353.嘆願
神託宮に戻ってお風呂に入る気力もなくてソファーで伸びていたら専任侍女が聞いてきた。
「祝賀会がございますが」
「パス」
「御意」
もうこれ以上、つきあっていられるか!
翌日から各国の国王陛下の帰国ラッシュが始まった。
私は関係ないので神託宮に籠もっていたんだけど。
何でも早くしないと海が荒れて帰国出来なくなりそうだとか。
大変だなあ。
数日後、喧噪が去った神託宮の居間で聞いてみた。
「メロディはどうするの?」
「もちろん残る。
私もミストア神聖教の巫女だからな」
都合のいい時だけね。
「そういえば王女様たちは?」
「半分くらいは陛下に従って帰国するそうだ。
残りは残留すると聞いている」
「そんなこと出来るんだ」
「同盟の職員というか、むしろ見習いだな。
当面は自国の陛下の名代について動くことになるらしい」
国王陛下方が去っても神聖軍事同盟は何の問題もなく稼働していた。
ていうか、むしろこれからが本番だ。
今のところは組織もはっきりしないので具体的な活動はしていないんだけど、理事会は毎日開かれている。
各国の国王は帰国する前に名代に理事権限を委譲していかれたのよね。
そのために名代になる人を連れて来ていた。
私は陛下と一緒にその人たちとも話し合ったから大体判っている。
一国の代表が務まるだけあって、ほとんどが王家の者だった。
王弟とか臣籍降下した公爵とか。
もっとも王位継承順位は低い。
次の国王をよその国で長期滞在なんかさせられないものね。
そういった方々は全員が家族同伴だった。
神聖軍事同盟の理事であると同時に外交官だから。
「これを狙っていたの?」
聞いてみた。
「まあな。
前世の世界にあった国連を作るのは難しいが、大陸防衛のためという名目で似たようなものは作れるだろ?
もちろん名代の方々は同盟の仕事に関する権限しか持っていないが、それでも全国家の代表が常駐する場があるだけで」
さすがはメロディ。
そういうことか。
神聖軍事同盟って一見他の大陸との戦争のために組織されたように見えるけど、この世界では空前絶後の国際組織なのよ。
国を代表する権限を持つ者がお互いにいつでも会える場所に常駐している。
何か問題が起きたらいちいち権限者を派遣しあわなくても議論が出来る。
最初はお互いに遠慮していても、すぐにその有用性に気づくはずだ。
かくして大陸統一への道が開かれると。
「メロディアナ様は策士、いえ神算鬼謀の軍師でいらっしゃいます」
ロメルテシア様が微笑みながら言った。
「巫女の称号は伊達ではないかと」
「まあ、これもマリアンヌが皆をまとめてくれたからだがな。
どこかの国が主導権を取ったら紛糾するばかりで話が進まなかっただろう」
またそれか。
私は坐っているだけなのに。
逆に言えばそれだけでいいのならこんなに楽な仕事はないんだけど。
「そんなはずはないだろう。
マリアンヌの出番はこれからだ」
メロディの不吉な予言は当たった。
ていうかこれ、むしろ預言よね。
自分で予告しておいて実行するという。
「神聖軍事同盟付属学院の開校式を行います。
名誉学長のマリアンヌ様にご挨拶を」
まあ、そのくらいならするけど。
「降臨された当代の巫女様への謁見願いが溜まっております」
「是非、ご視察を」
私の元に毎日依頼が届く。
神聖軍事同盟代表部だかどこだかからの正式な申し出なので断れない。
ていうか断ってもいいと言われたけど、やり過ぎると盟主としてどうなのと言われそうなので、私はなるべく応じることにしていた。
もちろん程度問題だけど。
それに出ると言ったって会場でちょっと演説するとか新しい建物の前でお酒の樽を割るとか、そういう簡単なお仕事だけだ。
パーティなんかは全部断っている。
それだけでも忙しいのに、どうも非公式な嘆願が大量に押し寄せて来ているという噂が聞こえてきた。
前世の時代劇であったような「お代官様、おねげえでございますだ」という奴だ。
巫女はミストア神聖教の最高位とは言いながら教会の組織には所属していない。
単純に、直接アクセスする方法がないのよね。
一般人からは接触すら遮断されている。
神聖教の位階持ちですら、まずお伺いを立てないと会うことすら出来ない。
つまりは封建国家の王族や貴族みたいな立場なんだけどもっと酷い。
だって巫女はミストアの教会にも政府にも属していないことになっているのよ。
空中楼閣のようなものだ。
見えるし存在する事は判っているけど辿り着けない。
だから私に会おうと思ったら嘆願するしかないんだけど、巫女が嫌だと言ったら会えない。
その嘆願もまともな方法は存在しないから何らかのコネで、ということになる。
普通の貴族や王族なら何かしらの利害関係があって裏ルートで、という方法をとれる場合があるんだけど、それも無理なのよ。
巫女は難攻不落だ。




