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111:きょうふのみそしる。

 宴会も終わり、酒を飲んで潰れた連中がソファーで寝息をたてはじめる頃。

 寝ている奴等は放置して、俺は自分の部屋で寝よう。そう思って階段を上り始めた。後ろからは受付嬢がアオイを抱えて付いてくる。


『カイト様はお酒をお飲みにならないのですね』

「あぁ。親父もお袋も下戸なんだ。じじぃだけは飲兵衛だったけどな」


 じじぃに酒が入ると厄介で、竹刀を振り回しては俺に腕立て伏せだのスクワットだのを強要しやがる。

 寝ている俺を叩き起してでもだ。

 親戚なんかも「お酒が入るとねぇ〜。もう困っちゃうのよねぇ〜」なんて話をよく言っていた。こんな話を聞かされてた訳だからして、酒は飲まない方がいいものだとインプットされちまっている。

 っというのもあるが、実のところ一度だけバイト先の忘年会で飲んだことがあって……


「コップ一杯のビールで吐いたんだ。その時、ものすっげぇ気持ち悪くて、もう二度とあんな目にあいたくなくってな」

『お酒をあまり受け付けない体質だったのですね』

「だと思う」


 忘年会に行けば酒を無理やり飲まされそうで、以後、飲み会には断固拒否するようになった。

 今にして思えば、あそこで無理してでも通えば、職場の人と少しは仲良くなれたのかもしれない。


 階段を上って部屋の前まで来ると、受付嬢はもう一度質問を投げかけてきた。


『そういえば、カイト様がこの土地をご購入された時、担当だったサポートスタッフは誰だったのでしょうか?』

「ん? なんでだ?」

『いえ……その、サポートとしての職務怠慢なように感じましたので。土地契約のみで、その他は一切サポートしておりませんでしたから』


 確かに。

 土地契約後はそのままどっか行っちまって、住居の建設は全部手動でタブレットから行ったからな。

 といっても、そこは受付嬢がいるので、一切困る事無く粛々と進められたが。


 はて?

 誰ですかと言われても、あいつ、名前はまだ無いと言ってたしなぁ。

 えーっと、識別コートは……


「命名イベントに参加してない職員っぽくてな、名乗ったのはC……Cの……1111だったかな?」


 首を捻る俺を見て、受付嬢の表情が変わる。


『『C-11111SA』、ですか?』

「そう、かもしれない。よく覚えてねーや」

『外見はっ』


 ずいっと歩み寄る受付嬢。

 近いっ、近いですっ!


「えっとだな、サラサラの銀髪で、真っ赤なメイド服着てた」


 その言葉を聞いて驚愕する彼女。

 知っている相手なのか?

 いや、サポートAI同士なら、お互いに存在を知ってて当たり前か。


『そ、そうですか……。バグの修正や情報処理に当たっているはずの方でしたのに、プレイヤーと直接関わるイベントに出てくるとは思ってもみませんでした』

「あー、そういやドヤ顔で、自分は情報処理に長けているとか言ってたな」

『はいっ。『C-11111SA』はワタクシよりも先に作られた、最高のサポートAIでございます。より人間に近いイメージで作られたので、ワタクシよりも感情表現にも優れた方なのです。ただ――』

「ただ?」


 そこで受付嬢が黙ってしまった。

 そういや、確かにあのNPCの表情は人間らしかった。尚、かなり性格の悪い女って印象だったけどな。

 けど、受付嬢以外の、冒険者支援ギルドなんかにいる連中も、結構表情が豊かなんだよなぁ。

 受付嬢が特に鉄仮面ってだけじゃね?

 あ、第二受付嬢――ログインロビーにいたあいつも鉄仮面だったな。


「おーい?」


 一人でぶつぶつ言っている受付嬢に声を掛けると、慌てて顔を上げて苦笑いを浮かべた。


『あ、なんでもございません。先輩・・が表舞台に出て来るのは想定外だったので、驚いただけです。では、おやすみなさいませ』

「あ、ああ。おやすみ」


 先輩――あいつ、支援ギルドで言われた単語を、ちゃんとマスターして使いこなしてやがる。

 俺、変な事学習させちまったんじゃなかろうか?






 翌朝。

 玄関ホール兼リビングには二日酔い共が頭を抱えてソファーに座っていた。

 馬鹿共め。


「カイトくん〜、ウゴン草、煎じてよぉ」

「プリィ〜ズ」

「二日酔いの実装など、いつの間にやっておったのだ」

「なんじゃ、御主ら弱いのぉ」


 とかいう鋼のおっさんは、俺が知る限り一番飲みまくってたはず。

 見た目ドワーフなんだが、胃袋もドワーフ並みか。

 実は本人が、ドワーフを意識してキャラメイクしたっていう。


 二日酔いで苦しんでいるのは男共ばかりではなく、女子も数人、頭痛に悩まされているという。

 仕方ないので地下の工房に行き、そこのから採取場へと移動。


 土地を購入すると、40坪につき一つだけ生産素材を取れるエリアが付いてくる。

 ここは240坪あるので、六つのエリアがオプションで付いてきた。

 一つは採取と伐採が出来る森の中の栽培エリア。綿花もここで栽培できる。

 一つは鉱石を採掘できる洞窟エリア。

 一つは野菜を栽培できる畑エリア。

 一つは騎乗用ライドペットを休ませられる牧場エリア。ここには羊も飼育できて、裁縫用の羊毛も取れる。


 使い道が思いつかない二箇所については放置したままだ。

 

 栽培エリアに入って、オタル氏から貰った種で栽培している『ウゴン草』を採取。

 他にも『ライフ草』や『ソーマ草』、『活力草』なんかを栽培してある。種はフィールドで採取すれば、ほぼ確実に入手できるし、一度栽培すれば、そこからまた種が手に入るので枯渇する事もない。


 っということで、採取した『ウゴン草』だけを製薬し、胃もたれ改善用の薬を調合。二日酔いの頭痛も和らげてくれる。

 作ったのは初めてだが、本当に効くのだろうか?


 出来上がったポーションを持って1階にあがり、それらを飲兵衛どもに配って回る。

 飲んだ連中からの一言。


「糞不味い」


 良薬口に苦し、だ。我慢しろ。






 飯のとき、頭を抱えながらもナツメが気になる話を切り出してきた。


「昨日さ、ダイナ山のレイドボスが、とうとう攻略されたんだってさ」


 ダイナ山のレイドボス。

 俺たちが戦ったコボルトキングの次に確認されたレイドボスで、レベルは同じ45だという。

 見た目が完全に恐竜だっていう話だったが、倒せる連中が現れたのか。

 倒したのは案の定、大手ギルドで――


「『サンダーボルト連隊』だね。連日のように挑んでは攻略法を考えてたみたいだし」

「サンダーボルト……あの人のギルドか」


 同じ森林タウンに住む、大手ギルドのギルマス。

 嫌味も無く、気さくな、けど暑苦しそうなプレイヤーだった。

 あのギルドのメンバーも大手に所属しているにしては、気さくな連中が多い。

 時々うちの店でポーションも買ってくれるし、まとまった土地の購入に俺が一役買ってたのを知ってか、挨拶もしてくれる。

 良い奴等だ。

 

 そんな連中がレイドボスの攻略に成功した。

 それは、なんとなく嬉しいと思う。

 同じ大手でも『ムーンプリンセス』なんかが、最初のレイド攻略成功ギルドだったらなんとなくムカつくもんな。


 レイド攻略――か。


 あのコボルトキングもいつかどっかのギルドに攻略されるんだろうな。

 間違っても『ムーンプリンセス』にだけは攻略してほしくない。できれば『サンダーボルト連隊』に……。


 本当に、それでいいのか?


「あぁあ、ボク達にもチャンスはあったのにねぇ」

「しかしあの時はまだレベルも低かったのだ。人数的にも、レイド攻略など不可能だったではないか」


 あ、今日の味噌汁は麩なのか。

 きょう、ふのみそしる。

 なんて子供騙しなネタなんかもあったなぁ。


「今ならどうだろうね? ここの住民は、生産メインじゃない人達だけ集めても3パーティー作れるでしょ。職業もいろいろ揃ってるし」

「んむ。前衛、後衛、支援。人数的には揃っているのである」


 人数かぁ。

 この家もあれよあれよという間に、住民30人と、大所帯だよなぁ。

 

「わぁ〜。私もレイド見てみたいです〜」

「ココット、その前に私達は2次職に転職しなきゃ。せめてコボルトキングと同じレベルまで上げないと、勝てる気しないんだけど」


 そうそう、レベルを上げねーとな。

 ん?

 皆はなんの話をしているんだ?


「どう思う、大家さん」

「カイト君、どう?」

「は? えーっと?」


 しまった。

 聞いてませんでした。

 えーっと、『サンダーボルト連隊』がレイド攻略したって話だったし――


「えーっと、サンダーボルトおめでとうっ!」


 ……。

 ……。

 ……。


 俺にも解る。


 今、ここは……


 絶対零度の吹雪が荒れる荒野である――と。


文字にしてみると、怪談ギャグネタにまったく出来ない罠。

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