第四十一話「星が降る街」
第四環・商業流通区を歩いていく。
騒がしい店の呼び声は、もう無い。
雑多に歩く人影だけが伸び、喧騒は夜に溶けていた。
昼にはなかった出店も、ちらほらと並んでいる。
「宝石だっ!」
フィオナは、とっとこと露店に駆け寄っていく。
「はぐれるなよ」
とは言ったものの、フィオナは目立っていた。
肩を露出させた青い軽装、ミニスカート、夜の街でもひときわ映える水色の髪。
見渡せばすぐに分かるだろう。
街を楽しみながら、俺たちは南へと歩いていく。
しばらく進むと、裏通りの道についた。
その路地の角には──
金文字で、“赤龍亭”と書かれた看板。
「見てあれ! ドラゴンだ!」
屋根の上には、大きな赤い龍。
それは牙を剥くように、身を乗り出していた。
「派手だな」
軒下には赤い提灯が四つ。
年季の入った木のドアを横に開けると──
白いハチマキをした、いかつい角刈りの店主が立っていた。
「……らっしゃい」
俺たちは、カウンターに座った。
目の前には、炭火の入った大きな鉄網。
「レッドリザードの炭火焼! あと、おすすめのお酒で!」
「俺も、同じもので」
彼は無言で頷くと、四角いグラスを二つ出した。
そして酒瓶を取り出し、傾けていく。
「はいよ、『竜鱗酒』だ。ゆっくり飲みな」
琥珀色の酒が、注がれていた。
ぐいっ!
フィオナが、一気に飲み干した。
「ぷぁ~! 強ッよ!」
顔が、ふにゃふにゃになっている。
……驚いた。
酒慣れしているはずの彼女が、“強い”と言うなんて。
俺はグラスを持ち、一口、舌上に転がした。
──美味い。
舌の上で、まろやかに溶けていく。
酒の表面に微細な光が反射し、龍のウロコのように見えていた。
「しかし、これは……効くな……」
喉奥がひりつく。
酒に弱い者なら、立っていられないだろう。
竜鱗酒を楽しんでいると──
パチパチ。
炭が、静かに鳴った。
鉄網の上には、骨つきの大きな肉が転がっている。
じゅっと低い音がすると、火が小さく跳ね、煙が立ち上った。
「にーくっ、にーくっ!」
フィオナは顔を赤らめながら、焼き台を見ていた。
香ばしい肉の香りに、喉が鳴る。
炭火焼の肉なんて、いつ以来だろうか。
待つこと数分。
「はいよ」
店主が肉を皿に並べ、カウンターに置いた。
骨に沿ってナイフを入れると、肉は抵抗なく割れ、湯気がふわりと立った。
フォークで、口に運ぶ──
噛んだ瞬間、熱と脂が溢れた。
塩が軽く振られており、濃い味だ。
炭の香ばしい匂いと、弾力のある肉の旨味がマッチしている。
「……美味いな」
フィオナは──
「うま、うまっ」
素手で骨を掴み、丸ごとかぶりついていた。
……ワイルドだぜぇ。
「まいど」
「ごちそうさま!」
寡黙な店主を尻目に、俺たちは外に出た。
「次はどこ行く!?」
俺は、リリィの言葉を思い出した。
『夜景スポットも絶景なので、よければぜひ!』
「夜景を見に行くってのは?」
「賛成~!」
フィオナは腕を突き出した。
それから俺たちは、リリィから貰った地図を頼りに、裏路地へと入った。
曲がりくねった道が、奥へ、奥へと誘うように続いている──。
「……人、全然いないね」
「たぶん、こっちで合ってるはず、なんだが……」
地図を広げ、目を凝らす。
エンバータウンの裏路地は、複雑だった。
壁のあちこちに緑の蔦が茂り、道は細く続いている。
進んで行くと、やがて──石造りの階段に出た。
小さなランプが階段の横に備え付けられ、足元を照らしている。
上がっていくと、大きな石橋に辿り着いた。
その橋の横には、壁画がびっしりと描かれている。
歩きながらそれを眺めていると、幾何学的なそれは、宇宙を模していることに気づいた。
中央まで進むと、星を頭に冠した女の絵があった。
エバーウッドで信仰していた女神、“アストレア”とは違うように見える。
「これも、女神なのか?」
「んー。たぶん……主神の一人、“星の女神・ティナ”じゃないかな」
「色々いるんだなぁ」
「さっき露店で、ティナのマグカップとか売ってたし……この街は、ティナ信仰なのかもね」
国が違えば、神も違うか。
思想的な違いも、当然のようにありそうだ。
壁画が終わると、遮蔽物がない高台に出た。
その景色は──
光。
都市が、鮮やかな光で埋め尽くされていた。
まるで、街が呼吸しているようだ。
都市を包むように広がる桃色の星環樹は、蒼く発光している。
幹から葉先にかけて、青い靄がまとわりついている。
枝という枝に星が絡みついているようだった。
白、紫、桃──
星光の粒は、葉から零れ落ち、それは雨霧のように絶えず地上へと降り注いでいる。
巨大都市エンバータウンは、星が降る街だった。
「……きれい」
フィオナは珍しく、静かだった。
水色の髪と青い瞳は、都市の光を幻想的に反射している。
綺麗、だ。
──びゅう。
冷ややかな風が吹いた。
「さむっ」
彼女は腰横のポシェットから、青い猫耳ベレー帽を取り出すと、被った。
「……帰ろうか」
「うん!」
帰路は、来るときよりも短く感じた。
酒の香りと、ほどよい喧騒は、どこか気持ち良かった──。
*
路地裏を抜け、暗がりの丘に出た。
小川が流れる赤い橋の先には、五階建ての西洋宿──星見館。
外には四角い明かりがいくつも吊るされ、穏やかな光が宿の全体を包んでいる。
橋を歩きながら左を見れば、青く発光した星降る大樹と、煌びやかな街並み。
あらためて思うが、絶景の立地である。
まさに、星を見る館だ。
扉をくぐり、中に入ると──
「やぁ」
宿の主人、ステラがカウンターに立っていた。
彼女は黄緑の短髪をかき上げ、俺たちを見た。
「帰って来るの、早かったね」
「ええ、まぁ」
「今日はどこに──」
そう問いかけられた時、フィオナは大きく口を開け、あくびした。
「ふぁ~。ねむい……」
無理もない。
今日は、色んなことがあった。
「私、先に寝るね~」
「ああ」
昇降機に向かうフィオナを見て、ステラが眼鏡をくいと上げた。
「まだ八時だよ? 大人は、遊ぶ時間だと思ってたけど」
「ええ。遊び疲れたみたいで」
「……なるほどね」
彼女は俺を見ると──
「山田さんはまだ、元気そうだ」
「実は、あまり寝つけないタイプなんです」
「そう……そうだ。お酒は、好きかい?」
「嗜む程度には」
「それは良い。なら、小川を下っていった先に、良いバーがある。まだ起きてるなら、行ってみたらどうかな」
「バーですか」
「ああ。みんな、美味しいって言ってるよ。僕は飲んだことないけど。学生だし」
「学生!?」
「うん。こう見えて、十七歳だよ」
「……驚きました。大人びて見えるので」
ステラは、目を細め笑った。
中性的な顔立ちだが、どうみても大人にしか見えない。
「よく言われる。ところで、フロントの掃除をしたいんだけど……」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうに、陰から茶色いホウキを取り出した。
「あ~。じゃあ、教えてくれた店にでも、行ってみます」
「うん。あと、敬語はいらないよ」
「……そうか。ところで、店の名前は?」
「青の巣窟、綺麗なお店だから、すぐに分かると思う」
「ありがとう。行ってくるよ──ステラ」
「ああ。飲み過ぎないようにね」
ステラに見送られ、俺は館を出た。
小川は、星環樹の方へと下るように流れている。
その流れに沿って歩いていくと、やがて石畳の通りに出た。
人通りはない。
古い建物や、倉庫のような建物が並んでいる。
石壁沿いを歩いていると、甘い酒の香りが漂ってきた。
数メートル先、闇の中で──
青いランプがひとつ、浮くように灯っていた。
その横には、木製の扉が静かに開かれている。
落ち着いた茶色の看板には、白文字で“青の巣窟”。
──ここだ。
店内は閑散としており、客は一人だけのようだった。
俺は、その静かな空気を壊さないように、扉の向こうへ──
ゆっくりと足を踏み入れた。




