79.感謝
護身術は、実を言えば私が希望したものではなかった。
でもコレル閣下によれば伯爵家以上の高位貴族の淑女には必須な技能だそうだ。
それについてはギルボア様が説明してくれた。
「我々守る側にとって一番怖いのが、守護対象に勝手に動かれることでございます。
例えば暴漢が襲ってきたとき、背後に庇ったつもりの守護対象が突然走り出したりしたら対処出来ません」
「それはそうですね」
「逃げて頂きたい時に硬直して動かなかったり座り込んだり泣きわめかれたりしたら護衛どころではなくなります」
やりそう。
そうか。
護身術って自分が戦うという意味ではないのか。
「つまり、万一の場合の対処ですか」
「はい。
まずは守られる側の心得と動きについて、しっかりと習得して頂きます。
難しいことではございません。
基本は慌てずに指示に従って頂くだけでございます」
ギルボア様は叙任された騎士爵なのに腰が低かった。
本当言えば男爵家令嬢とはいえ庶子である私より身分が高いはずなんだけど。
だって本物の爵位を持っているのよ。
紛れもない貴族。
だけど騎士の任務は守護対象を守ることだから、その守護対象の身分がどうのというのはあんまり関係ないらしい。
「ああ、任務なら」
「そうですな。
今の私の任務はミルガスト伯爵家の育預であられる御身を立派な守護対象に育てることですので」
騎士の矜持というものね。
ということで、私は万一の場合の対処について色々と教えて頂いた。
礼儀に通じる決め事もあって結構面白かった。
自分で戦わなくて済むのは助かったし。
それでも私はギルボア様にお願いして簡単な護身術というか、技を教えて貰う事にした。
非力な淑女が相手の力を利用することで掴みかかってくる襲撃者に打撃を与える方法は色々あるらしい。
ギルボア様は最初は渋っていたけど、私が結構機敏に動けるし力もあることを実践して見せたら納得してくれた。
元孤児を舐めないでよね?
お勉強はお屋敷でするだけではない。
学院の講座にもできる限り参加して、何とか教授の質問にも答えられるくらいにはなれた。
まだまだメダルは頂けないけど(泣)。
講座ではたまに口頭試問みたいなことをされて、きちんと応えられた人は「よく頑張りました」と褒められていなくなったりして。
つまりメダルを頂いて卒業じゃなくて修了? したのよね。
公の試験があるわけじゃなくて、教授が満足すればいいみたい。
でもそれ、教授にしてみたら回り回って自分の評価に繋がるからね。
出来ない人にメダルを渡したら後でしっぺ返しをされるかも。
なので結構厳しい。
ちょっと出来たくらいでは駄目そうだ。
メダルを貰って去る人に聞いてみたら、参加してから1年以上たつということだった。
「そんなに」
「私は早い方よ。
2年経ってもメダルを頂けずに来なくなった人もいたらしいから」
厳しい。
長く続ければいいというわけではないと。
真面目に頑張っても必ずしも結果がついてくるとは限らない。
今更ながら「王国の歴史」なんていう巨大な相手に挑んだことを後悔したけどもう遅い。
ここで頑張るしかない。
ところで「王国の歴史」という講座はひとつだけじゃなくて他にもある。
専門特化した「戦争史」や周辺諸国も含む「世界史」など。
変わったところでは「服飾史」や「建築史」みたいなものもあるとか。
それぞれ専門の教授がいて、聞いたらその筋の権威だそうだ。
なので、そういった講座に参加するためには「王国の歴史」講座のメダルが必要らしい。
メダルを見せて、さらに教授の面接をパスしなければならないとか。
本気度をみるとか?
専門分野の講座はみんな同じらしくて、メダルを頂いた方が喜んで言っていた。
「これでやっと装飾の講座が受けられるわ」
何でもその方は衣料に関係する貴族家商家出身でドレスについて学びたいのだが、参加を希望したら「王国の歴史が判ってないと無理」と言われたそうだ。
なるほど。
前提知識が必要な講座もあるわけね。
うーん。
だとすると私の選択は正解だったのか。
エリザベスに感謝だ。




