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プロローグ

 入院期間は一週間。

 退院してから三か月が過ぎた。

 無断欠勤していたにも関わらず、バイトはクビになるどころか所長からは心配されたし、見舞いも来てくれていた。

 有難いことだ。

 仕事にも直ぐに復帰したが、ネットゲームへの復帰はまだしていない。


 当然といえば当然だが、『Let's Fantasy Online』のサービスは即座に終了。

 また、現在オンラインゲームのシステム管理をAIにカバーさせているタイトルも、管理体制の見直しを余儀なくさせられた。

 まぁ仰々しく言ったが、緊急メンテナンスを行い、AIの管理割合を減らしたというだけだ。

 運営スタッフの人員不足がーというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。


 ネットでそういった話題をチェックしつつ、『Let's Fantasy Online』の交流掲示板から専用のグループチャットを使ってみんなと連絡を取り合い、そして遂にオフ会――という流れに。


 緊張する……。

 地方在住メンバーも、東京観光を名目にほとんどが参加。


 都内の鍋料理屋の個室を貸切って集まったのだが……。


「うわぁ、カイトだけ一目でわかるぅ」

「ねっねっ。ぜんっぜんキャラメイク弄ってないでしょ?」


 集まった視線に思わず個室のふすまをそっ閉じした。


「ちょっと! 早く入ってよっ」

「ぅぁ、ご、ごめん……えぇっとエリュテイア?」


 俺の後ろに立っていた女の子にそう言うと、彼女は口元を抑えて驚いていた。


「うそっ。え、自己紹介もしてないのに、どうしてわかったの?」

「んー、な、なんとな、く?」


 二十歳前後の女の子は、やっぱりエリュテイアだった。

 雰囲気っていうか、確かにゲームのときの彼女とは外見が違うが、それでも瞳の意思の強さというか、勝気な感じ? それは同じだ。

 そのエリュテイアは俺を見て、


「カイト以外の何者でもない顔ね。少しはキャラメイク弄りなさいよ」


 と、リアルナツメとの遭遇時に言われたのと同じことを言う。

 そ、そんなに無修正ってマズいのかよ。


「でも、顔は同じだけど、予想と結構違うかも」

「え?」


 みんなが集まる個室に入りながら、エリュテイアは微笑んで言う。


「だって、全然コミュ障じゃないじゃない」

「え? い、いやいや、すっげー緊張してるって。あんまり人と会話とかしてないし……」


 でも――。

 バイト先の所長にも言われたな。


 カイトくん、何かあったのかい?

 いやね、随分と雰囲気が柔らかくなってるよ。

 他のスタッフとも話をするようになってるし、うん。いいことだよ。


 そんな風なことを言われたな。

 確かに。実際今まで口すら聞いたことのない仕事仲間に、自分から「おはようございます」「お疲れ様でした」と声を掛けられるようになった。

 他の人の仕事も、声を掛けて手伝ってやったり、逆に手伝ってくれる人にちゃんとお礼を言えるようになった。

 まだ雑談に混ざれるほどではないが……進歩だと自分でも思う。


 自分はぼっちだ。コミュ障だと自己紹介していたゲーム内の知人らにしてみれば、確かに拍子抜けされるかもしれないな。


「悪いな、期待通りのコミュ障じゃなくって」


 そうエリュテイアに話すと、彼女は吹き出し、そして俺の背中をバンバンと叩き出した。

 ……今の俺のセリフのどこに、笑うツボがあったのだろうか。

 そして何かを見つけたのか、背中を叩くのをやめると、今度は――。


「ね、ねぇ……鍛えてる、の?」

「え? いや、大したことはしてないけど。腕立て伏せと腹筋を50回ずつ、毎日3セットを適当な時間にやって、懸垂を20回、宙づりでの腹筋を――」

「待ってまって! 十分鍛えてるじゃないっ」


 エリュテイアのその声で、何人かが触らせろと迫ってくる。

 胸板――腹――腕――背中。


「うわー、すっげー。腹筋割れてるぞおい」

「着痩せするタイプね」

「ガリマッチョかよ」

「顔怖いしマッチョだし、ボディーガードにはうってつけね」

「この体型で締め込み姿やったら、そそるやろうねぇ」


 ……こそばゆい。


 そんな感じで俺は弄られまくり、そしてみんなで鍋を囲って過ごす。


 ゲームを始める前、俺が夢見ていた光景がここにある。


 だけどここに、あいつの姿はなかった。


 受付嬢の姿は。






「よし。三次会はこれにて終了! 終電は……ない!」


 という教授の言葉に、酒の入ったメンバーが笑いだす。

 いや、もう何言ってもみんな笑ってるだろ。

 つられて俺も笑ったが、実際笑える状況じゃない。


 終電……間に合わなかった。

 歩いて帰るには遠いし、タクシー使うにしてもお金が勿体ない。


「カイトォ、どうやって帰るぅ?」

「ナツメ、酔ってるな。けどまぁ、どうしようか悩んでる」

「俺んち来るぅ? もっさんとクィント、鋼のおっちゃんに秀さんも泊まるよぉ?」


 ナツメの家は電車で三駅ほど行ったところだという。

 俺は五駅。そこから更に徒歩で30分は歩かなきゃならない。

 一人暮らしではないが、大学生の弟がそれこそ一人暮らしをしているので、泊まるスペースには問題ないという。

 じゃあ……と、泊めて貰おうかな。


 あ、お泊り会なんて学校行事以外では初めてじゃないか。

 き、緊張してきた。

 着替えは? 歯ブラシも買っておいたほうがいいのか?


「そういえばみんな、新作VRMMOのテストプレイを受けないかというメールは来たか? 『Let's Fantasy』の運営会社を吸収合併したところからだったんだが」


 教授が言うメールってのは何のことだろう?


「どうもその新作っていうのが『Let's Fantasy Online』をそのままリメイクしたような作品なんだよ。まぁシステム管理は人間が全てやるみたいなんだがな」


『Let's Fantasy Online』をそのまま……。

 じゃあ……あいつにも会えるのだろうか。

 また……あいつと冒険できるのだろうか。


 そう思ったら俺はいても経ってもいられず、


「ナツメ、悪い。俺、帰るわ」


 そう言って駆け出していた。






 それから半月が過ぎ、とある土曜日の15時少し前。


 久方ぶりとなるヘッドギアを装着しベッドの上に。

 右手はログイン用ボタンに添え、左手には15時1秒前に音が鳴るようセットしたキッチンタイマー。


 キッチンタイマーの残り時間30秒。

 ネットに接続されているのを確認。


 残りタイム10秒前。

 キッチンタイマーのボタンに指を掛ける。


 残りタイム5秒前。

 ゲームへの接続ボタンに触れる。

 

 3……

 2……

 1……

 0――速攻で音を止め、ログインボタンを押すっ。

 ログインサーバーは時間ピッタリに開いた。

 クローズドベータテストとしては、なかなか優秀なスタートじゃないか。


 ん? これはデジャブだろうか?

 まったく同じことを、以前にもやっていたような。


 そう思いながら、暗転した視界が開け、世界が色づき始める。

 そこにあったのは記憶にある受け付けロビーではなく、どこまでも続く草原だった。


 風が吹き、俺の髪を揺らす。


『おめでとうございます。あなた様が最速ログインユーザーでございます』


 そんな女の声がどこからともなく聞こえてきた。

 それがアナウンスだというのは、声の反響具合でわかる。


「最速ログインを果たしたんだ。運営からお礼があったりしないのか?」


 空に向かってそう叫ぶと、やや間があって――。


『ございません』


 っと。

 尚も俺は食い下がる。


「特典無しかよ!」

『ございません』

「そこをなんとか」

『ございませんったらございませんっ』

「頼むよぉー……受付嬢ぉ」


 空に向かってそう懇願した瞬間――。


『何故……』


 そう呟く女の声が背後から聞こえた。


『何故、おわかりになったのですか?』


 何故ってそりゃあお前……。


「声、そのままじゃねえか」


 振り向いたそこに、グレーの長い髪に蒼く澄んだ瞳の……懐かしい女が立っていた。

 俺の知るその女はメイド服を着た奴だったが、今目の前にいるのはOL風のカジュアルスーツを着ている。

 これはこれで、うん……イイ。


『は!? ボ、ボイスチェンジャーのスイッチを入れ忘れておりました。し、仕切り直しを』


 慌てた様子で何かを操作する女。


「相変わらずうっかりな奴だな……」

『仕切り直します』

「だが断る」

『えぇっ』


 あたふたとする女はやがて、俺がじっと見ていることに気づいたのか――。

 顔を伏せ、上目使いでちらちらと俺を見る。


『お、おめでとう、ございます。さ、最速ログインですね』

「あぁ。特典はよ」

『と、特典!? え、えぇっと……お、お待ちください。運営スタッフの方にご報告して、その――』

「友人。俺は以前プレイしていた時にずっと一緒だった、友人とまた冒険がしたいんだ。だから特典はその友人な」


 俺が差し出した手を、彼女はじっと見つめる。

 そして瞳を閉じ、じっと動かなくなった。


 運営会社の奴に報告中かな?

 俺、ずっとこのポーズで待ってなきゃならないのか。


 やがて彼女の蒼い瞳が開かれ――俺の手をそっと握り返す。


『きょ、許可が下りました。そ、その、最速ログインユーザー、カイト様への特典を付与させていただきます。それでは、ワタクシの名前をお決めください。ゲーム内でプレイヤーとして行動を共にするワタクシの名を――』


 微笑む彼女に、俺はずっと言えずにいたあの言葉を口にする。


「あぁ。受付嬢、お前の名前は――リズだ。12月の誕生日石でもあり、お前のその瞳の色でもあるラピスラズリをもじったんだが……どうだ?」


 ネーミングセンスには正直、自信がない。

 だから安直かもしれない。

 それでも、俺はこれがいいと思った。

 思ったから……。


 彼女は俺の言葉を聞いて頬を染め、それから柔らかく微笑んだ。

 気に入ってくれたのか?


『ありがとうございます、カイト様。ワタクシの名は……受付嬢リズ』


 ……はい?


『登録完了いたしました』


 そう言って満面の笑みを浮かべた。


「受付嬢リズ?」

『はい』

「受付嬢も登録したのか?」

『はい』


 どうしてそうなるんだ!

 リズだよっ。リズだけでいいんだよ!


 あぁ……まぁ……いいや。

 こいつのうっかりは今に始まったことじゃない。


『カイト様。それではこちらからもお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?』

「え、お願い?」


 リズはもじもじして、それから上目使いで唇を尖らせる。

 な、なんだ……女としてのパラメーターが伸びてないか!?


『カイト様のことを……カイトさん……と、お呼びしてもよろしいですか?』


 頬を紅潮させそう言う彼女の姿は、どこから見ても人間のそれである。


 あぁ、俺……


 ぼっちは脱却できたが、


 リアル独身は脱却できそうにない、な……。

エタ時期が長かったですし、ちょっと強引な締めでしたが、このラストだけは最初から考えていた終わり方にできました。

もっとコメディっぽく後半部分も書ければよかったな~と思いつつ。

何はともあれ、最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。


3/30:本日書籍版「ぼっち脱却」の発売日です!!

ぜひともお手に取って頂けると嬉しいです><


また、異世界転生・転移の新作「転生魔王は全力でスローライフを貪りたい」もよろしくお願いします。

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