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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第三十六話「星環大樹都市国家・エンバータウン」

 異質だった。

 エンバータウンは、遠目で見ただけでも“普通ではない”ことが分かる。

 エバーウッドの里と比べても、明らかに規模が違うのだ。

 入口の大門へ近づくにつれ、それはひしひしと伝わって来た。

 

 ──ただ、見上げた。

 

 街の中央にそびえる桃色の巨大樹は、樹というより──

 都市そのものを支える柱、だった。

 

 大門前。

 街を出入りする旅人の列が、絶えず流れている。

 列の流れに身を任せていると、青い制服に身を包んだ若い衛兵が、忙しなく動き回っているのが見えた。

 彼は手に四角い機械端末を持ち、荷物の確認をしているようだった。

 検問だろう。

「こんにちは~!」

「どうも、こんにちは。ええと、皆さんは四人、ですかね。どちらから?」

 ポーニャが尻尾を揺らし、クラリッサを親指で示す。

「こいつとオレは、東北のグレイン村から」

 続くように、フィオナが俺の手をとり上げた。

「私とこの人は、エバーウッドから!」

「……これは驚いた。皆さん、人語が喋れるんですね」

「オレらは、人と暮らして長いからな」

「私も里で、たくさん勉強したー!」

 今まで、深く考えたことはなかったが──

 なぜ俺は、この世界の住人の言葉を、“当然のように”理解しているのだろう。

「長旅お疲れ様でした。では、荷物のチェックのほうを──」

「おい、新入り。ちんたらすんな!」

 衛兵の背後から、苛立つ声が飛んだ。

 そこには、髭を生やした中年の坊主がいた。

 青年と同じ制服を着ている──上司のようだ。

「お前らもだ! さっさと身分証を出して、荷の中を見せろ」

 言われるがまま、フィオナが、背嚢のポケットに手を突っ込んだ。

 取り出したのは──黒い銀庫カードだった。

「はい、これ」

「……こっ、これはっ」

 髭坊主が、裂けるほどに目を見開いた。

「し、失礼しました! 皆さん、どうぞお通り下さい!」

 荷物チェックは、要らないようだった。

 クラリッサが手を叩く。

「すごぉい! ブラックカード!」

「ブラックカードって?」

 俺が首を傾げると、ポーニャが口を開いた。

「上流階級だけが持てる代物だ……はじめて見たな」

「フィオナ……さん。貴族だったんですか」

「ふふ、まぁね~。お金は、全然ないけどねっ」

 なぜかフィオナは、得意げな顔をしていた。

 呆気に取られていた衛兵が、喋り出す。

「あっ……街中では暴力は厳禁。魔法・武器の使用も禁止です。くれぐれも、気を付けて下さい」

 注意事項を聞き、俺たちは街の中へと歩いた。

 門をくぐり抜けると──

 眩い白光が広がった。

 そこは、石畳の大広場だった。お祭り会場のような賑わいだ。

 頭上には色とりどりの布飾りが渡され、街灯の光が昼間の空気に淡くきらめいていた。

 行き交う人の波は途切れることなく、笑い声、店の呼び込み、カラカラとした馬車の車輪、どこかで鳴る弦楽器──重なり合う音は、街の鼓動のようだ。

 道路の端には、露店が立ち並んでいる。

「見てあれ! 美味しそーっ!」

 フィオナが、弾けるように駆け出した。

「スライムキャンディですねぇ~」

 クラリッサは楽し気にいうと、ピンクの短髪を揺らし、フィオナに続く。

 大斧を背負っているとは思えない身軽さだった。

 俺もポーニャと共に、悠々と歩いていく。

 露店の台には、透明な桶がいくつも並び、内部では半液状のスライムがぷるぷると揺れている。

 店主はゴーグルを額に乗せた若い女性だった。

 彼女は、棒を一本、桶の中へ差し入れた。

 くるり、くるり。

 棒を回すたび、淡い水色のスライムが絡みつき、層を重ねるように形を成していく。

 甘い香りが、後ろまで届いた。

 スライムって、食えるんだ──。

 俺の記憶にあるスライムは、フィオナを殺しかけた緑粘液体(グリーンスライム)だけだった。

 軽いカルチャーショックを受けていると、ポーニャがぽつりと口を開いた。

「──山田。本当に助かった。感謝する」

「いいんですよ。あと、お金は返さなくて結構です」

「なぜだ。オレは、必ず借りを返すと言ったはずだ」

「代わりといってはなんですが……何か困った時に、相談にのってください」

「本当に、それでいいのか」

「ええ。……お友達に、なってくれますか?」

「友達……人間と……、オレが……」

 猫耳がぴくりと動き、ポーニャの視線が下がる。

 しばしの間。

「……わかった。オレは、山田の友達だ」

 彼女は仏頂面で、表情が分かりにくい。

 だが──

 小さな口の端が、緩んでいるように見えた。

「ところで。お二人は、この先どうするんですか」

「オレたちは、獣国ルプスガンに向かう」

「それは、奇遇ですね。俺たちも行く予定です」

「何……? 戦時中だぞ。しかも、人間が歓迎される国でもないだろう」

「いやぁ。色々と、事情があって」

「……であれば、仕事で会うことも増えそうだ」

 ポーニャは溜息をついた。

 怪訝そうな俺の顔を見て、彼女は続ける。

「戦時下は、関門の交通規制が厳しいんだ。冒険者ランクが、C以上じゃないと通れない」

「えぇっ!」

 俺……まだ、冒険者ですらないんですけど。

「オレだけなら、問題ないんだが……」

「ポーニャンも食べなよぉ~、美味しいよぉ」

 クラリッサとフィオナは、露店の棒状キャンディをぺろぺろと舐めていた。

「このアホの、ランクを上げないといけないんだ……」

 ポーニャは頭に手をやると、悩ましい顔をした。

「そういうわけで、しばらくこの街に居る予定だ」

「……お互い、長い滞在になりそうですね」

 冒険者ランクは、どういう条件で上がるのだろうか。

 何にせよ、楽な道ではなさそうだ。

「何かあったら、いつでもクラリッサに言え。オレは大体こいつと一緒だ」

「わかりました。また連絡します」

「それじゃ、オレらは宿をとりにいく。またな」

「連絡、待ってますねぇ〜」

 フィオナが元気にいう。

「二人とも、またねぇ~!」

 俺たちは、遠ざかる二人に手を振った。


 広場の前、低い階段を上ろうとした──

 その時。

 階段の先に、小柄な少女が立っていた。

 短くウェーブがかかったクリーム色の黄髪、頭の上には黒ゴーグル。

 服装は、カーキ色の腹出しインナーに、軽いジャケット。

 短パンの腰には幅広のベルトが巻かれ、横には小さなポーチや留め具が無造作に下がっている。

 探検家のような装いだった。

 少女は、あたりを見渡すと──

 地図を抱えたまま、こちらに手を上げた。

「こんにちは!」

 笑顔が、ぱっと咲いた。

「どうも」

「この街に来るのは、初めてですかっ?」

「ええ」

 少女は金茶の瞳を見開き、

「ようこそ! 星環大樹都市国家・エンバータウンへ!」

 明るくそういった。

 都市国家──納得である。

 ここは街ではない、ひとつの国なのだ。

「よければ、私を雇いませんか?」

「雇う?」

「エンバータウンは超巨大! 一人では、道に迷ってしまうでしょう……」

 少女は身振り手振りして、困った顔を浮かべる。

「そこでっ!」

 人差し指をびしっと天へ向けた。

 挿絵(By みてみん)

「観光案内は私にお任せ! あなたの専属ガイド、リリーナが手とり足とりサポートします!」

「おおっ!」

「今なら夕方まで、格安八千ゴールド! どうでしょう?」

「うーん……」

 フィオナをちらっと見た。

「私は良いと思う。頼もう!」

「……そうしようか。カードって、使えますか?」

「もちろんです。この街では、銀庫カードでの支払いが一般的ですよ!」

 リリーナは左腕を差し出す。

 腕には、スポーティな黒い時計が巻かれていた。

「お支払いはこちら!」

 支払い用の端末のようだ。

 そこに銀庫カードをかざすと、ピッと音がした。

「領収書は必要ですか?」

「あー。一応、ください」

 里と同じであれば、明細が表示されるはず。

 手持ちの金額が分かる。

 少女は、バックから四角い機械を取り出すと、時計をタッチした。

 すると、低い駆動音を立て、小さな紙が出てきた。

「はい、どうぞ!」

 紙を受け取ると、明細が書かれていた。

 四月十一日、山田緋色さま、観光代八千G、発行者──リリーナ・オルドレイン。

 残高は、二十八万ゴールド弱。

 よし……三月の風牙隊の給料が入っている。

 四月末までは、給料が入るはずだ。

 俺は、少しの余裕があることに安堵した。

「ありがとうございますっ。私のことはお気軽に、リリィとお呼びつけ下さい」

 リリィは、俺とフィオナの手を握ると、ぶんぶんと振った。

「敬語もいりません。呼び捨てで結構です!」

「分かった。よろしく」

「よろしくっ。リリィ!」

「ところで、この街には何を? 観光、それともお仕事……ぱっと見たところ、勇敢な冒険者さまのようですが」

「旅の途中、って感じかな。冒険者の登録をしたいから──」

 ギルドに行きたい、そう言いかけて。

「いや、まずは荷物を降ろしたいかな」

「安いところが良いね。この街、物価高いみたいだし」

「そうなのか?」

「スライム固めただけのキャンディが、千ゴールドだよ? びっくりしちゃった!」

 たぶん、観光向け価格なのだろう。

「それなら、リリィにお任せください! 良い宿を知っています!」


 ──リリィの話を聞きながら、俺たちは都市を歩いていた。

「エンバータウンは、あちらに大きく見える星冠樹──グラン=ティナを中心に、円環状に六つの層が広がっています。その直径なんと二十キロ!」

「二十……」

 想像が追いつかない。

 東京二十三区の半分、ぐらいだろうか。

 何にせよ、でかすぎる。

「中立を貫く多国籍国家であり、総人口は住民だけで八十万人超いるんですよ!」

 その時。

 フィオナの明るい青髪が、大きく風に揺れた。

「わっ! 緋色、あれ見て! なんか飛んでる!」

 空を指さした。

「あれは──」

 飛行船だ。

 街の上空を、大きな影が滑っていく。

「環航船ですね。停泊所も複数あって、乗れば移動が快適ですよ!」

「乗ってみたーい!」

 碧眼を輝かせ、フィオナは興奮していた。

「お値段が高めなので、使っているのはほとんど貴族ですけどね」

 歩いていると、ひと際大きな交差点に差し掛かった。

「さて、もうすぐ第五環・居住区につきますよ。私おすすめの宿は、路地裏の奥にあって──おっと、赤です!」

 眼前に、赤いバツ印が浮かんでいた。

 人の流れは、それに従うように自然と止まっている。

「これは?」

「魔導ビジョンを見るのは初めてですか? 赤が止まれ、青が進めです」

 つまり、信号か。

「この街は大きいですから、これがないと渋滞してしまうのですよ」

 次の瞬間、赤い印が消え、青い光の帯が、進路を示すように伸びた。

 歩みが再開される。

「画期的だね~!」

 フィオナが、感心するように言った。

「そうだな」

「ところで山田さん! エルフ語も喋れるんですね。凄いです!」

 リリィが手をぱんと叩いた。

 俺たちの会話が、エルフ語に聞こえているらしい。

「あぁ~。しばらく、エルフと過ごしてたんだ。北の、エバーウッドの里で」

「エバーウッド!? 魔獣が蔓延っているという、あの、エバーウッドですかっ!?」

「多分……それだと思う」

「はぇー」

 彼女は指を丸め、望遠鏡のようにして俺を観察しはじめた。

「珍しいか?」

「珍しいも何も……あの森は、熟練の冒険者でも近寄りませんよ」

「そうなのか」

「そうですよ! ホーンウルフですらレベルが高いとか。山田さんたちは、お強いんですね~!」

 やはりあの森は、“普通”ではなかったようだ。


 しばらくすると、リリィが路地裏へと入っていった。

 その後ろを追うように、俺たちは歩いていく。

 何度か曲がると、景色がふっと開けた。

 小高い丘だ。

 喧騒は、いつのまにか途切れている。

 左を見れば、街が一望できた。

 街並みの向こうでは、空を押し上げるように、桃色の星環樹が立っている。

 正面に視線を戻すと、数メートル先に、赤い橋が架かっていた。

 さらさらと、水の音が聞こえる。

 橋の先には、五階建ての建物──石造りの、落ち着いた西洋宿だ。

 橋へと踏み入り、緩やかに歩いていく。

 小川は、街の中へと流れているようだった。

 遠くを見渡しながら歩いていると、前から、リリィの明るい声がした。

「つきました! ここですー!」

 彼女は右手で、入り口を示していた。

 上に掲げられた控えめな看板には、白く“星見館”と書かれている。

 派手な装飾はないが、品を感じる外観である。

 中へ入ると、木を基調とした広いロビーだった。

 簡易的なリビングの脇には暖炉があり、小さな火が灯っている。

 ほどよい熱が、心地よかった。

 奥にはカウンターがあり、そこに座っていたのは──

 緑の短髪に丸い眼鏡、整った顔立ちの女……だろうか。男に見えなくもない。

 彼、もしくは彼女が、眼鏡をくいと上げ、こちらを見た。

 挿絵(By みてみん)

「リリィ、おはよう」

 中性的な、落ち着いた口調だった。

「ステラさん、おはようございます!」

「こちら、私のお客様です。二名なのですが、お部屋は空いていますか?」

「運がいいな。最上階の部屋が、まだ空いているよ」

「じゃ、そこで!」

 フィオナはそういうと、すぐに暖炉に駆け寄った。

「あったかーい!」

 俺はもう、何も言わなかった。

 俺たちは部屋ひとつ、そういうルールなのだ。

「へぇ。人間とエルフのカップルなんて、珍しい」

「えぇ、まぁ。おいくらですか」

 説明がめんどうだ。

 そういうことにしておこう。

「リリィの紹介だから、二割引きだね……二人で、一万五千ゴールド。支払いは現金、もしくはカードだよ」

「カードで」

 俺は、カウンター脇にある決済端末、銀庫灯を見た。

 エバーウッドは青白いランプ型だったが、ここにある物は四角い機械端末だ。

 現代的なデザインの端末に、銀庫カードを近づけた。

 ポォン──

 軽い音がすると、端末が白く光った。

「部屋は、五階の五〇三号室。朝食を食べたければ、朝九時までにリビングへどうぞ」

 持ち手がリング状になった古びた金鍵を差し出され、俺は受け取った。

「わかりました」

「僕は、ステラ・グリンデル。何かあれば、気軽に言ってくれ」

「ありがとうございます」

 俺たちが、階段を上ろうとすると──

「昇降機は向こうだよ」

 後ろでステラの声がした。

「歩きたいなら、それでもいいけどね」

 ふふっと、彼女は笑う。

 俺はもう、ステラを女として見ることにした。可愛いからだ。

 広間の隅。

 鉄柵に閉じられた扉の前で、白い丸ボタンを押した。

 ガコ……低い作動音。

 待っていると、柵が開いた。

 中に入ると、柔らかな照明が空間を満たした。

 手元のボタン、“五”を押す。

 再び、ガコ……と音がして、浮遊感がした。

 上に点灯した一の数字が、ゆっくりと五へと進んでいく。

 五階につくと、空気が変わった。

 磨かれた石床に、深い色合いの木の梁。

 灯りは天井になく、石壁の上下の縁をなぞるように、柔らかな光が滲んでいた。

 足音が、吸い込まれるように消えていく。

 星見館は、高級ホテルといっても過言ではなかった。

 突き当たりの角──五〇三号室、ここだ。

 金鍵を差し込み、扉を開けた。

「おおっ。眺め良い~!」

 開かれた大窓の外には、桃色の巨大樹──星環樹グラン=ティナが大きく見えている。

 部屋は石と木を基調とした造りで、無駄な装飾はない。

 長机に椅子、大きめのベッドに至るまで、どれも手入れが行き届いている。

 これで、一泊一万五千ゴールドは安い。しかも朝食付き。

 リリィは、これ以上ない宿を紹介してくれたようだ。

 俺たちは荷を下ろした後、リビングへと降りた。

「じゃ、ギルドいこっか。リリィ、案内してくれる?」

 フィオナはそう言った。

「お任せ下さい! 道中を楽しみながら、行きましょう~!」

 そして俺たちは、星見館を出た──。

 

 ──人通りの少ない道を歩いていると、左手に桃色の大樹が立っていた。

 中央の星環樹ほど大きくはないが、それでも建物三つ分ほどの高さはある。

 フィオナが深呼吸した。

「ん~! 空気、美味しい~!」

「……良い街だよなぁ」

「うん! エンバータウン、もう好きになっちゃった!」

 ご機嫌なフィオナを見て、リリィは顔を緩めた。

「ふふ。この街は、季節で樹の色が変わるんですよ。夜はとっても綺麗なので、ぜひ楽しみにしててください!」

 大樹を通り過ぎると、リリィは右を向いた。

「右をご覧あれ!」

 首を向けると、広場の一角に──

 横長の石壁が据えられていた。

 大きい。人間が、二十人は横に並べそうだ。

 その石面には、無数の文字が淡く浮かんでいる。

「あれは、エンバータウン名所の一つ──“祈りの壁”です!」

 数人の人影がすでにあり、そのうちの一人は、静かに祈っていた。

 すると──

 白い文字が浮かび上がり、波紋のように壁一面を走っていった。

「ああやって、魔力を込めて念じると、願いが文字となって吸い込まれていくんです」

「へぇ……面白いな」

「古の魔法使い、ダイアンが造ったといわれており、祈れば願いが叶うと言われています!」

 俺たちは、壁に近づいた。

「そして、記録した人のことを想って触れると──その人の言葉が、浮かび上がってきます」

 リリィが触れると、文字が白く浮かび上がってきた。

 “理想の私になりたい。リリーナ・オルドレイン”

 そう、書かれている。

「ね? とってもロマンティックでしょう」

 そういうと、リリィはぱちっとウィンクした。

 フィオナは目を輝かせ、前のめる。

「私も祈っていい!?」

「どうぞどうぞ。あなたの夢、今後の意気込み、誰かに残したい言葉などなど、自由に祈っちゃって下さい!」

 フィオナは手を合わせ、目を閉じた。

 彼女にならい、俺も手を合わせる。

 しかし──

 何を祈ればいいのか、分からなかった。

 一体これから先、どうしたいのだろうか。

 自分のことは、何も分からない。

 横にいるエルフのことでも、祈っておくか。

 ──フィオナ・レスターが、笑っていられますように。

 白く文字が浮かび上がる。

 読み取る間もなく、それは絡まりあい、壁に溶けていった。

「……フィオナは、なんて祈ったんだ?」

「えっ!」

 青い目を、右へ左へと泳がせ──

「ん~、ふふっ。内緒~!」

 何が可笑しいのか、笑っていた。

 その笑顔につられ、俺も口角を緩めた。

「緋色はっ?」

「えっ!?」

 俺は視線を、右へ左へと泳がせ──

「あ~……内緒に、しておきます」

「えー! 教えてよー!」

「こういうのは、言わない方が叶うんだ」

「何それっ」

 彼女は、笑っていた。

 俺の願いは、もう叶っている。

 今のところは、だが──。

 

 ──通りを抜けた瞬間、色と匂いが押し寄せてきた。

 呼び込みの声が、四方から降ってくる。

 布の天幕、吊るされた看板、所狭しと並ぶ露店。

 行き交う人々の足取りも、どこか忙しない。

「さて、ここからは第四環・商業流通区(マーケット)になります。薬品や武器などの個人商店、大型デパートなど、商業系のお店が多く立ち並ぶエリアです!」

 フィオナが、目移りするように露店を見た。

 そのうち、青い液体が入った小瓶を手に取り──

「これ、回復薬(ポーション)だ!」

 飲むと体力が回復するという、アレか。

「子供の頃に、飲んだことあるんだ。スカッとして、美味しかったんだよね~」

 そういえば──エルフの里には、不思議とこういうものはなかった。

 怪我をしても、謎の爺さんがすぐに治してくれていたし……。

「まさか、すぐに怪我とか治るのか」

「ん~。テンションが少し上がって、目が覚めるぐらいかなぁ」

 エナジードリンクじゃねーかよ。

「マーケットはお店がいっぱいあって、無限に時間が溶けるのです。ちなみにこの先の裏通りには、もっと面白いお店があってですね~」

「どこどこー!」

 水色の髪を揺らし、フィオナは首を振った。

「ちょっと待て」

 俺は、進もうとした二人の手を掴んだ。

「先に、ギルドに行こう」

「えぇーっ」

 フィオナは不満げに、口を尖らせた。

 この好奇心の怪物を、そんな面白そうなところに行かせるわけにはいかない。

 恐らく夜になってしまう。

「そうですね。では、先に行きましょうかっ!」

 リリィが元気にいった。

 

 歩みを進めていくと──

 交差点に面した建物の外壁、その上方に、大きな映像が浮かび上がっていた。

『対立する獣国ルプスガンと、ロレリア聖王国。戦争は依然、厳しい状況が続いており──』

 ……ニュースだ。

 魔女帽子をかぶった女性が、深刻な顔で喋っている。

 っていうか、テレビあるんだこの世界。

「このへんからは第三環・中央都市区(セントラル)ですね。ギルドや大聖堂、娯楽が多く溢れていて、闘技場なんかもありますよ!」

 フィオナはきょろきょろと見渡し、うずうずしている。

 遊びたくて仕方がないのだろう。

「そして、この大通りを真っすぐいけば都市の心臓部、王城区につきます」

 はるか遠く──

 立派な石造りの白城が、巨樹の根元に寄り添うように建っていた。

「王城には、グランティナ王家が住んでるんですよ」

「王様がいるんですか」

「ええ! 女王、マーガレット様がいます」

 王家に、女王──

 俺の人生には、縁もゆかりもなかった存在だ。

「中央にある星冠樹、グラン=ティナ。その名をそのまま苗字としていて、エンバータウン四大派閥の一つでもあります!」

「四大派閥って、他にもあるのか?」

「ええ、他には──あっ。丁度いいところに!」

 リリィの視線の先を見ると──

 人の流れが、滝のように割れていた。

 中心には、黒スーツに黄色いネクタイを装った、謎の集団が闊歩していた。

「あれが、エンバータウン四大派閥の一つ──」

 刺青を入れた金髪の男に、黒いグラスをかけた黒髪オールバックの中年。

 どう見ても、堅気ではない。

「黄色いネクタイに黒スーツが彼らのシンボル。その名も、マフィア・“黄金の誓い(ゴールド・ヴァウ)”!」

 彼らの先頭を歩いているのは、黒髪短髪の美青年。

 青年の黄金色の眼が、ちらりとこちらを見た──ような気がした。

「マフィアといっても、街の掃除をしていたり、困ってる人を助けていたり……怖そうに見えますが、けっこう良い人たちなんですよ」

 彼らを見ていると──

 通りすがりに、つるりと禿げたマフィアの一人が、こちらへ歩み寄ってきた。

「何、見てんだテメェ」

 低い声。

 次の瞬間、男は俺のシャツの襟を、ぐいと掴んだ。

 横で、リリィが肩をすくめる。

「たま~に、こういう柄の悪いのもいるんですよねぇ……」

「あぁっ?」

 男の視線が落ちる──横に立つ、少女へ。

 そして。

「──旦那ッ!」

 急に、声色が高くなった。

 男は目を見開き、掴んでいた襟を慌てて放す。

「襟が……襟が曲がってますぜ。へへっ」

 そういって、今度は丁寧に、指先で整えはじめた。

「男は、やっぱ襟が大事ですからねっ」

「……あぁ、はい。そう、ですね」

「へへっ。それじゃ、あっしはこれでっ」

 男は深々と頭を下げると、そそくさと去っていった。

 フィオナが不思議そうに言う。

「なにあれ?」

「さぁ……」

「基本的には、良い人たちなんですよ。基本的にはね」

 リリィは、何事もなかったように、にこにこと笑っていた。

 一体、なんだったのか──。

 

「──三つ目の派閥は、街を巡回する警備組織、星環保安局です!」

 リリィは、青い制服を着て歩いている遠くの青年を、手で示した。

 検問の時に見た制服と同じだ。

「何か悪いことをしてしまうと、すぐに彼らが飛んできます。気を付けて下さいねっ」

 にこりと、リリィは笑った。

 ──角を曲がっていくと、噴水のある大広場に出た。

 水音とざわめきが、耳に流れ込んでくる。

 奥には大階段があり、多くの人──主に武器を持った冒険者らしき者たちが行き交っていた。

「そして、この階段の頂上にある冒険者ギルド──残火の灯(エンバートーチ)が、最後の四大派閥になりまーす!」

 リリィは指を四本立てた。

「大まかにこの四つが、この街の勢力組織です。お互いの役割をこなしながら、共存しているという感じです」

「なるほど」

「では──私は、ここの噴水の前で待ってますね!」

「来ないのか?」

「行きたいのは、山々ですが……私は、少し目立ってしまうのです。お邪魔になるかと思います」

 どういうことだろう。

「冒険者登録は、銀庫カードがあれば誰でも可能です。受付にいえば、簡単に出来ますよ」

「わかった。行ってくる」

「……あーっ!!」

 フィオナが叫んだ。

「ん?」

「私、宿にカード置いてきた! 緋色、先行ってて!」

 そういうや否や。彼女は走り去っていった。

 いつでもどこでも、慌ただしい娘である。

 仕方ない、先に行こう。

 

 石造りの大階段を、登っていく──

 見上げるだけで、息を吐きたくなる段数だ。

 剣を背負った鎧騎士。

 つばの広い帽子を被り、杖をもった魔法使い。

 顔が獅子の獣人。

 黒マントを羽織った、怪しい男たち。

 絶え間なく、冒険者と思しき者たちが行き交っている。

 階段を上がりきると、石と木で組まれた巨大な建物群が、広場を囲んでいた。

 壁面には、炎の紋章を刻んだ縦旗が揺れている。

 正面には、高く太く伸びる大樹。

 その根元はくり貫かれ、巨大な扉が開いていた。

「これが……」

 

 冒険者ギルド、『残火の灯(エンバートーチ)』。

 

 樹の根元へと進み、扉をくぐると──

 騒音が、どっと押し寄せた。

 酒の香ばしい匂いに、熱気が、肺の奥まで流れ込んでくる。

 広大なホールだ。 

 中央には、大きな円形テーブル。

 案内カウンターらしき場所には、人だかりができている。

 左を見れば、巨大な掲示板。

 そこには紙の依頼書が、びっしりと乱雑に貼られていた。

 右を見れば、長い通路。

 物販区画が、奥まで途切れることなく続いている。

 見上げれば、吹き抜けた高い天井。

 絢爛なシャンデリアが、穏やかな光を降らせていた。

 柔く照らされた階段は、上へ続き──

 二階のテラスでは、大柄な男たちが酒を飲み交わしている。

 さらに見上げれば、三階、四階と人影が浮かんでいた。

 どうやら、五階建てのようだ。

 視線を下げると、女戦士は依頼書を睨みつけ、獣人の男は人間たちと口論し、ボロ着の女は受付に詰め寄っていた。

 ──混沌(カオス)である。

 カオス、としか言い様がない。

 ここは、荒くれが集う大型デパートだった。

 その時。

「こんにちは」

 澄んだ、美しい声。

 振り向くと──

 腰まで伸びた金髪、長い耳、そして、深い青の瞳。

 美しい少女エルフが、柔らかく微笑んでいた。

 喧騒は、もう、聞こえなかった。

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― 新着の感想 ―
んんん、とっても濃厚なファンタジー味を浴びて、悦に浸っておりました。 新しい街はあらゆるものが目新しく感じて、これぞ旅の醍醐味!という感じですよね。ディテールが凝られていて、描写の端々から時間を掛けて…
感想一覧
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