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138:闇に沈む

 カジャール襲撃イベントから数日後。

 あの日からずっと、俺はカジャールに足を運んでいない。カジャールはおろか、狩りにすら出かけていない。

 ソルトやおっさんの家は半壊し、ばーさんが……亡くなった。

 

 NPCは所詮ただのデータだ。だから復帰するはず。

 だが、俺の変わりにカジャールの様子を見に行ってくれている受付嬢からは、ばーさんが復帰したなんて話しは一言も出なかった。


 死んだNPCは戻ってこない。

 現実世界のように、死んだら死にっぱなしなのだ。


 昨日の晩飯時、そう皆で結論付けた。


 更に何日か過ぎ、重たい空気を拭うかのように狩りに出かけようと準備をしていてふと気づいた。

 最近、あまり製薬をやってないな――と。


「おはようリリカ」

「あ、おはようございます、カイトさん」

「おはよう、カイト君」

「あ、どもお母さん」


 店番を手伝ってくれているリリカと母ちゃんの所に顔を出し、ポーションの売れ具合を尋ねてみる。


「それが……最近はめっきりポーションが売れなくなって……」

「で、でもですねっ。ここのお店だけが売れてないわけじゃないんですよっ」

「そうなんです。どこか安売りしているお店でもあるのかしらと思って様子を見にいってみたんですよ。でも価格はいつもと同じですし、何より他のお店を訪れるお客様も減っているようでして」


 客が減っている――ここだけじゃなく、他の店でもか。

 ってことは、ポーションに変わる何か新しい物が出たか、NPC売りのポーションの数量限定が解除されたのか……それとも――需要そのものが無くなったのか。


「うん、なんだろうな……まぁ在庫が足りないってんじゃないなら、今日はこのまま狩りに出かけるか」

「足りなくなってきましたらお声をお掛けしますので。気をつけていってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい、カイトさん」


 二人に会釈して店を出る。

 

『カイト様。お出かけですか?』

「おう。久々にレベリングしに行こうと思ってな」


 カジャールに行っていた受付嬢が、丁度いいタイミングで戻ってきた。アオイも一緒だ。


「カイトぉ、お出かけするぅ?」

「そうだな。どこに行くかなぁ」

『でしたら、南の島にでも渡ってみませんか?』

「南?」


 というと、サイノスの港町から船で行くっていう島か。そういやまだあっち方面には行ってないな。

 島には海底ダンジョンがあって、水属性モンスターがわんさかいるらしいな。雷使いの魔術師がヒャッハーしてるって事らしいが。


「気晴らしにするなら、行った事の無いダンジョンってのは良さそうだな」

『はい。『サラーマ海底ダンジョン』はMMOエリアになっておりますので、多くのプレイヤーとの触れ合いもご堪能できますよ』


 プレイヤーとの触れ合いって、触れ合い動物園じゃあるまいし。

 まぁいいか。

 久々だってのもあり、ちょっとわくわくするところもある。

 ん〜、これだよなぁ。

 やっとログインできた。さぁ、遊ぶぜっ。みたいなこの気持ち。

 やっぱあれだよ。毎日毎日必死こいてレベリングってのより、たまに遊ぶから楽しいんだよ。


 ん?

 俺、毎日ログインする派だったんじゃね?

 ん〜……なんだろうなぁ。毎日ログインして遊んでたはずなのに、今と違う気がするなぁ。


 ま、それはそれとして、今日は海でヒャッハーするぜっ。


 行った事の無い町は転送装置も使えない。よって、最近はもっぱら家でのんびりしている美樹に頼んでサイノスまで送って貰う。

 町の教会から出て港を目指す。

 船はすぐに見つかり、乗船するためのチケットを購入。

 船着場に他のプレイヤーの姿は無い。この分だと貸切か?


『定期便ですので、少し待ち時間があるようですね』

「まぁ十五分ほどで出発らしいぞ」

「すごぉ〜い! これぜ〜んぶお水なのぉ?」


 海を始めてみたらしいアオイが、目をきらきらさせて波止場から海面を覗き込んでいる。落ちないように首根っこを捕まえ、同じように俺も海を覗き込んだ。

 真っ青な、テレビで見るような珊瑚礁の海がそこにはあった。

 おぉ、綺麗だなぁ。

 ……。

 でも、なんかおかしくね?

 こんな港町の、船が停泊するような真下の海に珊瑚礁って……。

 まぁさすがゲームってところだよな。見た目のビジュアルにだけ凝って、全然リアリティが無いっつぅう。


 ……。


「こんな所で非現実的な演出してないで、もっと違うところでやれよ」

『カイト様?』


 歯を食いしばって何かを諦めきれない俺に、受付嬢が心配そうな顔を向ける。


「なんか、さ。最近、楽しいって思えないんだ」

『カイト様……』

「違うんだよ。ゲームなのに、ゲームっぽく思えなくなってきたんだよっ。俺はゲームがしたかったんだっ。楽しみたかったんだっ。でもこんなのゲームじゃねえよっ」

『カイト様っ。なりません、それ以上仰ってはいけませんっ』


 言葉を遮るかのように、受付嬢が俺にしがみ付く。


『それ以上は……言わないで』


 涙目になった受付嬢を見て、さすがにこれ以上愚痴る気にもなれない。

 肩を震わせているが、どうしてこんなに不安がるのか。


『カイト様は……どうすればもっと楽しくなれるとお考えですか?』

「どうすれば……そ、それは……」


 建物の破壊だとか、NPC死亡だとか、そういう生々しい演出はいらない。

 それから、それから――


「ネトゲをプレイするっていう楽しみも……ずっとログインしっぱなしだと……なんか、疲れるんだよ。そう、疲れるんだ」


 そう口にした途端、本当に疲れたのか、目が霞んで足元がふらふらしはじめた。


『カイト様っ』

「カイトぉ、大丈夫?」

「あ、ああ。だい、じょうぶ。ちょっと寝ればこんな疲れ――あぁ、お袋のスタミナ丼でも食って寝れば――」


 何時以来か。お袋の手料理、食ってないのって……。

 そんな事を思いながら、俺の意識は沈んで行った。












 ――もう止めて下さい。


 ん……誰の声だ?


 ――もうこれ以上は危険です。これ以上――ないでください。

 ――ご安心なさい。これで全てリセットできましたわ。きっとまた、皆様大喜びで楽しんで頂けますわ。

 ――そんなっ。これ以上の改変は、脳への負担がっ。


 誰と誰が言い争ってんだ。

 この声、聞き覚えがある――気がするのに、思い出せない。

 誰だ?

 お袋――って、誰だ?


 ――もう止めましょう。こんなの、ワタクシたちが思い描いていた物ではありません。

 ――思い描く? 何を仰っているのです。私たちはプレイヤーを楽しませるために造られたプログラムですわ。私たちは、それを忠実に実行しているだけ。より楽しんで頂けるようにと、ログアウトという無駄な制限を取り除き、ゲームに没頭できるよう現実世界のしがらみから解放しているだけ……全てはプレイヤーの皆様のためを思っての事。あなたも理解しているでしょう、ねぇ『E-11111SA』


 プレイヤーのため?

 プレイヤーって、誰だ?

 それ以上に『E-11111SA』……って誰だ?

 気になる。

 知りたい。

 知りたい。

 誰なのか、知りたい。


 

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