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断章 H・O・Lの自動生成メモリ①

これは飛空艇に格納された、魔脳マリアの母体デバイスの自動生成メモリ記録。

自動生成という特色上、真偽の特定および、生成元となったデータの参照は難しい。

しかし、H・O・Lは魔脳マリアの調教ドレナージュのため、常に収集したデータの学習および、それによるメモリの生成を繰り返していることが判明している。

当記録は、その経過の一部である。

 長い金髪が陽の光に反射し、蜂蜜のように輝く。

 ルルイエの王族のみが閲覧できる資料閲覧室にて、何冊もの本を開きっぱなしにしたまま、黒いドレスを着た華奢な少女が机に突っ伏していた。

 普段の強気な様子とは打って変わって、あどけなさが垣間見える表情。

 痩せた首元からは鎖骨が痛々しいまでに浮かび上がっている。

「んん……」

 赤い唇がわずかに吐息をもらした。長いまつげをたたえた目が閉じられたまま、苦しげに眉根を寄せる。

 一体、どんな夢を見ているのだろう。

「行かないで……。私の、英雄……」

 その言葉を聞いて、私はひどい落胆と共に激しい衝動を覚えた。

 ――全て、塗り替えてしまいたい。

 彼女の小さな手が救いを求めるようにわずかにさまよう。私は白い手袋を身に着けた手をそっと伸ばし、その手を握った。

 わずかな手袋の障壁が、ひどく邪魔に感じた。いつでもこれが、絶対的な距離を作り出しては立ちはだかる。

「……!」

 びくりと身を震わせ、彼女が身を起こす。

「驚きましたわ……。アーサー様。私、いつの間に?」

 握られた手をこわごわと見つめ、彼女は頬を赤らめながらも、ひどく真面目な口調で言った。

「あの、こういった接触は不適切かと。私達の婚姻は、形だけの白い婚姻ですし」

 私は軽い言い訳をする。

「ごめん。君がうなされていたから、とても心配だったんだ」

 そう言って、もう一度だけ少し強めに手を握ってからゆっくりと離す。

 その仕草に違和感を覚えたのか、彼女は何かを問いかけるようにこちらを見た。

「何?」

「いえ……お気遣いいただいてありがとうございます。できれば今後はこのようなことがないように気をつけますので」

「そんな必要はない。十分色々やってくれているじゃないか。忙しい国務に勉学、魔脳との対話による国防新技術考案、魔脳信仰派と亡神信仰派の対立を抑えるために毎日立ち回ってる」

「それが義務ですから。資料も魔脳デバイスも豊富なルルイエに来られてよかったですわ。いずれ祖国に帰ってからも、この知識は役立ちそうです」

「本当に、帰るのかい?」

「もちろん帰ります。ルルイエで独自議会を立ち上げ、宗教対立を抑えられたあとはもう、やることがない。私がルルイエにいることは、あなたにとっても、私にとってもメリットがないでしょう。いかに早く離婚できるかが私たちの課題ですわよ?」

 最後は少しだけ、いたずらっぽく言った。

 そう……いつでも異常なまでに、彼女は正しい。

 あらゆる欲望も感情も一切無視して、ただ過去に自分を救った『英雄』のために生きようとしている。

 その正しさが、狂おしくも私の心をかき乱してならない。

 思わず、言葉が漏れる。

「寂しいな」

「冗談をおっしゃらないで。もうしばらくで、ルルド様に御子が誕生するのだから、もっとしっかりなさったら?」

「ろくに自覚が持てないよ」

「それではダメです。父親は、子供を守るような人間でないと」

 そう言った紫の目は、少し寂しげだった。

 どこまでも深い孤独の中に、彼女は生きている。

 現実では決して得られなかった絶対的な愛を、今も幻の中に見続けているのだろう。

 思わず、問いかけの言葉を投げかけた。

「ヘレナ。私はまだ、君の思う英雄でいられているかな?」

 彼女は戸惑ったように私を見る。

 きっと、彼女なら私の望む答えを告げてくれる。

 そのかわいらしく、誇り高い唇が開くのを待った。


 覚えておきたいのは、最も甘美な瞬間だ。

 人の記憶など、所詮はすべて都合のいい妄想の貼り合わせではないのか?

 そうでないと、この世界に生きてなどいられるはずがない。

 だから君の言った言葉を、君のまなざしを、私は……永遠に忘れない。


********************************

 ザザッ……。

 …………。

 …………。

 月明かりが照らす夜の回廊に、一人の少女が佇んでいた。

 青白い肌を包む黒いドレスの上に垂れた、絹のような金髪がまばゆく光る。

 十七歳ごろの、まだあどけなさを残す顔立ちに浮かんだ、美しい紫の目がそっとこちらを見つめる。

「こんばんは……。あなたは、誰?」

 無垢な口元があいまいな微笑みを作る。あらゆる熱情も、軽蔑もそこにはない。

 だが、痛々しいまでに痩せた肩と、壊れそうなほどに華奢で細い腰がまぎれもなく『彼女』だと感じさせる。

「……もしかして、答えたくないの? だったら構わないわ。でも、お願い……」

 少女は静かにこちらへ近づいてくる。

「しばらくの間、私と話をして。あなたもきっと、寂しいんでしょ? 私も、一人きりなの……」

 少女に向かって思わず伸ばした手を引き込める。

 細い肩に触れたい。抱きしめたい。

 だが、触れてはいけない……決して。

 少女は少し戸惑ったように問いかける。

「ねえ、私が待っていたのはあなた? それとも、誰か……」

 いつまでも輝き続ける彼女はあまりにまばゆく、毒のように私の心を壊しては、満たしていく。

 このままでいてほしい、ずっと……全てを知らない、無垢のままで。

「知らなくていい。何も……」

『ヤメテ! モウワタシニ……コンナコトヲサセナイデ!!』

 魔女のノイズが響いてきてうるさい。

 そろそろまた、調教ドレナージュしなくては。

 目の前の無垢な少女は不思議そうに首をかしげる。

「君は知らないままで、いてくれ……何も……。私のマリア」


 ブツン……!

 薄暗い飛空艇の中、青い振りペンデュラム型の水晶碑……かつての魔脳マグダラに成り代わった人造の魔脳マリアが答えを失い、バベルトの書かれた文字盤の上を揺れ続けている。

 水晶碑の中の生成メモリ再生機能が外部干渉によって途切れた。

 慰めの記憶さえも、許されないのか?

 足音もなく、真っ黒な渦が飛空艇の空中に生まれる。そしてそれはやがて人の姿を取った。

 左半身は赤いドレスを着た長い銀色の髪を垂らした少女、右半身は黒い礼服を着た黒髪の少年の姿というあまりにも奇怪な半陰陽の存在……。

 その者は少女と少年の声が重なり合ったような不思議な声で水晶碑に問いかける。

「やア、H・O・L。彼女マリアとうまくやってル?」

『義務は……調教ドレナージュは果たしている。取得したデータもすべて渡そう』

「本当ニ? 彼女、嫌がってるんじゃなイ? キミのこト」

『要件は』

「様子を見に来ただケ。わかるだロ? ぼクたちはとっても暇なんダ。うっかりすると、すべてを壊したくなってしまうぐらいにネ」

 水晶碑は青白い光を放ちながら沈黙する。この半陰陽者に対しては、答える全ての言葉に意味がないと理解しているためだ。

『まあいいサ……。退屈させないように、うまくやってヨ』

 再び黒い渦が生まれて半陰陽者を呑みこんで、そしてゆっくりと……消えていった。


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