僕たちのお葬式
偽物とか偽物じゃないとか、今重要なのはそういうことじゃなくて。
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webマガジンコバルトの編集Hが独断と偏見で選ぶ ベタだって好きなんだもん! 小説賞に投稿した話になります。
星が降り注ぐ夏の夜だった。
「死ぬほど暑いね」
「やっぱり八月に冬の制服は無謀だったのでは?」
「まあでもこれから暑いのも寒いのも分かんなくなるわけだしいいんじゃないかな」
「それもそっか。……ね、流れ星綺麗だね」
「うん。流れ星ってか隕石だけど。これだけ流れてたらお願い事し放題だよね」
「星が弔ってくれてるみたい。地球を弔っているのか私達自身を弔っているのか、ねえ、どっちなのかな」
「うーん。あんまり変わらないとおもうけど」
僕達学生の正装は冬仕様の制服だ。僕の通っている学校は男子は学ラン、女子はセーラー服が指定の学生服になる。冠婚葬祭には隙なくそれらを着て、僕達は祝い事に出たり弔い事に出たりするのだ。
冬場はともかく、夏場はかなりキツかったりする。冷房が効いているところならまだしも野外とかだったら最悪の一言に尽きる。
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世界があと一年で終わってしまう。そんな嘘のような本当の話がマスメディアによって明かされたのは一年前のことだった。
その日を僕はよく覚えている。聴く人を不安にさせる警戒音と画面上部に出てきた緊急速報に、僕は思わず「あれ、エイプリルフールって今日だっけ?」と呟いてしまった。それからすぐにスタジオ内が騒がしくなったのだ。
政治家の失言やら有名人の不倫がどうこうだとか。いち男子高校生の僕には非常につまらなく思える内容へ、適当で無難なコメントをしていたアナウンサーたちが、みんな強張った顔になった。スタジオ内の騒がしさは収まらず、その騒がしい中、彼らのうちの一人が画面に映し出された。
神妙に、それでいて焦燥的に。彼はそれを読み上げた。
「速報です。WSNOが先ほど、巨大隕石が一年後地球に衝突することを発表しました。詳しく情報が入り次第、お伝えします」
いわゆる国の上の方の人間はもっと前に、僕ら一般市民が知る前にその事実を知っていたのだと思う。だけれども、国の偉い人たちは混乱を避けるために箝口令をしいていたのだそうで。そして秘密裏にヒトという種を存続させるための研究を行なっていたらしい。
ヒトという種が誕生してから幾星霜。科学技術は驚くほど発達した。しかし、その科学技術も今回の巨大隕石の衝突から地球を守るレベルに至らなかった。なら大人しく人類は、この惑星の生物は滅びの一途を辿るのか?答えはノーだ。
生き物には、種を残そうとする本能が備わっている。ヒトも例に漏れずそうだ。他の生き物よりも脳みそが発達しているぶん、ヒトは他の生き物には到底できない選択をした。
それは自分たちの住む土地を、惑星を、捨てるという選択だった。いち早く人類の危機を察知したWSNO(WSNOとはワールドスペース……あれ、ワールドスペース……駄目だ二年の頃に現社で習ったはずなんだけど忘れてしまった。とにかく世界中の宇宙に関する技術の粋が集められる感じの機関である。だったような気がする)が巨大な宇宙船団を開発した。
地球の生態系をそのままそっくりその中に展開しているらしい巨大な宇宙船団は、それぞれが地球から旅立ち、第二の地球となる、地球に似た惑星に向かうのだそうだ。
逃亡の準備は整っている。行き先にも問題はない。問題は誰が乗るか、だった。乗り物には積載の限度ってものがある。いくら巨大な宇宙船でも人類全てを載せることは不可能だ。
まず宇宙船に必要なエンジニアとそのエンジニアの健康を管理する医者や、それらの関連職に就いている人間が優先的に選ばれた。次に優先的に選ばれたのは衣食住に関するプロたちだ。特別枠ってやつになるのだと思う。
そして一般枠。それぞれの国々の人口の何割かが平等に、老いも若きも性別も関係なく。ランダムに、選ばれることになっていて、僕の生まれたこの日本では二百万人がこの一般枠に入れる。確か、この国の全人口の約五パーセント。
「宝くじを買うよりずっと当たりやすいって何かすごいよね」
「ホントだよね」
「日本一の大学に入るより宇宙に行く方が容易いなんて」
「そうだよね。天野君が選ばれちゃうくらいだし。あ、ポテチ開けるけど食べる?」
「食べる」
各駅停車の鈍行列車の中。ボックス席に向かって僕と彼女はその必要がないのにも関わらず、高校の夏季制服をきちんと着込んで座っていた。世界の終わりが告げられてから、もう十一ヶ月とあと少しほど経つ。十一ヶ月とあと少しの間に色んなことがあった。
選ばれた人と選ばれなかった人がいる。生まれたのは歓喜と絶望だった。割合的に多かったのは絶望だったと思う。だって選ばれた人間が少なすぎる。愛する人たちとの離別があった。死に向かうしかない未来への絶望があった。
初めのうちは、各地で暴動が起きた。理不尽な終わりに対する怒りから起こったものだ。けれど怒りは長くは続かない。だって怒ることはすごくエネルギーを使う。うんうん。怒るのって疲れるよね、わかる。
そんなこんなで終末が近づくにつれて人々は疲弊し、そして怠け者になった。会社に行かない会社員が増えた。だから休みになる会社が増えた。学校に行かない学生が増えた。だから学校側は休校にするしかなかった。会社や学校は生きるために必要な場所だ。これからを生きられない人間にそれらは不要な場所になった。そんな訳で人間社会は呆気なく崩壊したのだ。生活に必要な機関以外はもうほとんど機能していない。
さて、終わりに向かうしかない人類が何を望むのか。より良い最期を迎えたい。それが選ばれなかった人間のささやかな願いだった。
終わりまで精一杯生きる人がいる一方で、終わりを待たずに自ら命を絶つ人もいた。後者は主に大切な人との離別を悲しんだ人々がその道を選んだ。恋人の片方が選ばれた人。子どもだけが選ばれた人たち。逆に両親だけが選ばれた人。僕の身近にもそういう人たちがいた。
「平等って何だろうね」
「なかなかに深遠で哲学的なテーマだね」
「適当に生きてた僕たち高校生には答えを出せなさそうなテーマだよ。これから数十年生きても解答が見つからないかも」
「いやいや数十年どころか私たち数時間しか生きられませんよ」
貸切の五号車で、どっと二人ぶんの笑いが巻き起こる。世紀末ジョークである。うん、まぁ別にそこまで面白くはないんだけど。
僕は無作為に選ばれた内の一人で、僕の父親と母親は選ばれなかった。両親は僕が生き残ることに泣いて喜んで、それから数ヶ月は何事もなく過ごした。
けれどつい一週間と三日前のことだ。両親は僕の前から忽然と姿を消した。置き手紙には数日分の食費と僕をどれだけ愛しているかが記してあった。僕は両親を探せなかった。手紙に記してある言葉全てが両親の愛だと分かりつつも、僕は世界で一人きりになってしまったような気持ちになった。
僕の目の前に座る彼女は、逆に無作為に選ばれなかった内の一人だ。彼女の両親は泣いて悲しんだらしい。彼女の家には彼女と彼女の両親、それから、まだ保育園にも通えないような小さな妹がいる。今回選ばれたのは両親とその妹で、彼女だけが選ばれなかった。一家心中でもしかねない両親をどうにかこうにか説得して三日前に彼女は家族を送り出した。彼女もまた、僕と同じで世界で一人きりなのだった。
一人きりの僕たちは休校してしばらく経つ学校でばったり出会った。全くの偶然だった。家にいても虚しくて、だから僕は図書室に逃避していた。そんな僕の逃避場所に彼女はもう返す必要のない図書を返しにきたのだった。
立花さん。クラスメートの女の子で、多分一回だけきちんと話したことがあるくらい。僕と彼女は決して仲が良いわけじゃなかった。
その必要がないのに隙なく違反なく着込まれた夏服のセーラー服は彼女の性格を表していた。貸出カウンターで図書委員然として座っている僕を見て、彼女は変なものを見るような表情をした。
「天野君って図書委員なの?」
「違うけど、図書委員がいないから臨時図書委員やってる」
「先生は数人しか学校に来てないし、生徒なんかもっと来ないでしょ。意味あるの?」
彼女の歯に衣着せない言い方が僕のささくれたハートのささくれをペリッと剥がす。地味に痛い。僕はむっとして言い返した。
「……それを言うんなら、本を返しに来るのだって意味ないと思うな。あと一週間ちょいで世界が終わるんだから」
数秒見合って、僕らは笑った。笑いのツボが合うらしい。世界が終わる一週間と三日前に発見した新事実だった。
それから四日だか五日間だかはどちらともなく図書室に通って話をした。他に人がいないから意味がないと分かりつつも、私語厳禁の場所であるから、あんまり声が大きくならないように僕たちは語らった。あまり放映しなくなったテレビの話や極端に数が絞られた新刊の小説本の話、それから世界の終わりの話をした。
僕は僕の身の上に起きたことを話し、彼女もまた、彼女の身の上に起きたことを話した。似ているようで似ていない境遇だった。共通していたのはお互いがお互いに世界で一人きりというところだけだ。
「私たち、気が合うね。彼氏彼女ごっこでもする?」
「なんでごっこ?」
「だって不毛じゃない。どうせ物理的に別れなきゃいけないんだし」
「そうかな」
「そうだよ不毛の極みだよ。悲劇のヒーローとかヒロインじゃないんだから」
「……どうせ悲劇のヒーローになるんだったら僕が立花さんに、宇宙船に乗る権利を譲渡出来たら良かったのに」
ふと口に出してしまった僕の無神経な言葉は、彼女の耳に届いてしまった。彼女は少し驚いたような顔をしてから、僕をじっと見つめたあと、ふにゃっと情けない笑みを零した。
選ばれた人間は選ばれなかった人間へその権利を譲渡することが出来る。ただし、その権利を譲ってもらうには目も眩むような数字のお金が必要だった。その人の未来を奪うことに対して支払われるお金らしいけど、僕にはよく分からない。
立花さんの笑みを見たとき、僕は形容しがたい気持ちになった。そして一晩ほど色々考えて、これまで生きてきた十八年間で初めて遺書というものをしたためた。高校受験ときに書いた出願書類よりも丁寧に、どんな書類を書くときよりも丁寧にしたためたそれは僕の決意の表れだった。
遺書を役所に持って行って、僕は権利を放棄した。権利の譲渡先は小さな女の子で、その女の子の家は三人家族だった。娘さんだけが選ばれなかった家だ。その家のお父さんとお母さんは泣いて喜んで、僕のあるはずだった未来をお金に換えて感謝した。ほんと、平等ってなんなんだろう。
貰った大金を通学用のリュックと銀行の通帳に分割して詰めた僕は夕暮れのオレンジ色で満たされた図書室に駆け込んだ。そして貸出カウンターで深海をテーマにした写真集を枕に眠りこけていた彼女を叩き起こした。
「ねえ、立花さん。泊まりで旅行に行こう」
「え……?そんな、早くない?もうちょっと段階を踏んでからの方が良くない?」
「段階とか踏んでる間に僕らお陀仏だよ。ってか寝ぼけてないでしゃきっとして!」
「はぁーい」
寝ぼけ眼の立花さんはぼんやりと僕を見る。しっかりと目を合わせて僕は勢いのままに言葉を吐き出した。
「立花さん、二重の意味で付き合って下さい!」
「……は?」
「僕は立花さんが好きです。だから一緒にデートがしたいです。行き先は、」
彼女が枕にしていた本をちらりと見やる。
「遠くの海で!」
アドレナリンがどばどば出ているであろう僕を前にして、彼女は若干引きつつ、呆気にとられながら、流されるように、こくんと頷いたのだった。
国内でも国外でもどこにでも行くことは出来る。何せ今の僕には身に余るくらいの大金があるし、今日日の移動手段はとても発達しているから、すごく頑張れば世界が終わるまでの三日で世界の主要都市弾丸旅行だって出来る。でも僕は大金をパアッと使えるような豪快な性格ではないし、立花さんもどちらかというと大人しい性格だったため、今回の旅行では国内を見ることに決めた。
三日あれば日本国内の主要都市は大体回れる。世界の主要都市が三日あれば回れるんだから国内なんてもっとだ。しかし僕らはひたすらにナンセンスを求めるタイプの人種であるようで、
「全移動を高速鉄道に頼るのは情緒が無いと思わない?」
「確かに。景色あんまり見えないし、効率を求めすぎてるよね」
「途中まで高速鉄道に乗って、それから鈍行列車に乗ろっか」
「もしや天野君って天才?」
てな感じで鈍行列車に乗ることになったのである。
「もっと褒めていいよ、立花さん」
「調子に乗らないで、天野君」
半笑いで怒られた。
それは本当に必要だったのか?と問われれば首を傾げることしかできないのだけど、一番初めにテーマを決めることと相成った。そして侃侃諤諤の二人会議の結果、この旅行はめでたく二人修学旅行というテーマになった。修学旅行だから二人とも制服を着るし、旅のしおりだって作る。ちなみに今回手作りした旅のしおりは小中高の修学旅行のしおりを参考にした気合の入ったものだ。ナンセンス具合を競い合う競技があったなら、僕たちは優勝できていたかもしれない。
早朝の薄暗い中、旅に必要なものをリュックサックに詰め込んで僕たちは落ち合った。長い旅路になるから本当に必要最低限のものしか持ってきていない。出先で買えて使い捨てられるものは極力買ってその場で捨ててしまうつもりだった。ささやかな贅沢である。
「今日はよろしく、彼女さん」
「今日も明日も明後日もよろしく、彼氏さん」
笑いのツボが一緒だからやっぱり二人で笑ってしまった。
滞りなく、何の問題もなく旅は出来た。一日目も二日目も驚くくらいにハプニング的な出来事が起こらなくて逆に拍子抜けだった。主な都市をぶらぶら見ては宿に引っ込んでトランプゲームをしたりご当地でしか買えない食べ物の品評会をしたり枕を投げたり投げられたり卓球で負けてアルパカの顔真似を強要されたり。(ちなみに彼女と僕の部屋は別室である。あくまでこれは修学旅行なのだ)
この二人修学旅行の最終目的は海へ行くことだ。だから、一日目と二日目は敢えて海辺の町には寄らなかった。
「海って言ったことある?」
「うちはあんまり旅行とかに行かない家だったからないかも」
「僕も生で海は見たことないんだ」
僕たちの生まれ育った町は内陸にあった。だから僕にとって海はどこか遠い場所のイメージがついてしまっている。海に行く機会というものはかなり少なく、彼女もまたそうだった。大学生になることが出来れば町を出てもっと海のあるような場所に行けたかもしれないのだが、その道も今は潰えてしまった。
だから、きっと僕はその光景を忘れることはないだろう。
トンネルを抜けてすぐ、列車の大きな窓からそれは見えた。太陽の光を受けてきらめく海面。空の色を濃縮して溶かした深い青。手前に止まっている使い込まれているような色とりどりの船たち。
「海だ」
「海だね」
圧倒されると言葉が出てこなくなる。しばらく僕たちは無言で海を眺めていた。
さて海に着いてすることとは何だろう。答えは簡単だ。海水浴、である。じわじわと汗ばむ額をぬぐいつつ、ジワジワ鳴く蝉の声を聴きながら僕たちは駅近くの海水浴場まで歩いた。
本当は海水浴場まで行けるバスがあったためそれに乗りたかったのだが、バスは全て運行していなかった。
人間社会が崩壊してから、公共機関はほとんどが人の生活に必要になる分だけ機能している。しかし、ここのバスはここが田舎で利用者が少なかったため思い切って運行を全部とり辞めてしまったのだそうだ。辞めたのなら辞めたでバス停のところにその旨を書いておいて欲しかった。
犬の散歩で偶然通りかかったお爺さんがいなかったら僕たちは世界が終わる前に熱中症かなんかで倒れるところだった。
海水浴場には誰も居なかった。寂れた更衣室で僕は地味な学校指定の海パンをはいた。それに対し、彼女は可愛らしいイマドキの水着を着て僕の目の前に現れた。色気も何もない制服姿からの可愛らしいこの姿だったから僕はかなりドギマギさせられた。不意打ちとは卑怯なり。
世界が終わる日に海で泳ぐ人は僕たちの他には居なかった。最後の日に海水浴なんて酔狂なことをするのは僕たちだけらしい。少なくともこの海水浴場では。
僕たちはおおいに遊び倒した。海で泳いで疲れれば来る途中のコンビニ(駅近くのコンビニでは何と浮き輪が商品として陳列されていたのだ。海水浴場が近いからなのだろう)で買った浮き輪でぷかぷか浮かんで、砂浜で山を作ったり城もどきを作ったり。もっと疲れたときは無人の海の家にお邪魔した。ご自由にお取りください状態の飲み物やら冷凍食品なんかをいただいた。もちろんお金はきちんとレジの近くに置いておいた。
「お金、意味あるの?」
「うん、意味ない」
意味はないけど気持ちの問題である。
あっという間に太陽は海の向こう側に落ちて行ってしまった。太陽も見納めだ。二人で見た夕焼けは何だか寂しいものだった。
僕たちは海の家に備え付けてあったシャワーを浴びた。熱いシャワーで温まったあと、また制服を着る。今は夏だからあんまり着たくは無かったんだけど、学ランの上を着る。
しばらく椅子に座って待っていると僕と同じく冬仕様の制服に身を包んだ彼女がやって着た。やっぱりきちんと隙なく着られた制服は、彼女の性質を表していると思う。
「じゃあ行こうか」
「そうだね」
手を差し伸べると彼女ははにかんで僕の手を取った。彼女の手のひらは小さくて、ほっそりしていた。
リュックはいらない。本当に必要なものだけを持って、身軽になって僕たちは砂浜を、座れそうな堤防のあるところまで歩いた。腕時計を見ると、あと一時間ほどだった。
二人で並んで堤防に座る。太陽が元気だったころには鳴いていた蝉たちは、今は眠っているみたいだ。波の音しか聞こえない。
夜の海は昼の海と全く違う表情を見せた。海は、空の暗いところを躍起になって溶かしたような色をしている。月が明るいから、海面には光が降りていた。刷毛で撫でたようなきらめきは道のようになっていて、その道を歩いていけばどこにでも行けそうな気すらした。
光の道を見ながら際限なくぼんやりしていると彼女が言葉を発した。
「何で船に乗らなかったの」
ぽつんとした言葉は迷子の子どものような響きを含んでた。
「船に乗っても、多分僕は一人きりだったから」
「寂しがりやなんだね」
「十八年生きてきて初めて知ったよ」
ほんと、こんな気持ちがあるなんて。
立花さんは海を見ながら僕に寄りかかった。右側が、とても熱い。
「正直に言って多分私たちの気持ちは偽物なんだと思う」
「偽物?」
「ほら、吊り橋効果って知らない?」
「知らない」
「なんか、吊り橋って渡るとき恐怖でドキドキするでしょ?そのドキドキを恋心と勘違いして近くにいる異性を好きになったような気持ちになっちゃうってやつ」
「つまり立花さんは危機的状況下だから僕たちがこういう関係になってる、って言いたいの?」
「天野君怒ってる?」
「……怒ってない」
「……拗ねてる?」
「拗ねてない」
「拗ねてるのね」
立花さんの言葉を咀嚼する。
「もし危機的状況下じゃなかったら僕たちはこうやって寄り添ってないのかもしれない」
確かに、偽物なのかもしれない。
でも、だから何だって話だ。
「気持ちは確かにここにある。偽物だとしても、きっと間違いじゃない」
左手に持っていた花束を立花さんに向ける。少し草臥れていたそれらは草臥れていても綺麗だった。立花さんはその花束を受け取って、今度は自身が持っていた花束を僕に向ける。
「若さゆえの過ちってやつだね」
「しかも取り返しのつかない過ちだよ」
僕の世紀末ジョークに彼女は泣きながら笑った。
「みんなが空を目指すなか、私たちは海を目指しているんだから笑っちゃうね」
「全くだよ」
くすくす笑う彼女は本当に楽しそうで、僕も思わず笑ってしまった。うん、やっぱり僕たちは笑いのツボが合う。
世界の終わりは、それはそれは綺麗なものだった。降り注ぐ星の屑達は燃え尽きるものもあれば、そのまま言葉の通り落ちてくるものたちもあった。
僕たちは海に花束を投げた。星に弔いの花を。僕たちの学生服は正装だ。暑いけど、誰も見ていないけど、ちゃんと着こなさなければ。
「さようなら天野海君」
「さよなら立花三星さん」
繋いだ熱い手はそのままに、僕たちはそっと目を閉じた。君が隣にいてくれて、本当に良かった。




