67.困る!
「……サエラでございます。
これまでのご無礼をお許し下さい」
「何、構わんよ。
准男爵と言っても名前だけでね。
ミルガスト領の飛び地を名前だけ治めている」
もっとも管理は代理人に丸投げで私は伯爵家の渉外なのだがね、とコレル准男爵閣下。
准男爵の爵位はミルガスト伯爵家の領地に付随したもので、なぜそう名乗っているのかというと役職が渉外故。
つまり他家と交渉する際に肩書きというか身分があった方が有利だかららしい。
うーん。
一応、領地貴族なの?
それとも法衣?
まあいいや。
「それで、失礼ですが私にどのようなご用が?」
だってそれしか考えられないでしょ。
本家の寄子の男爵家の庶子なんか、普通だったら視界にも入らないはず。
しかもその庶子、孤児上がりでまだ学院の生徒だものね。
「用、用ね。
あると言えばある」
コレル閣下は曖昧に言った。
非公式だからか。
少なくともミルガスト家がどうとかいう話ではなさそう。
でもないか?
准男爵とはいえ歴とした貴族がそう名乗ったわけで。
何か言われたら断れないな(泣)。
「いかようにも」
「いや、別に何かをさせようというわけではないのだ。
私の個人的な興味に近い。
もちろん非公式だが公的な用もあるが」
「近い?」
「うむ。
その前にまず、当家における君の評価について教えておこう」
コレル閣下が語ったところによると、私が学院に入るために王都に来た当時はまったく相手にされていなかったそうだ。
高位貴族家の寄子の貴族子弟が学院に進学するためにタウンハウスに下宿? するのはよくあることで、今回はたまたま私一人だけだったけど、多いときには数人が同時に居候していたこともあったらしい。
地方とはいえ領地伯爵家だから寄子の貴族も多い。
代官だけじゃなくて商売をさせていたり、コレル閣下みたいな関連貴族も複数寄子にいるわけで、その子弟が学院に入るために王都に出てくるのはある意味必然だから。
そういった子弟は伯爵家のタウンハウスから学院に通うことが多いそうだ。
それはそうかもしれない。
一番手っ取り早いし、わざわざ余計なお金を使って他で下宿したりしてもあまり意味がないしね。
まあ、とは言っても殿方は騎士団の宿舎とか師事する方の関連施設に入るのが普通で、タウンハウスでの居候は比較的淑女が多いとか。
「寄子の子弟は基本的に客人扱いだから、普通は本邸の客間に入ってもらうことになっているのだが……君の場合、たまたま長期の逗留客がいてね。
空いている客間がないわけではなかったのだが」
ああ、それで。
王都に来て伯爵邸を訪ねたらすんなりと使用人宿舎に案内されたもので、寄子の子弟なんかそんなもんだと納得していたんだけど。
でもよく考えたらおかしいよね?
だっていくら寄子とは言え歴とした貴族家の令嬢だ。
私は孤児上がりだけど、それでも貴族名鑑に登録されているんだよ。
本当なら使用人扱いしていい人間じゃない。
私自身は全然違和感なかったけど(泣)。
「その逗留客様が嫌がったと?」
「少し気難しいお方でね。
伯爵家の当主を引退されたばかりだった。
隠居後の住まいを整えるまでの間、当家に滞在されていて」
「あー、そうですか」
判ってしまった。
その人、追い出されたな。
だって伯爵だったんだよ?
爵位を譲ったとしたって住む所に困るなんてことがあるはずがない。
ミルガスト伯爵様が代替わりしたという話は聞かないから他家の話だ。
ちょっとした親類とかそういうレベルなんじゃないかな。
もとの貴族家にはいられなくなって、どっかの邸宅を用意するまでミルガスト家で預かったと。
「幸いにして、その方は一月ほどで出て行かれたのだが。
君を本邸の客間に移そうとしたら」
「あはは」
使用人宿舎に馴染んでいたどころか使用人に交じって働いていたと。
食事も賄い飯を美味そうに食っていて文句も言わない。
それでいて学院には貴族令嬢として通っている。
しかも調べたら真面目に学んでいるらしい。
「どうしたものかとサエラ男爵にも相談したのだが、好きな様にさせてやってくれと言われてしまってね。
報告に寄れば別に困っている様子もないし、むしろ生き生きと生活していて、暇な時には教会や孤児院に通っているという。
兄にも報告が上がって感心していた」
なんですと!
ミルガスト伯爵様にも話が行っていた?
困る!




