? 仕様を変更する予定でもあるのか?」
『いえ、そういう訳ではございませんが、プレイヤーの皆様の状況を見て変更する場合もあるかもしれません。ワタクシに解るのはここまででございます』
なるほど。
ゲームが進行していけば、何かしらバージョンアップも必要になるだろうって事か。
「そういやお前ってさ、サポートAIとしての役目は継続してるのか? その――いろいろ教えてくれたりはしてるみたいだし」
俺の前を歩き、盾役としての役目を全うしている受付嬢。
システムに関する素朴な疑問には答えてくれるが、プレイを優位にさせるような内容には答えてくれない。
俺の『友人』としての役目を与えられつつ、俺専属のサポートNPCと化している節もある。
『サポートスタッフとしての役目ももちろん継続中でございます。各所から送られてくる問い合わせメールなどにも、逐一返信を送らせて頂いておりますし』
「え? い、いつそんな事やってんだ?」
『はい、常にやっております』
……あー、そうだよな。こいつはプログラムの一部みたいなものなんだ。
俺と普通にこうして会話してるけど、その裏では猛スピードでデータのやりとりとかしてんだろうし。
考えるのは止めとこう。俺の脳みそが沸騰しそうだ。
「あー、じゃー俺の質問に答えたりとかもやっぱ……」
『サポートスタッフとしての範囲内でお答えしております。ただ……』
「ただ?」
そう言って前を歩く受付嬢がチラリと俺を振り返って歩みを止める。
カジャールの真北にある森と比べると、こちらは木々の密集度も低く周囲は明るい。
差し込める陽の光に照らされた受付嬢の顔は、薄っすら紅く染まって見えるのは夕日だからだろうか?
いや……夕焼けにはまだ早いな。
『カイト様のご友人として、出来る限りの範囲で、その――ワタクシ個人の考えをお伝えできればと思っております』
「そ、そうか。あー……うん、サンキューな」
『はいっ』
な、何嬉しそうに返事してんだよ。
そんな風に喜ばれたら――
『カイト様、どうかなさいましたか? 尻尾が――』
「いい! 言わなくていいからっ!」
『は、はい。あ……』
恥ずかしくてつい怒鳴った俺の声に、慌てて前方に視線を戻した受付嬢が声を上げる。
一点を見つめ、指差す。
『居ました。森林クラブですっ』
彼女が指差す方角に、真っ蒼な巨大蟹が居た。
森を一刀両断するような形で北西から南東に向って川が流れている。
その川辺に森林クラブが生息していた。
「名前が森林っていうから、てっきり水気の無い森に住んでるのかと思ったら、所詮は蟹だったな」
『し、しかし、この森林クラブはこの地域にしか生息していない蟹ですから。他の蟹は海辺にしか生息していないのですよっ』
「何焦ってぽろっとクライアント情報口走ってんだ?」
『あぁぁぁっ。い、今のは聞かなかった事にしてくださいっ』
悲鳴を上げて森林クラブをメッタ刺しにしていく受付嬢。
蟹に同情するぜ……。
森林クラブのレベルは21と、俺たちより一つしか変わらない。
受付嬢の武器はレベル14のままだが、ミドルレア武器ということもあって俺の『ライトムーン・スティレット(+)』と遜色無い攻撃力を持っている。
蟹だけあって防御力は高いが、二人で攻撃すればそれぞれが3、4撃した所で倒せるぐらいだった。
まぁそれもパッシブスキルの『ダブルアタック』があればこそなんだけどな。
「うん、『ダブルアタック』を真っ先に上げておいて正解だな」
『カイト様が真っ先に取ったスキルは『スティール』ではありませんでしたか?』
「いや、それは、その――」
そ、そこはアレだ。転職祝いで貰ったスキルポイントで取ったわけだしー。
もっと言えば『短剣マスタリー』もその時に取ってましたけどー。
「ま、まぁアレだよ。レベルを上げてから貰ったスキルポイントでっていう意味で」
『そうでしたか。確かに『ダブルアタック』を真っ先にお取りになっていらっしゃいましたね。通常攻撃が2回攻撃になるのは、やはり火力の底上げとしては優秀ですね』
「だろ? 盗賊は攻撃スキルが少ないからな。手数で勝負するしかねーんだよ」
スキルレベルMAX5を取れば、通常攻撃が2回攻撃として発生する確率が9割にもなる。
武器として、短剣は片手剣や両手剣、斧に劣ってしまう。それをカバーするためのスキルだと俺は思っている。
まぁ大半の盗賊はこのスキルを取ってるだろう。
取ってなかったら、森林クラブを倒すのに7、8回は攻撃しなきゃならないだろうなぁ。
MPが有り余ってる時には『シャドウスラッシュ』を交えて戦闘をし、目当ての甲羅を集めていく。
残念なのが、確実に落とす訳でもなく、寧ろドロップ率が低いこと。
10匹倒して一つ、手に入るかどうかだ。
「甲羅なんて、普通に考えりゃ絶対残りそうなアイテムなのになぁ」
『普通とは、現実に考えてという意味ですか?』
受付嬢の問いに頷いて見せる。
蟹を料理して食えば、甲羅は必ず残るなんて当たり前だ。
当たり前だが、ここはゲーム内だから仕方ねーよな。
「まぁ100%ドロップとかしてたら、素材が飽和状態になるわな」
『はい。ご理解いただけて何よりです』
「っかしよぉー。失敗したぜ」
『何をですか?』
川伝いに森林クラブを倒しまくりつつ北西に進んで行くこと数十分。
やっと四つ目の甲羅をゲットした所で俺は後悔する。
「甲羅、何個あれば良いのか聞いてくんの忘れてた」
『あ……す、すみません。素材の必要数などは専属の演出スタッフにのみインストールされている情報ですので。ワタクシがそれを知ることは出来ません』
「え? そうなのか?」
申し訳無さそうな顔をする受付嬢は、手近な蟹に向って走っていった。
意外だったな。てっきり情報はNPC全員で共有しているものとばかり思ってたが。
聞いて答えてくれるのか解らないが、俺も森林クラブを倒しつつ尋ねてみた。
『共有している部分と、していない部分とがございます。演出の一環として、専用スタッフのみが所持している情報も多々ありますので』
「生産素材みたいにか」
『はい。プレイヤーの方より、技能ページに無い生産品の素材を尋ねられても、それはお答えできません。お答えできないのであれば、知る必要もないですから』
サポートNPCに素材を聞くより、職人NPCから聞いたほうが確かにらしいっちゃーらしいからな。
へぇー、万能だと思ってたが、そうでもないんだな。
陽がだいぶ傾いてきた頃、素材の甲羅が10個になり、ついでにレベルも21にあがった。
「レベル20から急に上がるのが遅くなってきたな。ヌルゲーはここまでって事だな」
『これまで同様のペースで上がっていけば、容易にレベル99になってしまいますから……』
「ま、そりゃそうだ。っとなればだ、やっぱここいらでステータスを上げておいたほうが良いな。【忍耐】はまだ34だけど、もういいや」
さて、AGIをカンストさせてーっと。余ったポイントはSTRに振るか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
名前:カイト
レベル:21
職業:盗賊 / 種族:ケモミ族
HP:3500 → 3600
MP:870 → 960
STR:28+27 → 37+28
VIT:17+33 → 17+34
AGI:23+29 → 99+31
DEX:15+4
INT:5
DVO:5
LUK:10+1
SP:0
スキルポイント:2
●アクティブスキル●
『石投げ』『足払い』『スティール:LV1』『シャドウスラッシュ:LV1』
『バックステップ』『カウンター:LV1』
●パッシブスキル●
『短剣マスタリー:LV5』『ダブルアタック:LV5』
●修得技能●
【格闘:LV27→28】【忍耐:LV33→34】【瞬身:LV29→31】
【薬品投球:LV9→11】
【岩壁登攀:LV5】【ポイント発見:LV9】【採取:LV13】【製薬:LV7】
技能ポイント:1
○技能スキル○
『巴投げ:LV1』『ポーション投げ:LV9→10』『素材加工:LV5』『ポーション作成:LV6』
『電光石火:LV5→7』『ポーションアタック:LV1』
●獲得称号●
【レアモンスター最速討伐者】【最速転職者】【ファースト・クラフター】
【ファースト・アルケミスト】
◆◇◆◇◆◇◆◇
スキルをどうすっかなぁ。
『にゅちゃんねる』の職業スレ情報にあった『カウンター』は無事に取ったが、『シャドウスラッシュ』もMAXまで取っておきたいし。
この二つがレベル3でMAXタイプか、それとも5なのか。
まぁ『カウンター』のCTが20秒と長めだし、やっぱ『シャドウスラッシュ』を先に上げるべきかなぁー。
なーんて事を考えてると、川面で大きな魚が跳ねるような音が聞こえ、そして水浸しになった。
水も滴る良い男――ダメージ830食らったけど。
「って、どんだけでけー魚が跳ねたんだよっ!」
慌ててタブレットからポーションを抜き取り、一本を即座に飲む。
『凡そ4メートルほどでしょうか?』
川面に視線を向ける俺の後ろで、すこぶる冷静な声の受付嬢が解説する。
その言葉どおり、俺の目に映ったのは巨大怪魚。
いや、なんだろう、これは……世界最大の淡水魚ピラルクのように見えるけど、足が4本生えている。
かなりシュールなビジュアルだが、せめてもの救いは、その足が人間っぽい足じゃなくって、トカゲやワニみたいな足だってことか。
剛毛とか生えてなくて良かったぜ。
何で足なんて生やしたんだろう……書いてる本人が一番謎だ




